放課後になると部活、バイト、友人と遊ぶためなどの理由で各々席を立つ。柏木も部活に行くのだろう、鞄を背負うと廊下へ向かっていく。
「大上君、またね」
「ああ」
こちらを振り返り微笑みながら手を振る彼女へ返事をし、俺も席を立つ。
「大上よ、柏木さんといつ仲良くなったの?」
突然、クラスメイトから声を掛けられ、咄嗟の事に返す言葉が見つからず睨むような形になってしまった。
「な、なんだよ」
「いや。席が近いから、良くしてくれてるだけだよ」
悪気はないのだと伝える意味も込めて「じゃあ」と声をかけ教室を後にする。
家は組織が用意している関係者しか住んでいないマンションだ。日差しがある間はヴァンパイアも出歩けないので、気にしすぎかもだが一応尾行されていないかは注意する。
眷属化していなくても、いつの時代にも人外を信奉する物好きはいるのだから。
「ただいま」
今は一人暮らしだが、癖でつい出てしまう帰宅を告げる言葉。
当然奥から返事は無く、体調管理に気を付けろと言われて付けっぱなしにしているエアコンの無機質な音だけが響いている。
番場さんの指定した時刻まで余裕があるので、軽食を取ってから向かう事を決め冷蔵庫を開ける。
「ん?」
すると、中にはラップに包まれたサンドイッチが入っており、傍に置かれた手紙には『練習用、味の保証は×』と書かれている。
「
この部屋の合鍵を持っている者など限られるから、必然と作り主が誰かは想像できた。
あのお転婆が料理をするなんて、意外な事もあるなと思いつつラップを外して匂いを嗅ぐ。
トーストにハム、トマト、レタス、マヨネーズを挟んだシンプルなサンドイッチだ。粗熱を取らなかったせいか、少しべたついているがご愛敬だろう。
スマホを使い有栖へ『サンドイッチありがとう。美味かったけど、次からは粗熱を取るといいよ』とメッセージを送り仮眠を取るためベッドへ向かった。
「この前手に入れた爪、ボルトに加工するの待ってくれって言われたんだ」
「なんでさ」
「近接班の装備損耗が激しくてそっちが優先なんだと」
「……そりゃあ仕方ないな」
マンションのエレベーターを使い、地下に設営されているハンターのロッカールームへ足を運ぶと、吉田さんが同僚のハンターと話しているのが耳に入る。
「最近じゃ人狼の死体も上がっていないみたいだ」
「人間とヴァンパイアが乱獲しすぎたからな。どっかで養殖してくれりゃあ、死体漁りなんてせずに済むのにな」
二人の会話を俺はドアの前で黙って聞く。人間とヴァンパイアと人狼。三種の生存競争が始まった時から、この関係は変わっていない。
圧倒的な強者であっても、数の少ない人狼は便利に使われる側だ。だからといって、俺は一々怒りを露わにして文句を言う事もしない。
植え付けられた価値観なんてそう簡単に変わらないのだから。
「あんまり言うなよ、そういう事」
「なに?チームに人狼がいるから同情してんの」
「そうじゃない。どこで誰が聞いてるかわかんないんだ。ハンターとしての資質を疑われるような発言はやめておけ」
吉田さんの苦言を軽くあしらって同僚がタバコに火をつける。話が一段落したタイミングで俺はドアを開けて中に入る。
「お疲れ様です」
一瞬、二人の視線が俺に注がれ気まずい空気が流れる。
「おお、お疲れさん」
「……お疲れ」
愛想笑いを浮かべながら此方へ言葉を投げてくる二人。そんな顔をするなら話題を選べばいいだろうに。
「大上は今、学校に行ってるんだろ?」
「ええ」
「どうだ?楽しいか、高校」
吉田さんの問い掛けに一瞬、押し黙る。
楽しいかで聞かれれば、楽しくないのだが通学させてくれている事へは感謝をしている。それに、
「馴染めているとは、まだ言えませんね。同年代と過ごす経験は殆どなかったので」
「でも、友人は出来たんじゃないか?お前の見た目ならクラスでも人気だろ?」
「自分から話しかける勇気が持てないんですよね。ただ、一人だけ良くしてくれる子はいますよ」
見た目が良くても、話が出来なければ人は来ない。そう考えると、柏木の存在は有難く思う。
「なあ大上。お前、なんでハンターやってんの?」
吉田さんの同僚から不意に質問が飛んでくる。しかし、何でと言われても困る。環境的にそうせざるを得なかっただけなのに。
「仕方なく、ですかね。保護されてからずっとそういう教育を受けてましたし。逃げたとしても素材にされるだけなんですから」
再び訪れる気不味い沈黙。吉田さんが同僚へ鋭い視線を向け、さすがに悪いと思ったのか同僚は話題を変える。
「なるほどね。だから番場さんも眷属化しないわけだ。逃げも抵抗もしないから縛る必要がないってことだ」
そうなのだろうか。番場さんは事あるごとに犬になりたいのか?と尋ねてくるし、眷属化しないのは自分の都合だと言う。
彼の言う通り状況的に詰んでいるからその必要がないだけなのだろうか。
「なんにせよ、番場さんの判断を俺達は尊重する。そうだろ?大上」
「ええ、そうですね」
『ハンター各位、会議室へ集合しろ。繰り返す。ハンター各位、会議室へ集合しろ』
突如流れる館内放送。声の主は番場さんで集合の指示。時刻を見ると予定の五分前であった。
吉田さんを先頭に俺達は会議室へと足を運ぶ。
中には番場さんを始めとするこの区域を管轄している上の人間とハンター達が揃っていた。
「よし、揃ったな」
番場さんがそう呟くと同時に部屋の照明は落とされ、プロジェクターが室内を照らす。
映し出されたのは俺達が担当している地区の地図に各地を〇で囲った画像。
「ミーティングを始める。今日の仕事は22時からいつも通り、奴らの食事場を巡回し必要に応じて戦闘だ。しかし、一つだけ懸念事項がある」
そう言ってプロジェクターは画像を切り替え、干からびた死体を映す。
「先日発見されたこの遺体。検証の結果、ヴァンパイアの群れを束ねるボスであると判明した」
その言葉にベテランハンターを中心に騒めきが広がる。
「知っての通りヴァンパイアは群れを作る。そのボスが死んだ」
「つまり、群れが割れる」
後方に居たベテランハンターが呟くと、番場さんはそれに同意した。
「そうだ」
番場さんが一度言葉を切り、全員の注目を集める。
「眷属化しているヴァンパイアは上位者へ抵抗することは原則出来ない。なのに、ボスが死んだ。これを見てくれ」
次に映されたのは検死報告書。
「発見時、ボスは全身の血を抜き取られていた……これはヴァンパイアに吸われたと見ているが、死亡原因は喉へ鋭い刃のようなものが無数に突き立てられたことと、心臓を握り潰されている事だ」
ドクンと心臓が跳ねる。その殺し方はまるで、
「人狼がやったって事ですか」
ハンターの誰かが問いかけた。それを番場さんは首肯する。
「そうだ。逸れの人狼がボスを殺した可能性が高い。さらに、そいつと結託して新たにボスへなろうとしている奴がいる可能性もある。俺達の管轄地は現在、ボスが不在でヴァンパイアも統率が取れていない。全員、不意な遭遇含め、逸れの人狼にも注意してくれ」
再度起こるざわめきの中、先ほどのベテランハンターが声を上げた。
「喉の傷が牙によるものなら逸れの人狼は感染しているのでは?」
「それについては憶測だが、可能性は低い。ボスを殺せるほどの個体が、感染の危険を知らずに牙を使ったとは考えにくい。結託したヴァンパイアの眷属であるか、特異体質で抗体を持っているかだろう」
番場さんの言葉は途中から頭に入ってこなかった。
生きている人狼が居る。その衝撃がガンガンと脳を揺らしていたから。
ぞろぞろと皆が退出していく中、気付けば俺と番場さんだけが残っていた。
「武」
「はい」
番場さんの赤い瞳がこちらを射抜く。ヴァンパイア特有の血を想起させる視線は俺を捕まえて離さない。
「もし遭遇しても、一人では追うな」
「……なぜです?」
俺の問い掛けを無視して番場さんはタバコに火をつける。
「人狼が数を減らしたのは、他種族による乱獲だけが原因じゃないからだ」
「強い種ほど数が少ないのは珍しくないですよ」
俺の見苦しい反論はタバコの紫煙に躱される。
「お前の毛皮は血や刃、銃弾すら弾く。だが忘れるな……人狼の牙はお前を殺すぞ」