番場さんへ報告を終え、眠りについた時刻は日付を跨ぐところだった。
アラームに起こされ、身を起こし通知を確認すると番場さんから事務連絡が届いていた。
「……マジかよ」
内容を確認した俺は起き上がる気もなくなりベッドに倒れ伏す。
曰く、深夜に突如志臥が現れ、複数のハンターを襲撃し多数の死傷者が出ている。
人狼である志臥は昼夜を問わず行動できるのでハンターは全員自宅待機。組織が対抗策を提示するまで無暗に動くな。
流石にこの状況で学校へ行く気にはなれないし、俺だけが外出して学校へ志臥が来ようものなら絶対に後悔する。
志臥との初遭遇時や今回といい、あの男と関わると碌な目に遭わない。
「あ……そっか」
柏木さんへ休む事を伝えようとして気付く。
「連絡先、知らないな」
昼食を共にすることはあっても、放課後に遊ぶとか連絡する必要性があるなんて考えてもいなかった。
それに行動してくれるのはいつも彼女であって俺じゃない。
彼女から求められていない事を率先してやろうとは思えなかった。
「ご飯、作らないと」
ふと時計を見れば結構な時間が経過している。
何も用意しないと煩いので、キッチンへ向かいお決まりのメニューを作り始める。
米化したオートミールと低温調理の鶏ハム、ゆで卵にブロッコリー等の筋トレ飯を大量に作る傍らでトーストとスクランブルエッグを用意する。
「おはよう。聞いたわよ、今日休みなんですってね」
そう言って部屋に入って来た有栖は慣れた手つきでコーヒーと紅茶を作り始める。
いつから始まったのか覚えていない朝のこの分担が俺は結構好きだ。リビングへ振り返れば誰かが居ることは素直に喜ばしい。
「今日もブラック?」
「ああ」
短いやり取りをしつつ朝食を摂るリビングに朝の情報番組がBGMとして流れる。
組織に関するニュースはいつも通り流れておらず、世間は……知らずに見れば平和そのものだった。
「残念よね」
「なにが?」
「行きたかったんでしょ?学校」
有栖の言葉は以前なら否定していたと思う。番場さんが用意してくれた権利だとか適当な理由で嫌々行っているんだと。
でも、今は違う。
「ああ。だから、早くケリを付けようと思う」
俺の返事が意外だったのか、目を見開いた有栖は暫く動かなかった。
「何それ。友達でも出来た?」
「ああ。良くしてくれているよ」
「大事にしなさいよ。友達は数えられるくらいで丁度いいってアドバイスしてあげるわ」
そう呆気らかんと言えるようになるまで、有栖も色々あった。中学時代に護衛として彼女を見ていた俺は、それを知っている。
「あと、休む時は連絡しなさいよ。いつ戻れるかわかんないんだから」
有栖のアドバイスに俺は気不味さからコーヒーを啜り沈黙を貫く。
「なによ、急に黙っちゃって」
「友達の連絡先を知らなくてさ、どうすればいいのかなって思って」
「は?なんで交換してないのよ」
「いや、行動するのは向こうからだったから、俺から連絡することなんて無くて」
俺の返事に有栖は溜息を吐いて項垂れた。
「あのね、友達は対等なのよ。受け身ばっかじゃダメ」
対等。その言葉が脳内を反芻する。
思い返さずとも、彼女の積極さに同じ熱量で返したことはない。
「そうだな。次会ったら、俺から連絡先を聞くことにするよ」
有栖へ感謝を伝えつつ、自分との差を明確に理解させられる。
だが、当たり前すぎたので忘れていたが一つ重大な事を思い出した。
「なぁ、有栖はヴァンパイアなのに昼は学校へ行って大丈夫なのか?」
「……アンタねぇ、今更?」
「いや、当たり前に出歩いていたから」
「アタシ達は特殊なのよ。だから昼でも行動できる」
「そう言えば、番場さんもか」
俺の呟きを有栖は当然のように肯定した。
「昼も活動できるから人間側で居られるのよアタシたちは。じゃ、ごちそうさま」
そう言って食器を片して有栖は学校へ向かい部屋を後にした。
番場さんとは夜にしか会わないから失念していたが、番場家は代々そういう特殊な家系なのだろうと納得した。
俺も自分の食事を終え、エレベーターで地下へ降りてトレーニングルームへ足を運ぶ。
一朝一夕で強くなれるとは思えない。だが、何もしないよりは全然いいと判断しての行動だった。
「はい、もしもし」
トレーニングの最中、番場さんから着信があり汗を拭きつつ電話に出る。
『武。仕事の説明をするから執務室へ来るんだ。迎えの車を送る』
「志臥の件が片付いていないのにですか?」
電話の向こうでグラスに入っているのだろう、氷が溶けカランと音が鳴った。
「その志臥について……対策が決定した」
昨日の今日で即対応。組織の本気度が垣間見える。
『詳細は全員を集めてからだが、簡単に話す』
僅かな沈黙を破り、番場さんの声が耳を打つ。
『少数精鋭で志臥を捕獲。眷属化することで無力化する』
それはつまり、あの狼を犬へと堕とす作戦。
『お前にも参加してもらう。倒す必要はないが、足止めが役目だ』
いずれは決着をと願っていた。
だが、用意されたのは志臥への勝利ではなく、首輪を付ける手伝いだった。