Fallout:GODDESS ―灰の世界から女神たちへ― 作:記録官
リリスの検査が始まって三日目、勝利の翼号の整備区画には見慣れない機材が増えていた。床には複数の計測器が固定され、壁際にはスノーホワイトが急造したセンサー群が並び、その間を太いケーブルが這っている。普段なら武器や機体を調整するための場所だったが、今は人類最強のニケが一度拳を振るうだけで、身体の内部へどのような力が流れるのかを調べるための実験区画になっていた。
中央に立つリリスは、普段の戦闘装備ではなく検査用の簡素な服装をしている。肩、腰、大腿部、膝、足首には薄い測定端末が取り付けられ、背中からは複数の線が伸びていた。本人はそれを珍しそうに眺めているだけだったが、機材を設置したスノーホワイトの方は、朝から一度も気を抜いていない。
「これ、全部必要?」
「必要です」
「この腰のやつ、ちょっと動きづらいんだけど」
「動きやすくしたら測れません」
「厳しいなあ」
「リリスお姉ちゃんが勝手に全力を出さなければ、もう少し簡単にできます」
言い返せなくなったリリスがネイトへ助けを求めるように顔を向けると、彼は少し離れた机へ両手をついたまま首を横へ振った。前回味方をしてもらえなかったことを覚えているらしく、リリスはすぐ諦めて視線を戻す。
「今回は俺もスノー側」
「また?」
「身体を壊す方を応援する趣味はない」
「壊すつもりで戦ってないよ」
「それで壊れかけてるから調べてるんだろ」
リリスは不満そうに口を尖らせたものの、それ以上は反論しなかった。右手が一時的に動かなくなり、続いて右脚の動作が遅れた以上、自分の感覚だけを理由に問題ないと言える段階ではないことは本人も理解している。
少し離れた端末の前では、エイブが昨日までの検査記録を眺めていた。研究所から持ち込んだ独自の測定器も接続されており、スノーホワイトが作った設備と同時に記録を取る予定になっている。彼女は画面の一つを拡大し、肩から腕へ伸びる数値の並びを確認してから、リリスへ顔を向けた。
「最初は低出力」
「どのくらい?」
「お前が『弱い』と思うくらい」
「曖昧」
「全力の一割以下」
「それなら最初からそう言ってよ」
「お前にとっての一割が、普通のニケにとってどういう数字かをまだ測ってる」
エイブの言葉に、スノーホワイトも同意するように端末を操作した。リリスの基準をそのまま他のニケへ当てはめることができない以上、「低出力」という言葉自体がかなり危うい。実際、昨日測った歩行と軽い跳躍だけでも、一部の支持構造には通常のニケが戦闘時に受けるものと同程度の負荷が記録されていた。
「比較対象が欲しいですね」
「普通のニケ?」
ネイトが尋ねると、スノーホワイトは少し困った顔をした。
「それが、あまり役に立たないんです。通常規格のニケだと、リリスお姉ちゃんと身体の構造も出力も違いすぎます」
「比率で見ても?」
「できなくはありません。でも、同じ場所へ力が掛かっていても、それが同じ理由なのか分かりません。普通のニケでは出力制御が先に働くので、リリスお姉ちゃんみたいな負荷そのものが発生しません」
ネイトは近くに置かれた金属棒を持ち上げ、指先で軽く曲げてから机へ戻した。絶対的な強度だけを比較しても意味がなく、設計思想そのものが違うなら、負荷の逃げ方も変わって当然である。
「橋と道路みたいなものか」
「何ですか?」
「同じ車が走ってても、橋には橋の負担が掛かる。道路のひび割れを調べても、橋の支柱がどこから壊れるかまでは分からない」
スノーホワイトは数秒考え、納得したように頷いた。
「近いと思います。リリスお姉ちゃんの場合、出力を作る部分だけじゃなくて、それを通す部分を見ないと駄目です」
「力の通り道か」
「はい」
その言葉に合わせて、スノーホワイトが立体表示を切り替えた。リリスの身体を模した簡略図の中へ、肩、胸部、腰、骨盤周辺、大腿部、膝と複数の経路が表示される。まだ仮の推定にすぎないが、戦闘記録と検査結果を重ねると、大出力時に負担が集中する場所には一定の傾向が見えていた。
「ここです」
肩から胸部中央へ。
腰部支持構造から骨盤周辺へ。
大腿部の付け根から脚部へ。
スノーホワイトが順番に指し示していく。
「拳で殴る時も、腕だけで力を出しているわけじゃありません。地面を蹴って、脚から腰へ伝えて、それを上半身へ持っていって、最後に腕から出しています」
「普通の人間も似たようなものだな」
「はい。でもリリスお姉ちゃんは、その規模が違います」
エイブが別の画面を表示した。そこにはクイーン戦でリリスが拳を叩き込んだ際の記録と、普段の戦闘時に観測された数値が並べられている。
「これがクイーン戦」
「数字が飛んでるな」
「飛んでるどころじゃない」
エイブは淡々と言った。
「一部は計測上限を超えてる」
リリスが横から覗き込む。
「じゃあ正確には分からない?」
「分からない。だから今回は測れる範囲から上げる」
「全力は?」
「最後」
「やるんだ」
「必要なら」
答えを聞いたリリスは妙に嬉しそうだったが、スノーホワイトは明らかに嫌そうな顔をした。
「必要にならない方がいいです」
「でも測りたいんでしょ?」
「測りたいです。でも壊したくありません」
「難しいね」
「誰のせいですか!」
リリスが笑う一方で、スノーホワイトは本気で怒っている。その様子を見たネイトは、少なくとも本人が検査を嫌がって逃げる心配はなさそうだと思いながら、計測区画からさらに距離を取った。
◇
最初の実験は、床へ固定された大型の衝撃吸収板を拳で叩くという単純なものだった。リリスが普段なら力を入れたうちにも数えない程度から始め、同じ動作を繰り返しながら少しずつ出力を上げる。板の側にも多数のセンサーが組み込まれており、与えられた衝撃と、リリスの身体内部で観測された負荷を同時に記録していった。
「次、十五パーセント」
「分かった」
リリスは構え直し、右拳を前へ出した。大きな音が整備区画へ響いたものの、板は僅かに揺れただけで、固定具にも異常はない。
「もう一度」
今度は左拳。
同じように測る。
数値が揃うたびに、スノーホワイトが端末へ記録を追加していった。
「左右差は?」
ネイトが尋ねる。
「今のところほとんどありません。症状が右側に出たからといって、右だけが壊れているわけではなさそうです」
「なら何で右手と右脚だった?」
「分かりません。負荷の蓄積が先に表面化しただけかもしれませんし、制御系の微妙な差かもしれません」
そこはまだ断定しない。
エイブも同じ意見らしく、左右の数値よりも身体中央の反応へ注目していた。拳を打ち出した直後、肩と腰へ大きな負荷が発生し、その一部が脚へ戻るような動きを見せている。
「変だな」
ネイトが画面を覗き込む。
「何が?」
「この辺」
専門用語では説明できないため、単純に数値の流れを指差した。
「殴った力が前へ抜けるなら、身体の中で全部止まるわけじゃないだろ。でも、この線だと戻ってきてるように見える」
スノーホワイトが表示を拡大した。
「反力です」
「それは分かる。でも、この腰のところだけやけに残ってない?」
エイブがネイトを一度見てから、同じ箇所へ視線を戻した。数値そのものは計測誤差の範囲とも取れるが、複数回の打撃で同じ傾向が出ている。
「スノーホワイト」
「はい」
「時間軸を伸ばして」
表示が切り替わる。
拳が衝撃板へ触れた瞬間に大きな波形が生じ、その直後に急激に落ちる。しかし完全にゼロへ戻るまでには、僅かな残留があった。
「これですか?」
「そう」
「普通?」
「比較しないと分からない」
エイブはそう答えたものの、すぐ別のデータを開いた。通常規格のニケが射撃時や跳躍時に受ける負荷記録と並べると、波形の形そのものに少し違いがある。
「普通のニケは?」
「負荷が低すぎる」
エイブは画面を閉じた。
「比較にならない」
それを聞いたネイトは、昨日から考えていた人物を思い出した。リリスほどではなくても、同じ問題を抱えて壊れた身体が一つ存在する。
「マレーンは?」
整備区画が少し静かになった。
スノーホワイトもエイブも、すぐには答えなかった。モデルナンバー1だった頃のマレーンは、リリスの能力を再現しようとして身体が耐えられなかった存在である以上、比較対象としては極めて価値が高い。
しかし、記録があることと、勝手に使っていいことは別だった。
「本人に聞く」
エイブが最初にそう言った。
ネイトも頷く。
「それが先だな」
リリスも反対しなかった。
「私からお願いした方がいい?」
「いや」
エイブは首を横へ振った。
「私が聞く。研究目的と、何を見るのか全部説明する」
その日の実験はそこで一度中断された。
◇
マレーンは話を聞いた後、すぐには返事をしなかった。
勝利の翼号の小さな会議室で、エイブから渡された資料を一枚ずつ確認している。そこにはモデルナンバー1だった頃の身体記録を、リリスの検査へ利用したいことが簡潔に書かれていた。
「昔の身体の?」
「そう」
「壊れた方」
「そうだ」
エイブは曖昧にしなかった。
「リリーバイスの能力を再現しようとした時、どこへ負荷が集中していたのかを見たい。今の身体の記録は使わない」
「昔のだけ?」
「必要なのはそっち」
マレーンは資料をもう一度見た。
本人にとって、以前の身体は決して良い思い出ばかりではない。自分が何者なのかも分からないまま目覚め、後になって「リリーバイスを再現しようとして失敗したモデル」だったと知った身体である。
それでも今のマレーンは、その失敗だけで自分自身を決めてはいなかった。
「使っていいよ」
エイブが少しだけ目を上げる。
「いいのか?」
「うん」
「研究記録には身体内部のかなり細かい情報もある」
「それもいい」
「今から断っても構わない」
「断らない」
マレーンは資料を閉じた。
「リリスが壊れないために使えるんでしょ?」
「使える可能性がある」
「なら使って」
そこで少し考え、言葉を付け加える。
「でも、私がどうして壊れたかも教えて」
エイブは一瞬だけ黙ったが、すぐ頷いた。
「分かった」
「私も見る」
「ああ」
マレーンの許可が得られたことで、保存されていた旧研究記録が正式に取り出された。そこには製造時の設計図だけでなく、初期動作試験、出力試験、破損までの経過、交換された部品、負荷が集中した箇所まで細かく残っている。
当時の研究者にとって、それは失敗原因を次のモデルへ反映させるための技術資料だった。
今は、その失敗そのものを救うために使われる。
◇
比較結果が出るまでには、半日近く掛かった。
最初に気づいたのはスノーホワイトだった。二つの身体は構造も素材も違い、単純な数値そのものは比べられない。それでも、負荷が増えていく方向を重ねると、奇妙なほど似た線が現れた。
「ここ」
画面には二体分の簡略図が並んでいる。
片方はリリス。
もう片方はモデルナンバー1。
「肩から中央支持部、腰、脚の付け根」
スノーホワイトが指を動かす。
「同じです」
ネイトが画面を覗き込んだ。
「壊れた場所が?」
「完全には同じじゃありません。でも、負担が集まっていく方向が似ています」
エイブも隣で確認している。
「No.1は早い」
「何が?」
マレーン本人が尋ねる。
「限界に達するまで」
エイブは記録を隠さなかった。
「お前の旧ボディは、出力試験を始めてかなり早い段階で複数の支持部へ変形が出てる。修理して続けた結果、別の場所へ負荷が移った」
「それで最後は?」
「全身」
マレーンは黙って聞いた。
「最初に一箇所壊れたんじゃない。壊れた場所を強くした。次に別の場所が壊れた。また強くした。それを繰り返した結果、身体全体が追いつかなくなった」
ネイトは腕を組んだ。
「弱い柱だけ太くしたら、今度は別の柱へ負担が行ったようなものか」
「近い」
エイブはリリス側の記録へ切り替える。
「違うのは耐久力」
数値の尺度を揃えると、差は明確だった。モデルナンバー1が比較的早い段階で大きな変形を起こしているのに対し、リリスは遥かに高い負荷へ長期間耐えている。
「リリスお姉ちゃんの方が頑丈です」
「どのくらい?」
「簡単に何倍とは言えません。でも、同じ方向に負担を受けながら、ずっと長く耐えています」
リリスは画面を見つめた。
「じゃあ私は、マレーンと同じ?」
「違う」
エイブの返事は早かった。
「同じ問題を持ってる可能性があるだけだ」
「力に身体が追いつかない?」
「そこは似てる」
「なら最後も同じ?」
「まだ決まってない」
マレーンがリリスを見る。
「私と同じにならなくていいよ」
その言葉に、リリスも彼女へ顔を向けた。
「私の昔の身体は壊れた。でも、どうして壊れたか分かったなら、その通りにしなくていいでしょ?」
「そうだね」
「だから使って」
「何を?」
「私の失敗」
マレーンは少しだけ笑った。
「こうすると壊れるって分かったなら、違うことすればいい」
スノーホワイトが強く頷いた。
「はい」
その言葉に一番反応したのは、むしろ彼女だった。
◇
翌日から、実験内容が変わった。
単に出力を測るのではなく、どれだけの力が外へ出て、どれだけ身体内部へ戻り、どこに残るのかを細かく追う。衝撃板の固定方式も変更され、リリスが殴った際に板側が受けた力を複数方向から測定できるようになった。
「二十パーセント」
エイブの指示で、リリスが拳を叩き込む。
衝撃板が大きく沈み、床へ固定した支持具が軋む。前日より出力を上げているため音も明らかに大きいが、スノーホワイトが見ているのは板ではなく、リリスの身体側の波形だった。
「入力確認」
「外へ出た分は?」
「計算します」
数秒後。
スノーホワイトの表情が僅かに変わった。
「合わない」
「何が?」
ネイトが尋ねる。
「リリスお姉ちゃんが出したと推定される力と、板が受けた力と、身体に残った負荷を足しても少し足りません」
「誤差?」
「たぶん」
エイブが即座に言った。
「センサーの精度」
次の試行。
今度は左拳。
同じ傾向が出る。
「またです」
「どのくらい?」
「小さいです。全体から見れば本当に少し」
エイブは眉を寄せながら複数の計測器を確認した。異なる系統で測っているため、一つのセンサーだけがおかしいとは考えにくい。
「床へ逃げてる?」
ネイトが尋ねる。
「測ってる」
「空気?」
「それもある程度は」
「熱?」
「計算済み」
ネイトは頭を掻いた。
「じゃあどこ行ったんだ?」
誰も答えられなかった。
そもそも全ての力を完全に測定できるわけではなく、実験設備にも限界がある。数パーセントにも満たない差であれば、複数の誤差が重なっただけでも説明できる範囲だった。
「もう一回」
エイブが言う。
同じ出力。
同じ姿勢。
今度は脚の位置まで指定する。
結果は、また少しだけ足りない。
スノーホワイトは画面を睨んだ。
「やっぱりあります」
「だからって未知の何かに変換されたとは限らない」
「分かってます」
「まず測定系を疑え」
「はい」
エイブはそこで実験を止めなかった。別の角度、別の出力、別の拳と条件を変えながら記録を増やし、何度も同じ差が出るのかを確かめる。
低出力ではほとんど見えない。
出力を上げるほど、ほんの少し大きくなる。
「三十パーセント」
「まだ上げるの?」
リリスが少し楽しそうに尋ねる。
「嫌ならやめる」
「やる」
「嬉しそうにするな」
ネイトが呆れると、リリスは笑いながら構え直した。
拳が衝撃板へ入る。
今までで一番大きな音が響き、板そのものが僅かに歪んだ。
「壊した?」
「まだです!」
スノーホワイトが叫びながら記録を見る。
そこには、先ほどまでより明確な差が出ていた。
「また足りない」
エイブも画面へ近づいた。
「同時刻の環境センサーは?」
「確認します」
スノーホワイトが別の表示を開く。
温度。
振動。
電磁変化。
空気圧。
その中に、普段はほとんど気にしていなかった項目が一つ混じっていた。
「……これ」
「何?」
「環境粒子測定器です」
勝利の翼号には、ラプチャーとの戦闘地域で観測される各種粒子や汚染物質を調べるための簡易センサーが搭載されている。通常なら医療や索敵用途の補助記録に使われる程度で、今回の実験でも念のため動かしていただけだった。
その値が、拳を叩き込んだ瞬間だけ僅かに上がっている。
「偶然?」
リリスが尋ねる。
「分かりません」
スノーホワイトはすぐ否定もしなかった。
「前の記録は?」
エイブが要求する。
複数回分を重ねる。
低出力時には変化がほぼない。
二十パーセント前後から、ごく小さい上昇。
三十パーセントでは、それより僅かに大きい。
「相関してるようには見えるな」
ネイトが言った。
「見えるだけ」
エイブは釘を刺した。
「力が原因とは限らない。衝撃でセンサーが誤作動した可能性もある。周辺機器が反応してるだけかもしれない」
「じゃあ機械で同じ衝撃を作る?」
ネイトが提案すると、エイブがすぐ頷いた。
「やる」
スノーホワイトも端末へ記録を追加する。
「同じ程度の衝撃を機械で発生させて比較します」
「それで同じ反応なら?」
「ただの環境変化です」
「違ったら?」
スノーホワイトは一度エイブを見た。
エイブは画面から目を離さなかった。
「その時考える」
今の段階では、それ以上言うべきではなかった。
◇
実験終了後、リリスは整備区画の隅に座り、ラプンツェルの簡単な検査を受けていた。三十パーセント程度までとはいえ何度も同じ動作を繰り返したため、念のため右手と右脚の反応を確認している。
「今のところ問題ありません」
「よかった」
「でも今日はもう全力禁止です」
「分かってるよ」
「本当に?」
「信用ないなあ」
「最近の皆さんを見ていると、念押しは必要だと思っています」
誰のことか尋ねる必要はなかった。
少し離れたところでは、スノーホワイトとエイブがまだ記録を見ている。マレーンもその横に残り、自分の旧ボディとリリスのデータを何度か見比べていた。
「似てたね」
リリスが声を掛ける。
「うん」
「怖かった?」
マレーンは少し考えた。
「昔の私を見るのは、ちょっと変な感じ」
「嫌だった?」
「それは大丈夫」
彼女は画面に映っている古い身体の記録を見る。
「でも、あれが私だったんだって思う」
リリスも隣へ座った。
「今のマレーンとは違う?」
「身体は違うよ」
「中は?」
「分からない」
少し考えてから、マレーンは笑った。
「でも今の私は、あれがあったからいるんだと思う」
リリスはその答えを黙って聞いた。
「壊れたことも、失敗したって言われたことも、なくさなくていい。今日みたいに使えるなら」
「強いね」
「リリスに言われたくない」
「どうして?」
「一番強いから」
「それとこれとは別だよ」
二人が話している間にも、ネイトは中央の端末を眺めていた。No.1の記録が示したのは、リリスの未来が同じになるということではない。むしろ、どこから壊れ始めるのかを先に知ることができたという意味で、今の彼女たちは百年前の研究者より有利な位置にいる。
ただし、出力を弱めるだけでは足りない。
クイーンへ再び挑むなら、リリスの力は必要になる。
「結局、リミッターが一番簡単なんだろ?」
ネイトがエイブへ尋ねる。
「一番簡単」
「でも最優先じゃない」
「そうだ」
エイブは即答した。
「身体を守るだけなら出力を落とせばいい。でも次にクイーンへ行くなら、それでは意味がない可能性がある」
「もっと要るかもしれないしな」
「そういうこと」
スノーホワイトが振り返る。
「だから、力を減らすより先に、負担を減らす方法を探します」
「身体の中だけで?」
「まずは」
少しだけ間を置く。
「それで駄目なら、外も考えます」
ネイトは昨日の話を思い出した。
「身体の外側で受ける?」
「はい。補助フレームとか、支持装置とか。まだ何も決めてませんけど」
「力そのものを外へ逃がすのは?」
「それも……」
スノーホワイトは途中で言葉を止めた。
先ほどの環境粒子センサーが頭に浮かんだのだろう。
「まだ分かりません」
「それでいい」
ネイトもそれ以上は追わなかった。
分からないものへ名前を付け、使えるものとして扱うには早すぎる。今あるのは、リリスの高出力時に発生した僅かな計測差と、同じ瞬間に環境粒子センサーが少しだけ反応したという二つの事実だけだった。
原因も分からない。
関係があるかも分からない。
それでも、記録しておく価値はある。
スノーホワイトは最後にデータへ注記を付けた。
『高出力試験時、周辺粒子濃度に微小変動あり。出力との因果関係不明。測定誤差の可能性を含む。再検証必要』
エイブがそれを読み、修正しなかった。
リリスはその記録を知らないまま、ラプンツェルに「今日はもう休んでください」と言われている。
「じゃあ明日は?」
「検査です」
「また?」
「またです」
「戦闘は?」
「ありません」
「訓練は?」
「ありません」
「散歩」
「普通に歩く程度なら」
「よし」
それだけで嬉しそうにするリリスを見て、ネイトは苦笑した。
身体が壊れる可能性を知っても、彼女は強いことをやめようとはしていない。スノーホワイトもエイブも、それを無理やり弱くすることを最初の答えには選ばなかった。
なら調べればいい。
どこへ力が流れ、どこに残り、どこへ消えているのか。
身体の中だけで答えが見つからないなら、その外まで含めて探せばいい。
少なくとも、モデルナンバー1の記録は一つのことを教えてくれた。
壊れる場所を知らずに力を増やすのと、壊れる理由を知った上で別の道を探すのは、同じではなかった。