Fallout:GODDESS ―灰の世界から女神たちへ― 作:記録官
軌道エレベーターが雲を抜けてしばらくすると、観測窓の向こうに広がっていた青空は少しずつ深い色へ変わっていった。高度表示は休むことなく数字を増やし続け、眼下には白い雲海が広がり、そのさらに下へつい先ほどまで戦っていた地上が沈んでいく。ネイトはこれまでの人生で宇宙に関わる施設へ足を踏み入れたことこそあったものの、地上から一本の構造物を登り続け、そのまま空の外へ出ていくという体験はさすがになかった。
「……すごいですね」
スノーホワイトは観測窓からなかなか離れようとしなかった。最初は眼下の地上を眺めていたが、次第にエレベーターの外壁や周囲の構造へ興味が移ったらしく、窓際へ顔を寄せながら機械の継ぎ目まで観察し始めている。
「宇宙は初めて?」
ネイトが尋ねると、スノーホワイトはようやく窓から顔を離した。
「当然です。ネイトさんは違うんですか?」
「こんな立派な軌道エレベーターで来たのは初めてだよ」
「その言い方だと、別の方法なら宇宙へ行ったことがあるように聞こえますけど」
「昔話を始めると長い」
「またそれですか」
不満そうな顔をしながらも、今から聞き出す時間ではないと理解しているらしい。スノーホワイトは再び観測窓へ向き直り、今度は外壁へ設置されている設備の配置を目で追い始めた。
ネイトは窓際を離れ、室内を見回した。紅蓮は壁際で花無十日紅を抜き、姉から預かった刃に異常がないか最後の確認をしている。ドロシーと指揮官は到着後の行動手順を改めて擦り合わせ、ラプンツェルはもう何度目になるのか分からないほど全員の状態を確かめていた。リリスもその間を歩きながら一人ずつ声を掛けており、少なくとも見た目だけなら地上にいた時とほとんど変わらない。
レッドフードだけが、少し離れた壁際へ腰を下ろしていた。
普段なら高度や宇宙を題材に、一つくらいくだらない冗談を口にしてもおかしくない。ところが今はウルフスベインを傍らへ置いたまま目を閉じ、妙に静かな時間を過ごしていた。
「レッドフード」
近づいて声を掛けると、すぐに目を開けた。
「何だよ、男前」
「頭?」
「何が?」
「本当に?」
「違う。ちょっと眠いだけ」
返事そのものは軽かった。
ネイトが黙って顔を見ていると、レッドフードは少し眉を寄せる。
「最近疑い深くなってねえか?」
「頭の中でノイズがしてるのを黙ってた奴がいるからな」
「もう報告してんだろ」
「それならいい」
ネイトも少し離れた壁へ背を預けた。
レッドフードは観測窓の向こうへ視線を移す。地上はすでに遠く、ここから落ちれば何が起きるかなど、考えるまでもない高さまで上がっていた。
「高いな」
「ああ」
「ここから落ちたら、さすがに助からねえよな」
ネイトは横目で彼女を見る。
「縁起でもないこと言うなよ」
「ただの興味だって」
返事はいつもの調子だった。
それでも、作戦開始前に軌道エレベーターを見上げながら口にした言葉が、ネイトの胸の奥へまた引っ掛かった。
今日で全部片付くのも悪くない。
その意味について、まだきちんと話せていない。
「レッドフード」
「何?」
続きを口にしようとしたところで、前方から指揮官の声が飛んだ。
「到着まで三分! 全員、最終確認をしろ!」
レッドフードはすぐに立ち上がり、ウルフスベインを担ぎ直した。
「ほら、仕事だぞ男前」
「……帰ってからだからな」
「何が?」
「話」
一瞬だけ、レッドフードの笑みが薄くなる。
「覚えてたらな」
「覚えとけよ」
それでも彼女はすぐいつもの表情へ戻った。
ネイトもガウスライフルの状態を確認し、前方へ移動する。何を考えているのか聞くのは、地上へ帰ってからでいい。そのために、シンデレラを含めた地上部隊が帰路を守っているのだから。
◇
異変が起きたのは、到着まで残り一分ほどになった時だった。
鋭い警告音がエレベーター内へ響き、端末を確認していたスノーホワイトが顔を上げる。
「上方から複数の高出力反応! 来ます!」
「何だ――」
言い終えるより早く、激しい衝撃がエレベーター全体を襲った。
床が大きく揺れ、天井や壁の継ぎ目から細かな破片が降ってくる。ネイトは近くの手すりを掴んで身体を支え、ほかの面々もそれぞれの方法ですぐ姿勢を立て直した。
「ステーション側です! 複数の砲台から攻撃されています!」
外部映像へ切り替えると、上方に存在する巨大なステーションの周囲で無数の赤い光点が動いていた。こちらの上昇速度に合わせて砲塔が照準を修正しており、人間がその場で操作しているとは思えない速度で次の射撃態勢へ入っている。
「自動迎撃でしょうか」
ドロシーが表情を険しくする。
「停止できるか!?」
指揮官の問いに、スノーホワイトは即座に首を横へ振った。
「ここで止まったら格好の的です! 上昇を続けた方が――」
二発目が直撃した。
照明が落ち、非常灯へ切り替わる。同時に外壁の一部が明らかに歪み、壁面の継ぎ目へ細い亀裂が入ると、そこから空気が勢いよく吸い出され始めた。
「気密低下!」
「スノー!」
「分かっています!」
ネイトはPip-Boyを操作し、保管庫から金属板と複数の補修部材を取り出した。亀裂へ板を押し当てようとした瞬間、吹き出す空気に腕ごと引かれ、身体まで壁へ持っていかれそうになる。
「男前!」
横からレッドフードが金属板を掴んだ。
「押さえりゃいいんだな!?」
「ああ! 絶対離すな!」
「誰に言ってんだ!」
二人が力任せに金属板を固定している間へ、スノーホワイトが工具を差し込んだ。こちらの規格とはまるで違う応急資材を使わなければならないため作業は簡単ではなかったが、少女は亀裂の形と周辺フレームの状態を見ながら必要な固定具と補強材を次々と指定し、そのたびにネイトがPip-Boyから取り出して渡していく。
作業の途中で三発目が命中した。
ネイトの肩が壁へ叩きつけられ、押さえている金属板も大きく震える。
「大丈夫! 続けろ!」
痛みに顔をしかめながらも、手は離さない。
スノーホワイトが最後の固定を終えると、金属板が亀裂へ強く押しつけられた状態で安定した。少女はすぐ計器へ目を走らせ、数値が戻り始めたことを確認する。
「気圧低下、止まりました!」
「よし!」
安堵する暇もなく、軌道エレベーターが急速な減速へ入った。床を通じて伝わる振動が変わり、到着を告げる電子音が鳴る。
「到着するぞ!」
指揮官の号令で全員が武器を構えた。
最後の攻撃が外壁を揺らした直後、エレベーターが停止する。正面の扉が開き始めると、リリスが真っ先にその前へ立った。
「行こう」
人一人が通れる程度まで開いたところで、彼女は外へ踏み出した。
ゴッデスが続き、指揮官とネイトもその後へ入る。
こうして一行は、未知の宇宙ステーションへ足を踏み入れた。
◇
ステーション内部には、今も人類が建造した施設であった頃の面影が残っていた。白い壁面や案内表示、大型貨物を運ぶためと思われる広い通路を見る限り、少なくとも元々は人間の使用を前提とした施設だったことが分かる。しかし奥へ進むにつれて、壁や天井には異質な機械が食い込み、太いケーブルが元の設備を覆うように張り巡らされており、床にも巨大な何かを繰り返し運んだ跡が残されていた。
「元は人間の施設みたいだな」
「はい。でも相当作り替えられています」
スノーホワイトは周囲へ視線を走らせる。
「壁の内部にも後付けの設備があります。元の図面が残っていたとしても、今の構造とはかなり違うはずです」
「調査は帰ってからだ。今はクイーンを探す」
指揮官は前方へ視線を向けたまま答えた。
その言葉が終わる前に、奥の通路から機械音が響いた。
「来るぞ」
紅蓮が花無十日紅を抜く。
曲がり角から複数のラプチャーが姿を現した。地上で相手にした大群と比較すれば数は少ないものの、射線も逃げ道も限られる室内では、一機の存在が地上より遥かに厄介になる。
紅蓮が先頭へ踏み込み、最初のラプチャーの砲身を斬り落とす。そのまま隣へ向かおうとした瞬間、奥の一体が紅蓮へ照準を合わせた。
「頭を下げてください!」
ドロシーの声に従って紅蓮が姿勢を落とすと、その頭上すれすれを弾丸が通過し、奥のラプチャーへ命中する。
「今、髪を掠めなかったか?」
「掠めていません!」
「私には見えたぞ!」
「戦闘中に髪の心配をしないでください!」
「二人とも後で!」
リリスが横から一体を殴り飛ばし、そのまま通路の壁へ叩きつける。ネイトも紅蓮が脚部を壊した個体の装甲継ぎ目へガウスライフルを撃ち込み、露出した内部機構を破壊した。
数分も掛からず、最後の一体が沈黙する。
一行は足を止めず、さらに奥へ進んだ。
やがて端末を確認しながら歩いていたスノーホワイトの速度が落ちる。
「この先です」
「クイーン?」
リリスが尋ねる。
「断定はできません。でも、今まで見たどの反応とも比較にならない出力です。それに、この区画全体が一つの何かを中心に動いています」
スノーホワイトの視線の先には、巨大な隔壁があった。
人間が出入りするだけの扉とは思えないほど厚く、両脇には大量の制御設備が増設されている。
指揮官が全員を見る。
「最後に確認する。クイーンまで来たからって、全員で死ぬのが目的じゃない。戦闘続行が無理だと判断した時点で撤退する」
ネイトはその言葉に頷いた。
レッドフードの視線だけが、ほんの僅かに動いたことには気づいたが、今は何も言わない。
スノーホワイトが制御盤へ接続する。
重い機械音が響き、巨大な隔壁が左右へ開いていった。
◇
その先にいる存在を見た瞬間、誰もがほんの僅かな間だけ動きを止めた。
巨大な空間の中心に、女王はいた。
人間の女性を思わせる上半身を持ちながら、その姿を人と呼ぶにはあまりにも異質だった。身体からはいくつもの長い腕が伸び、背後には翼を思わせる巨大な構造物が広がっている。さらに上方から数え切れないほどの太いワイヤーやケーブルが伸び、女王自身だけでなく、天井や部屋の各設備へ複雑に接続されていた。
顔に表情らしいものはない。
こちらを見ているのかどうかさえ、最初は分からなかった。
「あなたが、クイーン」
リリスが一歩前へ出る。
返事はなかった。
代わりに、部屋そのものが反応した。
壁と天井の一部が開き、隠されていた砲塔が次々と姿を現す。無数の赤い照準光が一斉にこちらへ向いたため、その数を認識したスノーホワイトが思わず声を上げた。
「多すぎます!」
「数えるな! 散開!」
指揮官の号令と同時に、赤い光が室内を走った。
ゴッデスは複数方向へ散り、ネイトも近くの構造物へ滑り込む。ビームが床や壁へ命中するたび金属が赤熱し、中には何層もの構造をそのまま貫通して奥の区画まで焼き抜いていくものまであった。
「クイーンだけじゃなくて、部屋まで敵かよ!」
「ステーションそのものが防衛設備になっています!」
スノーホワイトが叫ぶ。
その間に、リリスは砲撃の隙間を縫うように前へ出ていた。
「なら、まず本人に聞いてみる!」
「何を!?」
ネイトの声が届くより早く、リリスはクイーンへ肉薄した。
振るわれた長い腕をかわし、その懐へ入り込む。
拳が胸部へ直撃した。
響いたのは単なる打撃音ではなかった。巨大な空間そのものが揺れたような衝撃が走り、クイーンの上半身が大きく後方へ傾く。胸部装甲は深く陥没し、砕けた破片が周囲へ飛び散った。
「入った!」
レッドフードが即座に同じ場所へウルフスベインを撃ち込み、ドロシーも火力を重ねる。ネイトは最大まで充電したガウスライフルを露出した内部機構へ向けて発砲した。
攻撃は通っていた。
それ自体は間違いない。
ところが、十分な距離を取ったリリスの表情が変わる。
「……待って」
スノーホワイトの声も同時に変わった。
破壊された胸部が、すでに形を変えていた。
砕けた箇所の内側から新しい構造が押し上がり、失われた装甲を埋めるように組み上がっていく。リリスが作った大きな陥没は見る間に浅くなり、十数秒も経たないうちに、ほとんど元の姿へ戻っていた。
「うそ……」
珍しく、リリス自身が目を丸くする。
「ならば、戻りきる前に斬り続ければよい!」
紅蓮は逆に花無十日紅を構え直した。
「待ってください!」
止めるより早く、紅蓮が間合いへ入る。
クイーンの長い腕が薙ぎ払われるが、その下へ潜り込んで指の一本を根元から切断した。切り離された指が床へ落ちる。
「どうだ!」
しかし、切断面ではすでに変化が始まっていた。
失われた部位の奥から新しい構造が伸び、細かな機構が互いに噛み合いながら指の形を作り直していく。壊れた部品を修復して元へ戻すというより、欠けた場所へ新しいものを造り直しているように見えた。
数秒後には、元の指とほとんど見分けがつかなくなる。
「……馬鹿な」
紅蓮の表情が変わった。
「再生というより……再構築」
スノーホワイトが呟く。
その時、ネイトはクイーン本体ではなく、その上へ伸びる太いケーブルを見た。
「上のケーブル!」
全員の視線が一瞬だけ向く。
「身体だけじゃなくて、あれから何か供給してるんじゃないか!?」
「試します!」
スノーホワイトが最も太い一本を指定し、レッドフードがすぐ照準を変える。
ウルフスベインの一撃が接続部へ直撃した。
爆発とともにケーブルが千切れ、火花を撒き散らしながら床へ落ちる。一瞬だけクイーン側の反応が乱れたため、ネイトは期待を込めてスノーホワイトを見る。
「効いた?」
しかし答えが返るより早く、天井付近で別の機構が動いた。
折り畳まれていた予備ケーブルらしき構造が伸び、先ほど破壊された箇所とは別の端子へ接続される。同時に複数経路で信号量が増え、一つ失った機能を別系統で即座に補い始めた。
「駄目です!」
スノーホワイトが首を横へ振る。
「単純な電源線ではありません。切断された経路を別の接続へ置き換えています!」
「なら全部切れば――」
「それも危険です!」
紅蓮の言葉を、今度は最後まで言わせなかった。
「このケーブルはクイーンだけに繋がっているわけではありません。ステーションの設備にも入っています。何が生命維持で、何が姿勢制御で、何がクイーン専用なのか、今は区別できません!」
ネイトも改めて周囲を見る。
この場所で自分たちが普通に動けているのは、ステーションが生命維持機能を保っているからだ。空気も電力も重力も通信も、そして唯一の帰路である軌道エレベーターとの接続も、どこかで同じ設備群へ依存している可能性がある。
「適当に全部壊したら、女王より先に俺たちが死ぬな」
「十分あり得ます!」
「ケーブルは無闇に触るな!」
指揮官が即座に判断した。
「攻撃を続けながらデータを取れ! 再構築速度と攻撃パターンを優先する! ここでクイーンを倒し切ることだけに固執しない。情報を持ち帰ることも戦果だ!」
方針を切り替えた直後から、戦闘はさらに厳しくなっていった。
◇
時間が経つほど、クイーンの攻撃は正確になった。
周囲の砲塔だけでも十分に厄介だというのに、クイーン自身の腕や指からも赤い光が放たれる。一つ目の射線をかわした先へ二つ目が置かれ、遮蔽物へ飛び込めば別角度の砲塔がそこを狙う。こちらの動きを見ながら学習しているのか、最初からその程度の制御能力を備えていたのかまでは、ネイトにも判断できなかった。
ドロシーが砲塔を一基破壊し、スノーホワイトも別の一基を撃ち抜く。
それでも、数が減ったという感覚はほとんどない。
「この部屋、砲台多すぎねえか!?」
レッドフードが叫ぶ。
「文句を言って減るのでしたら、もっと言ってください!」
ドロシーが返す。
「お嬢サマまで雑になってきてんぞ!」
「誰のせいですか!」
その横で、紅蓮が飛来するビームへ花無十日紅を向けた。
「紅蓮! それは斬らない!」
リリスがすぐ襟を掴む。
「まだ試しておらぬ!」
「試さなくていい!」
「何でも剣でどうにかしようとしないでね!」
紅蓮が横へ引きずられた直後、先ほどまで立っていた床が赤い光に貫かれ、溶けた床材が周囲へ飛び散った。
紅蓮はその跡をしばらく見つめる。
「……感謝する」
「本当に?」
「今ので学んだ」
「横へ?」
「たぶん」
「たぶんなんだ……」
リリスが呆れながらもクイーンへ意識を戻した、その直後だった。
クイーンの腕が大きく横へ振られ、先端から伸びた赤い光が広範囲を薙ぎ払う攻撃へ変わる。
全員が動いた。
ネイトは遮蔽物へ飛び込み、ドロシー、ラプンツェル、スノーホワイト、紅蓮もそれぞれ射線から外れる。
レッドフードだけが、その場に残っていた。
正確には、動こうとはしていた。
攻撃そのものは見えているはずで、身体も反応不能になるほど損傷してはいない。それなのに足が床を蹴るまでに、不自然な間があった。
「レッドフード!」
リリスが引き返す。
レッドフードの腕を掴み、ほとんど投げるように遮蔽物の向こうへ放り込む。直後、赤い光が二人の背後を通過して壁面を大きく切り裂いた。
「痛ってえ!」
床へ転がったレッドフードが抗議する。
リリスも遮蔽物へ滑り込み、そのまま彼女を睨んだ。
「今の、見えてたよね?」
「見えてたって、身体が間に合わなかったんだよ!」
「頭痛?」
ラプンツェルもすぐ近づく。
「違う!」
「なら何?」
「何でもねえよ! ちょっと判断が遅れただけだ!」
一度の判断遅れなら、戦場では誰にでも起こり得る。単純な疲労かもしれず、侵食が影響している可能性もあるが、この時点で原因を一つに決める材料はなかった。
ネイトは納得していなかったものの、ここで問い詰める時間でもない。
「一回下がれ!」
「まだやれる!」
「今は撃ちながら下がれって言ってる!」
レッドフードは舌打ちしたが、今度は命令に従った。
戦闘は続いている。
ドロシーがクイーンの顔の一部を破壊しても、やがて新しい構造が組み上がる。紅蓮が腕を切断しても欠損部から再び形が伸び、リリスが胸部へ拳を叩き込んで先ほど以上の陥没を作っても、少し時間を与えるだけで傷は塞がり始めた。
ネイトは残弾と仲間の損傷状況を確認する。
「これ、長引かせるほどこっちだけ減っていくぞ」
「分かっています!」
解析を続けていたスノーホワイトも声を上げる。
「向こうもエネルギーを消費しているはずです。でも供給量が大きすぎて、ここからでは限界を測れません!」
「だったら頭を吹っ飛ばす!」
後方へ下がっていたはずのレッドフードが、再び前へ出た。
「待て!」
ウルフスベインが火を噴き、クイーンの顔面へ一撃が直撃する。外装が大きく砕け、二射目が同じ場所へ入り込むと、さらに破壊範囲が広がった。
「レッドフード、戻って!」
「あと一発!」
ラプンツェルの警告を無視し、レッドフードは後退しない。
クイーンの指が、まっすぐ彼女へ向いた。
ネイトにも見えた。
距離はある。先ほどの広範囲攻撃とは違って攻撃方向も明確で、射撃を中断すれば十分避けられる。何よりレッドフード本人にも、間違いなくそれが見えているはずだった。
それなのに彼女は退こうとせず、もう一度ウルフスベインを構えようとした。
「おい!」
発射の直前、リリスがまた飛び込んだ。
今度はレッドフードの胴体を抱え、そのまま横へ跳ぶ。二人が床へ転がった直後、赤い光が一瞬前までレッドフードの胸があった場所を貫き、その後ろにある壁を何層も焼き抜いた。
「何してるの!」
身体を起こしたレッドフードへ、リリスが怒鳴った。
先ほどまでの声とは明らかに違っていた。
「撃ってただけだろ!」
「今のは避けられた!」
「間に合わなかった!」
「嘘!」
レッドフードが黙る。
一度なら判断ミスとも考えられる。
これで二度目だった。
「話は後!」
ネイトも二人のもとへ走る。
「今はクイーンだ!」
リリスはレッドフードを見たままだったが、指揮官へ視線を向ける。
「レッドフードは一回下がれ!」
「でも――」
「レッドフード!」
判断は早かった。
「一時後退! 後方から支援しろ!」
「あたしはまだ――」
「命令だ!」
「……クソッ!」
納得していないことは明らかだったが、今度は従った。
ネイトは後退していくレッドフードの背中を見る。
侵食による反応異常なのか、ほかに原因があるのかは分からない。それでも、普段なら避けるはずの攻撃を二度続けて避けなかったという事実だけは、どう理由を付けても消えなかった。
◇
しばらくして、クイーンの動きが止まった。
周囲の砲塔も、同時に射撃間隔を僅かに空ける。
突然静かになったからこそ、全員が警戒した。
ネイトがPip-Boyへ目を落とすと、検出されるエネルギー値が急激に上昇していた。
「全員警戒!」
クイーンの顔がゆっくりこちらへ向く。
身体の前方へ赤黒い光が集まり始め、見る間に膨れ上がっていった。
スノーホワイトの表情が変わる。
「出力が違います! 今までのビームとは比較になりません!」
「回避地点は?」
ドロシーが周囲を見る。
「この部屋の中では、完全に射線から外れられる保証がありません!」
入口までは遠い。
周囲には厚い隔壁も存在するが、これまでの攻撃ですら複数の壁を貫通している。あの光を真正面から受ければ何が起きるのか、わざわざ試す理由はなかった。
ネイトはPip-Boyへ手を伸ばした。
保管庫を開き、武器一覧へ視線を走らせる。
一つの名前で指が止まった。
取り出す。
重量のある兵器が手の中へ現れた。
「ネイトさん、それ……!」
近くにいたスノーホワイトが目を見開く。
「ヌカランチャー」
レッドフードも気づいた。
「おい男前。まさか――」
「ここで!?」
ネイトはクイーンを見る。
撃てば、純粋な威力だけなら現在所持している兵器の中でも桁違いだろう。
しかし同時に、周囲へも目を向ける。
天井と壁にはステーションの生命維持設備が走り、近くには仲間たちがいる。人間である自分と指揮官もおり、唯一の帰還手段である軌道エレベーターも、この施設へ接続されたままだ。
この距離、この閉鎖空間でミニ・ニュークを撃てば、クイーンへどれだけ損害を与えられるか確認するより先に、自分たちが無事では済まない可能性の方が遥かに高い。
ネイトは照準を上げなかった。
数秒迷った末、ヌカランチャーをPip-Boyへ戻す。
「駄目だ」
「はあ!?」
レッドフードが叫んだ。
「ここじゃ撃てない!」
「女王が目の前だぞ!」
「分かってる!」
「ここ以上に使いたくなる場所なんかあるか!?」
「ないから困ってるんだろ!」
「じゃあ何で持ってきたんだよ!」
「使える場所なら強いからだよ!」
「二人とも!」
ドロシーの怒声が割り込む。
「核兵器について議論している場合ではありません!」
もっともだった。
クイーンの前方へ集まった赤黒い光は、すでに室内全体を染めるほどまで膨れ上がっている。
リリスが周囲を見回した。
「こっち! 全員走って!」
部屋の側面にある巨大な隔壁基部を指す。元々のステーション構造と思われるその部分は、後付けされた周囲の壁より明らかに厚い。
一斉に移動する。
しかし、人間二人はニケたちと同じ速度では走れなかった。
「間に合わない!」
スノーホワイトが叫ぶ。
前方へ走っていたはずのリリスが、すぐ引き返してきた。
右手でネイトの服を掴み、左腕では指揮官を抱える。
「は?」
次の瞬間、ネイトの身体が床から浮いた。
リリスは二人まとめて隔壁の奥へ放り込んだ。
「扱い雑じゃない!?」
床を転がりながら抗議する。
「死ぬよりいいでしょ!」
言い返す余裕はなかった。
直後、赤黒い光がステーション内部を埋め尽くした。
轟音とともに、厚い隔壁の向こうからすら焼けるような熱が伝わってくる。構造材そのものが悲鳴を上げるように軋み、床は激しく振動し、Pip-Boyの観測値は一瞬まともに読めないほど乱れた。
実際には数秒だったのかもしれない。
それでも、ひどく長く感じた。
ようやく光が消えると、ネイトは慎重に隔壁の陰から顔を出した。
言葉を失う。
部屋の反対側が、大きく抉り取られていた。
壁だけではない。複数の設備と、その奥に存在していた構造までまとめて消し飛び、その先には黒い宇宙空間が見えている。気密を維持するための緊急隔壁が次々と降り始め、ステーション全体へ警告表示が広がっていた。
「……こんなの」
スノーホワイトも呆然としていた。
それでも、クイーンはまだそこにいる。
自分で放った攻撃の余波を受けているはずなのに、大きな変化は見られない。こちらが与えた損傷も、すでにほとんど消えていた。
一方で、こちらの弾薬も装備も身体も確実に消耗している。
そして何より、戦場となっているステーションそのものまで無限ではない。
「撤退する」
指揮官が決断した。
「は?」
レッドフードが振り返る。
「撤退だ!」
「待てよ! ここまで来たんだぞ!」
「だから何を試す!」
指揮官も声を荒らげた。
「本体を破壊してもすぐ再構築される! 接続を一本切っても別の経路へ置き換えられる! ステーション全体が武器だ! 次に今の攻撃をまともに食らえば、全員帰れる保証がない!」
「でも――」
「情報を持ち帰る!」
その一言は、はっきりしていた。
「俺たちがここで死んだら、今日見たものが全部消える!」
レッドフードが拳を握る。
クイーンを見る。
「ここまで来たのに……」
ほんの僅かに、何かを言いかけた。
「レッドフード」
リリスが彼女へ近づく。
「帰るよ」
「リリス」
「帰る」
「でも――」
「一緒に帰る」
声は柔らかい。
それでも、絶対に譲らないことだけは分かった。
レッドフードは長い間何も言わなかった。
やがてウルフスベインを下ろす。
「……分かったよ」
ネイトはその横顔を見た。
二度の回避遅れ。
作戦前に軌道エレベーターを見上げながら口にした言葉。
上昇中の「ここから落ちたら助からない」という話。
一つだけなら、別の理由を付けられるものばかりだった。
だが、地上へ戻ったら話す。
今度こそ誤魔化させない。
◇
撤退は、来た時より厳しかった。
クイーン自身が追跡してくることはなかったが、ステーションの迎撃機能は依然として生きている。通路へ戻ったあとも壁越しにビームが撃ち込まれ、隔壁の一部を貫通するたび、一行はその場から移動を強いられた。
無用な戦闘を避け、往路で破壊したラプチャーの残骸を越えながら、最短距離で軌道エレベーターを目指す。
ようやくエレベーター区画へ辿り着くと、指揮官がスノーホワイトへ尋ねた。
「まだ動いてるか?」
少女はすぐ端末を確認する。
「反応はあります! かなり損傷していますが、一度だけなら下降できると思います!」
「一度で十分だ!」
走りながらネイトが言う。
「忘れ物したら?」
「置いていけ!」
「冗談だよ」
「お前の冗談は怖いんだ!」
ネイトは少し笑った。
まだ冗談を言える。
何より八人全員が生きている。
今はそれでいい。
そう考えながらエレベーターへ向かった時、往路で受けた砲撃と、先ほどクイーンが放った大出力攻撃による振動で、周囲の外壁が大きく剥がれていることに気づいた。
その向こうには、巨大な構造物が露出している。
軌道エレベーターの柱と、その上にある宇宙ステーション。
両者は一本の建造物として途切れなく繋がっているわけではなかった。巨大なリング状の構造、複数の支持部材、太い接続機構によって固定され、その周囲を大量の配管とケーブルが通っている。
「スノー」
ネイトの足が止まりかける。
「これ」
スノーホワイトも一瞬だけ振り返った。
途端に、表情が技術者のものへ変わる。
「ステーションとエレベーターって、別々に作られてる?」
「……はい。少なくとも、完全な一体構造ではありません」
少女は露出した部分を見つめる。
「外せる?」
スノーホワイトはすぐには答えなかった。
「今ここでは分かりません。これだけの構造物ですから、簡単に取り外せるようには作られていないでしょうし、ラプチャー側の改造もあります。でも……」
視線が接続部を追う。
「繋がっている場所はあります」
遠くから再び砲撃の振動が伝わってくる。
答えを出している時間はなかった。
「記録だけ取って!」
「はい!」
スノーホワイトが端末を向ける。
接続位置、支持構造、リング、配管。外から確認できるものを可能な限り記録し、ネイトもPip-Boyへ同じ情報を保存していく。
今ここで何ができるのか分からなくても、持ち帰れば考えられる。
地上にはシンデレラがいる。
人類軍の技術者もいる。
研究所にはエイブもいる。
「扉、開きました!」
スノーホワイトの声で、全員が軌道エレベーターへ飛び込んだ。
最後にリリスがステーションの奥を振り返る。
クイーンの姿は、ここからは見えない。
それでも確かに、あの奥に存在している。
「また来るから」
小さな声だった。
遠くで赤い光が走り、区画全体がもう一度揺れる。
扉が閉じ、低い駆動音が響いた。
軌道エレベーターは下降を始めた。
◇
しばらくの間、誰も話さなかった。
高度表示だけが少しずつ小さくなっていく。
ラプンツェルは全員の負傷状態を確認し、紅蓮は花無十日紅についた細かな傷を黙って見ていた。スノーホワイトとドロシーは早くも持ち帰ったデータの整理を始め、クイーンの攻撃、再構築、ステーションの迎撃設備、最後に発見した接続構造を、それぞれ別の項目へ分類している。
指揮官は壁へ背を預け、長く息を吐いた。
「負けたな」
リリスは少し考える。
「うん」
誤魔化さなかった。
「強かった」
「悔しいか?」
「すごく」
それでもリリスは、少しだけ笑った。
ネイトも持ち帰った記録へ目を落とす。
「本体への攻撃自体は通る。でも今のやり方だと、破壊より再構築の方が圧倒的に速い。ケーブルも一本切れば終わりじゃない。予備経路があるし、ステーション自体がクイーンを支えてる可能性も高い」
「それから大出力攻撃と、周辺の迎撃設備です」
スノーホワイトも続ける。
「ステーション内部も全部ではありませんが記録できました。接続構造の映像もあります」
「なら帰ったら全部まとめるぞ」
指揮官が言った。
クイーンを倒すことはできなかった。重大な損傷を残すことさえできず、人類でも有数の戦力を持つ者たちが直接戦ってなお、現在のやり方では届かなかったという結果だけを見れば、作戦は明確な敗北だった。
しかしクイーンの姿を見た。
攻撃方法も、異常な再構築能力も確認した。
ステーションそのものが巨大な兵器として機能し、クイーンを支える接続には冗長性があることも知った。さらに撤退間際には、そのステーションが軌道エレベーターと完全な一体構造ではないという情報まで得ている。
ネイトは観測窓へ目を向ける。
「でも、次はもっと上手くやれるよ」
「その自信はどこから来るんだ」
「だって、何も知らなかった時よりずっと知ってるだろ?」
ここで得たものまで、敗北と一緒に置いてくる必要はなかった。
何が通じなかったのか。
どこまでなら壊せたのか。
何がクイーンを支えているのか。
そして次に、どこを見るべきなのか。
その答えを考えるための材料は、今もPip-Boyとスノーホワイトの端末に残っている。
その隣では、レッドフードだけが何も言わず窓の外を見ていた。
黒かった空の下へ、少しずつ青が戻り始めている。
ネイトは今度、その沈黙を見過ごさなかった。
「レッドフード」
「……何だよ」
「帰ったら話すぞ」
彼女は少し嫌そうな顔をした。
「忘れてなかったのか」
「残念だったな」
「ほんっと面倒くせえ男」
「褒め言葉として受け取っとくよ」
レッドフードは小さく笑った。
軌道エレベーターは下降を続け、そのさらに下では、シンデレラたちが自分たちの帰る場所を守っている。
クイーンは倒せなかった。
それでも八人は生きて戻ろうとしており、敗北だけではなく、次に進むための情報も一緒に地上へ持ち帰ろうとしていた。