自己解釈あり、苦手な方は自衛お願いします。
とっても楽しそうな声が、明るいところから聞こえる。
『いいなぁ。いいなぁ』
暗い場所で、産声のような声が
『いいなぁ。いいなぁ』
焦がれるように、融けた。
「はい、こちらSKIP星元市分所……はい……怪獣の足跡らしい大きなくぼみ……分かりました、調査に向かいます」
ユウマが宇宙から帰還して、怪獣災害が激減した平和な、仕事としてはほどほどに暇な時間を謳歌していたというのに、なぜだか最近、怪獣の痕跡と思しき異変が各地で起こっていた。
しかし、何もいないのだ。痕跡だけが存在を主張する。怪獣の姿はない。動植物を食い荒らされるわけでも土壌や水が汚染されるわけでも、ましてや人の暮らしに害なす何かがあるわけでもない。
「いったい何なんだ……」
防衛隊もSKIPも困惑しながら通報のたびに調査を続けていた。
「まるで都市伝説かなにかみたい……」
「痕跡は実際にある。でも目撃証言すらないんじゃどうにも……」
「ユーとピーも何も見つけられないよ……」
毎度のことになりつつある手応えのない調査結果に星元市分所一同が頭を抱えていた。
「防衛隊にも、こういった事例は前例がありません。痕跡だけなんて……」
香ばしいコーヒーの香りが室内の緊張を和らげてくれるが、それでも度重なる徒労にどうしても空気は重い。
意見を出し合い、資料を読み漁り、防衛隊と連携してなお、雲をつかむような話。
一般人たちの間にも不安が広がり、いつ自分たちの生命が、家が、街が食い荒らされるのではと不安な想像がかきたてられている。
大人たちは怪獣のことがなくても、頭の痛いことが多いというのに、怪獣への不安まで抱えて。
事務所の外を、大人たちの不安や頭痛を跳ね飛ばすように子どもたちの笑い声が通り過ぎていく。
「なぁ、また足跡見つかったって!」
「まじ?どんな怪獣なんだろう!きっと、こーんな大きな羽があるんだよ」
「見に行きたいけど、まだ調べてるみたいだから近づいたら怒られるよね。もし見つかったらパックンって食べられちゃう」
「でも、ほんとに怪獣かなぁ?UMAだったりして!ほら、ネッシーとかビッグフットとかみたいな!」
「UMAなわけないじゃん!恐竜かも!」
「えー、恐竜のほうがないよー。あと可愛いのがいい!」
怖い物知らずな子供たちは他人事、対岸の火事で、未知への好奇心に胸を躍らせている様子が、大人の苦笑を誘う。一般人の大人も直接的な危機感という意味ではまだどこか他人事といった様子だった。
「もう一度資料を当たってみますか」
この声を悲鳴に変えないためにも、ヘタれている場合ではない。
「そうだな。それぞれの分野から再度確認してみよう」
所長の号令一下、重かった空気が再びコーヒーの香りを巻き上げるように動き出す。
「そうと決まれば、ユピー!データ解析手伝って!」
「オッケー!ユピーにお任せ!」
闊達な声が響いて、キーボードを叩く音が小気味よくリズムを刻む。
「私も防衛隊のデータを洗い出します。ユウマ君、怪獣のデータ照合に手を借りるかもしれません」
「分かりました、いつでも声かけてください!」
それぞれがそれぞれの分野の知識で資料を掘り起こす。沈黙が戻ってくるが、重苦しい沈黙と違って心地よい沈黙だった。
「…………あれ……?これ、もしかして……」
そんな沈黙だから、ほんの小さな独り言もよく響く。
「どうかしましたか?ユウマ君」
「何かわかった?」
思わず視線を集めてしまって、まだ整理できていない頭でユウマが足跡の写真をいくつか表示させる。
「足跡の記録写真だな……これがどうかしたのか?」
「…………こっちの、日付が古い写真と、わりと新しい写真……足跡のサイズや形があまりにも違いすぎるので、別個体だと考えられています。形も少し違いますし、この不可思議な痕跡の主は複数いるのではないかと思っていました……でも……」
ユウマはさらにその足跡の写真を拡大して一点に目を止める。
「ここ……最初の頃の写真にはこの爪らしきところは少し尖っていたんです」
数枚の同じ箇所の拡大を経て、徐々にサイズが大きくなり、
「こっちでは丸くなってるんです。指、みたいに……もしかしたら、変質している1体の怪獣なのかもしれません」
最新の写真では、大きな、人の素足のような足形になっていた。防衛隊や関係する怪獣への造詣が深い人間たちの頭を抱えさせる要因の一つである。
人間に近い足をした二足歩行の、存在の痕跡しかない怪物が何処かにいる。しかも、急速に変貌を遂げながら。
暗い場所で、小さな声が笑みをにじませて漏れている。
『楽しみだな、楽しみだな』
紙がめくられる音やキーボードのタイプ音、機械の駆動音だけの静かな空間に、再び電話のコール音が鳴る。
「はい、こちらSKIP星元市分所……え、怪獣出現…!?分かりました」
怪獣の痕跡ではなく、怪獣出現の一報。
「SKIP、出動!」
準備を整え、現地に向かう。
「なんだ……あれは……」
そそり立つような巨躯が、歪に歪んでいる。まるで、子どもの絵を寄せ集めたような。
猛々しい頭に赤く輝く目と鋭い牙、針のような[[rb:鬣 > たてがみ]]にコウモリのような翼、猛禽のような手、白い毛に覆われた足に、ヒレのついた長い尻尾。全身には鋼のような鱗が光り、頭部から伸びる白くて長い、ふわふわの耳の違和感を際立たせている。
僕の考えた最強の怪獣!と子どもが絵を持ってきたら微笑ましい気持ちの一つにもなるかもしれないが、それが目の前にいるのならばたまったものではない。
現着して避難誘導に当たりながら、歪な怪物を見上げる。普通の怪獣より二回りほど大きい、その巨躯。つまり、ウルトラマンアークより大きいのが、比べるまでもなく分かってしまう。
悲鳴を上げながら、老若男女問わず少しでも怪物から遠ざかろうと避難誘導にかろうじて従いながら逃げ惑う。
心なし、怪獣の巨躯が更に大きく見えたのは、心理的なものだろうか。
「………所長!」
ユウマが声を上げる。
「行くのか、ユウマ!」
「はい!ここをお願いします!」
伴所長の返答を待たず、ユウマは走り出す。
「ユウマ君!無理をしないように!」
「気を付けてね、ユウマ!」
1人で突っ走る必要がなくなったことを示す声が背中を押してくれる。
「………走れ、ユウマ……!」
走りながら、アークキューブに力を込め、アークアライザーに嵌め込んで、回す。
光に包まれる温かい感覚。アークアイソードを手に、ウルトラマンアークが怪物に向けて走った。
やはり、大きい。
ウルトラマンアークでも、見上げるほどの体躯。
たくさんの人間たちが、逃げながら、避難誘導しながら、対怪獣兵器を操作しながら。
ウルトラマンアークと、彼より更に大きな怪物を見あげている。
憧憬と羨望と希望。不安と恐怖。
いろんな感情が混沌とする中で、怪物とアークがぶつかり合う。
振るわれたアークアイソードが怪物の鱗を削り、空を切る尻尾をバリアが火花を散らしながら受け止める。
『ドウシテ』
アークが有効打を与えられないまま、パンチやキックと様々な攻撃を試していく。その中で、悲鳴のようなその声が聞こえたような気がした。
だが、手を止めるわけには行かない。
暴れる怪獣に、人間たちの恐怖心がかき立てられて、いつ恐慌状態に陥ってもおかしくない。
怪獣の体が膨らむ。いや、違う。
「大きくなっている……」
シュウが呟く。生き物である以上、目に見えるような速度での成長なんてありえない。それでも、今、確かに目の前の怪物は体を成長させ、アークの倍ほどの体躯を得た。そして猛禽のような手が大きく伸びて四足歩行に、骨格が変わっていく。
怪物の耳は小さな音を聞き逃さず、全身を覆う鱗は硬く、鋭い爪牙は食い込んだものを離さないだろう。人間の足跡に似た跡を残していた足はまるで人が四つ足で走ろうとしているかのように臀部を高い位置に支えている。
どう考えても歪だ。そうは進化しないだろう。なら、あれは一体何だ。異質な歪みが酷く不気味で生物としてあり得ない。怪獣生態学や生物学を専攻していなくても、その異質さは明らかだった。コウモリの皮膜のような翼が大きく開いて空気を捉えれば、その巨体が宙に浮く。その風圧で周囲のビルが大きく揺れた。
このまま街中で戦うわけには行かない。
アークはそう判断して、紫の光を身に宿す。宇宙の煌めきをそのまま固めたような鎧の力で、怪物ごと、空間を転移した。
シン、と、一瞬にして街が静まり返った。そしてざわめきが返ってくる。
「あの怪獣を、どこかにやってくれたんだ」
「アーク、大丈夫かな」
「アークは強いからきっと大丈夫だよ!」
「でも、あの怪獣すごかったねぇ!」
「ね、おっきかったし、ドラゴンみたいでちょっとかっこよかった!」
「うさぎみたいな耳もあったよ!」
子どもたちが歓声を上げる。
「ウルトラマンアークはあの怪獣をどこに連れて行ったんだ」
「他の街とかじゃないといいけど」
「人間のいないところでやってほしいよねぇ」
「まずい、早く会社に戻らないと……夕方から会議なのに電車動いてるかな……」
「このまま早退しても怪獣のせいにしたらいけるかな……いや、部長にどやされるか…」
「あーあ。遅れた分また残業だ」
「この辺の復興にはどのくらいかかるんだろう」
「また死傷者の数がニュースになるな」
「怪獣なんかもう出てこないようにしてほしいものだ」
大人たちの頭痛と不安と抑圧が戻ってくる。
街はざわめきを取り戻し、被害の比較的少ないルートをたどって日常に戻っていく。喉元を過ぎてしまえば、他人事。だって、少なくとも自分たちの身の安全は一応確保されたのだから。
「ユウマ……どこに行ったんだろう……」
「すぐに防衛隊が情報を送ってきてくれる。少し待つんだ」
伴所長とリンがどこか不安げに、アークが消えた場所を見上げているのを横目に、シュウがタブレットを操作する。
「情報きました。ここは……ここから少し遠いですが、人が滅多に立ち入らない山ですね……アークとあの怪獣が交戦中です」
防衛隊の戦車や戦闘機が方向を転換してその山の方に向かっていく。
「俺たちも行くぞ!2人とも、乗れ!」
頭で判断するより先に足が動く。
車に乗り込む。何ができるでなくても、一刻も早く、アークの、ユウマの下へ。所長の運転で車が唸りを上げて走り出す。
「なにか……なにかできることが……」
あれほどの巨体相手にどう立ち回るのか。防衛隊の情報も錯綜しているのがタブレット越しにも見て取れる。
急げ急げと急かす心を深呼吸で抑え込んだ。
目的の場所に近づけば、徐々に大きな振動と戦闘音が大気と地面を揺らしている。
「あれ……少し小さくなってる…?」
少し首を傾げながらリンが呟く。アークよりは未だ大きい怪物は、よくよく見れば確かに大きく膨れ上がった姿から二回りほど小さくなっていた。出現時よりは大きい。だが、肥大化した姿よりは少し小さい。骨格は四つ足のまま。兎のような長い耳が流動するかのようなしなやかな動作に靡いている。
自分の体躯とかけ離れた大きさの未知の怪物に、アークは攻めきれずに翻弄されて未だ有効打を与えられていないように見えた。
アークは多彩な技を駆使してなんとか鱗を破ろうと奮闘するが、破るに至らない。
防衛隊の戦闘機がアークを援護するように射撃を行うが、それもやはり意味を成していない。
怪物が身を守るように、鱗の鎧に包まるように丸くなった。
『ナンデェ……』
今度は、はっきりと聞こえた。思わず攻撃の手が止まる。だが、防衛隊の攻撃が続いているのを見れば、聞こえたのは自分だけなのだとアークは察し、思案を巡らせる。
『きっと、こーんな大きな羽があるんだよ』
『UMAだったりして!ほら、ビッグフットみたいな』
『えー、可愛いのがいいよー!』
子どもたちの無邪気な会話が脳裏に響く。
大きな翼。歪な、人間の足に構造の似た足。不自然なふわふわした耳。子どもたちが好みそうな種類の怪獣に似た頭部。なんでどうしてと言葉を発したのはこの怪物だと思われた。
防衛隊の戦闘機が攻撃を継続する。
その中であっても、この違和感を見逃したくないと思ったのは、ただの勘だった。
咄嗟に怪物を背中に庇ってバリアを張り、怪物の傍らに片膝をついた。怪物の猛々しい頭部が今にも泣きそうな目でそっと見上げてくるギャップはなかなかインパクトがあった。あと、ちょっと可愛い。でかいけど。
「言葉は……わかるかな?」
アークの中からユウマが声をかけてみる。
『ナンデェ……』
子どもを泣かしてしまったような罪悪感を呼び起こす声を出して顔を伏せ、体を丸める怪物。泣かしてしまったようなというか、えぐえぐぐすぐすと嗚咽が聞こえてくるに至っては、完全に戦意が折れた。
怪物の頭に手を置いて、小さくはなれないか、とイメージを伝えてみる。
怪物はまだうるうるした目でアークを見あげているが、意図をくんだように体を小さくしていく。足跡程度の痕跡しか残らないわけだ、小さくなれば重さが減って、必然的に痕跡は残らなくなる。
ひとまずは大丈夫そうだと判断して、アークは小さくなった怪物をそっと優しく包むように手に乗せて空に弧を描いて飛び去った。
「うーん……どうしよう……」
SKIP星元市分所のオフィスに戻ってきたユウマの傍らには小型犬ほどのサイズになった怪物がビクビクと丸くなっていた。
「ユウマ、この子、コミュニケーション取れそう?」
そう聞かれて、ユウマは首を傾げた。
「たぶん……でも、語彙が少ないのかもしれないですね……子どもみたいな印象を受けます。あと……この姿もなんだか……子どもたちの好奇心が好みそうなものを集めたんじゃないかって気がするんです」
怪獣だから、で納得できない生物としての歪さ。不自然な幼さ。
「この子はいったい……」
じっとSKIP星元市分所メンバーの視線が集まる。
集まった視線に怯えたように、怪物は目にじわりと涙をためた。
「えぇ……」
「な、泣かないでー!」
「ご、ごめん、泣かないで……!」
わたわたと怪物を慰め始める面々。
白くてふわふわの耳が伸びて怪物の目を覆い隠した。えぐえぐぐすぐすと嗚咽が漏れる。
『ナンデェ……』
少し困ったように、ユウマはちらりと周りを見るが、やはり声は他の人には聞こえていないらしい。
仕方ない、と意を決する。
「なにが、なんで?なの?なにかしたいことがあったの?」
ユウマが怪物に問いかけると、怪物は涙に濡れた目をユウマに向けた。
『楽シイ、友達、入ル……ミンナ、好キ、合ワセル、モット、好キ、ナル……』
ぐしゅぐしゅになった声がぎこちなくたどたどしい言葉を紡ぐ。
「うー……ん……?えと……好きを合わせたらもっと好きになってもらえるかもってこと?楽しそうな誰かの……友達になりたかったの……?」
怪物は歪な体を丸めて小さく頷いた。
『ミンナ、考エル。好キナモノ、ナル……』
あ、と。ユウマは目を見開く。
つまり、この歪なこの姿は
「やっぱり……たくさんの人の……子どもたちの想像力を集めた姿……?」
皆が好きなものに、興味を持ってくれるものに、姿を近づけたら仲良くなれるかな。そんな夢を想像をして、たくさんの想像力を取り込んで。
「頑張ったけど頑張る方向がズレちゃったんだね」
そう結論づけて、歪になってしまったその体を優しく撫でる。ゴツゴツした鱗の感触の背中とフサフサした毛の感触の下腿と湿った感触の尻尾が一続きになっているのが手に違和感だ。
「うーん……害意はなさそうだけどなぁ……」
「防衛隊には連絡するべきでしょうが、連絡したら捕獲は免れませんね」
「しかし可哀想だからとここに置いておくわけにもいかんだろう」
言葉を交わせる、意志が通じると分かってしまえば断固とした“怪獣”として対処することが心情的に難しくなってしまう。だからこそ、重くなった空気で最初に動いたのは所長である伴だった。
通報の責任を背負って電話に手を伸ばしたその時。
「ああ、いたいた。良かった」
耳元で囁くような声にビクリと顔を上げれば、どこかのっぺりとした顔の人間が引きつったような不自然なにこやかさで立っていた。
「え!?」
「ど、どなたですか……」
「無断で入られては困りますよ」
慌てて皆が立ち上がる中、ユウマがさっと怪物を隠す。
『コワイ……コワイ……コワイ……』
伝わってくる言葉は明らかな恐怖で、さっと視線を巡らせれば鏡の中のアークが闖入者を見つめているのが見えた。
「……………」
ここで声を上げて糾弾するリスクと知らないフリで様子を伺うリスクを天秤にかけ、ユウマが立ち上がろうとした瞬間に闖入者はペラペラと喋りだす。
「すみませんね、ソレ、私のなんですよ。うっかり逸れてしまって」
まるでなんてことないような物言いで闖入者は語る。
「ずいぶんと醜い姿になってしまったけど、まぁいいでしょう。さ、返していただけますか。」
表面だけはにこやかな闖入者は名乗ることすらせずに、モノを受け取ろうとするかのように片手を差し出す。
「ソレは、ソレは人間の手には負えませんよ」
室内の緊張感が一気に張り詰めた。
「宇宙人……ってこと……?」
SKIPのメンバーは顔を動かさないまま、どうしようかと視線を交わす。シュウの手がエレマガンにそっと伸びた。
「………もし、この子があなたの仲間だとして……あっさりはぐれてしまった上に醜いなんてよく言えますね……」
ユウマが闖入者を睨むように見据える。
「知らない土地に一人で放り出されて、仲間が欲しくて姿まで変えて、それでも拒絶されて、心細かったところにようやくあなたが迎えに来たかと思えばそんな言い方……」
ユウマの耳には、未だに怪物の声が聞こえている。
『イヤダイヤダイヤダイヤダ』
「この子はあなたを怖がっています。あなたの目的は何ですか。あなたのいうことを信じるなら、なぜ、この子は仲間であるあなたを怖がっているんですか」
すぅ、と、いっそ気持ち悪いほど闖入者の表情が抜け落ちた。
「仲間。仲間、ね。ふぅむ……同陣営という意味では……いや、所詮道具のようなものだが……」
この怪物がどういった立ち位置なのか、初めて考えたという様子で闖入者が一人で笑いだす。その隙をつくように怪物が窓ガラスを突き破って逃げ出した。
「あ!」
「しまった!」
目の前の闖入者を放置してでも追うべきか、一瞬迷う。
「所長たちはあの子を追ってください!」
ユウマの言葉に、反射的に体が動き出す。
「ユピーも探すの手伝って!」
「う、うん!ユピーにお任せ!」
慌ただしく部屋を飛び出す伴、リン、ユピーの遠ざかる声と対照的に、闖入者と相対するユウマとシュウ。シュウの手はすでにエレマガンを闖入者に向けて緊迫した空気を醸し出していた。
「逃げられてしまった。ずいぶんと嫌われてしまったものだ」
銃口を向けられてなお、闖入者はくつくつと嗤う。
「あなたは一体……誰なんですか。あの子は……」
「いや、嫌われたというよりは……アレが気に入ってしまったのかな。そんなことはどうでもいいが。どうせ結果は変わらない」
闖入者は目の前の人間2人を見て、囁く。
「名乗るほどのものではないよ。なぁ、ウルトラマンアーク」
「動くな……!」
一歩踏み出してくる闖入者とユウマの間に、とっさにエレマガンを構えたシュウが割り込む。
「アレの名前は、べギーア。君たちの心を映すもの」
足を止めた闖入者はニヤニヤと笑って2人を見据えた。
「ウルトラマンアーク。君を倒すのは人間の想像力だ」
その言葉だけを残して、闖入者は始めからそこにいなかったかのように姿を消した。
「アークを倒すのは……想像力……?」
「ユウマくん……」
一瞬の沈黙。
「…………シュウさん、とにかく今はあの子を……べギーアを探しに行きましょう……!」
「……ええ、行きましょう、ユウマくん」
頷きあって、2人も外に飛び出した。
「いたか!?」
「こっちにはいません!」
「こっちにもいなかったよ!」
「あっちのほうにもいません……!」
周辺を探し回って一度集まり、収穫なしを確認する。だが、シュウだけがその場に現れなかった。
「シュウさん、もしかして見つけたのかな……」
「それならいいが……もう少し周りを探そう」
「はい……」
再び全員がその場を離れてべギーアを捜索し始めた。
その頃。
「…………見つけた」
低い植木の根元に頭を突っ込んで隠れているつもりのべギーアをシュウは見つけていた。
「べギーア……?」
ユウマと違って、シュウにべギーアの声は聞こえない。それでも、コミュニケーションが取れることはユウマが証明していた。
現に目の前で、名前を呼ばれたべギーアはそっと頭を植木から引き抜いてシュウの呼びかけに反応を見せた。
「安心して。さっきのやつはここにはいません」
逃げられないように、できるだけ穏やかに声を掛ける。
「えっと……伝わってるんだろうか……ユウマくんのところに戻ればまた仲介してもらえます、だから、こっちに来てください」
べギーアはシュウをじっと見つめる。何かを言いたそうにも見える。
(………ユウマくんに言葉が聞こえるのは、ユウマくんがアークだから……?いや、ユウマくん自身は普通の人間なわけで……ということは、私でも何らかの条件を満たせばあるいは……)
会話ができる、言葉が聞こえるのではないだろうか。聞こえるはずがない、ではなく、聞こえる可能性を。
もしも自分がべギーアの言葉を聞くことができれば。そう、“想像”した。
『怖イ、ナイ?』
突然、頭に響くように言葉が聞こえた。
「えっ」
まるで、ラジオの周波数を合わせたように、本当に突然聞こえたのだ。
『怖イ、イヤ。楽シイ、スキ』
「さっきのやつの仲間、というわけじゃないのか……?…………べギーア、ユウマくん……えっと……さっきお話していた人のところに行きましょう」
『ユーマ?』
「はい。さっきお話していた人です」
『オ話、シテル。ユーマ』
「あ、いえ……私はシュウです、シュウ」
『…………シュー』
なんかシュークリームみたいだな……と思いつつ、とりあえず警戒心が和らいだべギーアを抱え上げる。やはり、生物としては歪な手触りに違和感は消えなかった。
『シュー、ユーマ、同ジ、ニオイ、スル』
とっさに自分の服の匂いを確認した。コーヒーの香ばしい香りの残滓といつも使っている柔軟剤の匂い。
『同ジ、ニオイ』
べギーアは抵抗することなくシュウの腕に収まって、おとなしくタオルをかぶせられた。
「同じ匂いは……しないと思うけど……」
『…………同ジ、ニオイ、スル』
「………………アークの人間とあの人間が同じ匂い、か……ふむ……」
傍観者を名乗った男が姿を隠したままべギーアとシュウを見つめる。
「ということは、べギーアの完成に一役買ってくれるかもしれないな……もう少し様子を見ようか」
この星はとても都合がいい。べギーアを育てるのに適した環境だ。
「地球人は想像力が豊かで実に結構。」
その想像力は、きっとべギーアを破滅へと育てるだろう。
「……………所長、べギーアの通報は少しだけ待ってもらえませんか……?」
ユウマがそう切り出すと、所長は即座にその真意を問う。
「今、べギーアと引き離されて情報規制されるリスクを負うより、僕たちの手で守ったほうがいいと思うんです。それに、今落ち着いているべギーアの精神状態を不安定にするとまた巨大化してしまう可能性もあります」
ユウマはそこで、防衛隊所属であるシュウの様子をうかがう。やはり、難しい顔をしているシュウに少し緊張感を覚える。
「………………私も、このままここで保護を続けたほうがいいと思います」
紡がれた言葉に、その場の視線がシュウに集まった。
「なぜか、聞いても?」
「べギーアは、何らかの条件を満たした相手に言葉を届けることができる。現に、私も先ほど、べギーアの言葉を聞くことができました」
「え、シュウさんも……!?」
驚くユウマにシュウは強い瞳で頷く。
「現状、べギーアと会話ができるのが二人だけであるなら、情報を得られるのも我々だけ。防衛隊にその条件を調べたうえで満たしてもらう時間はないでしょう。であるなら、べギーアはこのまま手元に置いておいたほうがいいかと」
伴は大きくため息をついて、考え込むように椅子に深く腰掛ける。
「え、じゃあ私もこの子と話したりできるかもってこと?私ともお話しようよ、べギーア!」
リンの明るい声に重い空気が救われる。リンに撫でられるべギーアは言葉を発することなく丸くなっていた。
「…………分かった。少し様子を見よう。だが、負うリスクは最小限に。何かあればすぐに通報する」
「はい」
「ありがとうございます!」
ユウマの声が明るくなって表情が和らぎ、べギーアの隣に座る。
「べギーア、君のことを教えてほしいんだ。お話できるかな?」
べギーアがユウマを見上げて数度、瞳を瞬かせる。
『オ話、スル』
その声はシュウにも聞こえていた。
「ユウマくんがべギーアと話しているのを私が伝えます。リンさんとユピーはべギーアの生体データの収集と解析をお願いします」
穏やかな話し声とコンピューターの駆動音、タイピング音だけが流れる空間は一時の平穏を感じさせていた。
「この子、精神感応がすごく強い数値が出てるよ」
「精神感応?」
聞き慣れない言葉に眉をひそめて説明を求めると、リンはPC画面を見ながら話してくれた。
「まぁ、ものすごく端的に言えば……テレパシーかな。自分から発信する力もだけど外部……他者から受ける影響が強いみたい。だからユウマが言ってた、子供たちの想像力を集めた姿っていうのもあながち間違ってないと思う」
「ということは……やはり……」
「…………この子を使って、アークを倒そうとしてるってことですね……でも、どうやって……?」
その瞬間、外で爆発音のような爆音が轟いた。
「な、なんだ……!?」
べギーアを抱えて外に出れば、人々が不安げに外を見ているのが目についた。
事故か、事件か、それともまた怪獣関係か。不安そうな人々の顔が目に付く。だが、煙が見えるわけでも瓦礫が落ちているわけでも、ましてや巨大な怪獣がいるわけでもない、静かな街並み。
ただただ、得体のしれない不安だけがさざ波のように広がっていく。それに反応するように、べギーアが震え始めた。
「べギーア……!?」
抱えきれなくなって思わずべギーアを地面に下ろすと、そのままべギーアは悲鳴のような咆哮をあげてむくむくと膨れ上がっていく。
その姿を見た人々は恐怖に駆られて駆け出し始める。
「さぁ、破滅の始まりだ」
不穏な言葉に振り返れば、あの“誰か”がニタニタと笑っている。
「お前は……!」
巨大化していくべギーアと、目の前の“誰か”のどちらに目を向けるべきか。
「いや、実に素晴らしい。やはり君たちは素晴らしい力を持っている」
「リン、ユピー!俺たちは住民の避難にあたるぞ!」
即座に下された指示は、せめて自分のできることを、という意思だ。わけの分からない状況や巨大生物に向かい合って、訓練も受けていない人間にできることは少ない。
「はい!2人とも、気を付けて!」
対抗手段を持つ2人を残して走り出す。シュウはすでにエレマガンを闖入者に向けていた。だが、銃を向けられてなお、闖入者は嗤っている。
「想像力は怪物を作り出す。恐怖は肥大化し、不安は高い壁となる。不満や疑心は攻撃性を生み、未知はそれらを全て育て上げる」
まるで、作品を自慢するように。
「あの大きな音は、きっと大きな怪獣だ。大きな怪獣は街を壊し、命を脅かす。ウルトラマンより大きな怪獣を倒すのは困難だ。あの鱗は硬くて攻撃が効かないかも。人間たちは最悪を想定する。その想定された最悪を実現させているのが自分たちであるなどと知る由もない」
楽しんでくれたまえ、ウルトラマンアーク。
「君を倒すのは、地球人の想像力だ」
べギーアが吠える。
『イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ!』
急激な変化に耐えるその悲鳴を聞けるのは、ユウマとシュウだけだ。
「さて、私は失礼しよう。べギーアが完成した今、君たちと遊ぶつもりはない。何しろ私は弱いのでね」
ケタケタとした嫌な笑い声を残して、また姿を消す。戦う力がないからこその、生き延びる術。だが、何処かからは見ているだろう。
「ユウマくん、べギーアを!私は彼を追います!」
「分かりました!気を付けて!」
短く言葉を交わして、背中合わせに走り出す。走る向きは逆でも、心は同じ方を向いて。
シュウは背中に光の熱を感じながら振り向くことなく周囲を警戒して走る。べギーアをもとに戻す方法があるとすれば、知っているのはあの宇宙人だけだ。
轟音を立ててアークが巨大なべギーアに向かっていく。だが、鱗は硬くてダメージが通らない。巨大な脚は街を踏みしめて山のように動かない。
『あの鱗は硬そうだ』『あれだけ大きければただ動かすだけでも難しそうだ』『あの尻尾を振り回したらビルだって一薙だろう』
人間の恐怖の想像がべギーアにそれを実現させる。
「これが……アークを倒す想像力……」
鱗が柔らかいと想像しても、見るからに硬そうなそれは硬質な印象を崩さない。
アークは懸命に徒手空拳、アークアイソード、光線技を工夫しながらといろいろ試してはみるが、それでもダメージが通る様子はない。
アークは懸命にべギーアの尾を受け止めて被害を抑えながら思考を巡らせる。
『べギーアは精神感応力が高い』
だからこそ、この硬い体に攻撃が通らない。人々がそう考えてしまうから。べギーア自身に干渉はできない。自分ひとりより多くの数がべギーアを硬くしている。
さしものウルトラマンアークも、今度こそ勝てないのでは。
そんな絶望的な空気が人間たちを飲み込んでいけば、絶望は、困難は、より高い壁となってべギーアの防御を固め、体躯を巨大に育て上げていく。
「必ず、近くにいるはず……どこに……」
油断なくエレマガンを構えながら名も知らぬあの誰かを探す。のっぺりとした顔の雰囲気は思い出せるが、どんな顔なのかをはっきりと思い出すことはできない。
「…………君からは、脅威の感情を感じない」
いつの間にか、目の前に探し人がいた。
「ウルトラマンアークが負けることを想像していない……い勝つことを疑っていない」
純粋な疑問をにじませた言葉に、表情を険しくしてシュウは目の前の存在に銃を突きつけた。
「当たり前でしょう。仲間であり友人を信じることに疑念など必要ない」
いつかの夢のように、隣に並び立つことはできなくても、同じ戦場に歩みを並べることならできるのだと。
アークなら、ユウマなら、べギーアを鎮めてくれると。
「信じることと疑わないことは似て非なるもの、ということか……なるほど。だから君も、べギーアの声を聞くことができたわけだ」
聞こえるかも、聞こえるはずだ、ではなく、聞こえないはずがない。
「べギーアの暴走を止めて投降しろ」
「さもなくば、撃つ、か?撃ってみるといい。想像の具現には限界がある。その限界が、私に通じるかどうか試してみるといい」
何時でも撃てるように引き金にかけた指が、まるで金縛りにあったように動かない。人間にとても近い姿をしているせいだろうか。いや、それでも確実に敵だと分かっている状況で感傷に浸るような甘い訓練はしていないはずだ。
「せっかく私を追ってきてくれたんだ、少し話をしようじゃないか」
その“誰か”の視線は引き金を引けないでいるシュウを素通りしてアークとべギーアに向けられた。
「ずいぶんと大きくなったものだ。あの大きさは、人間たちの恐怖、不安に煽られた困難感だ」
あれを育てたのはお前たちだ。
「お前たちの想像は、悪い方ばかりに向く。最悪を想定する。アレはその最悪を具現化する」
お前たちは思い知るべきだ。
その最悪を想像する力もまた、想像力であるということを。
アークのカラータイマーが点滅し始めた。
どうしたらいい。どうすればべギーアを止められる。
「あぁ……もう駄目だ……」
「ウルトラマンでも勝てないなら、もう……」
どこかの大人が呟いた絶望の呟きがじわりじわりと人々の心を侵食していく。街の瓦礫を積み上げていく。
「ユウマくん……!」
「お前たちは勝手だ。たくさん、あんなにも想像をしておいて、大人になれば全て忘れてしまう。忘れ去られたものを顧みることすらせずに」
子供の頃は、純粋だった頃は、あんなにも[[rb:未来 >夢 ]]を信じていたのに。可能性を疑っていなかったのに。
「全て夢物語だと、叶うことのない、届かない幻想なのだと決めつけた」
知識をつけたがゆえに。経験を積んだがゆえに。
「そんなお前たちが、べギーアに、私に勝てるはずがないのだ」
絶望ばかりを信じるようになったお前たちになど。
「……………何が言いたい」
表情のないその顔で、街を、人間を恐怖に陥れておいて。関係ないはずの星の、関係のない感情に向けて喋っているはずなのに。
「言いたいこと、など。今さら。ただ、思い知ればいい。お前たちが忘れていったものを」
どこか悲しげな気がして、シュウはまだ引き金を引けないでいた。
「お前は……」
「お前たちは、不可能だと切り捨てて夢の中においてきたものに負けるのだ」
夢。その言葉に反応するように、あの光景を想起する。
心の闇に飲まれた自分を救ってくれたのは。隣に並んで戦うことができたのは。
「お前も……べギーアと同じ、人間の想像力か」
自分は特別でもなんでもない、ただの人間だ。ほんの少し、特殊な道を選んで宇宙と距離を近くした。友がウルトラマンだった。ただそれだけの。
だが、たとえただの夢であっても、あの時戦っていた自分は“本物”だった。心の痛みも、共に並んだ隣の光も、拳の痛みも、そして救われた温もりも。
あれが現実でも夢でも、どちらでも構わない。自分の中で、あの時の全てが真実だ。
真実であるなら、疑う必要もない。共に戦うことを、諦める必要もない。
望んでもいいのだ。いや、望むべきだ。だって、自分は一度、彼の隣に並んでいる。
シュウの目が、“誰か”から外れてアークとべギーアを見る。
「人間は、人間が恐ろしいことを知っている。限界があることを知っている。故に、夢を夢だと笑って蓋をし、そして他者にも蓋をさせる。忘れたふりをする。あり得ないと、叶うはずがないと」
ならば、そのうち捨てられた夢は、想像力は、未来は。
どこに行けばいい?
その呟きは、打ち捨てられて忘れ去られた、力なき夢想が抱く、孤独な自問自答。
怪獣の咆哮と瓦礫が積み上がる音が耳を殴りつける。
人々の希望を一身に背負うアークの胸元が赤く点滅し、それを覆い隠すように太陽が、月が、宇宙が煌めいて立ち上がるアークを守る。
破壊音は絶望を呼び、胸の赤い点滅の音は焦燥感と不安感を生む。状況を突きつけられた人間たちが、諦めを想像する。
だが、大人の絶望の想像力を凌ぐ、輝かしい声が。
「……………まだ……まだ負けてない!」
「そうだよ!ウルトラマンは負けないんだ!」
まっすぐな子供の目は絶望を想像すらしない。大人が忘れた無限を知るその煌めきは。
「きっと、また」
疑うことを知らない純粋な想像力は。
「あの時みたいに、きっと黒いアークも来てくれる」
「あの時みたいに、黒いアークがアークと一緒に戦ってくれる」
「アークは負けないんだ。絶対に」
「「「「頑張れ、アーク!!!」」」」
その声は、希望は、望みはやがて、[[rb:円弧 > アーク]]となって心を繋ぎ、希望を編む光となる。
「私は、また君の隣で戦いたい……!」
『イヤダトメテイヤダトメテイヤダトメテイヤダトメテ』
夢を夢で終わらせない。その光は[[rb:べギーア > 欲望]]に、届く。
べギーアの目がグルンッと回る。アークはその目の先を確認すると同時に、べギーアの視線を遮ろうと駆け出す。
べギーアの目線の先にいるのは、シュウだ。
『シュウさん……!』
叫ぶユウマの視界がべギーアの放つ黒い光に眩む。
「………………なるほど。べギーアの感じた、同じ匂い、とは……」
シュウの前に浮かぶ菱形に、“誰か”は目を細めた。
「多くの人間が捨てた“信じる強さ”か」
シュウは迷わずその菱形に手を伸ばす。
“誰か”は戦えない。自分の限界を知っているから。代わりに賢さを得た。計算を得た。そして、経験を得た。
だから、“誰か”は傍観者でしかないのだ。自分にできること、できないことを弁えている。まるで、柵を越えられないよう刷り込まれた家畜のように。
それなら、べギーアを何とかすればいい。
菱形の使い方は知っている。夢で見た。使わされた。
あの時、苦しむように自分にしがみついた黒い巨人。苦しむ自分をベースにしていたからかもしれない。だが、今は、戦う力に、幻夢に追いすがる。絶対にこのチャンスを、彼の隣に立つ可能性を掴むのだ。
掴んだ黒い光は、どこか好ましい香りがした。
べギーアの放つ黒い光が引いていく中で、べギーアの尻尾がアークを捉える。激しく打ち据えられる尻尾を何とか受け止めながら、黒い光の中のシュウと“誰か”の安否を確認しようとその光る瞳を凝らせば、その中から黒い光を纏って飛び出す巨大な何かが、べギーアの不意を打ってその尻尾を押し返した。
「黒いアークだ……!」
「ほら、やっぱり来てくれた!」
「アークと黒いアークが居てくれたらあんなに大きな怪獣だって怖くないよ!」
幼い歓声が、徐々に伝播していく。
「あの時、空から降ってきた地面よりはあの怪獣は小さい……アークが2人いたら勝てるかもしれない……!」
「あの時みたいに、きっと……!」
その希望の[[rb:種 > 可能性]]は、根付くのは難しくても根付いてしまえば大輪を咲かせる。
『シュウさん……!?』
『ユウマくん、べギーアは我々や人間の想像力で強く、大きくなります。彼もまた、我々の想像力から生まれたもの』
希望の声が広がれば、抑えがたかった恐怖が鎮まっていく。べギーアの体が、まるで空気が抜けるように小さくなった。
「人間たちの脅威の感情が……」
“誰か”はその場から動くことなく、2人の巨人とベジータを見上げる。
『だからこそ君は……いえ、私たちは、べギーアに勝たなくては』
一緒に、隣で戦わせてくれますか。
大切な友人であり、大きな憧れである、大好きな
『君たちと一緒に、戦いたい』
「はい、シュウさん。もちろんです……!」
[[rb:夢 >未来 ]]の[[rb:種 > 可能性]]は取り合った手に芽生えた。
頷き合う2人の巨人に、人間たちは希望を強めて顔を上げる。その希望がべギーアに伝播する。
べギーアの尾が再び迫るのを、黒いアークが抱え込むように押し留める寸前にアークが走り出す。
ソリスアーマーを纏った頑強な拳がべギーアに突き刺されば、あれほど硬かった鱗にヒビが入る。もう一撃。鱗を砕く。
人々の目に希望が宿る。攻撃が通るのなら、倒せる。あの2人のアークなら、きっと勝てる。だから、諦める必要などないのだと。
「ウルトラマンアークは、負けないんだ!」
子どもたちの純粋な想いが、大人たちの中で蓋をしていた部分を揺さぶる。
正義が勝つとは限らない現実を知った。勝てないもの、超えられないものがあるのだという現実を知った。だから蓋をした。純粋な心で現実の何かを信じ続けることは難しかったから。
べギーアの視線を撹乱するようにルーナソーサーとアークが飛び、その隙に黒いアークがべギーアの懐に飛び込んで、その指先から光弾を連射し、鱗の鎧が弾け飛んだ。
「そうだ……信じていいんだ……」
べギーアの口から炎のような高エネルギーが打ち出されれても、着弾地点に回り込んだ2人のアークが巨大なバリアでそれを阻んで空に打ち上げる。
「ウルトラマンアークは、負けない」
「2人のアークは、皆を守ってくれる」
いつしか、大人たちからもそんな言葉が零れ落ちる。信じたいものを信じたい、それは大人も子どもも同じこと。
だから、
「「「「「「頑張れ……頑張れ!アーク!」」」」」」
子どもたちの声に大人たちの声が交じる。
「なんだと……」
小さく、脆くなるべギーアを、“誰か”は呆然と見上げる。
絶望を上回る太陽のような希望。
悲しみを払う月のような願い。
希望と願いが散りばめられた宇宙のような想像。
「……………忘れられてなど、いなかった」
現実を生きるために、必要ないと切り捨てられたのだと。忘れられたのだと。
覚えていて欲しかった。持ち続けていて欲しかった。
子供の頃に見た夢を。無数のうちの“誰か”になる前の、ただ1人の“自分自身”を。
夢を思い描くことを楽しんでいたあの頃を。
「忘れられてなど……いなかった……」
[[rb:顔のない怪物 >運命 ]]は、諦めないものにだけ微笑む。顔のない“誰か”もまた。
2人のアークが、ギャラクシーアーマーの姿でアークギャラクサーを振るい、少しだけ小さく、脆くなったべギーアにその刃を突き立てた。
爆炎が立ち上り、地面を揺らす。
爆炎を固唾をのんで見守る人々の目の前に、煌めく夜空のような穴が開き、その中から、“誰か”のほうに体を向けた2人のアークが現れる。
「私を裁く、審判というわけか」
皮肉げに嗤う“誰か”が、どこか晴れた声で呟いた。
その“誰か”に、ウルトラマンアークの大きな拳が差し出される。
そっと開かれた手のひらには、小さく起動する光。
「まさか……べギーア……」
その光がべギーア、[[rb:夢 >未来 ]]の[[rb:種 > 可能性]]の本当の姿なのだろう。
「…………………夢は夢に還るべきか」
『僕たちはあなたたちを……夢を忘れたわけでも捨てたわけでもありません』
『ただ、現実を生きることに必死なだけで、あなたたちやあなたたちと共にあった時間もまた、私たちの宝です』
“誰か”の顔が、それぞれの昔の自分の顔に見えた。
「忘れられていないのならば……それで」
子どもたちの夢の種を守る大人の手で、その光を撫でる。
「この子もいずれ、“私”になるだろう。だが、忘れられていないのであれば、私のようになることもないだろう」
風に吹かれたように、“誰か”の姿が掻き消える。
それを見届けて、2人のアークは空に飛び立った。
「身につまされる話ではあるなぁ」
しみじみと呟く伴に、リンが肩をすくませる。
「えー、でも想像することを忘れたわけじゃないですよ。新しいシステムや技術や物を作り出すのだって想像からですから。まぁ確かに悪いことのほうが印象強いし考え込んじゃうかもですけど」
「…………人は人が恐ろしいことを知っている、と彼は言っていました。人に対して希望を持てなくなった故に人に近い姿になってしまったのなら……絶望し、焦ったのかもしれませんね。次の幼いべギーアが自分のようになる前に、想像の力を見せつけてやろう、と」
あの“誰か”もまた、次の“誰か”を救いたかったのかもしれない。
「そういえば、今回僕がギャラクシーアーマー使ってる時にシュウさんも同じアーマー使ってましたよね?キューブは?」
「前回のあの黒いアークの出現時、実際に使った実績がありますから、もしかしたら、それをたくさんの人々が想像したのかもしれません。キューブが目の前に現れたんです。想像は創造でもありますから、そういう事かもしれませんね」
コーヒーの香りが好ましく鼻腔をくすぐる。
「黒いアーク、って言い続けるのもアレだし、名前考えようよ、名前!」
それもそうだ、それがいい、と穏やかながら賑やかに。
「それなら、コーヒーアークとかどうでしょう?」
「えー、それはちょっと……」
「そうだな……ブラックアーク……も安直すぎるか……」
「うーん……モカアークとか……ラテアークとか……でもブラックコーヒーか……」
「………コーヒーアークを出しておいてなんですが、なぜそんなにコーヒーにこだわるんですか……」
シュウの言葉にクスクスと笑みが広がる。
「シュウさんで黒と言えばやっぱりコーヒーかなって」
そう言われてしまえば、おかしくなってみんなで笑う。ひとしきり笑って、シュウは少し考え込んだ。
「…………私の作品、『ギルティ』がレポ星人の事件の始まりであり終わりに繋がりました。だから……ギルアーク、にします。いろんな意味で思い入れの深い事件ですから」
真剣な顔に、仲間たちの表情も真剣なものになっている。
「ジャティワンギ州のコーヒーに、ジャティワンギ・ルアックコーヒーというものもあることですし。一息に言うと、ジャティワン“ギルアク”コーヒー、なんですよ」
「やっぱりコーヒーじゃないですか!」
未知の先、道が交わり、歩む先で明るい笑い声が弾けて、いつもの日常が戻ってきた。