人狼は武器です。素材です。それでも俺は人間として生きてみたい。 作:藤原 峯
事前に登校することは伝えていたので、始業前に職員室へ足を運ぶ。
扉を開けると数人の教師が顔を上げたが、直ぐに仕事に戻った。
「大上。こっちだこっち」
手を上げてチョイチョイと手招きする担任の所へ向かう。
「おはようございます」
「はい、おはよう。体調はもういいのか?」
学校へは組織から体調不良と説明してくれていた。約一ヶ月も休んでおり溜まっている提出物と今後の動きについて説明してくれる。
「まずはコレ、提出物ね。期限は各プリントに付箋あるから、それを見て。あと補修は夏休みに一部生徒に実施するからそれに参加すること」
「わかりました」
複数のクリアファイルに纏められた、各科目のプリント量を見てげんなりする。
おまけに夏休みはある程度の補修が確定した。
予定がどれほど埋まるか未知数だが、有栖とかは文句を言うかもと考える。
「あとそれ。チョーカーか?」
担任の視線は首輪に向けられる。校則的には問題ないはずだが、小言くらいは言われるだろうと身構えた。
「保護者から聞いている。手術痕が残ったんだってな。何か言われたら遠慮なく相談しろよ」
保護者……番場さんだろうか。
「ありがとうございます」
担任へ頭を下げてから職員室を去り、教室へ向かう。
道中では皆の視線が首に向かっており、煩わしさを覚えるが仕方ない。学校にはオシャレに気を遣う生徒が一定数いるが、チョーカーを付けている生徒は見たことがないからだ。
「柏木さんはいるだろうか」
一ヶ月ぶりの教室に入ることが出来ず、扉の前で深呼吸を繰り返す。
柏木さんとの会話については何個かシミュレーションしてきたが、上手く出来る自信が無い。
「あれ、大上じゃん」
背後から声が聞こえ、振り返る。声の主は同じクラスの男子……名前は憶えていない。
「ずっと休んでるから心配したぜ?」
「ああ。もう大丈夫」
男子は勢いよく扉を開け、「大上が来たぞ!」と声を張り上げる。
彼の声を聞いたクラスメイトが、ぞろぞろと扉の周りへ集まってきた。
今まで彼らに挨拶をしたことはない。それでも、長期間休んだ俺を心配してくれることに感謝を覚え、挨拶をした。
「みんな、おはよう」
俺の言葉に水を得た魚のように各々が挨拶をし、あれこれと質問をしてくる。
もみくちゃにされながらも、何とか自身の席に辿り着くと、あれほど会いたかった彼女はいつものように座っている。
「……おはよう」
「おはよう」
短いやり取り。連絡先を聞こうとあれだけ息巻いていたのに、いざその時が来ると周りに人がいるだの、今聞くと急すぎないかなど、言わない理由を探す自分がいる。
結局、チャイムが鳴るまで他愛ない世間話をするだけで終わり、授業が始まった。
少し前まで、あれだけノイズに聞こえたペンの走る音や紙の音が、日常を実感させる音となり、安らぎを与えてくれる。
眠るふりをすることなく、俺は黙々とノートに書きこんでいく。
結局、全部が俺の気の持ちようだったと気付いてから、世界の見え方はガラリと変わった。
「全然話せなかったね」
昼休み。不在の間に少し埃を被ったいつもの踊場。
有栖の作ってくれた弁当を開けながら、柏木さんと並んで座る。
「みんなと自己紹介からすることになるなんて、思わなかったよ」
授業の合間、クラスメイトの名前があやふやなことがバレ、自己紹介と簡単な話をする時間になってしまい、柏木さんと話す時間が取れなかったのだ。
本音を言えば、気持ちの整理ができたのでありがたかったが、彼女は不服そうに見える。
「その首、大丈夫なの?」
彼女が視線を向けたのはみんなと同じで首輪。
事情はクラスで伝えたが、彼女が聞きたいのはそういうことじゃないのだろう。
「納得してることだから」
「体調はもう大丈夫なんだよね?」
そもそも体調不良ではない。そんなこと言えるはずもなく、話を合わせて会話を続けていく。
「じゃあさ、今度の休みに出かけようよ」
ドクンと心臓が跳ねる。
不味い。このままだと、流れで連絡先を交換することになってしまう。
何も考えず、勢いに任せて立ち上がる。
「だから……」
「あの!」
柏木さんの声に被せて会話を切った。
「なに?」
「ごめん、遮っちゃって」
柏木さんは、首を振り気にしていないと言ってくれる。
深呼吸をしながら座り、彼女の顔を見てハッキリと言った。
「連絡先、交換しない?」
「……え?」
「いや、思えば連絡先知らないなって。これからのことを考えたら、交換した方がいいかなって思うし」
その後も出続ける言い訳の数々。
必死に説明をしている俺を見て、柏木さんがお腹を抱えて笑い出す。
「柏木さん?」
「ごめんごめん。かしこまって言うから断られるのかと思って」
断るの苦手そうだからと、笑いながら言われ顔が熱を帯びる。
「うん、いいよ。そのつもりだったしね」
あれほど悩んでいたのが馬鹿に思えるほど、連絡先の交換は呆気なかった。
みんなが使うアプリで連絡先を交換し、画面に表示される『Yuki』という名前。
初めて表示された、家族以外の名前。
「家族以外で交換したの、初めてだ」
「ホント!?じゃあ、名実ともに友達だね。私達」
友達。そうだ、俺と柏木さんは友達だ。
この関係が、高校にいる間だけなのかもしれないけど、俺が大上 武として生きることが許される間は、手放したくない。
そのためにも俺は、これからも武器として、戦い続ける。