研究させてくれるなら何でもいいスタンスのヒバリは今日も気になることを探求するために突き進む!
世界には、悪の組織というものが星の数ほどある。
魔王軍、闇の秘密結社、月光カルト、吸血鬼系ベンチャー企業、異次元侵略コンソーシアム――設立理念も福利厚生もバラバラだが、彼らにはひとつ共通の悩みがあった。
研究職の深刻な人材不足である。
世界征服には技術がいる。呪具の開発、魔獣の品種改良、結界の耐震設計。ところが優秀な研究者というのは大抵まっとうな大学か企業に就職してしまうので、悪の組織のラボは万年人手不足なのだ。
そこに現れたのが御門ヒバリという少女だった。
十四歳。白衣。眼鏡。天才。
彼女が魔王軍の嘱託研究員として発表した論文『魔素の位相干渉における簡易安定化手法』は、それまで十人がかりで維持していた魔界門の管理を、タイマー式の魔法陣ひとつで置き換えた。
魔王軍の残業時間は月平均八十時間減った。魔王も配下も諸手を挙げて喜んだ。
以来、彼女の元には各組織からスカウトが殺到した。
「幹部待遇でどうか」「いや、うちは大幹部で」「役員報酬と専用ラボを」
ヒバリの返事はいつだって同じだった。
「研究させてくれるならどこへでも! ボクを養ってくれたまえ!」
かくして彼女は現在十八の組織に幹部として名を連ねる、業界随一の兼業幹部となっている。
ヒバリは肩書きなんぞには一切興味がない。興味があるのは目の前の謎だけである。
――ただし注意。幹部にはひとつだけ避けがたい業務が付随する。
正義の味方に襲撃されることである。
★ ▶ ▲ ▶ ●
どっかーん!!
秘密結社『次元侵略同好会』第七ラボの壁が、景気のいい音を立てて吹き飛んだ。
舞い上がる粉塵。傾いた夕日を背に、瓦礫の山の上へ降り立つシルエットがひとつ。
緑を基調としたフリルの衣装、先端には若葉をあしらった木の杖。
その傍にはぱたぱたと大げさな動きで飛行する、羽の生えた小さな影。
「悪の幹部、ヒバリ! あなたのすることは許せません! 魔法少女シールグリーンが、ここで打ち倒します!」
「そうだもん! 観念するもん!」
ヒバリは慣れ切った様子で遠くを見つめ、一つため息をつく。
「壁の修繕費が今期予算のどこから出るのかは分かりませんが、あなた自身に含むところはありません。どうぞ」
ヒバリ自身に戦闘能力があるわけでもないため、この状況では何をしても詰んでいる。
それを悟ったヒバリは無駄なあがきなどを選択せずに、与えられる罰を甘んじて受け入れるつもりであった。
それを聞いたシールグリーンは少し困惑したようだったが、杖を握り直しヒバリへとむけた。
「え、あ、はい。……いきます! 【輪唱する木々のさざめき(ツリーツリースリー)】!」
床が爆ぜ、らせん状に急成長する3つ首の木々が互いに絡み合いながらヒバリに巻き付き、強い力で締め付ける。
「ぐ、ぐわぁあああああ……!」
せめて散り際くらいは景気よく行こうとするヒバリだったが、
「……? ちょっと待て!! なんだこれは!!」」
苦痛の声は好奇心に上書きされた。
「え?」
「この木、成長が早いのはいいがなぜこんなにも曲がる! 何の木だ!」
「え、ええと……この研究所の近くにある木なので名前までは……」
「なにおぅ! よく知らない木を成長させるだけでなく変形までさせるというのか!?」
「はい……ボクの力は植物を好きなように成長させるもので」
「好きなように、だと?」
ヒバリの寝癖がぴんと一本立った。
とぐろを巻いた木の幹に両手足を縛られたまま、彼女はずいと身を乗り出す。
「つまり君は、頭の中で『こう育て』と念じる。それだけで、木がその通りに育つというの――痛っ、締めるな締めるな、話の途中だ」
「ご、ごめんなさい。……はい、先生にそう教わりました」
あれ、何でわたしあやまってるんだろ、と不思議そうにしているシールグリーンの肩で、妖精がふんぞり返って胸を張った。
「魔法の第四原則! 『魔力はイメージによって操作される』。シールちゃんが曲がれって思えば、木は曲がるもん。当たり前だもん」
「待て。待て待て待て」
動かない体の代わりにろくろを回すように頭を横に激しく振る。
「いいか。木というのはな、そう気軽に曲がってくれるものではないのだ。植物が体を曲げるにはちゃんとした理屈がいる。専門用語で『屈性』という」
「くっ、せい……?」
「屈曲の屈に、性質の性。たとえば窓辺の観葉植物が、いつのまにか光のほうへ首を伸ばしているのを見たことはないか」
「あ、あります! うちのベンジャミン、気づいたら窓のほうに、こう、お辞儀してます!」
「うむ。それは屈性の中でも光屈性というやつだ。光の来る方向へ、茎がぐいと曲がる現象だな。ではなぜ曲がるか。――茎の、片側の細胞だけが、反対側より長く伸びるからだ。伸びたほうが外側になるように、茎はへこんだほうへ湾曲する。バナナの片面だけをぐーっと引き伸ばしてみろ。勝手に丸くなるだろう。あれと同じ理屈だ」
「バナナ……なるほど……?」
「そして、この片側だけ伸ばすという繊細な芸当を差配しているのが、オーキシンという植物ホルモンだ。オーキシンが日陰側にこっそり集まり、そちら側の細胞壁をゆるめて、ぐいぐいと引き伸ばす。だから木は光へ向かって曲がっていく。――さあ、質問だ」
ヒバリの眼鏡が、きらりと光った。こういう時のために作っておいた無駄な機能である。
「君のこの木は、いったいどこにオーキシンを偏らせて、こんな見事なとぐろを巻いたんだ?」
「……お……オーキシン……?」
「知らんのか」
「せ、先生、オーキシンって……?」
妖精は腕を組み、しばし宙を睨み目を閉じる。そして言い放った。
「妖精の魔法学にそういう科目はないもん」
「ないのか!?」
ヒバリは思わず縛られた腕を振りほどこうとして、木がぎしりと鳴った。
「ないのか?! オーキシンが! 植物を曲げておいて、曲げる仕組みの主役を知らんのか君たちは!」
「で、でも、ちゃんと曲がってますし……」
「そこが解せんのだ!」
★ ▶ ▲ ▶ ●
「まあいい。ひとまず置く。――ときにシールグリーン君、その木、ボクの体にきっちり巻きついているな」
「はい。逃げられないように、って思いながら伸ばしました」
「うむ。じつはこれもな、まっとうな植物にちゃんと名前のある現象なんだ。『接触屈性』という。つるや巻きひげが、触れた棒にくるくると巻きつくやつだ。キュウリやエンドウの、あの細い巻きひげを思い浮かべろ。触れた側の細胞の伸びが抑えられて、触れたほうへ巻いていく」
「へえ……! じゃあわたしの木も、御門さんに触れたから巻いたんですか?」
「聞きたいのはこっちだ! 触れてから巻くには、木がボクの体を触れたと感じ、信号を伝え、伸び方を変えるという一連の反応がいる。……君の木、ボクに触れる前から、もう巻く気満々の形で生えてきたぞ」
「えっ」
「触れる前から巻きに来ていた。因果が逆なんだよ君の木は。何故そうなるんだい?」
「先生……?」
「第四原則だもん」
妖精はあくびをした。
「シールちゃんが巻きついてる状態を思い浮かべたから、最初っから巻きつ前提なんだもん。順番なんて関係ないもん」
「過程をすっ飛ばして、いきなり完成形か……。素晴らしいな」
ヒバリは縛られたまま呟いた。
★ ▶ ▲ ▶ ●
「では次の疑問だ。速さの話をしよう」
「速さ、ですか」
「ボクが見たかぎり、この木はおよそ二秒で五メートル伸びた。――時速に直すと九キロだ。人が小走りする速さで木が上へ伸びた」
「え、えへへ。すごいですよね」
「あぁ、そりゃぁすごいとも! だから困っているんだ!」
ヒバリは楽しくてしかたがないという顔で、目を吊り上げた。
「いいか? 木が高く伸びるにはな、てっぺんまで水を運ばねばならん。ところが木には心臓がない。ポンプがないんだ。ではどうやって、何十メートルも上まで水を吸い上げると思う?」
「え……ちっちゃい妖精さんが、バケツリレーで……?」
「いないなぁ! そんな健気な妖精はいないんだ!」
「本当だもんか?」
「ぬ。……たぶんいないだろう。いないという事にしておく。答えは『蒸散』だ。葉っぱの気孔から水がじわじわ蒸発する。すると、細い管の中の水がずずっと引っぱり上げられる。ストローで水を吸うのと同じだ。水の分子どうしが手をつないで、切れずに一本の長い柱になって、上へ上へと登ってくる。これを凝集力説という」
「はあ……」
「この仕組みは大したものでな。世界一背の高い木、セコイアという木は百メートルを超える。ビル三十階分の高さまで、ポンプもなしに水を吸い上げているんだ。――だがそれにも限界がある」
「限界ですか?」
「引っぱる力が強すぎると、水の柱が、ぶちっと切れる。中に空気の泡ができて詰まってしまう。『キャビテーション』という。……二秒で五メートルなどという乱暴な吸い上げをやったら、君の木は伸びる前に喉が渇いて、泡まみれで枯れているはずなんだ」
「で、でも、枯れてません」
「そこだ!!」
ヒバリの声が、瓦礫のラボに響いた。
「なぜ枯れていない! 物理法則を無視して水を運んだのか! それとも水など運んでいないのか! ――ええい、これはもう、原則の話をせねばならんな」
★ ▶ ▲ ▶ ●
「魔法の第五原則」
ヒバリだって悪の組織で呪具を組んでいる人間だ。魔法学の初歩くらい彼女も心得ている。
「『魔力の起こす法則は、一部の物理法則を超える』。――なるほど。生える瞬間は物理を超えていい。水が足りなかろうが、泡が詰まろうが、そこは魔力がねじ伏せる。無から木を生やす。その一点は認めよう」
「じゃあ、いいじゃないですか」
「よくない! なぜなら第六原則があるからだ。『魔力によって起きた現象や物質は物理法則に従う』。――いいか。無から現れる瞬間だけは物理を超えていい。だが、いったんこの世に現れてしまったら、そのあとはもう物理法則の下僕なのだ」
「げぼく……」
「つまり今、ボクの目の前でボクを縛りつけているこの木は――生まれてしまった以上、ちゃんと物理法則を守った、まっとうな木のはずなんだよ。……だがこれは」
ヒバリは、縛られている四肢をじたばたと動かそうとするが、木は少し揺れる程度でびくともしない。
「……硬いな。若木のくせに、ずいぶん硬く中が詰まっている。――おかしい」
「おかしい、ですか」
「木の硬さはセルロースとリグニン、この二つで決まる。セルロースは丈夫な繊維だ。鉄筋みたいなものだと思え。そこにリグニンという糊が染み込んで、繊維をがっちり固める。コンクリートだ。――つまり木の幹というのは鉄筋コンクリートなんだよ」
「鉄筋コンクリートの木……」
「ところがだ。速く育った木ほど中身はスカスカで柔らかい。竹の子を思い浮かべろ。あるいはひょろりと伸びたモヤシでもいい。ぐんぐん急いで伸びるやつは、たいてい軟弱だ。リグニンを隅々まで染み込ませて固めるには、時間と酵素という名の職人がいる。二秒では絶対に間に合わん」
ヒバリは、こんこんともう一度幹を叩いた。
「――なのにこの木は、もう完成品みたいに硬い。第六原則に照らせばこれはあり得んのだ。急いで生えた木は、柔らかくなければおかしい」
「え、えっと、先生……」
シールグリーンが助けを求めると、妖精はめんどくさそうに羽を震わせた。
「シールちゃんは、木を育ててないもん」
「――なに?」
「もう育ちきった立派で硬い木を思い浮かべて、それを、ぽんって出してるだけだもん。途中なんて作ってないもん」
ヒバリの動きが止まった。
「……なんと?」
「だからぁ、種から育てて、若木になって、だんだん硬くなって――なんてそんな面倒なことしてないもん。硬くて立派な大木、っていう完成形をイメージして、それをこの世に、どんって出すだけ。第一原則『魔力は物質になりうる。その際、触媒が必要である』。触媒は、そのへんに転がってる……ええと、これとかの木の切れ端!」
「――そうか。そういうことか。君は、木を育ててなどいないんだ。育ちきった木を召喚しているんだ! 種も、若木も、生育の過程も、全部すっ飛ばして、いきなり結果だけを、この世界にねじ込んでいる!」
「そ、そんな大げさな……」
「大げさなものか! 道理でオーキシンを知らんわけだ。道理で水の心配もいらんわけだ! 君の魔法には、そもそも育つ過程というものが存在しないんだからな!! 生育のない植物! 過程を持たない木! ――ああ、なんて面白いんだ君は!!」
「ほ、褒められてる……んですかね、これ」
「褒めているとも! んん、自身の原理を把握していないのは褒められないがね」
★ ▶ ▲ ▶ ●
「だが待て。待て待て。ますます分からんことが出てきた」
「まだあるんですか……」
「重さだ。この木のこの質量はいったいどこから来た」
ヒバリは腕を揺らし、木の強度を確かめる。
「木の材料は乾かしてしまえばその半分は炭素だ。そしてその炭素は――空気中の二酸化炭素だぞ。葉っぱが何年も何年もかけて、光合成でこつこつ取り込んで体に固めたものなんだ。木の重さというのはいわば固めた空気なんだよ。……それを君は二秒で。無から、この丸太一本ぶんの空気を――」
「第二原則だもん」
妖精が得意げに言った。
「『魔力は質量をもちうる。目的を果たした魔力は霧散する』。シールちゃんの木は、おまえを縛るっていう、ちゃーんとした目的があるから、重さを持てるもん」
「……目的を果たした魔力は霧散する。――ということは」
ヒバリは自分を縛りつけているとぐろ状の若木をしみじみと見下ろした。
「用が済んだらこの木は消えるのか」
「消えるもん。おまえをやっつけて用済みになったら、しゅわしゅわーって光になって還るもん」
「……はぁ、やはりそんなものか」
ヒバリはなぜだか少しだけしんみりした顔で、木の幹を見つめた。
★ ▶ ▲ ▶ ●
「ときにシールグリーン君。この曲がりかたはじつに見事だが――ひとつ言っておく。まっとうな木でも、曲がった幹はちゃんと曲がりに耐える工夫をしているんだ」
「工夫、ですか」
「あて材という。斜めに傾いた木は自力で起き上がろうとして特別な木を作る。針葉樹――松や杉のたぐいは、傾いた下側にぎゅっと硬い圧縮あて材を作って体を押し上げる。逆に広葉樹――桜や楢のたぐいは、上側に引張あて材を作って、ぐいと引っぱり上げる。押すか、引くか、木の種類で戦略が違うんだよ」
「押す木と、引く木……」
「そう。だから、傾いた幹を輪切りにすると、片側だけ年輪が偏って太っていたりする。木が必死で起き上がろうとした汗の跡だ。――さて質問だ。君のこの木は下から押すタイプかね、上から引くタイプかね?」
「……えっと……どっち、でもいい感じに……?」
「どっちでもいい木があるか! 針葉樹か広葉樹かで、体の作りが根本から違うんだぞ! ……君の木は完成形の召喚だったな。ならば起き上がろうとした努力なんて、そもそも要らんわけだ。最初から曲がった状態が正解なんだから。――うぬぬ。筋は通っていが、酷くその場しのぎだな。用途として正しいのが腹立たしい!」
「あの、さっきから、怒ってるのか喜んでるのか、わかんないです……」
「全てだとも!」
★ ▶ ▲ ▶ ●
「――む。今少し緩んだか」
ヒバリを縛る枝が、ほんのわずかにたわんだ気がした。彼女は腕の中の木をじっと見つめる。
「シールグリーン君。植物というのはな、ぴんと張っているのも、くたりとしおれるのも、じつは中身は同じ理屈なんだ。細胞のひとつひとつが、水をぱんぱんに含んで、内側から壁を押している。この押す力を『膨圧』という」
「ぼう、あつ」
「膨圧が高ければ茎はぴんと立つ。逆に、水が足りなくなって膨圧が抜けるとくたっとしおれる。――真夏の花壇の花が、昼のいちばん暑い時間にうなだれて、夕方にはしれっと復活しているだろう。枯れたわけじゃない。膨圧が下がって、また戻っただけだ。あれが植物の張りの正体だよ」
「へえ……! じゃあ、しおれた子もお水をあげれば……」
「たいていはぴんと戻る。――でだ。今、ボクを縛るこの木の握力がほんのわずかに緩んだ。膨圧が抜けはじめている。水が足りていない。……もっと言えば」
ヒバリはそこで、ふと視線を上げた。木の根元からそれを生やした少女のほうへ。
★ ▶ ▲ ▶ ●
シールグリーンの額に汗が浮いていた。杖を握る手がかすかに震えている。呼吸も少し上がっていた。
「……シールグリーン君。さっきから顔色が悪いな」
「え……あ、はい。ちょっと、その……くらっと、して」
「第七原則」
ヒバリの声が、ふっと柔らかくなった。
「『魔力を使用するとき代償として体力やカロリー、その他記憶や感情を必要とする』。――木をまるっと三本も無から召喚したんだ。そりゃあ腹も減るし、目もまわる。君、今日は朝ごはんは食べてきたか?」
「た、食べてないです……襲撃に、遅れそうで……」
「馬鹿者!!」
ヒバリは今日いちばんの大声を出した。
「空きっ腹で、無から大木を召喚するやつがあるか! カロリーが足りなければ、体は次に、なにを薪にすると思う。記憶だぞ。感情だぞ! 大事な思い出を、木の代金に払う気か! 好きな人の顔を、丸太一本と引き換えにする気か!」
「す、すみません……!」
「まったく……。いいか。次からは必ずなにか腹に入れてから来たまえ。チョコレートでもいい。飴玉でもいい。血糖値が下がった頭で戦うやつは、遅かれ早かれ、自分をすり減らして終わるんだ」
「……あの、御門さん」
「なんだ」
「なんで敵なのに……そんなに、心配してくれるんですか」
ヒバリは、ふ、と少しだけ笑った。
「知りたいことを、たっぷり教えてくれる相手だぞ。敵も味方もあるものか。――それに」
彼女は自分を縛る木見つめる。
「こんなに面白いものを見せてもらったんだ。礼くらいは言わせてくれ」
★ ▶ ▲ ▶ ●
「……ふぅ。いい時間だった」
「いえ、こちらこそ、ありがとうございました。自分の力が、どういう理屈なのか……初めて、教わりました」
「そうか。……さ、とどめを刺したまえ。腹が減っているんだろう。長引かせては気の毒だ」
「あ、はい。それでは……」
「あ、そういえば」
ヒバリは何かを思いついたという様に、目線を上にあげる。
「なんですか」
ヒバリは身をよじって、いちばん近い木の切り株をじっとのぞき込んでいた。
「三本目の切り株。……この年輪、中心から外へ行くほど間隔が広がっているぞ」
「……年輪?」
「そう。さっきボクは言ったな。君の木は過程をすっ飛ばした、完成品のはずだと。育っていないなら年輪なんて刻まれる道理がない。――なのにこの切り株にはちゃんと年輪がある。おまけにその幅がまちまちだ」
「それはぁ」
妖精が、面倒くさそうに口を挟んだ。
「シールちゃんが決めてるのは、『硬くて、立派な大木』ってとこまでだもん。年輪の一本一本まで、いちいち思い描いてなんかいないもん」
「――そうか。第四原則。イメージした部分だけが、君の思い通りになる。硬さも、太さも、曲がりかたも。だがイメージしなかった細部は――」
ぶつぶつとヒバリの声が加速しはじめる。
「第六原則だ。この世に現れた瞬間、物理法則に矛盾しないよう、世界のほうが勝手に埋める。年輪は君が指定しなかった余白だ。だからそこには、君のイメージじゃなく――魔力が流れ込んだそのときの勢いのほうが、そっくり漏れ出てしまう」
「え、えっと」
「年輪の幅は、注ぎ込まれた勢いを映す。勢いよく満ちた時期ほど、輪と輪の間隔が広い。――中心ほど狭く、外ほど広い。ということは、後になるほど供給が太くなっている。裏を返せば、いちばん内側の輪――発動の最初の一瞬こそが、いちばん細いんだ」
「……」
「わかるか。君の魔法は、撃った直後のほんの数秒が――いちばん手薄なんだ。そこを突かれれば、君の木は硬さも太さも足りず、召喚が間に合わず、君はまるごと隙だらけになる。だから次からは、初手のあとに必ず――」
「【大樹の鉄槌(ウッドハンマー)】!」
「ぐわあああああああああああ!!」
夕焼けの空に緑の巨大な木槌が勢いよく振り下ろされた。
★ ▶ ▲ ▶ ●
ずらりと並んだ培養槽のひとつが、ぷしゅうと間の抜けた音を立てて開いた。
中から寝癖もそのままの御門ヒバリが、けほ、と咳をしながらゆっくり起き上がる。スペアボディである。
「……ふぅ」
濡れた前髪をかき上げ彼女はひとりごちた。
「久々に楽しい実地データが取れたな」
乾いた白衣に袖を通しながら、ヒバリの口元はゆるみっぱなしだった。
「生育の過程をまるごと省いた植物の実体化。あんな召喚型は初めて見た。――おまけに年輪に供給の癖まで残していってくれるとは。ずいぶんと気前のいい子だ!」
悪の組織の兼業幹部、御門ヒバリ。
本日も負けはしたが――実に有意義な一日であった。
「――さーて、今日のレポートを纏めなければな!」