君の星が輝くように 作:鈴谷
6月11日土曜日。天候は曇。芝の馬場状態は良。スターライトのデビューには絶好の日だ。
あの後、グローリーヴェイズは連勝のまま香港ヴァーズ三連覇を達成。URA史上初の同一GⅠ三連覇とURA史上二人目のルドルフの壁越えGⅠ8勝目に日本中が沸き立った。そして、スターライトを連れてスピカの面々と一緒に現地観戦していた俺は全国中継されてる目の前で逆プロポーズされた。場内の歓声が一際大きくなった。保留にした。世界から音が消えた。一瞬、もう二度と日本の土を踏めないねぇ!レベルで大炎上しかけたが、グローリーヴェイズが爆笑して済ませた結果一瞬で鎮火した。殺生与奪の権を握られてるぅ……。スターライトには噛み付かれた。もう馬じゃねぇんだぞ馬鹿野郎。
さて、あれからのスターライトの進捗だが順調そのものだった。そもそも、ゲート試験は前世で既に受けてるし、一度走って完走してないにしてもフルゲートでのレース経験がある。二歳新馬戦まででこの経験値の差は正にチート級だ。ゲート試験は一発で文句無しの合格。模擬レースもコース変更一発目のパンパンの良馬場を走らせて予行演習としては文句無しの走りが出来た。後は今日どれだけプラン通りに走れるか、だ。
「さて、それではブリーフィングを開始する」
「はい!」
ハキハキとした元気の良い返事。大変よろしい。
「まず、良馬場と言っても4月からの東京開催で特にゴール前の馬場の状態はあまり良くない。念のためだがコーナーでも荒れた内を空けて走れ。お前は1800までは適正内だ。あまり距離ロスを気にするな。そして、コーナーを抜けたらなるべく内に寄ら無いようにスタンドの方を意識しろ。今日の面子はお前の模擬レースでのパフォーマンスの影響で薄い。いち早く出走経験を積み、秋まで薄手の未勝利戦での勝ち上がりを狙う陣営しかいない。大胆な走りをしても負けないだろう。脚元が心配になったらスタンドに突っ込む勢いで外側を走れ」
以上! と言うとこれまた元気に返事をした。本当に分かってんのかこの馬。
パドック周回。まあ、こっちの感覚ではレース前のファンサ会場だ。そこでも特に緊張せず決めポーズを取っていたし、返し馬も軽やか。ゲート裏でもメイクデビューとは思えない程落ち着いていた。当たり前だが。そして、ゲート入りもスムーズ。最後、14番がゲート入りして……スタート! カンパイを疑いたくなるほど抜群のスタートをして既に2馬身3馬身のリード。かなりオーバーに内を空けて走っているが、そこを突いて上がって来る馬はいない。既走馬にとっては平均ペースだが、2歳新馬のペースとしては速いからか。恐らく、着いて行った結果のオーバーペースで逆噴射という最悪の結果を避ける為の指示が出ていたのだろう。本来、競馬では逃げを打つのは良くないと言われているが、アレは人の話を聞けて理解できる馬だ。逃げたからと言って掛からず誤学習もしない。追切で鍛えた感覚で完璧なタイムを刻み直線に入って来た。歓声が一際大きくなりどよめきに変わる。スターライトが直線に入った勢いのままスタンド目がけて大斜行をカマしたからだ。ラスト1ハロンを切る頃には完全に外拉致沿いを走っていた。だが後続との差は広がるばかり。ターフビジョンにスターライトがアップで映る。その顔には実に雄馬らしく猛々しい笑みが浮かんでいた。そして一着で入線。駆け抜けたスターライトが再びスタンド前に戻って来た時にターフビジョンに表示された着差は大差。そして、レコードの文字。陽の目を浴びずに消えるはずだった良血馬に世界が気が付いた。
◇
「お疲れ様。早速だが脚を見せろ」
スターライトが帰ってきて早々ブーツとソックスを脱がして触診をする。あれだけのパフォーマンスを見せた後だから腱も心配だが、骨へのダメージの蓄積の方が気になる。レース直後だから汗でしっとりとしているし、年頃の娘は恥ずかしがるだろうがこいつは実質牡馬。そこら辺を気にせずやらせてくれるのは楽だ。
あらかた確認したが触診反応もなし、ウマ娘なだけあってやはり体温は人間より高くなってるのでアイシングで腱を冷やす。
「ライブまでは時間の余裕がたっぷりあるから、アイシングが終わったらシャワーで汗を流せ。その後にマッサージで筋肉を解してから軽いリハだ。」
「トレーナー!勝ったご褒美に久し振りに洗って下さいよ!」
「アホなこと言わないの。もうちんこ付いてないんだから」
「えー、けちー!」
ケチじゃないわボケ。捕まるわ俺が。
着替えセットを持たせて送り出す。こういう所はまだまだ馬である。
スターライトが帰って来る前に記者の対応をしに行く。3歳未勝利でも勝てばコメントを求められるのだ。始まって2週目の2歳新馬を勝てば世代の重賞戦線の有力馬としてメディアから高い注目を浴びるのは当然である。
そして、やはりよく見知った顔がいる。みんな大好き乙名史記者だ。この人がいるとスムーズに進むから非常に助かる。記者が聞きたいことは全て聞いてくれるから質問者この人1人で良いからね。
「出会いを改めて? 入学初日にどうやってスカウトしようか考えてたら逆スカウトされました__練習は基本早朝に1人で___併せ馬をしたい時はスピカに頼んで___ええ、一緒に走ってる子たちもいいですよ___綺麗な馬場でやるためですね。脚元が脆いんで___そうですね、レースも基本雨が振りそうなら回避___はい、今日の走りも指示通りで___ええ、そこはお前を信じる俺を信じろ理論ですね、ってああ乙名史さん興奮しないで___」
乙名史記者の唯一の欠点は暴走する事である。餌をあげると「素晴らしい!」と数分間止まらないので注意が必要だ。
「最後に一つ、雨宮トレーナー個人に質問よろしいでしょうか」
別の記者が手を挙げる。その場にいる記者たちに緊張感が走る。「お前、行くのか……!」と。ぶっちゃけ、避けられるとは思っていなかったので問題はない。去年から今日までのらりくらりと逃げ続けて来た訳だし。
「グローリーヴェイズさんとは、その後どうなんでしょうか」
「特に何もないですね」
そう、特に何もないのである。逆に怖いね。トレセン関係で一番長く付き合いのある奴だし、普通に週一くらいは飯に誘われてホイホイ付いていってる。しかし、本当に何もない。奴め、何を企んでいる。
「トレーナー!シャワー終わったよ!」
記者の間に困惑が広まっているタイミングでスターライトが帰ってきた。ナイスタイミングだ。
「すいませね、これで終わりでお願いします。ライブ前に脚のケアをしなくてはいけないので」
そう断りを入れてそそくさと退散する。メディア対応はいつボロを出しちゃうか分からないから早めに切り上げるに限るね。
控室に戻るとスターライトを寝かせてトモをマッサージする。蓄積された腱のダメージは時間差で現れるから今触診反応が無くても油断は出来ないが、筋肉にもレコード勝利とは思えないほどダメージが少ない。骨の周りも念入りにチェックするが、問題はない。直近のオープン戦ダリア賞に出走を考えても良いくらいに。だからこそ不気味だ。なんのアプローチもして来ないグローリーヴェイズくらい不気味だ。こういう身構えていない時にこそ不運が刈り取りにくるのだ。
「脚は問題ない。だが、休養を挟む」
「休養ですか? 自分の感覚では問題なさそうですけど」
「俺もそう思う。だから、休む。お前の脚を信用しないに越したことはないからだ」
他馬がまず怪我をしない様な所で2回も砕けたのだ。油断したら脚元をすくわれる。
「次走は9月10日のアスター賞だ。それに合わせて調整する。一ヶ月は馬場で走らないかもな」
「そんなにですか……。まあ、私はトレーナーに付いていくだけなので」
それで良い。さて、マッサージも終わりだ。トレーナーとしての仕事はここまでなので、後は観客としてライブを眺めさせて貰おう。
因みに、スターライトにはちゃんとダンスも歌も仕込んである。トレーナーになる上でこれが一番面倒だった。なんで馬を走らせるのに歌と踊りもせにゃならんのか。専属のトレーナー雇えよ、と何度思った事か。まあ、やったんですけどね。スピカ伝説のスペシャルウィーク事件は二度と起こしてはいけない。なお、この件は今でもイジられ続けている。OGも集まるスピカ忘年会でゴールドシップがやる一発芸の定番だ。そして、その様子が毎年ウマッターに上げられ定期ニュースとしてネットを賑わせスペシャルウィークが悶え死ぬ。この流れを見ないと年を越せないんだよなぁ、とは西崎トレーナー談。
「お、始まったか」
ステージ上にスターライト達が出て来る。ウイニングライブの順番はレースの順番とは少し違ってメイクデビュー組のスターライト達がトップバッターだ。新人を踊り慣れた上級生の後にお出しするのは酷というものだし、何より重賞ライブの後に条件戦面子を出すとか鬼畜の所業である。そういう事からライブの順番はレースの格やメンバーレベルによってURAが調整した順番になる。
馬要素が強いスターライトは人間的な緊張をあまりしない。そのおかげか初めてのステージとは思えないほど堂に入った振る舞いだ。歌もダンスも完成度が周りと違う。これはレースの結果の話題性を補強するだろうな。良い意味でも悪い意味でも元から有名だった俺が担当してる時点で誤差といえば誤差だが……。
スターライトと目が合った。馬は目が良くないはずだが、一番端の薄暗い所にいる俺を見つけるなんて逆に人間離れした良さになってるな。不思議生物め。手を振ると嬉しそうにアドリブで手を振り返してくる。
諦める判断をしなければならなかったあいつが、表舞台で元気に楽しんでいるんだ。少なくとも、今はこれ以外を考えなくても良いかな。
控え目に、けれどあいつに分かるように、瞳と同じ色のペンライトを振るった。