Fallout:GODDESS ―灰の世界から女神たちへ― 作:記録官
第1話 空から来た男
人間は、死ぬ瞬間に人生を見るという。
ネイト・フォーリーは、そんな話を昔どこかで聞いた覚えがあった。戦争へ行くより前だったか、あるいは退役してからだったか。誰から聞いたのかさえ、もう思い出せない。
実際にその時を迎えてみれば、走馬灯のように何もかもが一度に蘇るわけではなかった。
ただ、古い写真を一枚ずつ取り出すように、いくつもの顔が浮かんでは消えていった。
まだ世界が終わっていなかった頃のボストン。家の前を通り過ぎる車、テレビから流れていたニュース、台所から漂ってくる朝食の匂い。乳児用のベッドで泣く息子を抱き上げる妻の姿。
ノーラ。
彼女がこちらを見て笑った。
記憶の中では、永遠にあの日のままだった。
その次に浮かんだのは、冷たいVault 111だった。
凍結ポッドの向こう側で、どうすることもできずに見ていた光景。銃を持った男。抵抗する妻。奪われる息子。そして、耳に焼き付いて離れなかった一発の銃声。
目を覚ました時、世界は二百年以上先へ進んでいた。
ノーラは死んでいた。
ショーンは奪われていた。
アメリカも、軍も、政府も、家も、近所も、自分が守るために戦った世界そのものもなくなっていた。
そのあとについては、もう一晩では語り切れない。
荒野を歩いた。
銃を撃った。
人を助け、人を殺した。
ミニッツメンと肩を並べ、鋼鉄の装甲をまとった兵士たちと空を飛び、地下へ潜り、人間そっくりの機械と友人になった。自分がかつて信じていた常識など、連邦では何度壊されたか分からない。
敵だと思っていた者にも心があり、味方だと思っていた者が間違えることもあった。
命令に従うことと、正しいことをするのが同じではないと、軍人だった頃よりもずっと思い知らされた。
それでも、生きた。
長く。
本当に、呆れるほど長く。
若かった身体には皺が刻まれ、黒かった髪には白いものしか残らなくなった。かつてパワーアーマーを着たまま瓦礫を駆け上がった脚も、最後にはベッドから起き上がるだけで人の手を借りるようになった。
それでいい、とネイトは思っていた。
もう十分だった。
ベッドの周囲には人がいた。
血の繋がりだけで結ばれた者たちではない。二百年前の自分なら、彼らを家族と呼ぶことなど想像もしなかっただろう。それでも長い年月を共にし、笑い、喧嘩をし、時には銃を向け合う寸前までいき、それでも最後には戻ってきた者たちだった。
既にこの世を去った友も多い。
人間だった者は自分より先に老い、何人も見送った。その一方で、何十年経とうとほとんど姿の変わらない者もいる。
少し離れた場所には、古びた帽子とコートが見えた。黄色い目の探偵は、こんな時でさえ煙草を咥えたくて仕方がなさそうな顔をしている。その隣には、かつてならここにいることそのものが許されなかった男もいた。
ネイトは薄く笑った。
「……ダンス」
呼ばれた男が、ベッドのそばまで歩いてくる。
顔はほとんど変わっていない。
嫌になるくらいに。
「ここにいる」
昔と同じ声だった。
それだけで十分だった。
ネイトは目を閉じかけ、もう一度だけ開いた。枕元の小さな机には、古びた写真立てが置かれている。
ノーラと、自分と、まだ赤ん坊だったショーン。
その隣には、二百年以上付き合うことになった結婚指輪があった。
「長かったな……」
誰に聞かせるでもなく呟いた。
本当に長かった。
戦前のアメリカで生まれ、兵士になった。家族を持ち、世界が核の炎に包まれ、二百年後に目覚めた。妻の仇を追い、息子を探し、連邦を歩き、それでも終わらずに生き続けた。
やり残したことがない、と言えば嘘になる。
もっと救えた人間はいた。
違う選択をすれば生き残った者もいただろう。
それでも。
完璧な人生など、最初から存在しない。
ネイトはゆっくり息を吐いた。
昔なら、その一呼吸に何の意味もなかった。
今は違う。
次に吸える保証がない。
「ノーラ」
最後にその名前を口にした。
待たせた、とは言わなかった。
死後の世界があるのかどうかなど知らない。自分が死ねば彼女に会えるという保証もない。
ただ。
もし本当にそんな場所があるなら、まず謝らなければならないことが山ほどある。
そのあとで、二百年以上分の話をすればいい。
胸の上下が、少しずつ小さくなっていく。
誰かが手を握っていた。
温かかった。
銃声は聞こえない。
警報もない。
スーパーミュータントも、レイダーも、デスクローもいない。
随分と静かな最期だった。
ネイトはそれを悪くないと思った。
最後の呼吸を吐き終える。
そして、ネイト・フォーリーの長すぎる人生は、静かに終わった。
◇
頬に冷たいものが当たっていた。
最初にそう感じた時、ネイトは不思議に思った。
死後の世界に床があるとは知らなかった。
しかも金属製らしい。
意識が戻るにつれて、次々と感覚が蘇ってくる。風の音。機械の振動。遠くで何かが回転しているような低い唸り。そして鼻につく油と金属の匂い。
天国というには、あまりに軍事施設じみている。
「……そりゃ俺にはお似合いか」
掠れた声で呟き、ネイトは目を開けた。
最初に見えたのは青だった。
何もない。
ただ、青い。
しばらく見つめて、ようやくそれが空だと分かった。
「……は?」
身体を起こした。
あまりにも簡単に起き上がれた。
そこでネイトの動きが止まった。
肩が痛くない。
腰も。
膝も。
何十年も付き合っていた関節の痛みが、綺麗さっぱり消えている。
恐る恐る自分の手を見る。
皺がない。
老人の手ではなかった。
かつてライフルを握り、軍隊で訓練を受け、連邦中を歩き回っていた頃の手だ。握ってみると力も入る。
ネイトは頬へ触れた。
張りがある。
髭の感触まで若い頃に近い。
「……冗談だろ」
立ち上がる。
身体が軽い。
軽すぎて、逆に気持ちが悪い。
老人になってから何十年も忘れていた感覚が一気に戻ってきた。走れる。跳べる。腰を痛める心配もなく屈める。
ネイトはその場で軽く膝を曲げ、伸ばした。
痛くない。
もう一度。
痛くない。
「いやいやいや……」
そこで左腕へ目を落とす。
Pip-Boy。
ある。
画面を点灯すると、見慣れた緑色の表示が浮かんだ。故障警告はない。身体の状態を確認しても、病気も重傷も表示されていない。
むしろ。
健康そのもの。
「死んで若返った?」
自分で口にしてから、馬鹿げていると思った。
だが二百年以上冷凍保存されたあと、核戦争後の世界で目覚めた経験がある男にとって、「馬鹿げている」は必ずしも「あり得ない」と同じ意味ではない。
ネイトは息を吐き、周囲を確認した。
巨大な金属製の甲板。
航空機用と思われる設備。
遠くには複数の構造物があり、その上ではレーダーのようなものが回転している。
そして甲板の端。
その向こう。
雲。
下に。
雲がある。
ネイトは慎重に縁へ近づき、遥か下方を見た。
地上がある。
かなり高い。
「飛んでるのか、これ」
巨大な飛行船。
軍用。
その事実を理解したところで、ネイトは眉を寄せた。
記憶にある空中軍事拠点は一つしかない。
だが、これは違う。
「……プリドゥエンじゃないな」
B.O.S.の巨大飛行船とは構造がまるで違う。
第一、こんなものが連邦に存在していれば知らないはずがない。
アパラチアにも心当たりがない。
ネイトは腰へ手をやった。
武器がある。
自分が死ぬ直前に身につけていた装備ではない。それどころか、もう何年も実戦で使っていなかったはずの品まである。
古い10mmピストル。
ナイフ。
その他にも、Pip-Boy上では見覚えのある装備と物資が認識されている。
どういう原理か。
分からない。
「死後の世界にしちゃ、サービスがいいな」
返事はなかった。
代わりに。
背後から声がした。
「へえ。あんた、喋れるんだな」
ネイトの身体が反射的に動いた。
振り返りながら半身になる。
銃には手を伸ばさない。
まだ。
声の主は女だった。
赤い髪。
赤いコート。
巨大なライフルを持っている。
ただし、こちらへ銃口は向けていない。
若い。
少なくとも外見上は。
女はネイトを上から下まで眺めたあと、妙に楽しそうに口角を上げた。
「なんだよ。幽霊ってわけでもなさそうだな」
「俺にはそっちの方が聞きたい」
「何を?」
「ここはどこだ」
女は瞬きをした。
それから、声を上げて笑った。
「ハハッ! 勝手に人んちへ落ちてきて最初の質問がそれか?」
「落ちてきた?」
「ああ。気付いたらそこにいた」
彼女が、ネイトが先ほどまで倒れていた場所を顎で示す。
「空から降ってきたようにも見えたけど、墜落って感じじゃなかったな。いきなり出てきて、そのまま倒れた。結構面白かったぞ」
「俺は面白くない」
「そうか? あたしなら一回くらいやってみたいけどな」
「おすすめしない」
「経験者?」
「人生についてなら二回目らしい」
女が再び笑った。
ネイトは彼女を観察した。
武装している。
立ち方も素人ではない。
何より、あれだけ巨大なライフルを持っているというのに身体の軸がほとんどぶれていない。
普通の人間ではない。
あるいは。
連邦で何度も見てきた存在が頭をよぎった。
だが、すぐに決めつけることはしなかった。
似ているから同じとは限らない。
それを嫌というほど学んできた。
「名前は?」
女が聞いた。
「質問するなら、先にそっちから名乗るのが礼儀じゃないか?」
「不法侵入してる男が礼儀を説くのかよ」
「好きで入った覚えはない」
「それもそうだな」
女はライフルを肩へ担いだ。
「レッドフード」
「それが名前?」
「そういう名前だ。そっちは?」
数秒迷う必要もなかった。
偽名を使う理由がない。
「ネイト。ネイト・フォーリー」
「ネイトね」
レッドフードは名前を確かめるように繰り返し、彼の顔をじっと見る。
「なんか変な感じだな、あんた」
「よく言われる」
「顔は若いのに、目だけ妙におっさん臭い」
ネイトは少し考えた。
「ついさっきまで本当に爺さんだった」
「ハッ?」
「たぶん死んだ」
数秒。
レッドフードは黙った。
「……頭打った?」
「その反応が正常だと思う」
「だよな?」
「俺だって逆の立場ならそう思う」
互いに顔を見合わせる。
最初に笑ったのはレッドフードだった。
「いいな、男前。あんた面白いぞ」
「男前?」
「気にすんな。そう呼ぶことにした」
「名前を教えた意味は?」
「あるある。知ってて男前って呼ぶんだから」
「そうかよ」
妙な女だ。
だが、嫌いではない。
そう思ったところで、レッドフードの表情が僅かに変わった。
笑みは残っている。
しかし目は違った。
「で、男前」
「なんだ」
「そろそろ真面目な話しようか」
ネイトは答えなかった。
「ここ、軍の飛行船なんだよ」
「見れば分かる」
「その軍用飛行船に、所属不明の武装した男が突然現れた」
「俺がそっちなら拘束するね」
「話が早くて助かる」
ネイトは両手をゆっくり上げた。
「武器は腰のピストルとナイフ。他にも荷物はあるが、今すぐ使う気はない」
「素直だな」
「軍事施設へ勝手に入り込んだ奴が『俺を信用しろ』なんて言っても無理だろ」
「軍人?」
「元な」
レッドフードが少しだけ興味を示す。
「どこの?」
「アメリカ陸軍」
今度は、本当に分からないという顔をされた。
「アメリカ?」
ネイトの表情から笑みが消えた。
「……知らない?」
「悪い。聞いたことねえな」
冗談を言っている様子ではない。
その瞬間。
胸の奥で、小さな何かが音を立てた。
ネイトはもう一度、周囲を見る。
見たことのない飛行船。
見たことのない兵器。
見知らぬ女。
知られていないアメリカ。
二百年後へ飛ばされた時とは違う。
あの時は、アメリカは滅びていても痕跡があった。国旗も、軍も、道路標識も、企業名も、廃墟も、何もかもが過去の世界と繋がっていた。
ここには。
それすらない。
「なるほど」
「何が?」
「面倒なことになった」
「今さら?」
「俺の人生、大体そうなんだ」
レッドフードは何かを尋ねようとしたが、それより早く通信機へ声が入った。
彼女が応答する。
「ああ、見つけた。生きてる。いや、ラプチャーじゃねえって。人間……だと思う。男だよ」
一拍。
「分かってるって。今連れてく」
通信を切る。
「行くぞ、男前」
「どこへ?」
「うちの隊長たちにご挨拶だ」
「拒否権は?」
「欲しい?」
「いや。聞いてみただけ」
レッドフードは満足そうに頷いた。
「やっぱ話が早いな、あんた」
「長生きしたからね」
「若いくせに」
「それについては俺が一番困ってる」
二人は甲板を歩き始めた。
◇
ネイトが連れて行かれた場所には、既に何人か待っていた。
最初に目についたのは、正面に立つ女性だった。
白い髪。
穏やかな顔。
ただし、隙がない。
立っているだけなのに、こちらが何か妙な動きをすれば即座に制圧できると本能が告げていた。
ネイトは自分の勘を信用することにした。
こういう相手を甘く見ると死ぬ。
その少し後ろには、髪の長い金髪の女性がいる。立ち居振る舞いだけなら軍人というより上流階級の令嬢に近いが、こちらを見る目には露骨な警戒心があった。
さらに、長い髪を持つ女性。
そして一番若く見える白髪の少女。
特に少女は、ネイトよりも彼の左腕に興味を示しているようだった。
「連れてきたぞ」
レッドフードが軽い調子で言う。
白髪の女性が彼女を見る。
「それで?」
「ネイト・フォーリー。元軍人。アメリカってところから来たらしい」
「説明が雑すぎる」
ネイトが口を挟む。
「だいたい合ってるだろ?」
「俺が空から降ってきた部分は?」
「それ言うと余計怪しくなる」
「もう十分怪しいよ」
白髪の女性の口元が僅かに動いた。
笑ったのかもしれない。
「私はリリーバイス。ゴッデス部隊の隊長を務めている」
やはり。
この女が一番上。
「ネイト・フォーリー。今聞いた通り、元軍人だ」
「所属はアメリカ陸軍、と」
「ああ」
「その『アメリカ』という国について、私たちには該当する記録がない」
ネイトは短く息を吐いた。
「やっぱりか」
金髪の女性が口を開く。
「随分と落ち着いていらっしゃるのですね。自分の所属していた国家を誰も知らないと言われた直後とは思えません」
「一回、二百年後に目覚めた経験がある」
「……はい?」
初めて、彼女の完璧そうな表情が崩れた。
レッドフードが吹き出す。
「ほら、面白いだろ?」
「レッドフード、少し黙っていてください」
「お嬢様こわーい」
「誰がお嬢様ですか」
そのやり取りだけで、ネイトには少し分かった。
少なくとも、完全に殺伐とした軍隊ではないらしい。
リリーバイスは額へ指を当てた。
「一つずつ聞こう。まず、あなたは人間?」
「最後に確認した時は」
「最後というのは?」
「死ぬ前」
「……」
「冗談じゃない」
リリーバイスはレッドフードを見る。
「頭は?」
「多分正常」
「多分を付けるな」
「だって死んだって言ってるし」
「俺もそこは説明できない」
話が進まない。
そんな空気を察したのか、長い髪の女性が一歩前へ出た。
「身体を確認してもよろしいでしょうか?」
「どうやって?」
「簡単なスキャンです。少なくとも、あなたが人間なのか、それとも別の何かなのかは確認できます」
ネイトは少し考えた。
「いいよ」
検査そのものは数十秒で終わった。
結果を見た女性が僅かに目を見開く。
「人間です」
「本当に?」
金髪の女性が尋ねる。
「少なくとも身体構造は人間そのものです。機械化された身体でもありませんし、ニケでもありません」
ニケ。
初めて聞く言葉だった。
ネイトは覚えておく。
「ただ……」
女性が首を傾げた。
「何?」
リリーバイスが聞く。
「健康状態が異様なほど良好です。外見年齢に対して、身体能力の数値もかなり高いようですが」
「昔から丈夫なんだ」
ネイトはそう答えた。
嘘ではない。
説明すると長いだけだ。
「次」
リリーバイスの視線が左腕へ向く。
「その機械は?」
「Pip-Boy」
白髪の少女が反応した。
「ピップボーイ?」
「ああ。携帯端末みたいなもんだよ。地図、通信、放射線量、身体状態、荷物の管理……まあ色々」
少女の目が明らかに輝いた。
「見せてもらえますか?」
「見るだけなら」
ネイトが左腕を差し出すと、少女はすぐ近くまで寄ってきた。
先ほどまで警戒していたはずなのに、機械への好奇心が勝ったらしい。
「このサイズで生体情報まで常時取得しているんですか?」
「ああ」
「電源は?」
「説明すると長い」
「内部構造は?」
「俺も全部は知らない」
「分解しても――」
「駄目」
即答だった。
少女が止まる。
「……まだ最後まで言ってません」
「目が言ってた」
レッドフードが声を上げて笑った。
リリーバイスまで小さく笑っている。
少女だけが少し不満そうだった。
「壊しません」
「そう言って機械を分解する奴を何人も知ってる」
「……」
「信用してないわけじゃない。ただ、これなしで知らない場所に放り出されるのは困るんだ」
そう説明すると、少女は渋々ながら頷いた。
「分かりました」
「あとで外側くらいなら見せる」
「本当ですか?」
反応が早い。
ネイトは思わず笑った。
「本当」
「スノーホワイト」
リリーバイスが名前を呼ぶ。
少女――スノーホワイトが姿勢を正した。
「尋問中だよ」
「……すみません」
今度はレッドフードが肩を震わせている。
金髪の女性は呆れたように息を吐いた。
奇妙だった。
軍の精鋭部隊。
見たところ全員が女性で、そのうち少なくとも何人かは「ニケ」と呼ばれる何かだという。
それなのに。
こうして話している姿は、ネイトが知っている多くの兵士たちと大して変わらない。
個性がある。
癖がある。
興味がある。
腹も立てる。
笑いもする。
兵器ではない。
少なくとも、ネイトにはそう見えた。
「今度はこちらから聞いていいか?」
リリーバイスが頷いた。
「どうぞ」
「ニケって何だ?」
室内の空気が少し変わった。
ネイトはその変化を見逃さなかった。
最初に答えたのはリリーバイスだった。
「人間の脳を機械の身体へ移植して作られた、人型兵器」
淡々とした説明だった。
ネイトは彼女を見る。
次にレッドフード。
ドロシー。
ラプンツェル。
スノーホワイト。
全員。
「君たちも?」
「そう」
リリーバイスが答えた。
ネイトは数秒黙った。
頭の中へ、何人もの顔が浮かぶ。
ニック。
キュリー。
ダンス。
人間とは何か。
機械とは何か。
何をもって人を人と呼ぶのか。
連邦では、その問いのために多くの血が流れた。
そして自分自身も、その答えを何度も選ばされた。
ネイトは彼女たちをもう一度見た。
「そうか」
それだけ言った。
ドロシーが僅かに眉を寄せる。
「それだけですか?」
「何が?」
「もっと驚くものかと」
「人間の脳が入っていて、自分で考えて、自分で喋ってるんだろ?」
「ええ」
「なら今の俺には、それで十分だ」
誰もすぐには返事をしなかった。
ネイトには、なぜ沈黙しているのか分からない。
自分にとっては、それほど特別なことを言ったつもりはなかった。
やがてレッドフードが口元を緩める。
「やっぱり変な奴だな、男前」
「今日会ったばかりの女に言われたくない」
「褒めてるって」
どこかで聞いたような言い方だった。
ネイトは肩をすくめた。
「じゃあ次。ここはどこだ?」
リリーバイスたちは簡潔に説明した。
人類とラプチャー。
突然現れた機械生命体。
奪われた地上。
追い詰められている人類。
そして、彼女たちゴッデス部隊がラプチャーと戦っていること。
話を聞くうち、ネイトの表情から徐々に軽さが消えていった。
「つまり」
彼は確認する。
「機械の軍隊が現れて、人類は地上を追われかけてる」
「大雑把に言えば」
「地下への避難は?」
「進められている」
「戦況は?」
誰も即答しなかった。
それだけで十分だった。
ネイトは椅子の背にもたれ、天井を見る。
死んだ。
ようやく終わったと思った。
二百年以上。
核戦争のあとを生き抜いた。
今度こそ銃を置けると思った。
それなのに目を覚ましたら若返っていて。
知らない世界。
知らない戦争。
人類はまた滅亡寸前。
ネイトは目元を手で覆った。
「……また世界の終わりか」
レッドフードが笑う。
「経験あるみたいな言い方だな」
ネイトは手を下ろした。
「あるんだよ」
その時だった。
艦内に警報が鳴り響いた。
全員の表情が一瞬で変わる。
先ほどまでPip-Boyへ目を輝かせていたスノーホワイトも、レッドフードも、ドロシーも、ラプンツェルも、別人のように戦闘態勢へ入った。
艦内放送が響く。
ラプチャーの接近。
迎撃準備。
リリーバイスが立ち上がる。
「話はあとだね」
「みたいだな」
ネイトも立った。
ドロシーの視線が鋭くなる。
「あなたはここに残ってください。まだ身元も完全には確認できていません」
「妥当な判断だ」
素直に認めたので、逆に彼女が少し戸惑った。
だが、部屋を出ようとしたリリーバイスが足を止める。
ネイトを見る。
その視線は一瞬だけ彼の腰へ向かった。
預けさせられた10mmピストルとナイフは、部屋の反対側に保管されている。
「一つだけ聞いていい?」
「どうぞ」
「戦える?」
ネイトは答える前に、少し考えた。
兵士だったのは昔の話だ。
もっとも。
戦争が終わったあとも戦い続けた年月の方が、軍人だった期間より遥かに長い。
老いて銃を置くまで。
ずっと。
「一応、兵士だった」
「どれくらい?」
「長いよ」
リリーバイスは数秒ネイトを見つめ、それから保管されていた10mmピストルを手に取った。
ドロシーが目を見開く。
「リリーバイス?」
「私が見てる」
そして、銃がネイトへ差し出された。
彼は受け取った。
重量。
グリップ。
感触。
何十年ぶりか分からないほど若い手に、それはあまりにも自然に馴染んだ。
レッドフードが楽しそうに笑う。
「お手並み拝見だな、男前」
ネイトはマガジンを確認し、スライドを引いた。
乾いた金属音が鳴る。
死んで。
若返って。
知らない世界へ落ちた。
そこで最初にすることが、また銃を握ることになるとは。
「本当に変わらないな、俺の人生」
「なんか言った?」
「何でもない」
ネイトは銃口を床へ向けたまま、ゴッデスの面々に続いて歩き出した。
まだ彼は知らない。
ラプチャーがどれほど危険なのか。
ニケがこの世界でどのように扱われているのか。
目の前を歩く女たちが、やがて「勝利の女神」と呼ばれることになるのか。
そして、自分がこの世界で何を残すことになるのか。
それを知るには、まだ早い。
今はただ。
死んだはずの一人の老兵が、若い身体でもう一度戦場へ向かう。
それだけだった。