「"アリウス"とは、トリニティが一つの学園に統合される以前の、無数にあった分校の一つだ」
夜。今宵は新月で星も姿を現さない。
私はセイア様の部屋に招かれ、トリニティの歴史の一端を聞いていた。
何故、このようなことになったというと、昼間の会議が原因でした。
「ねえねえ! アリウスの子達をここに招待しない?」
会議の合間のアイスブレイクの時間。ミカ様がいの一番に出した話題に、一瞬空気が凍った。
ナギサ様は目を丸くしたまま手に持ったカップを傾けて動かない。セイア^_^う様は呆れるように深くため息をついていた。
「え〜、ちょっと反応悪くない!! 二人ともちゃんと聞いてる?」
「むしろ、聞かなかったことにしたいくらいなのですが……」
平静を取り繕うナギサ様ですが、空になったままのカップに口をつけてしまっている。テーブルと床の掃除をしながら、私は急いで新しく紅茶を注ぐ。
「……一応、理由は聞いておこうか」
「え? 何か楽しそうじゃない?」
ナギサ様が立ち上がってテラスを一周し始めました。
質問したセイア様は特に驚くこともなく、またため息をついた。
「んー? そんなに変なことかな? 彼女達だって元々はトリニティに居たんだし、ここにこれる資格はあると思うよ」
「そう言うことを聞いているんじゃない。何故、このタイミングでアリウスについて触れようとしたんだ。そもそも、実在するかも不確かな存在に、そこまで自信を持って言える?」
セイア様の目が険しくなってミカ様を睨む。
「居ないって断言することも出来ないじゃん! そもそも、エデン条約ってゲヘナとの和平条約でしょ? 同じトリニティ内ですら和解していない所があるのに、ゲヘナなんかと和平出来るって思ってるの?」
「アリウスはトリニティから外れた学校だ……楽園に辿り着く資格は無い」
「はあ? 今度は何の言い回し? 言葉が伝わらなくちゃ意味ないって分からないのかな?」
ピキッ! と空気が割れるようなヒリついた雰囲気。
過去最大に険悪な状況。何とか場を収めないといけないと、ナギサ様と目配せした時、ミカ様が勢いよく立ち上がった。
「あーあ! 気分悪くなっちゃった! エラ! 行くよ!」
大きく足音を立てながら、ミカ様は扉の方へと向かっていく。
私も慌ててミカ様について行こうとしましたが……。
「いや、エラはそのままでいい」
「えっ」
「……はあ?」
セイア様が私を呼び止める。ミカ様が更に機嫌を悪くして私を睨んできた。
「アイスブレイクは終わった。だが、まだ会議の時間だ。エラにはまだ仕事が残っている」
「〜〜〜〜ッ!! あっそ!!」
バタン! と扉が勢いよく閉められ、ミカ様は出ていった。
どうしたらいいか、立ちすくむ私にセイア様は小声であることを伝えた。
「今夜、私の部屋に来て欲しい」
そうして、セイア様の部屋に来た私にセイア様が話してくれたのはアリウスに関することでした。
「昔のトリニティは一つ一つの学校同士が対立し、抗争し続けていた。それこそ、今のトリニティとゲヘナの関係が可愛く見えるくらいにね。だけど、長い間争い続けて嫌気がさしたんだろう。各校の代表が集まり、ある協定が結ばれた。争いを止め、一つの学園となる──それが【第一回公会議】で執り行われた内容だ」
「……それが、今のトリニティの始まりですか」
「ああ。同じトリニティの枠組みにあったとはいえ、文化や信仰も違い、今まで争い合っていた同士が一つの学園に籍を置くのは並大抵のことではない。だが、昔の──私達の先輩はやり遂げてみせた。これに比べれば、ゲヘナとの和平も簡単そうに思えてしまうから、あまり話したくはないのだがね」
確かに、無数にあった学校を一つにした偉業は凄い。今でもパテルやサンクトゥスのような派閥が残っていて、派閥の教えによって対立することも無くはないけれど、大半の生徒達は気にしている様子はない。
……だけど。
「ですが、統合に反対する学校もあった」
「……ああ。それがアリウスだ」
淹れたばかりのカップを持ち、立ち昇る湯気を追うようにセイア様は天井を見上げた。
「何故、当時のアリウスが統合に反対したのか。それは分からない。違う所もあったとはいえ、同じトリニティ。共通点もあった筈だ──ゲヘナが憎いとかね。だけど、彼女達の決して譲れない何かが統合を反対し続けたのは確かだ。そして、アリウスとそれ以外の学校が交わらないまま……最後とも言える内紛が始まった」
私は、その争いの結果が予測出来てしまった。無数の分校の一つであるアリウスと、今のトリニティの基盤となる連合校との一戦。火の粉が燃え盛る大炎に挑むようなものだ。
「徹底抗戦を仕掛けたくらいだ。多少なりとも武力には自信があったのだろう。だが、それでも分校の一つに過ぎない。戦力も物資も何一つ上回らない状態で結果が出るのにそう時間は掛からない」
「……それで、アリウスはどうなったのですか?」
「潰された。今のトリニティにアリウスに関する資料が殆ど残らないくらいに──徹底的に。遺恨の残らないように慈悲を与えることは出来なかったと言えば聞こえは良いが、強大となった力を思う存分振るえる大義が、都合の良い矛先がアリウスに向いてしまったとも言える。何より、共通の敵というのは団結するにおいて重要な一つのピースだ」
「それでは、キヴォトスにアリウスという名前はもう残っていないのでしょうか?」
「いや、あくまで都市伝説だがトリニティ校区から追い出されたものの、残った僅かな生徒がキヴォトスの何処かで隠れて過ごしているという。だが、所詮は噂程度の話だ。本当に居るのかは定かではないし、居たとしても誰も居場所を特定出来ていない。恐らく、連邦生徒会ですら把握していないだろう」
セイア様は俯き、漂う気配が暗くなった。
当時の出来事に派閥の代表として何か思う所があるのか、私には読み取れない。
「あの、それでどうしてアリウスの話を私に?」
話が一区切りついた所で私はセイア様に訊ねた。
アリウスに関しては実は以前、ミカ様から名前が上がった時に調べてみた。セイア様が言うように資料は殆ど残ってなかったけれど、概ねはセイア様が話してくれた内容と一致している。
きっかけは昼間のアイスブレイクでミカ様が話題に出したからだろうけど、わざわざ二人きりにしてまで話をしようとしてくれたのか。それが気になった。
ぁぁう
「……エラは、私の能力は知っているかね」
「セイア様の……それは【予知夢】のことでしょうか」
ミカ様から以前聞いたことがあった。
セイア様が夢で未来を見ることが出来て、その夢で起きたことは必ず現実でも起きるという。けど、その代償であるかのようにセイア様は他の皆さんと比べてお身体が弱い。
ミカ様はそのことを笑いながら話していたし、セイア様もナギサ様も予知夢について触れることは今までなかった。
「どうせミカのことだ。話のネタくらいのつもりで君に聞かせたんだろう。私もこんな力、御伽話のようなものと思いたいが、今まで夢で見たことを外したことはない──今日のミカの行動も私には知っていたことだ」
確かに。セイア様はあの場で唯一平然としていた。あれは予め知っていたから取り乱さずにいられたのですね。
そんなことを考えていると、セイア様がジッと私を見つめた。
「だが、私の予知夢にも例外があった──エラ、君の存在だ」
「えっ? わ、私ですか?」
どういうことだろうか?
戸惑う私にセイア様は続けて言葉を述べる。
「ミカが初めて君をテラスに連れてきた時、私の予知夢に君の姿は見えなかった。いや、正確には予知夢の内容は殆ど同じだ。ただエラの姿だけ切り取られたように夢に映し出さなかった」
「そ、それはどういうことでしょうか……?」
「それは私にも分からない。何せ初めての現象だったからね。私が見た予知夢の内容と現実で起きたことは変わらない。なのにどうしてか予知夢にはいないエラが現実で私達と会話している」
本当にどういうことだろうか?
どうして予知夢の方に私が居ないのもそうだけど、予知夢と現実の違いは私が居るか居ないかで大きな違いはない。
…….それって、私が特に居ても居なくても問題ない存在ってこと!?
「どうした? 急に暗くなって」
「いえ……自分がなんなのかを考えていまして」
「哲学的だな……まあいい。話は戻すが、今言ったように私は予知夢ではエラの行動は分からない。そして君は昼間のミカの話に取り乱す様子はなかった。先にミカきら話を聞いていたな?」
セイア様が疑いの眼差しで私を睨む。
「い、いえ!? 確かにミカ様から以前アリウスについて教えられましたが、あの場で話すとは一度も……!」
「ハァ……だろうね。あの時エラも協力者ならミカのフォローに回っていた筈だ。結局、ミカの独断に変わりはないということか。何、別にエラを責めるとかそういう訳ではない。だが、ミカの話……エラはどう思ったか聞きたい」
ミカ様の話……アリウスをテラスに招待する。それはつまりアリウスとの和解を意味することでもある筈だ。
正直言って、私はミカ様の側に回りたい。だけど、ある意味ゲヘナとの和平よりも難しいものであると感じている。
ゲヘナとトリニティの仲の悪さはどちらが悪いという訳ではなく、もはやそういうもの。犬猿の仲と言ってしまえばそこで終わる。
だけど、アリウスは明確な敵意を持って潰された。そこに善悪があったのかは分からない。だけど、アリウスにはトリニティを恨む十分な理由がある。
もし、アリウスが今も何処かにいたとしても、今も日の目を見ない、誰にも知られない場所で暮らしている。そう簡単に過去の話として割り切れるものではない。自分達を追いやった相手の手を素直に取れるのだろうか。
「……難しい、と思います」
「ああ、そうだ。ミカの考えを全て否定するつもりはない。むしろ実現出来ればそれは美しいものだ。だが、実際にはそうはならない。そしてアリウスを呼び寄せた際のこちらの被害をミカは考えていない。知っての通り、ミカは強い。裏工作や策略が蔓延るトリニティで腕っぷしでどうにかなるくらいの力を持っている。だが、それ故にミカは悪意は知っていても晒されたことはない。アリウスに対しても最悪力で押さえつけられると思っているのだろう。でも、私達はそうはいかない」
ミカ様の考えは立派なものだ。だけど、ミカ様は少し周りに対する配慮が欠けてしまっている部分がある。ミカ様の視点では正しいけれど、他の視点ではどうなのかを考えることが抜けてしまっている。
本当なら私がその部分を補うべきなのですが、それも出来ず、ミカ様とセイア様の溝を深めてしまった。
……それでも。
「……それでも、ミカ様が本当に成そうとするなら、私は全力でミカ様を支えます」
セイア様が驚いたように目を丸くした。
馬鹿なことだと思われているかもしれない。でも、共感したんだ。
私がゲヘナとトリニティが手を取り合う光景を見てみたいように。トリニティとアリウスが合わさり、本当の意味でトリニティが一つになる光景はきっと、美しいものの筈だ。
「……ミカが君を気に入る訳だ」
セイア様がため息を吐いた。だけど、不快と感じてそうな表情ではなく、呆れ混じれの、何かに納得したような笑みを浮かべている。
「実は今夜エラを呼んだのは予知夢があったからだ」
「予知夢ですか? でも──」
確か、セイア様の言った通りなら予知夢の中に私の姿は見えない筈だ。
「ああ。今回の予知夢にエラの姿はなかった。しかし、私以外いない部屋の中で何かに話しかけている光景が見えてしまっては、流石に予想は出来る。最も、話の内容までは分からなかったから、こうして答え合わせが出来たのは収穫か」
「なるほど」
予知夢の性質を逆手に取った訳ですか。
「それにしても、凄いですね予知夢というものは」
「別に羨ましがられるものではないさ。先の出来事を知ってしまうのは退屈なものだ……それにこの身体だ。私は未来を"見る"ことしか出来ない。エラなら、未来を知ってどうするつもりだ?」
あれ? 今、セイア様の表情が曇ったような。
気になるけどきっとはぐらかされそうだ。とりあえず今はセイア様の問いかけに答えないと。
とは言っても、未来が見えたらか……そう聞かれるとちょっと悩む。
あっ! でもアレが分かるのは嬉しいかも。
「そうですね……あっ、明日の天気が分かれば嬉しいです!」
「……天気だって? そんなことが知りたいのか?」
「大袈裟なことではありません。学園にいる間、急な雨に見舞わると外に干している洗濯物は大丈夫なのか、心配になります」
私の家は学園から距離がある。往復するだけでもかなり時間を使ってしまう。天気予報も当てにならないことも多いので、予め分かるだけでもその後の行動が取りやすい。
「なるほど、メイドらしい視点だ──そんな風に楽観的に捉えられたら良かったんだろうな……」
「──でもやっぱり、明日も皆様と会える。そのことが分かるのが一番ですね」
当たり前のことだと思われるかもしれない。だけど、だからこそ失いたくない大切なものだ。
あのテラスのテーブルにセイア様、ナギサ様、ミカ様が揃う光景を見ることが、私は好きだ。
「…………」
「セイア様?」
セイア様がキョトンとして、私を見る。
そ、そんなに変なことだっただろうか。今になって恥ずかしくなってきた。
「あっ、あの! セイア様、今のは忘れて──」
「いや、しっかり記憶させてもらったよ」
セイア様がイタズラっぽく笑う。
「いやはや、エラがそこまで私達を思っていたとは。主人冥利に尽きるというものだ」
「あう……」
これは……明日も揶揄われそうだなあ……。
そう考えていると、セイア様は立ち上がってドアの方に移動していく。
「エラ、もう良い時間だ。遅くまで付き合ってくれてありがとう」
「いえ、とても有意義な時間でした」
「送って行きたい所だが、確か君の家は遠いのだったな。私には少々きついかもしれない」
「そんなお気遣いなく! 私のことなら心配しないで下さい」
「そうか? だが、君もメイドとはいえ立派な淑女だ。夜道で誰かに襲われるかもしれない」
本当に心配は無用です。僕は男なので。
「私は大丈夫です。ですが、言葉だけではセイア様に要らぬ心配をさせてしまいますね……あっ! では夢でまた会いましょう。セイア様」
「夢って、予知夢のことか? だが、君の姿は見えないと言った筈だ」
「ですので明日、テラスで何か凄いことをします! その時のナギサ様とミカ様の表情を見て頂ければ私がそこにいることが分かるかと思います!」
「……! なるほど、予知夢の内容を予言するか! 考えもしなかったアプローチだ。なら、今夜の夢は楽しいものになりそうだ」
……あれ? 勢いで言ってしまったけど、とんでもないプレッシャーなのでは!?
帰る間に何かネタを考えておかないと……。
「安心した。では、また明日だ」
「はい、また明日です」
セイア様に別れを告げ、ようやく帰路に着く。
抱腹絶倒するようなネタが生まれるのか不安を抱きつつも、不思議とその足取りは軽かった。
sideミカ
「もー、忘れ物するなんて最悪!」
課題を教室に忘れちゃってこんな遅くに学園に戻ってきてしまった。
本当ならすぐに気付けた筈なのに、セイアちゃんのせいですっかり抜け落ちゃったよ。
エラに行かせようと思ったけど流石にこんな時間だからね。仕方ないから私一人で取りに行くことにした。私って優しい主人だよね!
「それにしても、夜の学校って雰囲気あったなー」
少し不気味だけど、あの静かな感じ。少し好きだ。世界を私が独占したみたい。
「……ん? セイアちゃんの所、まだ電気付いてる」
部屋に帰る時、セイアちゃんの部屋に明かりが付いていることに気付いた。
珍しい。いつもはもう寝てる筈なのに。セイアちゃんっておばあちゃんみたいに就寝が早いんだけどなあ。
気になったからちょっとセイアちゃんの部屋の前を通ることにしよっと。
「あ、誰かと話してる」
セイアちゃんの部屋の前で誰かが話してる。セイアちゃん、こんな夜遅くまで友達といたのかな。
そう言えば、セイアちゃんの友達ってよく知らないな。確か、ハナコちゃんと話してる時はみたことあったかな。
なら、ハナコちゃんを部屋に呼んだのかな? こんな遅くまで一体何の──。
「えっ……あれって、エラ?」