人狼は武器です。素材です。それでも俺は人間として生きてみたい。 作:藤原 峯
翌朝、俺と志臥は鍛冶屋を訪れた。
「親方。できてるか?」
「ああ。持っていけ」
親方が顎で示した先には、布に置かれたグローブと爪先まで覆う形のレガースがあった。
「手と足の爪を保護する装具だ。強度は保証するぜ」
「親方の腕を疑う訳じゃねぇが、念のため試着しな」
志臥に言われ、恐る恐る装具を手に取る。
ズシリとした重さと金属特有の冷たさが、これが戦う装備なのだと理解させた。
「凄い、ぴったりだ」
グローブもレガースも、体の一部であるかのように馴染む。
「爪を保護する部分は、核となる鋼を薄く金属で覆ってる。柔軟さと堅牢さの両立だ」
組織の装備は規格品という感じだったけど、これは違う。
「上手く言えないですけど、職人技って感じです」
「……何言ってんだお前」
ギロリと親方に睨まれる。
「職人が作ってんだから当たり前だろうがよ」
豪快な笑いと共に背中をバシバシと叩かれた。
「サイズは調整できるようにしてある。お前は若いからもう少しデカくなるだろうしな」
言われて裏地を見れば、段階式にサイズ調整ができる機構が盛り込まれている。
「整備がしたくなればいつでも来い。ただし、金じゃなく物々交換だがな」
つまり、志臥みたいに食料や消耗品ということか。
「でも俺、ここの場所を知りません」
「マーキングすりゃいいんだよ」
それはつまり、尿を残せってことか?
「村はずれと道中の定期的にしていくんだ。そうすりゃいつでも帰ってこれる」
「志臥もやってるのか?」
俺の問いかけに志臥は当然だと頷いた。
「外へ出るときは決まった道はない。だからマーキングを忘れるなよ」
親方に見送られ、集落の外れまで歩くと長がいた。
「次はいつになる?」
「さぁな。決まってねぇ」
「年越しには一度、顔を出せ」
「気が向けばな」
ぶっきらぼうに答える志臥に溜息を吐いて、長は俺を見る。
「お前もだ。コイツを連れてまたいつでも来い」
「……ありがとうございます」
数日滞在しただけの俺も、この人は村の一員だと言ってくれる。
少し前なら、ここに永住することを選んだかもしれない。
「いつか、成人の証を頂きに来ます」
でも、ここに来るのは帰るためじゃない。
俺の居場所はここじゃないから。
自分の居場所を確認するために、帰ってくるんだ。
「背負うぞ。舌を噛むなよ」
もう見慣れた志臥の人狼姿。
風のように森を駆ける中、木々を躱す身体操作に注視して吸収できる部分は自分のものにしようと努めた。
「無事でよかったぜ」
車を停めていた場所へ戻った志臥は開口一番そう言った。
「無くなることはあるのか?」
「いや。たまに放置車両として警察から電話がくるか、荒らされてるかだな」
志臥は車の周辺を確認してからエンジンをかける。
「よし、行くぞ」
「いつ、あの集落を出たんだ?」
走り始めて少し、志臥へ訊ねた。
「……一番強くなってからだ」
「長よりも?」
「ああ。そっからは想像通りだ。裏社会で稼ぎつつ、田舎で猟師の真似事してって感じだ」
志臥が何歳で集落を出たのか、それはわからない。
でも、独りで生きるのは想像よりもずっと、大変なのだろう。
「弟分は、今も探してるのか?」
「初めはな、手当たり次第にヴァンパイアを狩ってた。そんな時だ、今向かっている顧客に会ったのは」
昨日言っていたヴァンパイア。
きっと、群れのボスを狩るよう契約を持ち掛けた存在。
「どうして、話に乗ったんだよ」
ヴァンパイアを憎んでいるはずなのに、契約した理由が見えなかった。
「ボスなら知ってると思ったんだがな。俺の故郷とは縄張りが違ってた」
当てが外れたぜと、志臥はニヒルに笑う。
「強ければ、何でも思い通りに行く訳じゃないってことだ」
逸れ者。
社会に出れば、人狼もヴァンパイアも同じ存在。
俺達が数を減らしているのは種として強くとも、獲物だから。
「俺は、やっぱり組織に戻りたいって思うよ」
志臥と共に、色んなことを見て学んだ。
自由さに憧れを抱かなかったと言えば、嘘になる。
「何かを共有したいって思える人は、ここにはいないから」
「……そうか」
志臥は、俺を引き留めようとはしなかった。
かと言って、強引になにかをすることもない。
「どうして俺を連れて行くんだ?」
「狩りで獲物を知るのは大事だからな。ハンターじゃアイツには勝てねぇ。どうにかしたいなら、お前がやるしかない」
志臥の目的は、未だによくわからない。
「よぉ、待たせたか?」
あれから数時間。
互いに会話はないまま車は進み、山奥のトンネルの中ほどで車は停車した。
「いや、時間通りだよ」
暗闇の向こうから、男が一人歩いてくる。
匂いがなくとも分かる。あれはヴァンパイアだと。
「そちらが例の?」
「ああ。組織にいる人狼だ」
「初めまして、私はレヴァン。死んだボスの息子だ」
レヴァンと名乗るヴァンパイアは、絵に描いたような西洋人の風貌で、プライドの高そうな雰囲気を纏っている。
「大上 武です」
「組織に所属しているなら、知っているかな?番場 栗栖を」
その名が出た瞬間、俺は地面を蹴りレヴァンへ肉薄した。
「志臥。彼を止めないか」
「必要無ぇだろうが」
一息で人狼へ変身し、一歩を踏み込んだ瞬間に俺は宙吊りにされていた。
逆さまになった視線を足元へ向けると、いつの間に出していたのか分からない血の縄で拘束されている。
番場さんとは違い、ノーモーションで血液を操る練度。
今までのヴァンパイアとは比較できない。
「本来なら、眷属にするなり、殺すなりしてもいいんだがね。志臥に感謝しなよ」
スルスルと拘束は解け、俺は地面に落下する。
背中を強く打ち、咳き込む俺に志臥は声をかけた。
「契約でコイツはお前に手が出せねぇ」
「だが、反応を見て分かった。番場を知っているね」
「……番場さんをどうするつもりだ?」
「なんてことはない。目的の為に必要なんだよ。彼がね」
「目的?」
俺の呟きにレヴァンは指を鳴らし、そうだと叫ぶ。
「日光の克服。私の悲願達成には、番場の血が必要なのだよ」