人狼は武器です。素材です。それでも俺は人間として生きてみたい。 作:藤原 峯
状況を整理しよう。
レヴァンが俺を置いて消えたのは日の出前。
有栖が攫われたのは日中で、今は夜中の三時だ。
「レヴァンが消えてもうすぐ一日が経つ。夕方に有栖を攫ったと仮定しても、実験に使えるのは約十時間」
「実験が成功していなくても、何らかの成果は得てるだろうな」
つまり、夜明けに姿を現す可能性は高い。
匂いで有栖を探そうとしたが、時間が経過しすぎているし、昼間は雨が降っていて痕跡は何もなかった。
今の俺達には、情報が少なすぎる。
「この辺りだ」
獣道の道中で志臥が立ち止まる。
レヴァンの依頼で山を調べた箇所の中心地に俺達は到着した。
志臥は膝をついて足元を確認している。
「獣じゃねぇ足跡。草木が踏み抜かれた横道」
ビンゴだ。と志臥は笑う。
この先にレヴァンの拠点がある可能性が高いということだろう。
志臥を先頭に、足跡を追って進む途中、膝から力が抜けた。
「なっ!?」
泥濘に足を取られ、顔が泥に塗れる。
その瞬間、全身に激痛が走りのた打ち回った。
「丸薬が切れたか。若いから代謝が良すぎんだな」
痛みの原因は丸薬の副作用と、拷問による傷。
無理やり体を動かしていた動力が切れ、今の俺は指先一つも動かせない。
「過剰摂取になるが……背に腹は代えられねぇか」
志臥は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、俺の口へ丸薬をねじ込んだ。
胃の中が焼けるように熱くなり、吐き気を催すが、目に涙を浮かべつつも堪える。
「気張れよタケル。踏ん張りどころだ」
数分悶絶したが、全身の痛みは消え、再び動けるようになる。
「前借にもほどがあるね」
息も絶え絶えに強がって見せるが、視界は相も変わらず赤く染まったままだ。
「死に際の十年より、目先の一日だ」
志臥の軽口に思わず笑みが漏れ、少しだけ気分が軽くなった。
息を深く吸い、地面を強く踏みしめ先へ進んで行く。
「……わかるか?」
立ち止まった志臥は、一つの方向を見据えたまま訊ねてくる。
意識を集中し、嗅覚を研ぎ澄ませた。
「いつもより、広く分かる」
「丸薬のお蔭だな。どうだ?」
風に乗って、人工物の香りがする。
深い森の中から漂うこの匂いには、微かに血が混じっているのが分かった。
「血の匂いと何かの薬品?」
「ああ。僅かにだが、レヴァンの匂いも混じってるぜ」
距離は数キロ先だが、俺達なら一瞬で辿り着ける。
「どうやって侵入するんだ?」
「拠点の状況はわからんが、小細工無しに暴れるだけだ」
「それでいいのかよ」
「日光を克服できていないなら、隙間は多いに越したことはない。外へ連れ出せたら御の字だな」
作戦は決まった。
俺達は闇に紛れて進み、山肌で偽装された隠し扉を破壊し、中へ踏み入る。
「レヴァンを優先しろよ。嬢ちゃんは後回しだ」
「……わかってる」
拠点は小さな診療所程度の広さで、有栖の居場所も把握できている。
志臥の指示を守り、レヴァンのいる場所まで最短距離で駆けていく。
「君が来るとはね、志臥」
レヴァンは、拠点の最奥に設けられた部屋で、モニターを睨みつけながら声を出した。
「若い同胞に情でも湧いたかい?珍しい」
「手前を殴んなきゃ、むかっ腹が収まらねぇだけだよ」
志臥の言葉に、レヴァンは考える仕草をした後、惚けて見せた。
「君に殴られる謂れはないかな」
「こんな所に隠れて、どの口が言ってやがる」
「もう少し待ってくれないか?試薬ができそうなんだ」
レヴァンは苛立たし気に息を吐き、椅子から立ち上がる。
そして、俺達を睨みつけた。
「それに、立ち入りを許してはいないよ?」
瞬間、スプリンクラーが作動する。
俺と志臥は後方へ跳び、部屋の外へ出た。
「腐っても獣。勘が良いね」
スプリンクラーで濡れた地面は赤く染まり、出ているのが血だと理解する。
「中は不利だ、外へ行くぞ!」
順次解放され、施設内を赤く染めるスプリンクラーから逃げるように走り、外へ出た俺達のあとを悠々とレヴァンは歩く。
「日の出まで、まだ時間がある」
全身を血液の鎧で包み、両手には取り回しの良い短剣を握ったレヴァン。
「君との契約は終わったと認識を改めて、本気で獲りに行くとしよう」
生きているヴァンパイアの血液を取り込めば、眷属にさせられる。
掠り傷でも致命傷。鎧の破片が粘膜に触れても致命傷。
「酷いクソゲーだ」
思わず漏れた独り言に、志臥が同調する。
「全くだ。だから、手練れのヴァンパイアは嫌なんだよ」
「華麗に踊ってくれよ?」
レヴァンが背後に血液で作った無数の杭を浮かべ、こちらへ射出してくる。
「進め!」
志臥の言葉を信じ、回避ではなく前へ踏み込む。
「―――ッ!」
志臥による遠吠えを応用した攻撃は、血の杭を全て破壊する。
俺は事前に教えられた相殺の遠吠えで自身を守りつつ、レヴァンへ肉薄した。
振るった爪の一撃は、鎧を微かに削るだけで有効打にならない。
「固すぎるでしょあれ」
「何層にも着込んでやがるな」
一撃離脱を心がけ、志臥の所まで下がって情報を共有する。
「そこはもう、安全じゃないぞ?」
破壊された杭が作った染み。そこから剣山のように刃が伸びて襲ってくる。
足元と頭上からの攻撃に、俺達は逃げることしか出来ない。
「どうした。逃げてるだけか?」
遠くでレヴァンが嗤っている。
攻め手を欠く俺たちの後方から、風を切り裂く乾いた音が響いた。
「っ!?これは……」
空気を切り裂いて進み、レヴァンの鎧へ当たったのは、小さな弾丸だった。
弾丸は鎧を傷つけることはなく、弾頭から綺麗に潰れている。その中からドロリと血液が溢れ出るのを、見逃さなかった。
「番場さん!」
振り返ると、遠方にヘリの側面から身を乗り出してライフルを構えている番場さんが見える。
「貫け」
番場さんの血液は、レヴァンの鎧に食い込み、牙を突き立てる。
「小癪な!」
レヴァンは鎧の一部を削り取り、地面へと捨てた。
その間にヘリを頭上へ回した番場さんはそのまま地面へと飛び降り、俺達の傍へ着地する。
「番場 栗栖。今更何の用だ」
「妹を返してもらおう」
番場さんはライフルをレヴァンの足元へ向けて発砲する。
弾丸から溢れる血がワイヤーとなり、レヴァンを拘束しようと動くが、振るった短剣で容易く断ち切られた。
「有栖は?」
「まだ中にいます」
「随分と早かったな」
「なに、簡単だ」
拘束は意味が無いと悟った番場さんは、タバコに火を付けながら笑う。
「全部終わってから考えることにした」
番場さんらしからぬ言動に、俺だけでなく志臥も言葉を失う。
「……お前」
「身の潔白よりも、今は有栖の安否が重要。それだけだ」
組織の意向ではなく、先を見据えた行動でもない。
自分の選択でここに立つと決めた番場さんの背中は、いつもより頼もしく見えた。
「お前たちは好きに動け。決定打にはならんが、盾くらいにはなれる」
ライフルを捨て、拳銃を二挺取り出して、番場さんは言う。
「そうだな。お守は手前に任せるぜ」
「自分の身は自分で守れるさ」
軽口を叩き合う俺たちを、つまらない物を見たような表情でレヴァンは見てくる。
「混血が増えたところで、勝ち目はないよ」
「奴はまだ、日光を克服できていないはずだ。それまで耐えろ!」
再び空中から放たれる杭の雨。
それを躱し、逸らし、番場さんの血液を使って凌ぎ前へ進む。
日の出まで、あと……一時間。