Fallout:GODDESS ―灰の世界から女神たちへ― 作:記録官
新しい身体の設計が始まって三日目、勝利の翼号の工房には、すでに二十を超える没案が残されていた。紙の束が積み上がっているわけではないが、中央端末の設計履歴を開けば、肩部を強化したもの、中央支持構造を太くしたもの、腰から両脚へ負荷を分散させたものなど、異なる構造が次々と表示される。そのどれにも、重量増加、負荷の再集中、可動域不足といった却下理由が添えられていた。
検査を終えたリリスが工房へ入ってくると、スノーホワイトはちょうど新しい案を閉じたところだった。椅子へ深く座った姿を見るだけでも、今日の成果を尋ねる必要はあまりなさそうだった。
「また駄目?」
「駄目です」
「早いね」
「右肩を強くしたら中央部へ負担が移りました。中央部も強くしたら腰へ行って、そこまで強化すると今度は脚が厳しくなります」
「全部強くするのは?」
「それもやりました」
スノーホワイトが別の設計を表示すると、現在のリリスより一回り大きく見える内部骨格が現れた。主要な支持構造を全体的に補強しているため、純粋な耐久力だけを比べればかなり向上しているが、その代償として重量も大幅に増えている。重くなった身体を従来と同じ速度で動かすにはさらに大きな出力が必要になり、せっかく得た耐久性を自分自身の力で削る結果になっていた。
「頑丈にしたせいで、動かすのが大変になる?」
「はい。しかもリリスお姉ちゃんが今までと同じ動きをしようとすると、結局また大きな負荷が掛かります」
「私の力、面倒だなあ」
「今さらですね」
スノーホワイトが本気とも冗談ともつかない顔で返したため、リリスは苦笑した。少し離れた場所ではエイブも設計を確認しており、ネイトは二人の画面を交互に眺めながら腕を組んでいる。
「でかいエンジンを積んだ車みたいなものか」
「また車か」
エイブが呆れたように顔を上げる。
「分かりやすいんだよ。エンジンを強くしたら車体も足回りも強くしないと壊れる。でも、全部頑丈にしたら今度は重くなって、それを動かすためにまた強いエンジンが必要になる」
「今回は珍しく近い」
「今回は、は要らないだろ」
「なら褒めない」
「それはそれで寂しいな」
リリスが笑う横で、エイブは再び設計へ視線を戻した。今までの結果から見えてきたのは、部品の強度不足だけを追い掛けても終わらないということだった。今の身体が持つ力の伝達方法そのものを引き継げば、材質を変えたとしても、いずれ似た場所へ負担が集まる可能性が高い。
「身体の中で、力が通る道を増やせない?」
リリスが画面を見ながら尋ねた。
「道?」
「今は脚で踏ん張って、腰とか身体の真ん中を通して、最後に腕へ出すんでしょ。それをもっと色んな場所で分けて受けたら?」
スノーホワイトが少し考え、現在の負荷経路へ複数の線を書き加える。一本の大きな流れを太くするのではなく、複数の支持構造へ分け、必要な場所で再び力を集める形になる。
「支持点を増やすことはできます」
「ただ増やすだけなら、接続部が増える」
エイブが続ける。
「でも、考え方は悪くない。身体全体を最初から一つの負荷分散機構として設計する」
「最後は拳に戻ってくる?」
「殴るならな」
「よかった」
「そこを心配するのか」
エイブが呆れたように言ったが、リリスにとっては重要なことらしい。
ネイトは別画面に残されている外部フレームの試験結果へ目を向けた。身体内部だけで処理していた負荷の一部を外へ移せること自体はすでに確認できているが、試作品では支持材が耐え切れずに曲がり、別の設定では身体の違う場所へ負担が戻った。消えることのない力をどこで受け、どこへ流し、最後にどう処理するかを、身体だけの問題として考えない方がいいのかもしれない。
「外部フレームも、新しい身体と最初から一緒に考えた方がよくないか?」
「別装備ではなく?」
スノーホワイトが尋ねる。
「必要な時だけ接続する身体の一部みたいな扱い。身体の中だけじゃ受けきれないなら、最初から外へ逃がす場所を用意する」
エイブが外部フレーム側の設計を現在の案へ重ねた。
「候補にはできる。身体と装置を別々に完成させて後から合わせるよりは合理的だ」
「私、どんどん大掛かりになってない?」
「元から規格外です」
「スノーも容赦なくなったなあ」
それでも、リリスの表情は以前ほど曇っていなかった。答えが見つかったわけではないが、少なくとも「弱くすれば解決する」という一本道からは外れ始めている。自分の力を残したまま生きるための方法を、本当に探していることだけは分かった。
◇
その日の午後、エイブは設計履歴を整理していたスノーホワイトへ、却下した案も全て保存するよう指示した。スノーホワイトは現在残しているデータを確認し、明らかに使えない構造まで必要なのかと首を傾げる。
「これもですか? 右肩だけを強化して、腰の負荷が増えた最初の案です」
「それも」
「もう使わないですよ?」
「だから残す」
エイブは没案の一つを開き、設計そのものだけでなく、何を目的に作り、どの数値が改善し、何が原因で却下したのかまで追記し始めた。完成品だけを見れば不要に思える情報でも、後から別の人間が同じ発想へ辿り着けば、すでに失敗した道をもう一度最初から歩かずに済む。
「今ここにいる人間が、ずっと研究するとは限らない」
エイブが言う。
「私やお前がいない時にも、これを読めば何を試したか分かるようにする」
「縁起でもないな」
ネイトが横から言った。
「縁起で設計はしない」
「それは知ってる」
リリスも少し複雑そうな顔をしたが、保存すること自体には反対しなかった。むしろスノーホワイトの隣へ椅子を持ってくると、自分にも分かるように説明してほしいと言い出した。
「全部理解できるか分からないけど、私の身体でしょ?」
「はい」
「なら、何で駄目だったか知りたい」
スノーホワイトは少し驚いた後、最初の設計から順番に説明を始めた。リリスが分からない部分では表示を簡略化し、エイブが時折訂正を挟む。その様子を見ながら、ネイトも一つの没案へ注釈を追加した。
「それ、何ですか?」
「俺にも分かる説明」
「『重すぎて自分で自分を壊す』?」
「分かりやすいだろ?」
「技術資料です!」
「正式なのは下にあるんだからいいじゃないか」
スノーホワイトから抗議されたものの、エイブは消せとは言わなかった。
◇
身体の設計とは別に、エブラ粒子の測定も続けられていた。
高出力を外へ放った時、リリスの周辺で微小な粒子変動が起こるという結果には再現性が出始めている。しかし、身体へ残る負荷の大きさとエブラ粒子の変化量には単純な比例関係がなく、外部フレームを使った場合にも一貫した法則は見つかっていなかった。
「今日は五パーセントからです」
実験区画でスノーホワイトが説明する。
「十まで?」
「結果を見てからです。最初から十までやるとは言ってません」
「先回りされた」
「最近分かってきました」
リリスは右脚へ追加の測定器を取り付けられた状態で指定位置へ立った。今回は大きな打撃を行わず、床を押し出す程度の短い踏み込みを繰り返し、下半身に掛かる負担と周辺粒子の変化だけを見る。
最初の三回は、身体側も環境側もほぼ予測範囲に収まった。ところが四回目だけ、右下腿部の負荷がそれまでより僅かに長く残り、同じ瞬間にエブラ粒子測定器も他の試行より大きな変化を記録した。どちらも異常と断言するほどの値ではなかったが、これまでの経過を考えれば無視して試験を続ける理由もなかった。
「止める」
エイブがすぐに言った。
「まだ五パーセントだよ?」
「関係ない。右脚の戻り方が違う」
「もう一回やったら、同じになるか確認できるんじゃない?」
「明日でもできる」
リリスが何か言おうとすると、スノーホワイトも画面から顔を上げた。
「今日は終わりにした方がいいです」
「スノーまで?」
「私もそう思います」
ラプンツェルも医療側から同意したため、リリスは最後にネイトを見る。
「俺も休めに一票」
「全員じゃない」
「そもそも多数決にする話じゃないだろ」
リリスは苦笑したものの、以前のように押し切ろうとはしなかった。ほんの一瞬だけ自分の右脚を見たあと、素直に実験位置から離れる。
「分かった。今日はやめる」
「ありがとうございます」
「でも、四回目のデータは消さないでね」
「消しません」
「エブラが大きく動いた方も?」
「残します。ただし関連があるとは書きません」
「うん。それでいい」
右脚の負荷と粒子変動が同時に起きた理由は分からない。身体の状態が粒子へ影響した可能性もあれば、偶然同時に数値が揺れただけかもしれず、今の情報量で答えを一つへ絞ることはできなかった。
分からない結果を、分かったように扱わない。
そこだけは、全員の共通認識になっていた。
◇
レッドシューズとの研究協力も、少しずつ次の段階へ入っていた。
拘禁施設の中には、通常の研究室とは切り離された小さな作業用面会室が用意されている。固定された机と椅子、監視設備、そしてエイブ側だけが操作できる端末があるだけで、レッドシューズ自身が自由に使用できる機材や筆記具は置かれていない。
彼女が部屋へ入ると、エイブは開始前に条件をもう一度確認した。
「今日は模擬データを見せる」
「はい」
「端末には触るな。表示する内容はこちらで選ぶし、元データも渡さない」
「分かりました」
「実在するNIMPHや侵食個体の情報じゃない。構造だけを抽象化したものだ」
「承知しました」
「お前は口頭で説明する。入力は全部私がやる」
「はい」
ネイトは監視担当者と共に部屋の端へ座った。レッドシューズの身柄は拘禁されたままであり、研究協力が始まったからといって、自由な研究者へ戻ったわけではない。研究内容も行動範囲も、許可されたものに限定されている。
エイブが最初の模擬モデルを表示すると、レッドシューズはしばらく無言で画面を観察した。侵食が命令系統へ干渉していく過程だけを再現したもので、実際の個体へそのまま転用できる情報は取り除かれている。
「お前が作ったものと同じか?」
「似ています。でも、同じではありません」
「違う場所は?」
「右側の分岐です」
レッドシューズは手を伸ばさず、視線と言葉だけで場所を示した。エイブが指定された箇所を拡大する。
「私が扱っていたものは、既存の命令へ入り込んで優先順位を奪うことを重視していました。でも、このモデルでは一つの経路を塞がれた後も別の場所へ移っています」
「侵入を続けること自体が目的になってる?」
「そう見えます」
「お前の設計にはなかった?」
レッドシューズはすぐには答えなかった。少し考えた後、慎重に言葉を選ぶ。
「この形を直接作った記憶はありません。ただ、私の研究からこういう方向へ発展する可能性がないとは言えません」
「自分とは無関係だとは言わないんだな」
「言えません」
エイブはその回答を記録した。
「続けろ」
「一箇所ずつ侵食部分を消そうとすると、処理されている場所を避けて別の領域へ移る可能性があります」
「ならどうする」
「最初に複数の領域を隔離して、移動できる範囲そのものを狭くする方法を試したいです」
「正常な領域も巻き込む可能性は?」
「あります」
「人格情報への影響は?」
「あります」
「治療と呼べる?」
「今の段階では呼べません」
レッドシューズは成功を装うような言葉を使わなかった。
「まず進行を遅らせられるかを見るための案です。元の状態へ戻せるとは言えません」
ネイトが口を挟む。
「模擬環境なら試せる?」
「私は試してみたいと思います」
「実行する?」
問われたレッドシューズは、ネイトではなくエイブを見た。
「許可をいただけるなら、方法を説明します」
エイブは数秒考えた。
「シミュレーションだけだ。操作は私がする」
「分かりました」
レッドシューズは順序と条件を口頭で説明し、エイブがそれを模擬モデルへ入力していく。最初の試行では隔離範囲が広すぎて正常領域への影響が大きく、二回目では閉鎖する前に侵食モデルの一部が別の経路へ移った。条件を見直した三回目でようやく、除去には至らないものの、拡大速度を明確に落とす結果が得られた。
「止まってはいないな」
ネイトが画面を見る。
「はい」
「実物でも同じ結果になる?」
「分かりません」
「これで治せる?」
「今の結果だけでは言えません」
「じゃあ、今分かったのは?」
「この模擬条件では、進行を遅くできる可能性があることだけです」
エイブはその答えを黙って記録した。模擬実験の成果そのものより、何を分かっていないと認めるのかも確認しているようだった。
◇
短い休憩を挟んだ後、エイブは技術とは別の質問をした。
「なぜ、最初の研究を誰にも見せなかった」
レッドシューズの表情が固くなる。
「以前も答えました」
「止められると思ったから、だろ。それをもっと具体的に聞いてる」
レッドシューズは膝の上で両手を組み、しばらく沈黙した。エイブもネイトも答えを急かさず、監視装置だけが静かに記録を続けている。
「侵食を完成させれば、ラプチャーとニケの境界を越えるものが作れると思っていました」
「だから止められたくなかった?」
「はい」
「発見されにくい形にしたのも?」
「研究を続けるためという理由がありました」
「被験者へ説明しなかったのは?」
「拒否されると思ったからです」
エイブの目が細くなる。
「拒否されると分かってたから、聞かなかった」
「はい」
「今なら?」
「説明します」
「相手が断ったら?」
「行いません」
「お前が絶対に必要だと思っていても?」
レッドシューズはそこで返事を止めた。安易に正解らしい言葉を選ばず、しばらく考えてから口を開く。
「必要だと思う理由と、考えている方法と、危険性を説明します。それでも許可されなければ実行しません」
「なぜ」
レッドシューズは自分の拘禁服へ一度視線を落とした。
「必要だと自分が判断したことを、止められないように隠して実行した結果を、私はもう知っています」
彼女は顔を上げる。
「止められることも、研究の手順に含めます」
エイブはしばらく何も言わなかった。それでも、その答えを記録から外すことはなく、次の質問へ進む前に保存処理だけを行った。
◇
研究を終えて勝利の翼号へ戻ったエイブは、新しい身体の制御系統にも一つの変更を加えた。
「外から何でも書き換えられる身体にはしない」
設計画面を見ていたリリスが顔を上げる。
「侵食対策?」
「それもある」
エイブは身体側の整備用接続系統を表示する。
「今まで通り、整備のための外部接続は必要だ。でも、常に重要領域まで開いている必要はない」
「必要な時だけ?」
スノーホワイトが尋ねる。
「そうする。通常整備で触れる範囲と、人格や命令系統へ関係する範囲も分ける」
さらに重大な変更については、一人の技術者だけで実行できない構造を検討することになった。現場での故障修理まで複数承認にすれば実用性を失うため、日常整備と重大変更を明確に区別する必要はある。
「私は?」
リリスが尋ねる。
「お前が判断できるなら、当然お前の承認も取る」
「寝てたら?」
「緊急時の条件を事前に決める」
「戦闘中に壊れたら?」
「そこは別系統で直せるようにする」
リリスは複雑になっていく設計を眺めた。
「強い身体を作ってるだけじゃなくなったね」
「最初から、お前が使う身体だ」
エイブは画面を保存する。
「壊れにくければ何でもいいわけじゃない」
それは構造的な強度だけを指す言葉ではなかった。
◇
Vault-Nで次の記憶保存を行ったのは、その週の終わりだった。
これは試験時のように広い範囲を読み出すものではなく、定期運用を決めてから初めて行う差分保存である。前回までに残した部分を基準として、その後に増えた記憶を中心に読み出すため、処理時間も最初の試験より短く済んだ。
「異常ありません」
接続器を外しながらスノーホワイトが確認する。
「頭痛は?」
ラプンツェルが続ける。
「ないよ」
「違和感や、記憶が抜けたような感覚は?」
「それも大丈夫」
リリスは椅子から立ち上がったが、すぐに部屋を出ようとはしなかった。少し考えた後、エイブが操作している保存画面へ目を向ける。
「もう一つ残したいものがあるんだけど」
「記憶以外?」
「うん。言葉」
以前ネイトと話したことを、リリスは覚えていた。
「未来の私に残したい」
エイブは記憶データそのものとは別に、所有者本人が任意の文章や音声を保存できる領域を用意した。記憶と混ぜず、本人が意図して残した追加記録として扱えば、後から区別もできる。
「誰が開ける?」
リリスが確認する。
「通常はお前だけ。お前が判断できない場合は、事前に決めた条件に従う」
「なら、それでお願い」
「文章?」
「声がいいかな」
録音が始まると、リリスはすぐには話さなかった。何を言うか完全には決めていなかったらしく、少し気恥ずかしそうに笑ってから口を開く。
「未来の私へ。……これ、思ってたより恥ずかしいね」
その場にいる者は誰も急かさない。
「今の私は、ゴッデスの隊長で、一番強いニケです。未来でもそうだったら嬉しいけど、たぶん違うかもしれません」
リリスは自分の右手を見る。
「身体が変わってるかもしれないし、今と同じように戦えないかもしれない。覚えてないこともあるかもしれないし、今の私とは違うことを考えてるかもしれません」
一度だけ息を整える。
「それでも、多分あなたは私です」
スノーホワイトが静かに彼女を見ている。
「ゴッデスじゃなくなってても、一番強くなくなってても、それだけで私じゃなくなるわけじゃないって、今はそう思おうとしています」
少しだけ困ったように笑った。
「まだ、完全には思えてないけど」
それも含めて、今のリリスだった。
「だから、未来の私の方がちゃんと答えを見つけてたらいいな」
しばらく黙った後、最後の言葉を続ける。
「生きてください。誰かを守るためだけでも、戦うためだけでもなくて、あなたが何のために生きたいか、自分で探してください」
録音を止めると、室内に短い沈黙が残った。
「長すぎた?」
「いいえ」
スノーホワイトが首を横へ振る。
「もっと残してもいいと思います」
「じゃあ、また今度」
リリスは少し照れたように笑ったあと、ネイトを見る。
「ネイトも一つ入れる?」
「俺が?」
「未来の私が困ってた時用」
ネイトは少し考え、エイブに別枠を作ってもらった。
「もし目が覚めて、自分が誰なのかよく分からなかったら、俺のところへ来い」
リリスが彼を見る。
「最初から話してやる」
「全部?」
「全部」
「長そう」
「かなり長いぞ。途中で寝ても続ける」
リリスが笑った。
「じゃあ安心だ」
ネイトの声も、リリスの記憶とは別の記録として保存された。
◇
追加された音声には、記憶データとは別の保護が掛けられた。エイブは本人の意思なく自動公開される仕組みを入れず、死亡時に開く遺言のような扱いにもしないことを改めて確認した。
「これは死んだ後に読む物じゃない」
「うん」
「何かを失った時、必要なら読むための物だ」
「分かってるよ」
リリスは保存完了の表示を見ながら頷いた。
未来の自分が、その音声を聞く日が来るかは分からない。今と同じ身体でいるのか、同じ立場なのか、同じ強さを持っているのかも、誰にも予測できなかった。
それでも、今の自分が未来を決める必要はない。
今までの自分をそのまま再現しろと命令する必要もない。
ただ、生きてほしいと残しておけばいい。その先で何を望むのかは、その時を生きている自分が決めればいい。
記憶保存区画を出たところで、リリスは自分の右手を一度だけ握った。以前のように何度も動作を確かめることはせず、指がきちんと応えることだけを確認すると、すぐに手を開く。
「戻ろうか」
「勝利の翼号?」
「うん。身体の設計、まだ途中なんでしょ?」
「まだ線と没案ばっかりだぞ」
「じゃあ、もっと増やさないとね」
リリスは先に通路を歩き始めた。
今の身体がいつまで同じように動くのかは分からない。新しい身体が完成する時期も、その設計が本当に望んだ強さへ届くかも、まだ答えは出ていなかった。
それでも、昨日より設計図の線は増えている。
失敗した構造には失敗した理由が残り、対侵食研究にも小さな可能性が一つ生まれた。分からないことを分からないまま記録し、止めるべき時には止まり、次の手段をまた考える。
追いつかなければならないのは、誰かが用意した基準ではない。
リリス自身が持つ、あまりにも大きな力だった。