Fallout:GODDESS ―灰の世界から女神たちへ― 作:記録官
第13話 女王討伐作戦
作戦当日の朝、勝利の翼号周辺に設けられた集結地点は、ネイトがこの世界へ来てから目にしたどの前線基地よりも慌ただしかった。広場の一角には弾薬や交換部品、医療資材を詰めた補給箱が積み上げられ、その間を整備員や兵站担当の兵士たちが絶え間なく行き来している。少し離れた場所には多数の輸送車両が並び、そのさらに向こうでは、この作戦のため各地から集められた量産型ニケたちが部隊ごとに出撃準備を進めていた。
作戦資料に記載された人数は、およそ二百名だった。
しかし実際に並んでいる姿を目の前にすると、一枚の書類に書かれた数字とはまるで印象が違う。同じ規格の身体や装備を使用している者は多くても、隣の仲間と話している者もいれば、黙ったまま武器の点検を続ける者もいる。緊張しているのか何度も弾倉を確認する者もおり、出撃直前だというのにくだらない冗談を交わして笑っている者もいた。
「二百、か」
ネイトが呟くと、隣にいたリリスも量産型ニケたちへ目を向けた。
「多いでしょ?」
「ああ。紙に二百って書いてあるのとは全然違うな」
「今回のために、いろんな部隊から集まってもらったんだよ」
今回の作戦目的は明快だった。まず人類軍による長距離攻撃で軌道エレベーター周辺へ集結しているラプチャーを可能な限り削り、その直後に量産型ニケを中心とした地上部隊が防衛網へ突入する。さらにシンデレラがガラスの靴を使って敵の密集地を崩し、ゴッデスが軌道エレベーターへ到達するための道を作るという計画である。
その先にクイーンが存在するという推測が正しければ、人類は敵の頂点と考えられている存在へ直接手を伸ばすことになる。
ネイトは整列しているニケたちをもう一度眺めた。
「全員帰せると思う?」
リリスはすぐには答えなかった。
戦場を知っている者なら、そんな問いへ気軽に希望だけを返すことはできない。
「できるだけ」
しばらくして返ってきたのは、その言葉だった。
ネイトは小さく頷く。
「その答えの方が信用できるよ」
「絶対って言えなくてごめんね」
「戦争で『絶対に全員助かる』なんて言う指揮官の方が怖い」
「それもそうだね」
リリスは少しだけ笑った。
その視線の先では、補給車列の周囲にブレイドガードの五人が集まっている。先頭に立つ薔花の腰には紅蓮から預かった百日紅があり、残る四人は護衛対象となる車両の位置と緊急時の退路を確認していた。かつてなら敵陣へ突入し、最後の一人になるまで消耗させられるはずだった近接戦闘部隊が、今は物資と負傷者を生きたまま帰すために戦場へ向かおうとしている。
こちらへ気づいた薔花が、五人の輪を離れて歩いてきた。
「おはようございます、ネイトさん」
「おはよう。今日は補給護衛?」
「はい。行きは前線まで物資を届けて、帰りは損傷した子たちの後送も手伝います」
薔花は腰の百日紅へ手を添え、穏やかに笑う。
「敵を追いすぎるなよ」
「分かっています。もう前みたいな仕事じゃありませんから。ちゃんと届けて、ちゃんと帰ってきます」
「なら任せた」
「はい」
薔花が四人の仲間のもとへ戻っていく。
少し前なら、五人が揃って帰還することさえ作戦目的として扱われていなかった。今は自分たちだけでなく、運んだ物資も、救助した負傷者も一緒に連れ帰ることが、正式な戦果として数えられる。
それだけでも、確かに変わったものはあった。
「男前!」
反対側から聞き慣れた声が飛んでくる。
振り返ると、レッドフードがウルフスベインを肩へ担いで歩いてきた。
「今日は持ってきた?」
「何を?」
「例の核撃つ奴」
ネイトは何も言わず、周囲を指差した。
量産型ニケ、人間の兵士、整備員、輸送車、弾薬集積所。視界のどこを見ても味方か、人類側の設備しかない。
「これ見てまだ聞く?」
「持ってきたかどうか聞いただけだって」
「ヌカランチャー自体はある。でも今日は出番なし」
「ケチ」
「ケチで核兵器を撃たずに済むなら、俺は喜んでケチになるよ」
レッドフードが笑う。
その笑みが、ほんの一瞬だけ歪んだ。こめかみへ伸びかけた手を途中で止め、何事もなかったように下ろしたが、ネイトは見逃さなかった。
「頭?」
「一瞬だけ」
「ラプンツェルには?」
「今朝も診てもらった。昨日と変わってねえってさ」
以前のように誤魔化そうとはしなかった。
侵食そのものが消えたわけではない。それでも症状が出た時に本人から申告するようになっただけ、黙って抱え込まれていた頃よりは遥かに状態を追いやすい。
「ならいい」
ネイトが頷くと、レッドフードは遠くへ視線を向けた。
地平線の向こうから天へ伸びる巨大な軌道エレベーターは、これほど離れていても簡単に見つけられるほど巨大だった。上部は雲の中へ消えており、その先に何が存在するのかを地上から見ることはできない。
「なあ、男前」
「何?」
「今日の作戦が上手くいったら、戦争が終わるかもしれねえんだよな」
「あくまで仮説だ。クイーンを倒したら全部止まるなんて、誰も確かめたことない」
「分かってるよ」
普段なら「細けえことはいいんだよ」と笑い飛ばしてもおかしくないところだった。しかし今日は軌道エレベーターを見つめたまま、少し静かな声を続ける。
「でも、何かは変わるだろ」
「ああ」
「なら……今日で全部片付くのも、悪くねえな」
戦争を終わらせたいという意味だけなら、おかしな言葉ではない。それでも今の言い方は妙に胸へ引っ掛かり、ネイトは横目で彼女を見る。
「レッドフード」
「何だよ」
「……帰ってから話そう」
「ブレイドガードに影響されすぎじゃね?」
「悪い?」
レッドフードは一瞬だけネイトを見たあと、少し笑った。
「いや。全員帰ってから」
続きを聞こうとしたところで、遠くから作戦開始準備を知らせる警報が響いた。
「ほら、仕事だ」
レッドフードはすぐにウルフスベインを担ぎ直し、軌道エレベーターの方へ向き直った。
◇
作戦開始を告げたのは、前線からの号砲ではなかった。
地平線の向こうから飛来した複数の長距離攻撃が、軌道エレベーター周辺に密集するラプチャー群へ次々と着弾する。かなり離れた集結地点にいるにもかかわらず爆音は胸の奥まで響き、巨大な火柱が立ち上がったあと、少し遅れて足元の大地まで揺れた。
『第一波着弾! 敵反応、多数消失!』
『第二射、予定どおり実施!』
前方の爆煙が晴れるのを待つことなく、ゴッデスの指揮官が腕を振った。
「全軍、前進!」
二百人近い量産型ニケが一斉に動き出す。
重なった足音へ人類軍の車両の駆動音が加わり、その後ろから補給部隊と支援部隊が続いた。ネイトはゴッデスと完全に同じ位置へ張りつくのではなく、進撃部隊と補給車列の間を移動しながら、必要になった弾薬や交換部品をPip-Boyの保管庫から各部隊へ回す役割を担っている。人間の身体でニケの最前線へ居続ける必要はなくても、戦場そのものから離れているわけではなかった。
前方で砲撃が炸裂した直後、その爆煙を突き破るようにリリスが飛び出した。
複数のラプチャーから砲撃が集中するが、最初の一発をかわして敵陣へ潜り込み、先頭にいた大型ラプチャーの装甲へ拳を叩き込む。衝撃とともに巨体が横へ吹き飛び、後続の数機まで巻き込みながら地面へ倒れた。
近くにいた人間の兵士が、呆然と声を漏らす。
「……何なんだ、あれ」
「俺に聞かないでくれ。俺もまだ理解してない」
ネイトはガウスライフルを構えながら答えた。
リリスが開けた穴へ、ドロシーとレッドフードの射撃が重なる。
『右前方、砲撃型三機です!』
スノーホワイトが敵位置を共有した。
「見えてる!」
レッドフードのウルフスベインが一機目の武装を吹き飛ばし、ドロシーも二機目の砲撃能力を正確に削ぐ。
『三機目は建物の陰へ移動しました!』
「紅蓮!」
『任せよ!』
紅蓮は花無十日紅を抜き、横道へ飛び込んだ。
建物の陰を利用して距離を詰めていたラプチャーの砲身を斬り落とし、そのまま脚部へ刃を入れて動きを止める。以前なら完全に撃破するまで奥へ踏み込んでいたかもしれないが、後方から別の敵反応が近づいていると分かった時点で、すぐ進軍路へ戻ってきた。
通信越しにレッドフードが笑う。
『センセイ、深追いしなくなったじゃん!』
『今は一体の首を取るより、道を守る方が先だ!』
『姉ちゃんに影響されてね?』
『薔花姉さんから学んだだけだ!』
『それを影響受けたって言うんじゃねえの?』
一瞬だけ通信が静かになる。
『黙れ!』
そこへドロシーの冷静な声が割って入った。
『お二人とも、会話をする余裕があるなら前方を確認してください』
『お嬢サマも混ざる?』
『混ざりません!』
いつもの調子だった。
しかし、この戦場にはもう一人、新しい声が加わっている。
『上から行くわ』
ネイトが顔を上げる。
白い少女が地上から高度を取り、その周囲へ四基のガラスの靴が展開していく。それぞれが別々の方向へ向きを変え、磨かれた鏡面へ戦場の火光を映し込んだ。
「ガラスの靴」
シンデレラが静かに告げる。
直後、四基から放たれた攻撃が異なる軌道を描きながら、長距離砲撃を受けてもなお正面に密集していたラプチャー群へ突き刺さった。連続する爆発が敵陣中央を大きく抉り、複数のラプチャーがまとめて反応を失っていく。
周囲の通信が数秒だけ静まった。
最初に声を上げたのは、予想どおりスノーホワイトだった。
『すごい……! 四基がそれぞれ独立して照準しているのに、本体との同期は――』
「スノーホワイト」
『分かっています! 戦闘中です!』
ドロシーに止められても、声音から興奮は隠せていない。
上空からシンデレラが尋ねる。
『綺麗でしょう?』
「戦闘中に自分で言う?」
ネイトは思わず笑った。
『事実だもの』
「否定はしないよ!」
ガラスの靴はすでに次の標的へ向きを変えていた。左右から進撃部隊の側面へ回ろうとしていたラプチャー群へ複数の射線が交差し、形成されかけていた包囲そのものを崩していく。
そこでネイトも、ようやく「殲滅戦に特化している」という評価の意味を実感した。
一体の強敵だけを倒すための火力ではない。敵がひしめく場所そのものを削り取り、そこへ味方が通れる空間を作っている。
リリスたちが敵陣へ突き込む槍なら、シンデレラはその槍が奥まで届くように戦場そのものを切り開いていた。
『……これが予定されていた火力か』
指揮官の声にも驚きが混じる。
「資料で見てなかったの?」
『数字と実物は違う!』
「それは同感」
◇
長距離攻撃が広範囲を焼き、シンデレラが密集地帯を削り、ゴッデスと量産型部隊が前線を押し上げても、戦場が簡単になったわけではない。敵の数があまりにも多く、倒してもその向こうから新しい反応が現れる。進撃速度が上がれば補給車列との距離も広がり、負傷者が出れば、その者を後方へ運ぶための経路まで維持しなければならなかった。
『左翼、新規反応!』
「数は?」
『多数です! 量産型部隊と接触します!』
共有された位置へ視線を向けると、左翼を進んでいた量産型ニケの一団がすでに交戦へ入っていた。砲撃が地面を抉り、その爆風に巻き込まれた一人が数メートル転がる。片脚を膝から下で失っており、近くにいた二人が救出へ向かったものの、その前方からは複数のラプチャーが距離を詰めていた。
「負傷者の後送を!」
ネイトが通信へ叫ぶ。
『ブレイドガード、向かいます!』
返事はすぐだった。
補給車列を護衛していた五人が動く。
薔花たちは敵陣の奥へ突っ込まず、真っ先に向かったのは負傷者とラプチャーの間だった。薔花の百日紅が先頭の攻撃部位を斬り落とし、右側から回り込もうとした小型を別の隊員が止める。残る三人も、負傷者を抱えた二人が安全な退路へ入るまで必要な位置だけを押さえ、救出が終わった瞬間には敵を追わず後退した。
倒したラプチャーの数は多くない。
しかし、脚を失った一人が生きたまま後方へ運ばれていく。
その光景を見送っていたネイトの耳へ、紅蓮の声が届いた。
『姉さんだからな』
「今、褒めてた?」
『別に何でもない』
「本人に伝えとくよ」
『やめろと言っておる!』
レッドフードまで笑い始める。
『センセイ、姉ちゃん大好きじゃん!』
『貴様は戦え!』
『戦ってるって!』
会話をしている間にも、前方から新たな小型・中型ラプチャーの一群が接近していた。シンデレラは右側の大型と交戦中で、リリスたちも一時的に離れた位置へいる。このまま通せば、補給部隊周辺の量産型ニケへまともに突っ込まれる。
ネイトは一度ガウスライフルを構えたが、すぐ考えを変えた。
一発ずつ止める相手ではない。
「これは違うな」
Pip-Boyを操作し、ガウスライフルを保管する。
代わって手元へ現れたのは、六本の銃身を備えた重量級の火器だった。
隣にいた量産型ニケが目を丸くする。
「ミニガン……ですか?」
「似たの知ってる?」
「ええ、まあ」
「なら話は早い。少し離れて」
ネイトは射線上に味方がいないことを確認し、モーターを回した。
六本の銃身が徐々に速度を上げ、十分な回転へ達したところで引き金を絞る。大量の5mm弾がラプチャー群へ吐き出され、最初の弾丸が命中した瞬間に小さな爆発が起きた。続く弾丸も、その次も同じように炸裂し、連続する爆発が装甲全体を絶え間なく叩いていく。
大型を正面から一瞬で撃ち抜けるほどではない。
それでも関節や砲身、脚部、装甲板の接合部を広い範囲で削るには十分だった。一機目は脚部を破損して転倒し、二機目は武装を失い、三機目では剥がれた外装の隙間へ後続弾が入り込んで内部から火花を撒き散らす。
隣の量産型ニケは、ネイトよりミニガンの方を見ていた。
「……何ですか、それ」
「ミニガン」
「弾が爆発しているように見えますけど」
「するよ」
「ちょっと……?」
「音と破片がちょっとうるさい」
通信へレッドフードの声が飛んできた。
『男前! それミニガンだよな!?』
「そうだよ!」
『何で弾が当たるたび爆発してんだよ!?』
「そういうミニガンだから!」
『説明になってねえって!』
今度はドロシーの声が飛ぶ。
『ネイト! 周囲への被害は!?』
「味方のいない射線にしか撃ってない!」
『それは徹底してください!』
「分かってる!」
十分に敵を押し戻したところで引き金を離すと、回転を落とした銃身から熱気が上がった。
「見た目は普通のミニガンですが……」
「見た目だけはね」
「普通ではないですよね?」
「全然」
その時、通信へ別の聞き慣れた声が入る。
『ネイトさん!』
嫌な予感がする。
「何?」
『あとでそれも見せてください!』
「ほら来た」
『分解しませんから!』
「こっちが何も言う前に先回りするな!」
『だって言われると思ったので!』
通信の向こうからリリスの笑い声まで聞こえてくる。
『二人とも楽しそうだね』
「俺は楽しくない!」
『私は楽しいです!』
とうとう指揮官の怒声が飛んだ。
『遊んでないで前を見ろ!』
「はい!」
スノーホワイトまで即答し、全員がすぐ戦闘へ意識を戻した。
ネイトもミニガンを構え直す。
連邦では理不尽なほど強かった武器でも、この世界で大型ラプチャーの正面装甲へ撃ち続ければ、大量の弾薬を消費するだけで終わる可能性がある。しかし群れを止め、複数の武装をまとめて削り、量産型部隊へ近づく敵を足止めするといった用途なら十分以上に仕事ができる。
武器にも、それぞれ向いた役割がある。
それは今のブレイドガードと同じだった。
◇
戦闘開始からどれほど経ったのか、途中からネイトは時間を気にしなくなっていた。それでも前進していることだけは、視界を覆う景色の変化から分かる。最初は地平線の向こうへ細く伸びていた軌道エレベーターが、今では見上げても上端がまったく見えないほど巨大になり、空へ向かって建てられた塔というより、地上とその向こうに存在する何かを繋ぐ一本の道に見えた。
隣へ来たレッドフードが笑う。
「……馬鹿でかいな。男前の世界にはなかった?」
「ここまでのはないな」
「あたしらの世界の方が、でかい建物ある。勝った」
「何の勝負だよ」
ネイトは少し考える。
「核戦争起こした規模なら、多分俺の世界の勝ち」
「そこで張り合うなよ!」
「先に張り合ったのお前だろ!」
「最近、細けえな」
「誰のせい?」
レッドフードが笑った。
ところが、その途中で片手がこめかみへ伸びる。
今度はネイトが尋ねるより早かった。
「一瞬。ちゃんと分かってる」
「ならいい」
侵食症状が続いていること自体は警戒しなければならない。しかし、本人が自分から伝えるようになったことで、以前より扱いやすくなったのも確かだった。
その時、通信へシンデレラの声が入る。
『入口前の大型、私が崩すわ』
二人も前を見る。
軌道エレベーターの入口を塞ぐように、大型ラプチャーが立ちはだかっていた。周囲の敵を押し退けても、あれを排除しなければ進撃部隊は先へ進めない。
シンデレラが上空でガラスの靴を展開する。
四基すべてが一体へ照準を集中した。
最初の射撃を、大型ラプチャーは防御姿勢を取って受け止める。二射目で正面装甲の一部が赤熱し、三射目が同じ場所へ重なったところで、ついに外装が大きく砕けた。
「リリス!」
『うん!』
シンデレラが作った破口へ、リリスが一気に飛び込む。
拳が露出した内部へ叩き込まれ、巨体が大きく揺れた。その瞬間を逃さず、ドロシー、レッドフード、スノーホワイトが火力を一点へ集め、最後には紅蓮が花無十日紅を手に距離を詰める。
刃が破損した装甲の奥へ入った。
大型ラプチャーの動きが止まり、一拍遅れて巨体が地面へ崩れ落ちる。
シンデレラがゆっくり高度を下げてきた。四基のガラスの靴には細かな損傷が増え、本人も完全な無傷ではない。それでも、その表情には疲労より喜びの方が遥かに強く出ていた。
「どう?」
リリスが笑う。
「何がです?」
「ゴッデスと初めて一緒に戦った感想」
シンデレラは少し息を整えてから、周囲を見た。
リリス、ドロシー、ラプンツェル、スノーホワイト、レッドフード、紅蓮。そして同じ戦場を進んできた者たち。
「……美しいです」
「自分も入ってる?」
「もちろん」
「そこは迷わないんだね」
「当然でしょう?」
リリスが笑った。
そこへスノーホワイトから、待っていた報告が入る。
『軌道エレベーター入口までの経路、確保しました!』
◇
人類軍は、作戦の第一段階を突破した。
まだクイーンを倒したわけではなく、そもそも本当に上にいるのかさえ直接確かめた者はいない。それでも、軌道エレベーターへ続く巨大な入口が今、目の前にある。
到達を喜ぶ暇もなく、その周辺ではすぐに防衛線の構築が始まった。
量産型ニケは複数方向へ展開し、長距離兵器の目標も外側から接近する新たなラプチャー群へ切り替わる。補給車列は入口付近まで前進し、ブレイドガードの五人も物資輸送と負傷者後送を続けながら、新しく形成された防衛線の穴を埋めていた。
シンデレラは一度地上へ降り、ガラスの靴の応急点検を受ける。
その作業が終わるより早く、彼女は指揮官へ言った。
「私も上へ行きます」
「駄目だ」
返答は即座だった。
「なぜ?」
「作戦前から決めてある」
「でも、ここまで来ました」
指揮官は周辺の戦況を表示した。
「だからだ。軌道エレベーター入口まで道は作った。でも周囲のラプチャーが消えたわけじゃない。俺たちが上にいる間に、ここを奪い返されたらどうする?」
シンデレラは納得しきれない表情で軌道エレベーターを見上げる。
何年もゴッデスへ憧れ、ようやく同じ戦場へ立った。その先にはクイーンがいると考えられているのだから、一緒に行きたいと思うこと自体は当然だった。
「でも、私なら上でも役に立つわ」
「役に立つ。分かってる」
指揮官もそこを否定しない。
「だからこそ、ここに必要なんだ。この数を相手に防衛線を維持できる火力は、いくらあっても足りない」
「シンデレラ」
今度はリリスが呼んだ。
「ここまでの道、誰が作った?」
シンデレラはしばらく黙り、周囲を見回す。
弾薬を運ぶ補給部隊がいる。負傷者を後方へ送り続けるブレイドガードがおり、損傷を負って応急処置を受けている量産型ニケもいる。そのさらに外側では、新しいラプチャーの反応が防衛線へ近づき続けていた。
「……みんなです」
「うん。私もそう思う」
リリスは周囲にいる者たちへ視線を向けた。
「だったら今度は、帰る道をお願いしてもいい?」
シンデレラが彼女を見る。
「私たちが上に行ってる間、ここを守ってて。戻ってきた時に、ちゃんと地上へ帰れるように」
命令というより、仲間へ頼むような声音だった。
シンデレラは周囲をもう一度見た。ここを守る者が必要であり、それもまたゴッデスと同じ戦場で戦うということなのだろう。
「……分かりました。ここは私が守ります」
「お願い」
「ただし、一つだけ」
「何?」
シンデレラはリリスをまっすぐ見た。
「ちゃんと帰ってきてください」
「うん」
「クイーンを倒せなくても」
リリスが少し意外そうに目を瞬く。
「勝てるなら勝って。でも、戻ってきて。私が守るのは、あなたたちが帰ってくるための道なんでしょう?」
「そうだね」
「なら約束してください」
リリスの表情が柔らかくなる。
「約束するよ。帰るつもりで行く」
その言葉に、シンデレラはようやく満足したらしい。
少し離れた場所でレッドフードが小声を漏らす。
「結構めんどくせえな、あいつ」
ネイトも声を落とした。
「お前にだけは言われたくないと思う」
「聞こえているわよ」
離れているはずのシンデレラから声が飛んできた。
レッドフードが目を丸くする。
「地獄耳かよ」
「ニケよ」
「関係あんのか、それ」
「知らないわ」
ネイトは思わず笑った。
これから人類の命運を左右する場所へ向かおうとしている。それでも、こういう会話ができるのは悪くなかった。
「ネイト」
指揮官から呼ばれる。
「お前はどうする」
「どうするって?」
「ここへ残るか、上へ行くかだ」
周囲の視線がネイトへ集まった。
最初に口を開いたのは、意外にもレッドフードだった。
「残れよ」
ネイトは彼女を見る。
「あんたなら来いって言うかと思った」
「今回ばっかりは話が違うだろ」
レッドフードは真顔だった。
「あたしらはニケだ。男前は人間だろ。上に何がいるか分かんねえし、一発まともに食らったら終わりじゃん」
「今までの戦場も大体そうだったけどな」
「だからって安全になったわけじゃねえ」
隣で指揮官が口を挟む。
「俺も人間なんだがな」
「指揮官も行くのかよ」
「俺が行かずに誰が指揮するんだ」
「……それもそうか」
ネイトは軌道エレベーターを見上げた。
クイーン。
宇宙。
未知の施設。
危険なのは間違いない。
それでも、自分が上へ行く意味もあった。
「俺も行く」
「男前」
「Pip-Boyがあれば、持ち込める物資の量がまるで違う。弾薬、修理部品、医療用品。上で何が必要になるか分からないなら、倉庫ごと連れていける方がいい」
指揮官も頷いた。
「そこは俺も考えていた。設備を調べる必要が出たら、こいつの記録機能も使える」
スノーホワイトも同意する。
「私も同行する意味はあると思います。上で未知の設備を調査する場合、Pip-Boyに保管している工具や資材も使えますし……」
そこで僅かに言葉を切った。
「レッドフードの侵食もあります。Pip-Boyが侵食を受けた瞬間の異常を記録したことで、シンデレラへの書き込みにも気づけました。上でも似た現象が起きないとは限りません」
レッドフードが黙る。
「ドロシーまで?」
今度はドロシーも頷いた。
「合理性はあります。ただし、ネイト本人が必要以上に戦闘へ参加しないことが条件でしょう」
「そんなに信用ない?」
「これまでの行動を思い返してください」
全員が何とも言えない表情になった。
「それ、全員に言ってる?」
「日頃の行いだろ、男前」
レッドフードが笑う。
結局、ネイトも上へ同行することになった。
シンデレラが彼を見る。
「死なないでね」
「あんたにだけは言われたくない」
「もちろん」
「なら努力するよ」
「努力じゃなくて約束」
ネイトは少し困った。
「兵士に『絶対死ぬな』って約束させるのは結構難しいんだぞ」
「じゃあ……帰るつもりで行くと約束して」
それなら言える。
「ああ。帰るつもりで行く」
「ならいいわ」
シンデレラが納得したように頷いた。
その言葉を聞いていたレッドフードだけが、一瞬、妙な表情をした。ネイトが気づいてそちらを見る頃には、彼女はもういつもの笑みへ戻っている。
◇
軌道エレベーターの起動準備が完了した。
上へ向かうのは、リリス、ドロシー、ラプンツェル、スノーホワイト、レッドフード、紅蓮、指揮官、そしてネイトの八人だった。
入口へ向かう直前、紅蓮が遠くにいるブレイドガードの方を見る。距離があるため薔花の姿は小さいものの、腰の花無十日紅へ手を添えれば、何のためにその刀を持っているのかを思い出すには十分だった。
姉から借りたものだ。
返さなければならないのだから、帰る。
紅蓮は柄を確かめるように握り、前を向いた。
ネイトがシンデレラの横を通る。
「感想」
彼女が言った。
「忘れてないよ」
「まだ全部は話していないわ」
「じゃあ帰ってからだな」
「ええ。帰ってから」
一行がエレベーターへ乗り込む。
最後にリリスが振り返った。
「シンデレラ」
「はい」
「任せたよ」
四基のガラスの靴が、シンデレラの周囲へ浮かび上がる。その背後では疲労しながらも量産型ニケたちが防衛線を構築し、人類軍の兵士や補給部隊、負傷者を運ぶブレイドガードの五人が動き続けている。
「任せてください。ちゃんと帰ってきてくださいね」
シンデレラは胸を張った。
扉がゆっくり閉まり始める。
最後まで見えていたのは、四基のガラスの靴を従えて立つ白い少女だった。
やがて完全に扉が閉じ、低い駆動音とともに床から僅かな振動が伝わってくる。高度表示の数字が動き始めると、地上で続いている戦闘音も少しずつ遠ざかっていった。
ネイトはPip-Boyの状態を確認し、レッドフードはウルフスベインの弾薬と機関部を確かめる。スノーホワイトは早くもエレベーター内部の構造へ興味を示し、紅蓮は花無十日紅の柄から手を離さない。ラプンツェルは全員の状態を改めて確認し、ドロシーと指揮官は上昇状況と通信を追っていた。
リリスだけが、天井の向こうでも見るように少し上を向いている。
「リリス」
「ん?」
「緊張してる?」
シンデレラへよく似た質問をしたばかりだった。
リリスは少し考え、素直に笑う。
「してるよ。私だって緊張くらいするよ」
「珍しいな」
「何それ」
「勝てる?」
今度は迷わなかった。
「勝つつもり」
ネイトも笑う。
「そういう答えになるか」
「ネイトは?」
「同じだよ」
高度表示は上がり続けている。
窓の外へ広がっていた雲へ近づき、その中へ入り、やがて白い雲海そのものが眼下へ沈んでいく。それでも軌道エレベーターは速度を落とさず、ゴッデスと二人の人間を乗せたまま、クイーンが存在すると考えられている空の彼方へ上昇を続けていった。