Fallout:GODDESS ―灰の世界から女神たちへ―   作:記録官

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第19話 身体の外側

 前日の実験で見つかった微小な粒子変動は、翌朝になっても消えてはいなかった。正確には、保存された記録の中から消しようがなかっただけであり、それがリリスの出力と関係していると証明されたわけではない。エイブは朝一番にその点を念押しし、スノーホワイトも「相関しているように見える」という表現から一歩も踏み出さなかった。

 

 勝利の翼号の整備区画では、昨日使った衝撃板の横に新しい装置が置かれている。重量物を一定速度で射出し、指定した対象へ衝撃を与えるための試験機で、リリスが殴った時と近い規模の機械的衝撃を人工的に再現するために用意されたものだった。床と壁には振動計、電磁計、温度計、空気圧計、そして前日に反応した環境粒子測定器が並び、今度はリリス自身が何もしていない状態から比較を始める。

 

「昨日と同じくらいの衝撃を、機械だけで作るんですね」

 

「そう」

 

 スノーホワイトの確認にエイブが頷き、出力設定を調整する。ネイトは安全線の外側から機械を眺めていたが、巨大な金属塊を別の金属板へ叩きつけるだけという仕組みは、自分の世界にあった妙に乱暴な実験設備を思い出させた。

 

「壊れない?」

 

「どっちが?」

 

「機械」

 

「壊れたら直す」

 

「いい答えだ」

 

「お前の世界の機械と一緒にするな」

 

 準備が終わると、全員が安全位置へ下がった。エイブが端末から開始信号を送り、固定された重量物が一気に前へ押し出される。直後に鈍い衝突音が区画全体へ響き、衝撃板と床へ大きな振動が走った。

 

 スノーホワイトはすぐ測定値を確認した。振動、熱、空気圧の変化は昨日のリリスの打撃と完全には一致しないものの、比較するには十分近い数値が出ている。一方で、問題の環境粒子測定器は僅かに揺れただけで、昨日三十パーセント出力時に記録された変化には届かなかった。

 

「もう一度やります」

 

「条件を変えるな」

 

「はい」

 

 二回目も結果はほぼ同じだった。三回目には衝撃量を少し増やし、四回目では板へ当たる角度まで変更したが、粒子測定器の変化は振動に伴う小さな揺れの範囲に留まる。少なくとも、単純に大きな物理衝撃が発生すれば昨日と同じ数値になる、という説明は難しくなった。

 

「機械の衝撃とは違う」

 

 スノーホワイトが結果を並べる。

 

「そう見える」

 

 エイブはそこまでしか認めなかった。

 

「でも、まだリリスが原因とは言えない。身体内部の装置が何か電磁的な影響を出してる可能性もある」

 

「それなら、リリスお姉ちゃんが殴らずに出力だけ上げたら?」

 

 スノーホワイトの提案に、エイブの視線がリリスへ向いた。本人は少し離れた椅子に座り、ラプンツェルから「今日はまだ何もしてはいけません」と言われていたところだったが、話が自分へ戻ってきたと分かるとすぐ立ち上がる。

 

「何すればいい?」

 

「立つだけ」

 

「それだけ?」

 

「身体を動かさず、戦闘時の出力制御だけ上げる」

 

 リリスは少し考えたあと、素直に指定位置へ入った。拳を振るわず、跳躍もせず、ただ身体の各部を戦闘時と同じ状態へ近づける。もし内部機器の高出力化だけで粒子測定器が反応するなら、昨日の変動は殴打そのものとは関係がない可能性が高くなる。

 

 十パーセント。

 

 二十パーセント。

 

 三十パーセント。

 

 数値は上がったものの、環境側に目立った変化はなかった。

 

「昨日より低いですね」

 

「ほとんど通常変動」

 

 エイブは結果を保存し、次の条件を考える。リリスの身体が高出力状態になるだけでは足りず、実際に力を外へ放出した時に何かが変わっているように見えるが、それだけで「粒子へ変換されている」と断定するのは早すぎた。

 

「じゃあ、次は蹴る?」

 

「何で嬉しそうなんですか」

 

「ずっと立ってるだけだったから」

 

「検査ですよ!」

 

 スノーホワイトが怒る横で、ネイトは昨日から気になっていた別の問題へ目を向けていた。粒子変動も確かに奇妙だが、最初の目的はリリスの身体へ戻る負荷を減らすことである。原因不明の現象ばかり追って、右手と右脚に出た症状そのものを後回しにするわけにはいかなかった。

 

「エイブ」

 

「何」

 

「粒子の方は測り続けるとして、外へ逃がす実験もやらないか」

 

「何を使う?」

 

「昨日スノーが言ってた補助フレーム」

 

 スノーホワイトもすぐ反応した。昨夜のうちに簡単な構想を作っていたらしく、自分の端末から一枚の設計図を呼び出す。

 

「まだ試験用ですけど、作れます」

 

 表示されたものは、防具と呼ぶにはあまりに骨組みに近かった。背中から腰、両脚へ伸びる外部フレームに複数の可動支持部があり、リリスが力を出した際に身体だけで受けていた反力の一部をフレームへ流す構造になっている。

 

「着る橋脚?」

 

「言い方が変です」

 

「でも近いだろ?」

 

「……少しだけ」

 

 ネイトが満足そうに頷くと、エイブは設計図を拡大した。肩から腕へ直接取り付けるのではなく、背部中央と腰を主な受け点にし、脚部から床へ流す経路も別に持たせている。単純にリリスの身体を硬くするのではなく、これまで身体内部だけで処理していた負荷の一部を、外側の構造へ分ける設計だった。

 

「強度が足りない」

 

「試験用です」

 

「三十パーセントでも曲がる」

 

「だから最初はもっと低くします」

 

「それなら使える」

 

 スノーホワイトの顔が少し明るくなった。設計を否定されたのではなく、壊れる前提で使える範囲を見つければいいという意味だと理解したらしい。

 

「作ります」

 

「今日中?」

 

「作ります」

 

「寝ろよ?」

 

「ネイトさんに言われたくありません」

 

「最近それ流行ってない?」

 

 会話を聞いていたリリスが笑う。エイブはそんな三人を無視して設計図へいくつか修正点を書き込み、午後から試験機を組み始めることが決まった。

 

◇

 

 完成した外部フレームは、スノーホワイト自身が最初に見せた図面よりさらに不格好だった。背骨に沿うような中央支持材から左右へ補助アームが伸び、腰には大きな固定具、脚には太い支柱が取り付けられている。見た目だけなら装備というより整備途中の機械に人間が入っているようで、リリスも装着を終えるなり自分の姿を見下ろして苦笑した。

 

「これ、格好いい?」

 

「格好よさは考えてません」

 

「シンデレラに見せたら怒られそう」

 

「性能が先です」

 

「スノーは容赦ないね」

 

 フレームの目的は単純だった。リリスが衝撃板へ拳を叩き込んだ時、肩から腰へ戻る負荷の一部を外部構造へ移し、そのまま脚部支持材と床面へ逃がす。成功すれば身体内部の負荷が減るはずだが、その代わりフレーム側へどれだけの応力が集中するかは実際に試さなければ分からない。

 

「最初は五パーセント」

 

「昨日より下がった」

 

「新しい装置ですから」

 

「分かったよ」

 

 リリスが右拳を軽く打ち込むと、衝撃板へ小さな音が響いた。スノーホワイトは身体側とフレーム側の双方を確認し、肩周辺の負荷が昨日より僅かに下がっていることを見つける。

 

「減ってます」

 

「どこ?」

 

「右肩と胸部中央です」

 

 表示を見たエイブも頷いた。ただし、身体全体の負荷が消えたわけではなく、腰部と左脚側へ少し増加している箇所がある。

 

「移っただけ」

 

「でも肩は減りました」

 

「だから経路は変えられる」

 

 スノーホワイトはすぐ次の調整へ入った。右側へ偏った負荷を左右へ分散するため、腰部の可動制御を変更し、脚側の支持材にも少し余裕を持たせる。

 

 再試験では、肩と腰の両方がわずかに改善した。一方で今度は膝周辺へ負荷が増え、身体側を一箇所だけ守ろうとすれば別の部分へ力が逃げるという、モデルナンバー1の旧記録と同じ問題が早くも見え始める。

 

「難しいな」

 

 ネイトが画面を眺める。

 

「だから全部見てるんです」

 

「一本の道を閉じたら、別の道へ車が流れる感じか」

 

「そうです。しかも道路そのものが動きます」

 

「それは面倒だ」

 

「身体ですから」

 

 リリス本人は会話を聞きながら、フレームを着けたまま腕を回していた。動作制限はかなりあるものの、身体へ掛かる負荷が実際に変化していると聞けば、重さや不格好さについて文句を言う気も失せたらしい。

 

「もっと上げていい?」

 

「十分だけ」

 

「十分だけね」

 

 今度は少し強い拳が入った。衝撃がフレーム全体へ伝わり、背部支持材から腰、脚へと震えが走る。測定値では肩と腰への負担が前回よりさらに減ったものの、直後に金属が嫌な音を立てた。

 

「止めて!」

 

 スノーホワイトの声と同時にリリスが動きを止める。背中側の支持材を確認すると、接続部の一つが目に見えて曲がり、細い亀裂まで入っていた。

 

「もう?」

 

「だから強度が足りないと言った」

 

「十分ですよ?」

 

「リリスお姉ちゃんの十分です!」

 

 スノーホワイトが慌ててフレームを外し、破損箇所を確認する。幸い身体側には新しい損傷がなく、リリス自身も違和感を訴えていない。

 

「失敗?」

 

 リリスが尋ねると、スノーホワイトは壊れた部品を見たまま首を横へ振った。

 

「装置は壊れました」

 

「それは見れば分かる」

 

「でも、身体の外へ負荷を出せました」

 

 その言葉にエイブも同意した。支柱が曲がったということは、本来リリス自身が受けていた力の一部を実際にフレームが引き受けた証拠でもある。

 

「行き先が悪かっただけ」

 

「つまり?」

 

「考え方は使える」

 

 エイブが壊れた支持材を持ち上げる。

 

「ただし、これを頑丈にするだけでは駄目。重くなる。重量が増えれば動作時の負荷も増える」

 

「また別の場所に返ってくる」

 

「そう」

 

 ネイトは曲がった金属を見ながら、昨日のNo.1の記録を思い出した。壊れた場所を強くし、次に別の場所が壊れ、それをまた強くする。外部フレームでも同じことを繰り返せば、最後には巨大で重い装甲をリリスへ背負わせるだけになりかねない。

 

「受け止めるんじゃなくて、逃がす必要があるな」

 

「どこへ?」

 

 スノーホワイトが尋ねる。

 

「それが分からない」

 

 ネイトは素直に答えた。床へ逃がすのか、装置全体へ分散するのか、別の形へ変えるのか。少なくとも「もっと硬い部品を付ける」だけでは答えにならないことだけは分かってきた。

 

◇

 

 午後の再試験では、壊れた外部フレームの代わりに単純な機械支持装置を使った。リリスの身体を固定するのではなく、打撃時だけ腰と背中の反力を受ける簡易構造で、自由な戦闘には使えないものの、負荷の経路を調べるには都合がいい。

 

 同時に、昨日から問題になっている環境粒子測定器も配置を増やした。これまでは一台だけだったが、今回はリリスの左右、前後、さらに天井付近にも置き、どこで反応が強くなるかまで記録する。

 

「昨日の粒子、名前ないの?」

 

 リリスが尋ねる。

 

「あります」

 

 スノーホワイトが端末を見る。

 

「エブラ粒子です」

 

「エブラ?」

 

「ラプチャーが活動する地域などで観測されている環境粒子です。濃度が高い場所では通信や機器へ影響が出ることもあります」

 

「じゃあ、昨日増えたのはそれ?」

 

「測定器上では」

 

 エイブが割って入る。

 

「でも、お前が増やしたとは言ってない」

 

「分かってるよ」

 

「本当に?」

 

「昨日から何回言われたと思ってるの」

 

 リリスもさすがに覚えたらしい。エブラ粒子という名前が付いたことで何かが解明されたわけではなく、単に計測している対象の呼び名が分かっただけだった。

 

 最初は、機械支持装置を使わずに十パーセントの打撃を行う。その次に支持ありで同じ出力を繰り返し、身体の負荷と周辺粒子濃度を比較した。

 

「身体側は減ってます」

 

「エブラは?」

 

「ほぼ同じです」

 

 スノーホワイトが複数のセンサーを確認する。

 

「少し上がってますけど、昨日と同程度です」

 

「支持装置があるのに?」

 

「はい」

 

 次に二十パーセント。

 

 身体内部の負荷は、支持装置によって肩と腰を中心に明確に軽減された。一方で、エブラ粒子の変動は昨日と同じように打撃の瞬間へ集中しており、機械側が受けた負荷量とは単純に比例していない。

 

「変だな」

 

 ネイトが呟く。

 

「何が?」

 

「身体への負担は減った。でもエブラの変化はあまり減ってない」

 

「だからって――」

 

「分かってる。原因とは言わない」

 

 エイブが言う前にネイトが先回りしたため、彼女は一瞬だけ口を閉じた。

 

「学習したな」

 

「何歳だと思ってる」

 

「その話を始めると長い」

 

 スノーホワイトは二人を無視し、測定位置ごとの数値を比較する。最も変動が大きいのは衝撃板でも支持装置でもなく、リリス自身の周辺だった。

 

「リリスお姉ちゃんの近くが一番高いです」

 

「身体から出てる?」

 

「まだ分かりません」

 

「今日はみんなそればっかりだね」

 

「大事だからです」

 

 次の比較では、リリスが拳を振るわずに高出力状態を維持し、そのまま床を強く蹴って短く跳躍した。着地時にも大きな衝撃が生じたが、エブラ粒子の変動は踏み切りの瞬間にやや大きく、着地時の方が小さい。

 

「着地の衝撃の方が大きいですよね」

 

「物理的には」

 

「でもエブラは踏み切りの方」

 

 スノーホワイトは記録を保存する。単なる振動や衝撃に反応しているという説明は、さらに難しくなった。

 

「リリスお姉ちゃんの力を出す時に増える?」

 

「可能性はある」

 

 エイブがようやくそこまで認めた。

 

「ただし、リリスがエブラ粒子を使ってるとは言わない。身体が高出力を出した結果、周囲にあるエブラ粒子が何かの影響を受けてるだけかもしれない」

 

「違いは?」

 

 リリスが尋ねる。

 

「自分で動かしてるか、勝手に反応してるか」

 

「私は何もしてないよ」

 

「それも重要」

 

 エイブは記録へ新しい項目を加えた。リリス本人には、エブラ粒子を動かそうという意識も感覚もなく、これまで戦闘で生じていた衝撃波についても本人は純粋な身体出力によるものとして認識している。

 

「昔から、殴ったら周りまで吹き飛ぶことはあったけど」

 

「何かを操ってた感覚は?」

 

「ないよ。強く殴っただけ」

 

「身体から何か出してる感覚」

 

「ない」

 

「空中で方向を変えたり」

 

「できない」

 

「手から飛ばしたり」

 

「それはさすがに無理」

 

 ネイトが少し残念そうな顔をした。

 

「何でお前が残念そうなんだ」

 

「いや、リリスが手から何か撃てたら強そうだなって」

 

「今でも十分強いです!」

 

 スノーホワイトの抗議に、リリスまで笑った。

 

 冗談で空気は和らいだものの、エイブは回答を一つずつ記録した。少なくとも今のリリスに、エブラ粒子を認識して意図的に操作している様子はない。高出力時に相関が見えることと、エブラ粒子を能力として使っていることはまったく別の話だった。

 

◇

 

 数日分の実験結果が揃ったところで、四人は小さな作戦室へ場所を移した。リリスの身体構造、No.1の旧記録、外部フレーム試験、機械衝撃との比較、エブラ粒子の変動が一つの画面へまとめられている。ラプンツェルも医療側の記録を持って参加し、身体そのものに新たな症状が出ていないことを最初に確認した。

 

「今分かってることだけ整理します」

 

 スノーホワイトが表示を切り替える。

 

「一つ目。リリスお姉ちゃんは大出力を使った時、肩、中央支持部、腰、脚の接続部分などへ大きな負担が掛かっています」

 

「前から分かってたところだね」

 

「はい。二つ目。その負担は外部支持装置で一部を身体の外へ移せます」

 

「ただし装置が壊れる」

 

 ネイトが付け加える。

 

「試作品です!」

 

「悪口じゃないって」

 

 スノーホワイトは少し頬を膨らませたものの、説明を続けた。

 

「三つ目。外へ出した負担の行き先を考えないと、装置の別の場所が壊れたり、身体の別の場所へ負荷が戻ったりします」

 

 そこにはNo.1の記録と共通する問題がある。どこか一箇所を強くすれば解決するのではなく、身体全体と外部装置を一つの系として考えなければならない。

 

「四つ目」

 

 スノーホワイトの声が少し慎重になる。

 

「リリスお姉ちゃんが高出力を外へ放った時、周辺のエブラ粒子濃度に小さな変動が見られます」

 

「機械で同じ衝撃を作った時には?」

 

「同じ変化は出ませんでした」

 

「高出力状態で立ってるだけでは?」

 

「ほとんど出ません」

 

「踏み切りと着地では?」

 

「物理的な衝撃が大きい着地より、力を出した踏み切りの方が変化が大きいです」

 

 ラプンツェルが記録を見ながら尋ねる。

 

「では、リリスがエブラ粒子を使っているということですか?」

 

「分かりません」

 

 エイブが答えた。

 

「今言えるのは相関があることだけ。原因と結果は不明」

 

「リリスが粒子を動かして力を出してるのか、リリスが力を出したせいで粒子が動くのか、それとも別の何かが両方を起こしてるのか」

 

 ネイトが三本の指を上げる。

 

「その辺全部まだ候補?」

 

「そう」

 

 エイブは頷いた。

 

「あと測定器が私たちの知らない別の現象を、エブラ粒子の変動として拾ってる可能性もある」

 

「まだ増えるの?」

 

「分からないことを減らすための実験だ」

 

 リリスは自分の手を眺めた。これまで何度も敵を殴り、拳一つで巨大なラプチャーを吹き飛ばしてきたが、その力がどのように身体を通り、周囲へ何を残していたのかまで考えたことはなかった。

 

「じゃあ今の私は、エブラを使えない?」

 

「使えるとも使えないとも言わない」

 

「難しいなあ」

 

「少なくとも意識して操ってはいない」

 

「それなら分かる」

 

 リリスは両手を広げた。

 

「私、本当に殴ってるだけだよ」

 

「知ってる」

 

 ネイトが笑う。

 

「そこが一番怖いんだよ」

 

「どういう意味?」

 

「何でもない」

 

 リリスが不満そうにこちらを見る横で、スノーホワイトは最後のまとめを入力した。

 

『外部構造による負荷分散は可能。現行試作品では支持部破損および負荷再集中が発生。身体外へ移した負荷の安全な処理方法は未確立』

 

 続けて、もう一つ。

 

『高出力運動時にエブラ粒子濃度との相関を確認。因果関係不明。本人による意図的操作の自覚なし。従来観測された衝撃現象は現時点では身体出力によるものとして扱い、エブラ粒子由来とは断定しない』

 

「これでいい?」

 

 スノーホワイトがエイブへ確認する。

 

「いい」

 

「次はどうします?」

 

 その問いには、すぐ答えが返らなかった。

 

 技術的な問題だけなら、試作品を何度も作り直せばいい。だがクイーンの情報、リリスの身体、レッドシューズから押収した危険な侵食研究、人類側で悪化している戦況まで含めれば、扱っているものは一つの研究室だけで決めていい規模を越え始めている。

 

 エイブはしばらく表示を見たあと、通信端末へ目を向けた。

 

「アンダーソンに話す」

 

「身体のこと?」

 

「それだけじゃない」

 

 リリスが少し首を傾げる。

 

「じゃあ何を?」

 

「今後の扱い方」

 

 エイブはそう答えると、再び画面へ視線を戻した。リリス本人の身体についても、クイーンへの次の作戦についても、危険な技術についても、一人が全部を決めるべきではない。誰が何を知り、誰がどこまで判断し、何を外へ出さずに管理するのかを、そろそろ決める必要があった。

 

 ネイトも同じ画面を見ながら、腕を組んだ。自分の世界では、危険な技術を「正しく管理する」と主張した組織をいくつも見てきたが、管理者が一人で正しさまで独占した時に何が起こるかも知っている。

 

「四人くらいで話す?」

 

 ネイトが尋ねる。

 

「誰」

 

「アンダーソン。リリス。エイブ。それと俺」

 

「何でお前が入る」

 

「俺も今それ思った」

 

 リリスが笑い、スノーホワイトも少しだけ表情を緩めた。

 

「でも、ネイトさんはいた方がいいと思います」

 

「ほら」

 

「何担当ですか?」

 

「……雑用?」

 

「それは否定できません」

 

 エイブまで真顔で同意したため、今度はリリスが声を上げて笑った。

 

 会議の名前も、施設の名前も、まだ何も決まっていない。今あるのは、人類最強のニケの身体に見つかった問題と、身体の外へ負荷を逃がせる可能性、そして高出力時にエブラ粒子が何らかの反応を示すという、不確かな記録だけだった。

 

 それでも、分からないものを一人で抱え込まず、分からないまま記録して次の判断へ渡すことならできる。

 

 リリスの身体を壊さずに済む方法を探すためにも、次にクイーンへ向かう者を帰すためにも、まずは誰が何を決めるのかを決める必要があった。

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