番場さんの忠告を受けた後、吉田さんの運転で指定場所まで向かう。
管轄内の全ハンターによる一斉巡回のため、番場さんは同行せず無線で指示を飛ばすだけだ。
「しかし、人狼に生き残りがいるなんてな」
無線が飛び交う車内で吉田さんが語りかける。
「ええ。俺も驚いてます」
「大上はいつからウチに?」
「十年くらいです。番場さんのチームに保護されて」
あの日の事は、殆ど記憶に無いけれど心の奥底では恐怖が燻っている。
「俺もハンターになってそれくらいだが、生きてる人狼なんて見たことねぇ。一体どんな奴なんだろうな」
確かに、群れのボスを殺せるほどであれば、自分とどれほどの実力差があるのか、気になるところではある。
「吉田さん。群れのボスっていつも戦ってる眷属とどれほど差があるんですかね?」
俺の問い掛けに吉田さんは首を捻って考え込む。チラリと聞いた話では日本においてボスの討伐報告はここ数年上がっていないらしい。
「まず眷属はボスに血を与えられた人間だ。そんで眷属が食事で人間の血を得ると体内にあるヴァンパイアの血が増えるんだと。やがてはボスに匹敵する純粋なヴァンパイアになるらしいが、そのレベルなんて俺も見たこと無いよ」
最近は組織が大きくなってヴァンパイアも食事を続けるのが難しいらしい。
「番場さんが言うには、新たに群れを作れるほどの成長した眷属は存在せず、今ある群れのボスを駆逐すれば日本でヴァンパイアが発生することはないらしい」
ただし、群れの規模や数は今も捜索中だけどなと、吉田さんは付け加える。
つまり、ボスは俺では想像もつかない年月を生きている古豪だろうし、それを手段は不明だが殺せる逸れの人狼は、ただ者じゃないってことだ。
「さて、そろそろ目的地だ。索敵は頼んだぞ」
吉田さんはそう言って助手席の窓を開ける。
車内に入り込んでくる繁華街の臭いに咽そうになるのを堪えつつリクライニングを使いシートを倒す。
首をコキコキと鳴らして意識を集中し顔だけを人狼へと変身することで、より詳細に匂いを判別しようとする。
「……居ますね。数は三。それぞれ単独で散らばっています」
「面倒だな。被害が出ていそうなところは?」
一度選別した匂いは何が混じろうと範囲内であれば見失わない。より集中して鼻を研ぎ澄ませると、答えは出た。
「一か所は既に血の匂いがします」
吉田さんは場所の詳細を聞くと無線を飛ばしつつ目的地へ車を向かわせる。
「大上、被害が既に出ているとはいえ準備は怠るなよ」
「ええ。わかっています」
吉田さんの言葉に空返事を返してしまう。今も匂いを辿る事でこの先で何が起きているのか、手に取るようにわかってしまうからだ。
ふと、周囲へ意識を向けると人気のない路地裏に居る事がわかったので、吉田さんには悪いと思いつつもドアを開けて天井へと身を乗り出す。
「おい!?何やってんだ」
「吉田さん、先行します」
吉田さんの怒声を無視して車から飛び降り、人狼へと完全に変身してビルへ飛び乗る。
その後も屋根を伝って目的地へ向かい、雑居ビルの窓ガラスをブチ破って室内へ侵入する。
「!?オマエ、人狼か!」
女性の首に噛みつき、血を吸っていたヴァンパイアはこちらを視認すると女性を投げ捨てて戦闘態勢に入る。
俺もマスクを装着して意識を切り替える。
「勘違いするなよ」
口元から垂れる人間の血を操って、ナイフを作りながら振るわれる攻撃に対し、頭を下げつつ躱して鳩尾へ拳を叩き込む。
メキメキと骨を砕く音と共に相手が数メートル吹き飛ばされ、地面を撥ねる。
心臓は破壊出来ただろうが、一時的なものでしかない。直ぐに再生し立ち上がるだろう。
それまでにマスクの取付けを終えて頭から水を被り取付けに不備が無いことを確認する。
「グ・・・ゴガッ…」
心臓が止まり、脳への酸素供給が止まり痛みで悶えているヴァンパイアの傍へ立つ。
一瞬、情報収集をするべきかと悩むが、群れの上位者が単独で行動しないと判断し、爪を頭部へと突き立てる。
「俺は、ハンターだ」
足元に広がる血溜まりを無視し、被害者へ意識を向けると既に事切れていることを耳が教えてくれた。
「吉田さん。状況終了です。ヴァンパイアは始末済み、被害者は残念ですが……」
『全くお前ってやつは。回収班と向かうから、可能なら次のポイントへ行けるか?』
無線越しに聞こえてくる呆れ声へ了解と伝え、次のポイントへ向かいビルの屋上を駆けていく。
五感を使い誰にも見られていないことを常に意識し続け、移動している最中に、それは現れた。
強烈な血と獣の匂い。抜き身の刃を思わせる気配が俺の進行方向とは真逆の位置からポイントへ向かっている。
脳裏に浮かんだのは逸れ人狼の存在。番場さんから釘を刺されていた案件だ。
「こちら大上。逸れ人狼と思われる匂いを確認。指示を願います」
相手が人狼であるならば、こちらの存在を把握しているはず。匂いを誤魔化す装備がない以上、接触は避けられない。
『武。可能な限り監視し、情報を持ち帰れ。いいな、戦闘は許可しない』
番場さんからの指示は先程と同じく、接触の禁止。
「了解」
短く返事をし、無線を切る。目視できる距離まで行けば匂いでバレる。無線のノイズで聴覚にまで情報を与える必要は無い。
相手の匂いを嗅ぎつつ風下へ回り込み、ポイントを目視できる距離まで移動する。
支給されている双眼鏡を使い、ヴァンパイアの餌場を確認すると、ソレは居た。
既に三体のヴァンパイアを屠り、血の海に立つその体躯は俺より一回りは大きい。全身の毛皮には歴戦の猛者を思わせる傷が夥しく走り、返り血で濡れた毛皮は黒々と濡れていた。
「本当に、人狼だったのか」
正直、悪い冗談だと思っていた。人狼の爪や牙を集め、人狼が殺したように見せているだけだと。だが、今俺の目に映るのは紛れもない生きている人狼だった。
逸れ人狼はそのまま、残っているヴァンパイアを全て殺した後に周囲を警戒しつつ、死体へしゃがみ込む。
「何をする気だ?」
疑問に思っていた次の瞬間、バリボリという固いものを噛み砕き、咀嚼する音が響く。
「……は?」
理解できなかった。あの人狼はヴァンパイアを食っていた。
「食って、何になるんだ?」
状況の整理が追い付かず、呆然とその光景を眺めていると、不意に人狼がこちらへ振り返る。
見えている訳が無いのだが、双眼鏡越しに相手と視線が交差する。間違いなく向こうは俺の存在を正確に把握している。
ドクドクと心臓が脈打つ。同族が生きていた。その事実に自然と笑みが零れる。
しかし、ヴァンパイアを捕食する異常さが喜びを壊す。アレは関わってはいけない。そう恐怖心が警鐘を鳴らし続けている。
なのに。
どうしてだろうか。引き攣っていたはずの口元が再び吊り上がる。
戦ってみたい。
気付けば本能がそう囁いていた。