人狼は武器です。素材です。それでも俺は人間として生きてみたい。 作:藤原 峯
非常照明が照らす廊下を、志臥と進んで行く。
目的地は番場さんの執務室。見張りがいないことは五感が教えてくれている。
「ここだ」
扉の前に立つ。番場さんはいつもの場所に座っていることが分かるが、匂いが少ないことが気になった。
「番場さん」
ノックをして声をかける。
いつもなら聞こえてくる『入れ』という声はなく、恐る恐る中へ入った。
「……武か」
執務室は様変わりしている。
簡素な机と椅子のほかに調度品は何もなく、ここが執務室ではなく簡易的な牢屋なのだと理解した。
「ただいま戻りました」
「無事でなによりだ」
俺達はそれ以上会話する事はなく、室内には沈黙が流れる。
番場さんのライターが火を灯す音が響く。
「おい、さっさと行くぜ」
志臥が声を出し、行動するよう促す。
俺は手短に吉田さん達が協力してくれたことを説明し、有栖を助けに行くことを提案した。
「俺は動けん」
しかし、番場さんが示したのは拒絶の姿勢。
「何言ってるんです。有栖を助けないと」
「無実を証明しなければ、助けたとしても、命はない」
それは、組織をよく知っているからこその決断。有栖の日常を守るため、必要な戦い。
「それに、お前もだ」
「俺は、自分でやれます」
「自分を卑下しないことはいいことだが、驕るな」
番場さんの鋭い視線が俺を貫く。
今ここで説得するのは難しいと思った俺は、どうしても聞きたかったことを訊ねた。
「レヴァン……敵のヴァンパイアから聞きました。混血はまともな眷属を作れないと」
「……」
番場さんは目を開き、タバコを床に落とす。
「俺を眷属にしなかったのは、保身のためですか?俺のためですか?……それだけは知りたくて」
館内アナウンスが非常用電源の作動までの時間を知らせてくる。
もう、ここに留まれない。
「番場さん!」
「お前を保護したこと。眷属にしなかったこと。全て……俺の都合だ」
告げられた言葉は俺の望んだものではなかった。
膝を付き、動けなくなった俺の前に志臥が出る。
「これが奴の主な拠点だ。俺達はそこを虱潰しに当たる」
「お前が武と行動を共にするとはな」
「レヴァンには借りがあるからな、落とし前をつけさせてやる」
番場さんの落としたタバコを拾い、志臥はニヤリと笑う。
「契約を結ぼう、志臥」
「あ?」
「俺は暫く動けない。その間、武を頼む」
番場さんの持ちかけに志臥は黙り、深く煙を吸い込んだ。
「守ればいいのか?」
「力になってやってくれ」
「……高いぜ?俺は」
「報酬はそのタバコだ」
間髪入れない番場さんの返事。それを聞いて志臥は大声で笑う。
笑いすぎて咽せてしまうほどだった。
「こいつはしてやられたな。いいぜ。手前が合流するまでだがな」
「武」
番場さんが俺の名を呼ぶ。
「俺を見ろ」
ゆらゆらと立ち上がり、目線を番場さんと合わせた。
「俺の振る舞いは全て、俺の都合だ。それをどう受け取るかは、お前の好きにしろ」
それだけ言うと、番場さんは椅子に座って再びタバコを吸い始める。
言っている意味がわからず、呆然とする俺の背を志臥が叩いた。
「口下手だな、お前の上司は」
部屋を出ていく志臥についていく途中、俺は振り返り頭を下げた。
「ありがとうございました」
「早く行け。……有栖を頼んだ」
番場さんの声色は、いつもより優しく聞こえた気がした。
非常用電源の復旧まで、エレベーターは使えない。
使えたとしても、待ち伏せの危険があるので階段を利用し外へ出た。
「追手が来るとしても上層部の人間だ!逃げる手段は?」
「車は特定されてるからな、ここは人狼らしく行こうぜ」
そう言って志臥は人狼へと変わり、ビルの屋上へ跳躍した。
俺もそれに倣い、志臥の後を追う。
「拠点の位置は頭に入ってるな?」
「ああ」
「近くはハンターが向かうだろうから、俺達は郊外へ行く!遅れんなよ」
言うや否や志臥の姿が消え、向こう三つのビルまで跳躍していた。置いて行かれないよう、必死で食らいつく。
眼下に広がる街灯りと、月光を反射する志臥の毛皮が何故か目に焼き付いて離れない。
緊急事態なのに、この時間が続けばいいのにと不謹慎に思ってしまった。
「……外れか」
郊外にあるレヴァンの拠点。既にもぬけの殻であり、何もない。
「志臥の知らない拠点かな」
「否定できねぇ。俺もアイツの全てを知ってるわけじゃねぇ」
考えろ。
レヴァンは日光の克服が目的。手中に混血がいなかったのだから、時間がかかるはず。
実験はトライ&エラーの連続だと、科学の先生も言っていた。
「日光の克服を確かめて、失敗していたら直ぐに隠れられる場所」
元よりあった群れの規模は不明だが、この辺りなのは間違いない。
建物……人の目が多すぎる。
ならば組織のように地下か?街中でないなら、どこに。
「山の中」
「何?」
「山の中に施設があるんじゃないか?」
俺は考えを志臥へ伝え、地図を確認する。
「以前、レヴァンの依頼でこの一帯を調べたことがある」
志臥が指差すのは県境にある大きな山。
確証はない。だが、闇雲に探すよりは可能性はある。
「どうする?二手に分かれるのは」
「却下だ。俺ならともかく、一人で勝てねぇだろうが」
言われて、トンネルでの出来事を思い出す。
不意打ちに近いとはいえ、完敗だった。
「それに、ブルっちまうかもだろ?あんな事の後だ」
……確かにそうかも知れない。
今は丸薬のお蔭か、少しハイになっている感覚がある。レヴァンと相対したときに何もないとは断言できない。
「わかった。二人で行こう」
「犬しかいねぇが、鬼退治と行こうぜ」