人狼は武器です。素材です。それでも俺は人間として生きてみたい。 作:藤原 峯
戦闘は膠着した。
俺と志臥は番場さんによって、血の鎧を纏い接近戦を仕掛ける。
しかし、レヴァンの圧倒的な血液操作により容易に近づけない。背後にある施設の出入り口からは、スプリンクラーの血液が流れ込んでおり血液が尽きることはない。
だが、向こうの攻撃も防ぎ、躱し、番場さんが相殺することで凌げている。
「遅れて来たなら、秘策とか無ぇのか!」
文字通り、血の雨を躱しながら志臥が吠えた。
「もう少し耐えろ」
番場さんが弾丸へ血を補充しながら静かに言う。
「ボスの時はどうやって?」
俺の問い掛けに、志臥は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「不意打ちだ。高位のヴァンパイアに正面切って勝てるなら、人狼はこうはなってねぇ」
つまり、レヴァンと正面戦闘をしている時点で、勝ち目は低い。
やはり日の出を待つしか選択肢はないみたいだ。
「人生を彩るのは、無駄を省いていくことだ。今の君たちは、無駄なことしかしていない」
血液を集め、数メートルサイズの刃を作り、横に振るう。
咄嗟に身を屈めた背後で、無数の木が薙ぎ倒され崩れ落ちた。
何度見ても血液操作の練度が桁違いすぎる。
「志臥。改めて契約を結ぼうじゃないか。人間を間引いて生態系バランスを太古に戻す。そこの若い子も一緒にね」
次にレヴァンは番場さんへ目を向けた。
「安心しろ。妹は無事だ。少し血を貰っただけだよ。半端とはいえ同胞。無碍にはしないさ」
地面に這い蹲る俺達と見下ろすレヴァンの構図は、どちらが主導権を握っているのか、一目瞭然だった。
人狼と番場さん達のことを考えれば、ここで折れるのが正しいと思う。
でも、それじゃダメなんだ。
「日光を克服して、社会に溶け込むだけじゃ……満足できないか?」
「できないね」
レヴァンの瞳は黒く濁り、表情は消え失せた。
「捕食者は数が少ない。だが世界を堂々と歩いている。……我々はどうだ!?陽を恐れ、闇に隠れてコソコソと、まるでドブネズミのように!惨めにもほどがある」
惨め……そうだな。隠れて生きることを惨めだと思う気持ちは、分からなくもない。
「でも、だからって多くの人を犠牲にすることを、見過ごすわけにはいかない!」
立ち上がり、レヴァンへ肉薄する。
道中の攻撃は後ろの二人に任せ、握った拳を思い切り振るった。
「意見を持つのは結構。だが、通すには力が必要だ」
拳は血の壁に阻まれ、地面から伸びた針が腹部に突き刺さる。
番場さんの鎧が防いでくれたが、衝撃は逃がせず肺の空気が押し出された。
数メートル後方へ吹き飛ばされ、うつ伏せで倒れる。視界が回り胃の中身が昇って来たが、無理やり飲み込んだ。
「間に合った」
空気を振るわす銃声。
弾丸の着弾位置は、レヴァンの足元。
「芸の無い奴だ」
弾丸から零れる液体。その血液から繰り出される攻撃を防ごうと、レヴァンが血を操ろうとしたが、何も起きない。
「……これは」
「血液を固めない薬品。医療品をベースに作った特製品だ」
続けて数発、番場さんは発砲する。
「操作前の血液にしか使えないこと。俺の血には効いたが、お前の血に効くのか確証を得るのに時間を要した」
薬品が血液を通して周囲に広がる。
施設から供給されていた血液は無意味となり、レヴァンが使えるのは宙に浮かせているものと自身の体内だけとなった。
「王手……とは言えないが、一歩前進だな」
「日の出まであと少し。楽しく踊ろうぜ」
不敵に笑う二人に釣られ、俺も笑みを浮かべた。
周囲の状況を確認したレヴァンは焦りを見せず、淡々と告げる。
「そうだな。少し、踊ろうか」
地面を踏みしめ、土が擦れる音がした途端、レヴァンの姿が消える。
「タケル!」
志臥の声が聞こえたと同時、背後で空気を切り裂く音が聞こえた。
「!!」
本能に任せ、前転して移動する。
頭上を短剣が通り過ぎ、素早く身を起こす。
レヴァンが動いたことで生まれた隙を志臥は見逃さない。背後から爪を振るうが、血の鎧に防がれる。
「―――ッ!」
至近距離の遠吠え。
志臥を包む鎧が砕け散るが、レヴァンの鎧は罅が入るだけで壊れない。
攻撃の手を緩めないために加勢する。
左右を俺と志臥で挟み、攻撃を行うが、相手の反撃をまともに食らうと眷属化させられるので回避は嫌でも大振りになってしまう。
宙に浮く血液は順次、番場さんが攻撃して破壊してくれている。
やがて、鎧の回復速度に攻撃が追い付かなくなり、状況は振り出しに戻った。
先程と違うところは、レヴァンの攻撃が止まないことだ。
「目を瞑れ!」
番場さんの声が響き、何かが投げ込まれた。
「「「!?」」」
強烈な破裂音と共に、周囲は光に埋め尽くされる。
目を閉じていても尚、焼かれる視界にフラッシュバンに近い物だと理解した。視界がダメになっても俺達には鼻と耳がある。
言葉も交わさず、連撃を叩き込み、追撃の手を緩めることはない。
「ガァアアアァアッ!!」
突如、レヴァンが雄叫びを上げて四つん這いになった。
鎧と短剣が解け、剣山となって襲ってくるのを躱して後方へ下がる。
「番場さん。今のは?」
「紫外線を含んだものだ。牽制になればと思ったが、鎧越しでも効果があって安心した」
そう言う番場さんの顔は、少し焼けただれている。
日光を克服したと言われている混血でもこれだ。純血ならその効果はいかほどなのだろう。
視線を移すと、前方にいるレヴァンは血の操作を止め、全身から煙を上げて悶えていた。
「ハハハ。フッハッハッハ。アーッハッハッハ」
地面に倒れ、大の字で寝転がるレヴァンは大声を上げ笑う。
「なんだ?ネジでも飛んだか?」
志臥が眉を顰めて番場さんへ訊ねる。
「諦めたのだろう。これで終わりだ」
懐からもう一つ取り出したフラッシュバンをレヴァンの頭上へ投げる。
再度、大きな音と光が周囲を埋め尽くし、焼いた。
「番場さん」
「この程度なら、問題ない」
二度目の光に焼かれた番場さんは、顔の半分が焼けている。
視線は合うが瞳孔に変化がない。視界は確保できていないように見えた。
「成功だ」
笑いを堪えきれず、声を漏らしながらレヴァンが立ち上がる。
「一度目よりも二度目。明らかに効果が弱い。ようやく馴染んできたか」
徐々に傷が治り、皮膚の損傷が番場さんと同程度にまで回復したレヴァン。
「……既に日光を?」
番場さんの問いに、揚々と答える。
「試薬だがね。効果については確信していた。何とか間に合ったよ」
気づけば周囲の空は明るみ、朝日が足元から伸びて来た。
「……これが太陽。恵みの光。先日まで殺意を抱いていたのに、今は安心を覚える」
全身を焼かれることはなく、太陽の下に立つレヴァン。
俺達の希望だった光は、絶望の報せへと変わった。