完全に人狼へと変化を終えた俺を見て、ヴァンパイア共が狼狽える。
「コイツ、人狼じゃねえか!」
「落ち着け!まだガキだろうが」
長命なヴァンパイア以外は力に溺れ、碌な連携を取らない。
現に彼らもそれぞれが思い思いに血を操り攻撃してくる。
「遅い!」
血の操作が未熟で、鋭さの無いソレは俺の毛皮を貫くことはない。
一番近くに居た相手の鳩尾へ爪を突き立て、そのまま押し込んで倒す。
「うぎゃあ」
俺が倒した相手に巻き込まれて倒れ込む一人を無視して、最後尾にいた三人目の首に向けて蹴りを放つ。
「うごっ!?」
ゴキンと鈍い音と共に首がグルリと回転し膝をついて前のめりに倒れる。
その様を最後まで見届けず、未だ下敷きになり藻掻く二人目の頭上に立つ。
「や、やめ……」
制止の声を無視して頭を思い切り踏み抜く。
落下したトマトが弾けるような水音と共に足元は赤く染まった。
その後も虫の息だった一人目と三人目へ止めを刺して狩りを終える。
「なんか、いい感じに動けたな」
今までよりも相手の行動や周囲の状況が良く見えるようになった。
志臥と戦って、今まで格下を力任せに押し潰していただけと気付けたからだろうか。
戦闘はあっけなく終わったが、マスクをしていなかったので感染していないかが怖い。
無傷だし体液が粘膜に触れていないのは分かっている。体調に変化は無いので大丈夫だと信じたい。
なにより、今は一刻も早く彼女の所へ駆け付けたい。
周囲に人の気配が無いことを確認してから人間の姿へ戻り、番場さんへ電話を入れる。
『……どうした?』
低く、冷たい声。だが、そこに不快感などは無い。
「今、ヴァンパイア三体に襲われて倒したんですけど」
『場所は?』
俺は現在地を番場さんへ報告した。
『回収班を向かわせる。お前も報告のために戻ってこい』
番場さんの指示に二つ返事で答えようとしたのだが、脳裏に彼女の顔が浮かぶ。上手く逃げてくれているのだろうかと気が気ではない。
「それはできません」
『なに?』
一瞬、背筋が凍り付く。
「と、友達を……待たせてるんです。なので」
行かせてください。そんな簡単な言葉を紡ぐことが出来ない自分が嫌になる。
番場さんの指示に疑問を抱かず、淡々とこなしてきたがこればかりは譲れそうにない。
『心配か』
「はい」
番場さんは俺の返事を聞いて、電話越しに『そうか』と短く呟く。
『10分もあれば到着できる。周囲に人気は無いか?』
「大丈夫です」
『ならいい』
その言葉の意味を俺は一瞬、理解できなかった。
「あの」
『早く行ってやれ。友達なんだろう?』
「……ありがとうございます」
番場さんからの返事は無く、ブツッと通話の切れる音が耳に残る。
緊張のせいか、膝から崩れ落ち大きく息を吐く。
そこでようやく、自分の格好に意識が向いた。
「流石にこれは、まずいよな」
靴は破れ、服もボロボロで返り血塗れ。
手も血で赤く染まっておりこのまま大通りへ出る訳には行かない。
「こんなこと、気にした事なかったな」
その場凌ぎではあるが、自販機で水を購入し返り血を浴びていない服の一部で体を拭く。
そして、組織が用意している無人ロッカーから着替えを取り出し、繁華街を走り抜ける。
髪を濡らし、新品の匂いを纏う服を着た高校生が駆けている姿に道中で多くの人から注目を集めたが、そんなこと気にしていられない。
どんどんと大きく、濃くなる匂いに足は際限なく速くなる。
「いた」
駅の前。スマホに向かって何かを話している彼女。
帰るのが遅くなっているので親に電話をしているのかなと考えつつ、近づいていく。
呼吸を整え、戦闘後で昂っているのか昼間よりも激しく蠢く本能を抑えつつ彼女へ声をかけた。
「お待たせ」
「っ!?大上君!」
彼女は俺を認識するなり、電話から意識を逸らしこちらへ駆け寄って来た。
「大丈夫だった!?」
「平気だよ。服は破れたから着替えたけど、何ともない」
「服が破れたって……それ全然平気じゃないでしょ。病院行こ!」
「柏木さん、落ち着いて」
口ではそう言うが、傍目から見れば信じられないだろう。
高校生が大人三人を相手にしたのだ。おまけに服は着替える必要があるほどボロボロになったと言っている。外傷は見られずとも頭を打っている可能性だって考えられる。
おろおろと慌てふためく彼女を安心させようと思わず手を握ってしまった。
突然の行動に彼女の動きが一瞬止まる。
「本当に大丈夫だから。こう見えて、結構強いんだよ」
不器用ながらも微笑み、どうにか落ち着かせることに成功する。
「えっ。あ、うん。わかったよ」
僅かに上がる体温と速まる鼓動。五感に訴えかけてくる彼女の状態に見当はつくが、知らないふりをする。
「ごめんね、取り乱しちゃって」
「気にしないで。悪いのは俺だから」
その後、どちらから言う訳でもなく、駅に向かって歩いて行く。
すれ違う人から好奇の目に晒されるが何も気にならない。
今はただ、彼女の安全を確保できたこと。隣を歩けることに安心している。
「あのさ」
彼女が口を開き、立ち止まる。
目的地まではあと少し。彼女を駅まで送り届ければ学生としての生活は終わり、組織へ足を運び番場さんへ先程の件について説明しなければならない。
「最後はあんなんだったけどさ、私今日は凄く楽しかった」
それは俺も同じだ。初めてだった。組織と無関係の人と出かけることは。
「大上君の色んな顔を知れて、よかった。……結構ヤンチャなのもね」
そう微笑む彼女は駅前にある無数の灯に照らされていて、端的に言えば綺麗だったんだ。
「また遊ぼうね」
最後に告げて、彼女は改札へ向かい歩いて行く。
視界から彼女が消えた途端、俺はその場にしゃがみ込む。
「良い女だ。人間なのが惜しいな」
「ッ!?」
突如、頭上から響いた声から反射的に飛び退く。
「ハッ。良い反応だな」
視線を向けると、質のいいレザージャケットに濃紺のデニム。赤いブーツを履いた大柄な男が笑いながら立っている。
この姿の男と面識は無いがこの匂いと声を忘れるはずがない。
「志臥、どうしてここに」
「酒を飲んでたら知ってる匂いがあるもんでな。興味本位ってやつだ」
柏木さんへ意識を向けていたせいで、この男に気付けなかった自分を内心で責める。
何の準備も無しに志臥と戦っても勝算は無い。
「そう警戒するな。別にお前を殺す気はない」
必死に逃走方法を模索していた俺へ、あっけらかんとそう言いだす志臥。
「じゃあ、何の用だよ」
「言っただろう。興味本位だって」
呆れたように溜息を吐いてから志臥はタバコを手に取る。
「男を見せるのかと思えば日和りやがって。甲斐性が無ぇのか?」
「俺はそんなんじゃ……」
「良い子ちゃんぶるなよ。本能に任せて自由に生きる。それが人狼だ」
そう言いつつ、ヒラヒラと俺から奪った爪を見せびらかす。
「所詮、俺達は獣だ。反射で動け、何事もな」
志臥から吐き出された煙が顔に当たり、刺激で涙が滲む。
「今、動かないのは理性的な判断からか?本能的にビビってるからか?」
その問いかけに明確な答えを出せない。
逃げるべきと判断したのは、理性なのか本能なのか。
「人狼のイロハを知らないガキだ。人間に飼われりゃ腑抜けるか」
志臥の言葉がジクジクと痛みを伴って突き刺さる。組織内での俺は兵器であり素材。本物の人狼から見れば俺は世間知らずの子供。
自分という存在は何なのだろうかと考えた際、ふと番場さんの言葉が脳裏を過る。
『犬になりたいのか』というシンプルな問い。俺はいつも答えを出せないでいた。そして今、志臥からも問われ言葉に詰まる。
自分という存在の空虚さを突き付けられ思考が停止してしまう。
「……悩むのはガキの特権ってか」
そう言って志臥はタバコを踏み潰すと俺の肩を叩いて立ち去ろうとする。
「!?待てっ!」
「今日は酒を飲んで気分がいい。だからお前にアドバイスしてやるよ」
こちらを振り返り志臥が獰猛な笑みを浮かべる。風が運んでくるタバコとアルコールの混じった呼気と共に何故か高揚していることが嗅ぎ取れた。
「ウダウダ考えた後は、思いっきり体を動かしてみろ。そうすりゃ何か見えてくるもんだ」
一瞬。その姿がナニカと被って見え、軽い頭痛がして視界を閉じた瞬間に志臥の姿は音もなく消えていた。
匂いが急速に遠のいていくのを感じ、俺は安堵の息を漏らす。
悩んだ後は体を動かせ……か。
「今の俺は悩みきったあとなんだろうか」
俺の問い掛けに応えてくれる人は隣にいない。