Fallout:GODDESS ―灰の世界から女神たちへ― 作:記録官
第13話 女王討伐作戦
作戦当日の朝、勝利の翼号周辺に設けられた集結地点は、ネイトがこの世界へ来てから目にしたどの前線基地よりも慌ただしかった。
弾薬や交換部品、医療資材を詰めた補給箱が広場の一角を埋め、その間を整備員や兵站担当の兵士たちが絶え間なく行き来している。少し離れた場所には多数の輸送車両が並び、そのさらに向こうでは、この作戦のため各地から集められた量産型ニケたちが部隊ごとに出撃準備を進めていた。作戦資料には約二百名と記載されていたが、実際に整列している姿を目の前にすると、一枚の書類に書かれた数字とはまるで印象が違う。
同じ規格の身体や装備を使っている者は多い。それでも、隣の仲間と話している者もいれば、黙ったまま武器の点検を続けている者もいる。緊張しているのか何度も弾倉を確認する者、出撃直前までくだらない冗談を交わしている者、それぞれに表情があった。
「二百、か」
ネイトが呟くと、隣に立っていたリリスも量産型ニケたちへ目を向けた。
「多いでしょ?」
「ああ。紙に二百って書いてあるのとは全然違うな」
「今回のために、いろんな部隊から集まってもらったんだよ」
今回の作戦目的は明快だった。まず人類軍の長距離攻撃によって、軌道エレベーター周辺へ集結しているラプチャーを可能な限り削る。その直後に多数のニケを投入して防衛網を突破し、殲滅戦能力に優れたシンデレラが敵の密集地帯を崩して、ゴッデスが軌道エレベーターへ到達するための道を作る。
その先にクイーンが存在するという推測が正しければ、人類はついに敵の頂点へ直接攻撃を仕掛けることになる。
ネイトは整列しているニケたちをもう一度眺めた。
「全員帰せると思う?」
リリスはすぐには答えなかった。
戦場を知っている者なら、そんな問いに気軽な希望だけで答えることはできない。
「できるだけ」
しばらくして返ってきたのは、その言葉だった。
ネイトは小さく頷いた。
「その答えの方が信用できるよ」
「絶対って言えなくてごめんね」
「戦争で『絶対に全員助かる』なんて言う指揮官の方が怖い」
「それもそうだね」
リリスが少しだけ笑う。
その視線の先では、補給車列の周辺にブレイドガードの五人がいた。先頭に立つ薔花は腰へ百日紅を下げ、その周囲では残る四人が護衛対象となる車両と、緊急時の退路を確認している。かつては敵陣へ突入し、最後の一人になるまで消耗させられるはずだった近接戦闘部隊が、今日は物資と負傷者を生きたまま帰すために戦場へ向かおうとしていた。
こちらへ気づいた薔花が、五人の輪を離れて歩いてくる。
「おはようございます、ネイトさん」
「おはよう。今日は補給護衛?」
「はい。行きは前線まで物資を届けて、帰りは損傷した子たちの後送も手伝います」
「敵を追いすぎるなよ」
薔花は腰の百日紅へ手を添え、穏やかに笑った。
「分かっています。もう前みたいな仕事じゃありませんから。ちゃんと届けて、ちゃんと帰ってきます」
「なら任せた」
「はい」
薔花はそう答えると、四人の仲間のもとへ戻っていった。
少し前なら、あの五人が揃って帰還することさえ作戦目的には含まれていなかった。今は自分たちだけでなく、運んだ物資も、助けた負傷者も、一緒に連れ帰ることが戦果として扱われる。
それだけでも、確かに変わったものはある。
「男前!」
反対側から聞き慣れた声が飛んできた。
振り返ると、レッドフードがウルフスベインを肩へ担いで歩いてくる。
「今日は持ってきた?」
「何を?」
「例の核撃つ奴」
ネイトは何も言わず、周囲を指差した。
量産型ニケ、人間の兵士、整備員、輸送車、弾薬集積所。視界のどこを見ても味方か、人類側の設備しかない。
「これ見てまだ聞く?」
「持ってきたかどうか聞いただけだって」
「ヌカランチャー自体はある。でも今日は出番なし」
「ケチ」
「ケチで核兵器を撃たずに済むなら、俺は喜んでケチになるよ」
レッドフードが笑う。
その笑みが、ほんの一瞬だけ歪んだ。こめかみへ伸びかけた手を途中で止め、何事もなかったように下ろしたが、ネイトは見逃さなかった。
「頭?」
「一瞬だけ」
「ラプンツェルには?」
「今朝も診てもらった。昨日と変わってねえってさ」
以前のように誤魔化そうとはしなかった。
侵食そのものは消えていない。しかし、症状が出た時に本人が申告するようになっただけでも、黙って抱え込んでいた頃よりはずっといい。
ネイトが頷くと、レッドフードは遠くへ視線を向けた。
地平線の向こうから天へ伸びる、巨大な軌道エレベーター。これほど離れていても簡単に見つけられるほど巨大で、上部は雲の中へ消えている。
「なあ、男前」
「何?」
「今日の作戦が上手くいったら、戦争が終わるかもしれねえんだよな」
「あくまで仮説だ。クイーンを倒したら全部止まるなんて、誰も確かめたことない」
「分かってるよ」
普段なら「細けえことはいいんだよ」と笑っていてもおかしくないところだった。
しかし、今日のレッドフードは軌道エレベーターを見つめたまま、少し静かな声で続けた。
「でも、何かは変わるだろ」
「ああ」
「なら……今日で全部片付くのも、悪くねえな」
ネイトは横目で彼女を見た。
戦争を終わらせたいという意味だけなら、何もおかしくはない。それでも、その言葉は妙に胸へ引っ掛かった。
「レッドフード」
「何だよ」
続きを聞こうとしたところで、遠くから作戦開始準備を知らせる警報が響いた。
レッドフードはすぐにウルフスベインを担ぎ直す。
「ほら、仕事だ」
「……帰ってから話そう」
「あたしと?」
「全員帰ってから」
レッドフードは一瞬だけネイトを見たあと、少し笑った。
「ブレイドガードに影響されすぎじゃね?」
「悪い?」
「いや」
彼女は軌道エレベーターへ向き直る。
「悪くねえよ」
◇
作戦開始を告げたのは、前線からの号砲ではなかった。
地平線の向こうから飛来した複数の長距離攻撃が、軌道エレベーター周辺のラプチャー密集地へ次々と着弾したのである。かなり離れた場所にいるにもかかわらず爆音は胸の奥まで響き、巨大な火柱が立ち上がってから少し遅れて、集結地点の足元まで大地が揺れた。
『第一波着弾! 敵反応、多数消失!』
通信へ報告が飛び込む。
『第二射、予定どおり実施!』
前方の爆煙が晴れるのを待つことなく、ゴッデスの指揮官が腕を振った。
「全軍、前進!」
二百人近い量産型ニケが一斉に動き出した。
重なった足音へ人類軍の車両の駆動音が加わり、その後ろから補給部隊と支援部隊が続く。ネイトはゴッデスと完全に同じ位置へ入るのではなく、進撃部隊と補給車列の間を移動しながら、必要な弾薬や交換部品をPip-Boyの保管庫から各部隊へ回す役割を担っていた。
人間の身体でニケの最前線へ張りつき続ける理由はない。
それでも、戦場から離れているわけでもなかった。
前方で砲撃が炸裂した直後、その爆煙を突き破るようにリリスが飛び出した。複数のラプチャーから砲撃が集中するが、最初の一発をかわして敵陣へ潜り込み、先頭にいた大型ラプチャーの装甲へ拳を叩き込む。
衝撃と同時に巨体が横へ吹き飛び、後続の数機を巻き込みながら倒れた。
近くにいた兵士が、呆然と声を漏らす。
「……何なんだ、あれ」
ネイトはガウスライフルを構えながら答えた。
「俺に聞かないでくれ。俺もまだ理解してない」
リリスが開けた穴へ、ドロシーとレッドフードの射撃が重なった。
『右前方、砲撃型三機です!』
スノーホワイトが敵位置を共有する。
「見えてる!」
レッドフードのウルフスベインが一機目の武装を吹き飛ばし、ドロシーも二機目の砲撃能力を正確に削いだ。
『三機目は建物の陰へ移動しました!』
「紅蓮!」
指揮官の声に、すぐ返事が返る。
『任せよ!』
花無十日紅を抜いた紅蓮が横道へ飛び込み、建物の陰を利用して距離を詰めていたラプチャーの砲身を斬り落とした。そのまま脚部へ刃を入れて行動不能にすると、以前のように完全撃破を優先して奥へ踏み込むことはせず、後方から別の敵反応が近づいていると分かった時点で進軍路へ戻る。
通信越しにレッドフードが笑った。
『センセイ、深追いしなくなったじゃん!』
『今は一体の首を取るより、道を守る方が先だ!』
『姉ちゃんに影響されてね?』
『薔花姉さんから学んだだけだ!』
一瞬だけ通信が静かになった。
『それを影響受けたって言うんじゃねえの?』
『黙れ!』
そこへドロシーの冷静な声が割り込む。
『お二人とも、会話をする余裕があるなら前方を確認してください』
『お嬢サマも混ざる?』
『混ざりません!』
いつもの調子だった。
それでも、この戦場にはもう一人、新しい声が加わっている。
『上から行くわ』
シンデレラだった。
ネイトが顔を上げると、白い少女が地上から高度を取り、その周囲へ四基のガラスの靴が展開していく。それぞれが異なる方向へ向きを変え、磨かれた鏡面に戦場の火光を映し込んだ。
「ガラスの靴」
シンデレラが静かに告げる。
直後、四基から放たれた攻撃が別々の軌道を描きながら、長距離砲撃を受けてもなお正面へ密集していたラプチャー群へ突き刺さった。連続した爆発が敵陣中央を大きく抉り、複数のラプチャーがまとめて反応を失っていく。
周囲の通信が数秒だけ静まった。
最初に声を出したのは、予想どおりスノーホワイトだった。
『すごい……! 四基がそれぞれ独立して照準しているのに、本体との同期は――』
「スノーホワイト」
『分かっています! 戦闘中です!』
ドロシーに止められても、声音から興奮は隠せていない。
上空からシンデレラが尋ねた。
『綺麗でしょう?』
ネイトは思わず笑った。
「戦闘中に自分で言う?」
『事実だもの』
「否定はしないよ!」
ガラスの靴はすでに次の標的へ向きを変えている。左右から進撃部隊の側面を狙おうとしていたラプチャー群へ複数の光が交差し、形成されかけていた包囲そのものを崩していった。
そこでネイトも、ようやくシンデレラが「殲滅戦に特化している」と評される意味を実感した。
一体の強敵だけを倒す火力ではない。
敵がひしめく場所そのものを削り取り、そこへ味方が通れる空間を作る。
リリスたちが敵陣へ突き込む槍ならば、シンデレラはその槍が奥まで届くよう、戦場そのものを切り開いている。
『……これが予定されていた火力か』
指揮官の声にも驚きが混じっていた。
「資料で見てなかったの?」
『数字と実物は違う!』
「それは同感」
人類が準備していた作戦が、本来予定されていた戦力を欠くことなく、初めて計画どおりに動き始めていた。
◇
だからといって、戦場が簡単になったわけではない。
ラプチャーの数があまりにも多かった。
長距離攻撃が広範囲を焼き、シンデレラが密集地を削り、ゴッデスと量産型部隊が前線を押し上げても、その向こうから新たな敵が現れる。進撃速度が上がれば補給車列との距離も広がり、負傷者が出れば、その者を後方へ運ぶための経路まで維持しなければならなかった。
『左翼、新規反応!』
「数は?」
『多数です! 量産型部隊と接触します!』
共有された位置へネイトが視線を向けると、左翼を進んでいた量産型ニケの一団がすでに交戦へ入っていた。
砲撃が地面を抉り、その爆風に巻き込まれた一人が数メートル転がる。片脚が膝から下で失われており、近くにいた二人がすぐ救出へ向かったものの、前方からは複数のラプチャーが距離を詰めていた。
「負傷者の後送を!」
ネイトが通信へ叫ぶ。
返事はすぐだった。
『ブレイドガード、向かいます!』
補給車列を護衛していた五人が動く。
薔花たちは敵陣の奥へ突っ込まなかった。
向かったのは、負傷者とラプチャーの間だ。
薔花の百日紅が先頭の攻撃部位を斬り落とし、右側から回り込もうとした小型を別の隊員が止める。残る三人も、負傷者を抱えた二人が安全な退路へ入るまで必要な位置だけを押さえ、救出が終わった瞬間には敵を追わず後退した。
倒したラプチャーの数は多くない。
しかし、脚を失った一人が生きたまま後方へ運ばれていく。
その姿を見送っていたネイトの耳に、通信から紅蓮の声が届いた。
『姉さんだからな』
「何?」
『別に何でもない』
「今、褒めてた?」
『言うな!』
「本人に伝えとくよ」
『やめろと言っておる!』
レッドフードまで笑い始める。
『センセイ、姉ちゃん大好きじゃん』
『貴様は戦え!』
『戦ってるって!』
会話をしている間も、戦況は止まらない。
前方から新たな小型、中型ラプチャーの一群が接近していた。シンデレラは右側の大型と交戦中で、リリスたちも一時的に離れた場所へいる。このまま進ませれば、補給部隊周辺の量産型ニケへまともに突っ込まれる。
ネイトは一度ガウスライフルを構えたものの、すぐに考えを変えた。
一発ずつ止める相手ではない。
「これは違うな」
Pip-Boyを操作し、ガウスライフルを保管する。
代わって手元へ現れたのは、六本の銃身を持つ重量級の火器だった。
隣にいた量産型ニケが目を丸くする。
「ミニガン……ですか?」
「似たの知ってる?」
「ええ、まあ」
「なら話は早い」
ネイトは射線上に味方がいないことを確認した。
「少し離れて」
「そんなに威力が?」
「音と破片がちょっとうるさい」
「ちょっと?」
答える代わりにモーターを回す。
六本の銃身が速度を上げ、十分な回転へ達したところでネイトは引き金を絞った。
大量の5mm弾がラプチャー群へ向かって吐き出される。
最初の一発が命中したところで、小さな爆発が起きた。続く弾丸も、その次も同じように炸裂し、連続した爆発がラプチャーの装甲全体を絶え間なく叩いていく。正面装甲そのものを一瞬で貫通できなくても、関節、砲身、脚部、装甲板の接合部を広い範囲で削るには十分だった。
一機目が脚部を破損して転倒し、二機目は武装を失う。三機目では剥がれた装甲の隙間へ後続弾が入り込み、内部から火花を撒き散らして停止した。
近くにいた量産型ニケは、ネイトではなくミニガンの方を見ている。
「……何ですか、それ」
「ミニガン」
「弾が爆発しているように見えますけど」
「するよ」
通信へレッドフードの声が飛んできた。
『男前! それミニガンだよな!?』
「そうだよ!」
『何で弾が当たるたび爆発してんだよ!?』
「そういうミニガンだから!」
『説明になってねえって!』
今度はドロシーだ。
『ネイト! 周囲への被害は!?』
「味方のいない射線にしか撃ってない!」
『それは徹底してください!』
「分かってる!」
十分に敵を押し戻したところで引き金を離す。
回転の落ちた銃身から熱気が上がっている。
隣の量産型ニケはまだ不思議そうだった。
「見た目は普通のミニガンですが……」
「見た目だけはね」
「普通ではない?」
「全然」
その時、通信に別の聞き慣れた声が入った。
『ネイトさん!』
嫌な予感がする。
「何?」
『あとでそれも見せてください!』
「ほら来た」
『分解しませんから!』
「こっちが何も言う前に先回りするな!」
『だって言われると思ったので!』
通信の向こうからリリスの笑い声まで聞こえてくる。
『二人とも楽しそうだね』
「俺は楽しくない!」
『私は楽しいです!』
とうとう指揮官の怒声が飛んだ。
『遊んでないで前を見ろ!』
「はい!」
スノーホワイトまで即答し、全員がすぐ戦闘へ意識を戻す。
ネイトもミニガンを構え直した。
連邦では理不尽なほど強かった武器でも、この世界で大型ラプチャーの正面装甲へ撃ち続ければ大量の弾薬を消費するだけだろう。しかし、群れを止める、複数の武装を同時に削る、量産型部隊へ近づく敵をまとめて足止めするといった用途なら、まだ十分以上に仕事ができる。
武器にも、それぞれ向いた役割がある。
それは今のブレイドガードと同じだった。
ネイトは再び銃身を回し、味方の側面へ回ろうとしていたラプチャーの一群へ照準を向けた。
◇
戦闘開始からどれほど経ったのか、途中からネイトは時間を気にしなくなっていた。
前進していることだけは分かる。
最初は地平線の向こうに細長く見えていた軌道エレベーターが、今では視界を覆うほど巨大になっている。根元近くまで来ると、見上げても上端はまったく見えず、空へ向かって建てられた塔というより、地上とその向こうに存在する何かを繋ぐ一本の道に見えた。
「……馬鹿でかいな」
隣へ来たレッドフードが笑う。
「男前の世界にはなかった?」
「ここまでのはないな」
「勝った」
「何の勝負?」
「あたしらの世界の方が、でかい建物ある」
ネイトは少し考える。
「核戦争起こした規模なら、たぶん俺の世界の勝ち」
「そこで張り合うなよ!」
「先に張り合ったのお前だろ!」
レッドフードが笑った。
ところが、その笑いが途中で止まり、片手がこめかみへ伸びる。
今度はネイトが尋ねるより早かった。
「一瞬。ちゃんと分かってる」
「ならいい」
「最近、細けえな」
「誰のせい?」
「……あたしか」
「そうだよ」
以前よりは扱いやすくなった。
それを喜ぶべきなのか、侵食症状が続いていることを警戒すべきなのかは別として。
その時、通信へシンデレラの声が入った。
『入口前の大型、私が崩すわ』
二人も前を見る。
軌道エレベーターの入口を塞ぐように、大型ラプチャーが立ちはだかっていた。周囲の敵を押し退けても、あれを排除しなければ進撃部隊は先へ進めない。
シンデレラが上空でガラスの靴を展開する。
四基が一体へ照準を集中した。
最初の射撃を、大型ラプチャーは防御姿勢で受け止める。二射目で正面装甲の一部が赤熱し、三射目が同じ場所へ重なったところで、ついに外装が大きく砕けた。
「リリス!」
『うん!』
シンデレラが作った破口へ、リリスが一気に飛び込む。
拳が露出した内部へ叩き込まれ、巨体が大きく揺れる。その瞬間を逃さず、ドロシー、レッドフード、スノーホワイトが火力を一点へ集中し、最後には紅蓮が花無十日紅を手に距離を詰めた。
刃が破損した装甲の奥へ入る。
大型ラプチャーの動きが止まり、一拍遅れて巨体が地面へ崩れ落ちた。
シンデレラがゆっくり高度を下げてくる。
四基のガラスの靴には細かな損傷が増え、本人も完全な無傷ではない。それでも、その表情には疲労よりも喜びの方が遥かに強く表れていた。
リリスが笑う。
「どう?」
「何がです?」
「ゴッデスと初めて一緒に戦った感想」
シンデレラは少し息を整えてから、周囲を見た。
リリス、ドロシー、ラプンツェル、スノーホワイト、レッドフード、紅蓮。そして、同じ戦場を進んできた者たち。
「……美しいです」
「自分も入ってる?」
「もちろん」
「そこは迷わないんだね」
「当然でしょう?」
リリスが笑った。
そこへスノーホワイトから、待ち望んでいた報告が届く。
『軌道エレベーター入口までの経路、確保しました!』
全員が前を向いた。
巨大な入口がある。
クイーンへ続く道。
まだ女王を倒したわけではない。
そもそも本当に上にいるのかさえ、直接確かめた者はいない。
それでも人類軍は、作戦の第一段階を確かに突破した。
◇
軌道エレベーター周辺では、到達を喜ぶ暇もなく防衛線の構築が始まった。
量産型ニケが複数方向へ展開し、長距離兵器の目標もさらに外側から接近する敵へ切り替えられる。補給車列は入口付近まで前進し、ブレイドガードの五人も物資輸送と負傷者の後送を続けながら、新しく形成された防衛線の穴を埋めていた。
シンデレラは一度地上へ降り、ガラスの靴の応急点検を受ける。
その作業が終わるより早く、彼女は指揮官へ言った。
「私も上へ行きます」
返答は即座だった。
「駄目だ」
「なぜ?」
「作戦前から決めてある」
「でも、ここまで来ました」
「だからだ」
指揮官は周辺の戦況を表示した。
軌道エレベーター入口まで道は作った。
しかし、周囲のラプチャーが消滅したわけではない。今も複数の敵集団が、こちらへ向かっている。
「俺たちが上にいる間に、この入口を奪い返されたらどうする?」
シンデレラが黙った。
「帰る場所がなくなる」
「でも、私なら上でも――」
「役に立つ。分かってる」
指揮官はそこを否定しなかった。
「だからこそ、ここに必要なんだ。この数を相手に防衛線を維持できる火力は、いくらあっても足りない」
シンデレラは納得しきれない表情で軌道エレベーターを見上げた。
何年もゴッデスに憧れてきた。
ようやく同じ戦場へ立った。
その先にはクイーンがいる。
一緒に行きたいに決まっている。
「シンデレラ」
今度はリリスが呼んだ。
「ここまでの道、誰が作った?」
「……みんなです」
「うん」
「私も」
「そうだね」
リリスは、周囲にいる量産型ニケや補給部隊へ視線を向けた。
「だったら今度は、帰る道をお願いしてもいい?」
シンデレラが彼女を見る。
「私たちが上に行ってる間、ここを守ってて。戻ってきた時に、ちゃんと地上へ帰れるように」
命令というより、仲間へ頼むような声音だった。
シンデレラはしばらく何も言わず、周囲を見回す。
損傷を負って応急処置を受ける量産型ニケ。
弾薬を運ぶ補給部隊。
負傷者を後方へ送り続けるブレイドガード。
そして、防衛線へ近づいてくるラプチャーの反応。
ここを守る者も必要だった。
それもまた、ゴッデスと同じ戦場で戦うということなのだろう。
「……分かりました。ここは私が守ります」
「お願い」
「ただし、一つだけ」
「何?」
シンデレラはリリスをまっすぐ見た。
「ちゃんと帰ってきてください」
「うん」
「クイーンを倒せなくても」
リリスが少し意外そうに目を瞬く。
シンデレラは続けた。
「勝てるなら勝って。でも、戻ってきて。私が守るのは、あなたたちが帰ってくるための道なんでしょう?」
リリスの表情が柔らかくなった。
「そうだね」
「なら約束してください」
「約束するよ。帰るつもりで行く」
その言葉に、シンデレラはようやく満足したらしい。
少し離れた場所でレッドフードが小声を漏らす。
「結構めんどくせえな、あいつ」
ネイトも声を落とした。
「お前にだけは言われたくないと思う」
「何だと?」
「聞こえているわよ」
離れているはずのシンデレラから声が飛んできた。
レッドフードが目を丸くする。
「地獄耳かよ」
「ニケよ?」
「関係あんのか、それ」
「知らないわ」
ネイトは思わず笑った。
これから人類の命運を左右する場所へ向かおうとしている。それでも、こういう会話ができるのは悪くない。
「ネイト」
指揮官から呼ばれる。
「お前はどうする」
「どうするって?」
「ここへ残るか、上へ行くかだ」
周囲の視線がネイトへ集まった。
最初に口を開いたのは、意外にもレッドフードだった。
「残れよ」
「珍しいな」
「何が?」
「あんたなら来いって言うかと思った」
「今回ばっかりは話が違うだろ」
レッドフードは真顔だった。
「あたしらはニケだ。男前は人間だろ。上に何がいるか分かんねえし、一発まともに食らったら終わりじゃん」
「今までの戦場も大体そうだったけどな」
「だからって安全になったわけじゃねえ」
隣で指揮官が言った。
「俺も人間なんだがな」
レッドフードがそちらを見る。
「指揮官も行くのかよ」
「俺が行かずに誰が指揮するんだ」
「……それもそうか」
ネイトは軌道エレベーターを見上げた。
クイーン。
宇宙。
未知の施設。
危険なのは間違いない。
それでも、自分が上へ行く意味はある。
「俺も行く」
「男前」
「Pip-Boyがあれば、持ち込める物資の量がまるで違う。弾薬、修理部品、医療用品。上で何が必要になるか分からないなら、倉庫ごと連れていける方がいい」
指揮官も頷いた。
「そこは俺も考えていた」
「設備を調べる必要が出たら、こいつの記録機能も使える」
スノーホワイトも同意する。
「私も同行する意味はあると思います。上で未知の設備を調査する場合、Pip-Boyに保管している工具や資材も使えますし……」
そこで僅かに言葉を切った。
「レッドフードの侵食もあります」
レッドフードが黙る。
「Pip-Boyが侵食を受けた瞬間の異常を記録したことで、シンデレラへの書き込みへ気づけました。上でも似た現象が起きないとは限りません」
ドロシーも頷いた。
「合理性はあります。ただし、ネイト本人が必要以上に戦闘へ参加しないことが条件でしょう」
「分かってる」
「本当に?」
「ドロシーまで?」
「これまでの行動を思い返してください」
全員が何とも言えない表情をした。
「そんなに信用ない?」
レッドフードが笑う。
「日頃の行いだろ、男前」
「あんたにだけは言われたくない」
結局、ネイトも上へ同行することになった。
シンデレラが彼を見る。
「死なないでね」
「それ、全員に言ってる?」
「もちろん」
「なら努力するよ」
「努力じゃなくて約束」
ネイトは少し困った。
「兵士に『絶対死ぬな』って約束させるのは結構難しいんだぞ」
「じゃあ……帰るつもりで行くと約束して」
それなら言える。
「ああ。帰るつもりで行く」
「ならいいわ」
シンデレラは納得したように頷く。
その言葉を聞いていたレッドフードだけが、一瞬、妙な表情をした。
ネイトが気づくより先に、いつもの笑みへ戻ってしまう。
軌道エレベーターの起動準備が完了した。
上へ向かうのは、リリス、ドロシー、ラプンツェル、スノーホワイト、レッドフード、紅蓮、指揮官、そしてネイト。
入口へ向かう直前、紅蓮が遠くにいるブレイドガードの方を見た。
距離があるため、薔花の姿は小さい。
それでも腰の花無十日紅へ手を添える。
姉から借りたものだ。
返さなければならない。
ならば帰る。
紅蓮はそれを確かめるように柄を握り、前を向いた。
ネイトがシンデレラの横を通る。
「感想」
彼女が言った。
「忘れてないよ」
「まだ全部は話していないわ」
「じゃあ帰ってからだな」
「ええ。帰ってから」
一行がエレベーターへ乗り込む。
最後にリリスが振り返った。
「シンデレラ」
「はい」
「任せたよ」
四基のガラスの靴が、シンデレラの周囲へ浮かび上がる。
その背後には、疲労しながらも防衛線を構築する量産型ニケたちがいる。人類軍の兵士がいて、補給部隊がいて、負傷者を運ぶブレイドガードの五人もいる。
シンデレラは胸を張った。
「任せてください。ちゃんと帰ってきてくださいね」
扉が閉まり始める。
最後まで見えていたのは、四基のガラスの靴を従えて立つ白い少女だった。
やがて完全に扉が閉じ、低い駆動音とともに床から僅かな振動が伝わってくる。高度表示の数字が動き始めると、地上で続いている戦闘音も少しずつ遠ざかっていった。
ネイトはPip-Boyの状態を確認し、レッドフードはウルフスベインの弾薬と機関部を確かめている。スノーホワイトは早くもエレベーター内部の構造へ興味を示し、紅蓮は花無十日紅の柄から手を離さない。ラプンツェルは全員の状態をもう一度確認し、ドロシーと指揮官は上昇状況と通信を追っていた。
リリスだけが、天井の向こうを見るように少し上を向いている。
「リリス」
ネイトが呼んだ。
「ん?」
「緊張してる?」
シンデレラにも、よく似た質問をしたばかりだった。
リリスは少し考え、素直に笑う。
「してるよ」
「珍しいな」
「私だって緊張くらいするよ?」
「勝てる?」
今度は迷わなかった。
「勝つつもり」
ネイトも笑った。
「そういう答えになるか」
「ネイトは?」
「同じだよ」
地上には、帰り道を守るシンデレラたちがいる。
上には、人類がまだ直接見たことのない敵が待っている。
ここまでの作戦は成功したが、本当の目的はこれからだった。
高度表示は上がり続ける。
窓の外に広がっていた雲へ近づき、その中へ入り、やがて白い雲海そのものが眼下へ沈んでいく。それでも軌道エレベーターは速度を落とさず、ゴッデスと二人の人間を乗せたまま、クイーンがいると考えられている空の彼方へ上昇を続けていった。