Fallout:GODDESS ―灰の世界から女神たちへ― 作:記録官
PROJECT LILYの設計が始まってから二週間ほど経っても、工房の中央には二つのリリスが並ぶことはなかった。一方は本人が将来使うための身体で、いまだに骨格構造と負荷経路を何度も描き直している段階にあり、もう一方の偽装ボディも外装と基本骨格の試作品がようやく形になり始めたところだった。どちらも目的はリリスを生かすことだったが、完成させる難しさはまるで違っていた。
偽装ボディは、強くする必要がない分だけ作業が早かった。現在のリリスとほぼ同じ体格へ合わせた骨格に、通常検査で不自然に見えない程度の駆動系と内部構造を配置し、外装素材も可能な範囲で現行ボディへ近づけている。一方で、高出力を生み出す機構も、特殊な負荷分散構造も、エブラ粒子との相関について調べている部分も一切組み込まれていなかった。
「歩くくらいはできる?」
製造途中の骨格を眺めながら、リリスが尋ねた。
「完成すれば」
エイブは片腕の駆動部を調整しながら答える。
「走るのは?」
「できる」
「戦うのは?」
「想定してない」
「どのくらい弱い?」
「お前と比べるな」
「私の姿なのに」
「お前じゃないからだ」
エイブの返事には、以前から変わらない線引きがあった。PROJECT LILYへリリスの記憶を与える予定はなく、人格を模倣する制御系も搭載しない。完成後に動作確認をするとしても、それは外部診断装置から歩行や関節動作を命令するためであり、自分で考えて動く別のリリスを作るつもりはなかった。
「顔は?」
「最後」
「何で?」
「今作る意味がない」
「見たいんだけど」
「お前は毎朝鏡を見ろ」
ネイトが横から笑うと、リリスが不満そうに振り向いた。
「自分と同じ顔が外から歩いてくるのは違うでしょ?」
「それは確かにちょっと見たい」
「増やすな」
エイブが二人を睨んだため、そこで話は終わった。作りかけの骨格にまだ顔はなく、白い外装もほとんど取り付けられていないため、人類最強のニケの偽物というより、組み立て途中の一般的なニケ素体にしか見えない。
その隣では、スノーホワイトが本物のための設計に取り組んでいた。こちらは二週間前と比べても完成にはほど遠かったが、複数の支持構造へ負荷を分け、さらに一部を身体外の補助構造へ逃がすという方向だけは固まりつつある。問題は、リリスが実際に戦う時の速度と出力へ、その構造が追従できるかどうかだった。
「低出力なら成立します」
「どのくらい?」
「今のリリスお姉ちゃんの二割くらいまでなら、計算上はかなり負荷を減らせます」
「二割かあ」
「嫌そうな顔をしないでください。前は試験用フレームが十分で壊れたんですよ?」
「成長してるね」
「装置がです」
スノーホワイトはそう言いながらも、少しだけ嬉しそうだった。現行ボディを強くするだけでは堂々巡りだった問題が、新しい身体では少しずつ別の方向へ動き始めている。
ただし、二割で成立することと、本当に必要な出力へ届くことは同じではない。
リリスもそれを分かっているため、無理に先を急かすことはしなかった。
◇
脳維持装置の試験も並行して進められていた。
マレーンの記録から得た情報を基に、エイブは最初の試作機を大幅に作り直している。予備循環系を追加したため少し大型化したものの、外部電源が完全に切れた場合でも、最低限の維持を続けられる時間は最初の設計より伸びていた。
「四時間三十二分」
スノーホワイトが電源喪失試験の結果を読み上げる。
「目標は?」
ネイトが尋ねる。
「最低六時間。できれば十二時間欲しいです」
「重くならない?」
「なります。でも、運搬できない重さにはしません」
「誰が運ぶ前提?」
「ニケです」
「俺は?」
「ネイトさんが運ぶ場合も考えます」
「よかった。完全に戦力外にされたかと思った」
「人間一人で持てない設計にはしない、という意味です」
「もう少し優しく言ってくれない?」
スノーホワイトは聞かなかったことにして試験結果を保存した。エイブはその横で、主系統が止まった場合に予備循環へ切り替わるまでの時間を確認しており、まだ僅かな空白があることを見つけるとすぐに設計修正へ入る。
実際の脳を入れた試験は行っていない。生命維持に必要な圧力や温度、循環条件を模擬する試験媒体を使い、電源故障や衝撃が起きた時に内部環境を維持できるかだけを確認している段階だった。
「これが完成しても、使わなかったら無駄になる?」
マレーンが試験機の横で尋ねた。
今日は自分の過去の記録がどのように反映されたかを見るため、本人も試験へ立ち会っていた。
「使わないのが一番いい」
ネイトが答える。
「じゃあ、ずっと置いておく?」
「そうなるかもしれない」
「それでも作るんだ」
「消火器みたいなものだな」
マレーンが首を傾げる。
「火事にならなかったら、一度も使わない。でも使わずに済んだからって、置いたことが無駄にはならない」
「なるほど」
マレーンは納得したように試作機を見る。
「じゃあ、使わないで終わったら成功?」
「俺はそう思う」
「私も」
リリスがすぐ隣から答えた。
「こっちは使わない方がいいし、PROJECT LILYも使わない方がいい。新しい身体だけ完成すれば一番いいよね」
「そうなるように作ってます」
スノーホワイトの返事に、リリスは笑って頷いた。
その時だった。
工房の壁面端末が一斉に警告表示へ変わった。
通常の施設内警報ではない。勝利の翼号から転送された軍の最優先通信であり、受信したエイブが画面を開くより先に、ネイトのPip-Boyにも同じ警告が表示された。
アンダーソンからだった。
◇
勝利の翼号へ戻った時、作戦室にはすでに各地の地図が展開されていた。
赤い表示はラプチャーの進行地域、青は現在維持されている人類側の防衛線、その後方にはアークへ続く複数の避難経路が伸びている。以前見た地図と比べれば、青い範囲が明らかに狭くなっていた。
「状況が変わった」
アンダーソンは全員が揃うと、説明を始めた。
「前線基地を順番に放棄する。今後の最優先目標は地上領域の維持ではない」
リリスの顔から笑みが消える。
「アークへの避難?」
「ああ」
アンダーソンが地図を縮小すると、各地からアークへ向かう複数の経路が浮かび上がった。その全てが安全に使えるわけではなく、すでにラプチャーの接近によって閉鎖された道もあれば、橋梁や補給拠点が破壊され、予定していた移送能力を失った場所もある。
「アーク・ガーディアン作戦を開始する」
その名称を聞き、作戦室の空気が変わった。
「目的は、アークへの避難が終了するまで主要経路と周辺地域を防衛することだ。敵を全滅させる必要はない。避難者を通し、追撃を止め、必要な時間を稼ぐ」
「最後まで地上を守る作戦じゃないんだね」
リリスが静かに言う。
「違う」
アンダーソンも曖昧にしなかった。
「最終的には退く」
ネイトは地図へ近づいた。戦線を押し返すための配置ではなく、いくつもの防衛点を時間と共に後方へ移し、最後にアーク周辺へ集約する形になっている。
「何人残ってる?」
「確定していない」
「それが一番怖い答えだな」
「オスワルドたちが各地の名簿と移送状況を集めている。だが、連絡が切れている居住地もある」
アンダーソンは別の表示を開いた。そこには確認済み避難者、移送待ち、所在確認中という三つの区分が並んでいるが、最後の数字だけは今も増減していた。
「Vault-Nも使う?」
ネイトが尋ねる。
「すでに一時収容先の一つとして組み込んだ。ただし全容は出していない。一般区画の収容能力だけだ」
「それでいい」
「今後は負傷者が増える。ニケの整備もだ」
「第四居住ブロック、急いだ方がいいね」
リリスが言うと、スノーホワイトも頷いた。
「医療区画の予備電源も増やします。整備設備も、三基目を作れれば――」
「資材は出す」
アンダーソンが答えた。
「ただし、問題が一つある」
その視線がリリスへ向いたことで、誰の話かは聞くまでもなかった。
◇
「出るよ」
リリスは説明を最後まで聞いた後、そう答えた。
「まだ何も言ってない」
アンダーソンが眉を寄せる。
「言おうとしてることは分かるよ」
「なら聞け」
「聞いたら同じ答えになる」
「それでも聞け」
リリスは少しだけ肩をすくめ、黙った。
アンダーソンはエイブとスノーホワイトが提出した身体状況を机上へ表示した。通常任務と同程度の戦闘を続けても負荷が蓄積すること、高出力を使えば予測より早く状態が悪化する可能性があること、そして現在の身体に代わるものはまだ完成していないことが記されている。
「お前を通常通り前線へ出すことには反対だ」
「でも出さないのも無理でしょ?」
「ゴッデスはお前一人ではない」
「分かってる」
リリスは地図を指した。
「だからこそだよ。この数をみんなだけに任せたら、他の子たちが先に壊れる」
ドロシー、ラプンツェル、スノーホワイト、紅蓮。今ここにいない仲間たちの名を並べる必要はなくても、誰のことを考えているのかは全員に伝わった。
「私は最前線で一番強い。でも、今は一番壊れやすいところもある。それは分かってる」
リリスは自分の右手を一度見た。
「だから前みたいに、何も言わずに無理するつもりはないよ」
スノーホワイトが彼女を見る。
「本当に?」
「本当に」
「身体が重いと思ったら?」
「言う」
「手や脚に少しでも違和感が出たら?」
「言う」
「高出力を使いたくなっても?」
「勝手には使わない」
そこまで答えたところで、エイブが口を開いた。
「上限を決める」
「どのくらい?」
「まず二割」
「低くない?」
「新しい支持装置で安全性を確認できた範囲だ」
「私、装置つけて戦うの?」
「試験用のままじゃない。戦闘用に作り直す」
スノーホワイトがすぐ説明を引き継いだ。
「腰と背中を中心にした補助フレームです。前より小さくして、必要な動きは邪魔しないようにします。身体へ戻る負担を全部なくせませんけど、今のままよりは減らせます」
「二割を超える必要が出たら?」
リリスが尋ねる。
「その時に判断する」
エイブの返事は厳しかった。
「お前一人では決めるな」
「戦場で毎回聞けないよ?」
「だから条件を先に決める」
ネイトは地図を見ながら会話を聞いていたが、その部分には賛成だった。戦闘の最中に遠くの技術者へ許可を求めている余裕がない状況は確実に起こる。
「段階を作ればいい」
三人がネイトを見る。
「二割までは通常運用。そこから上は避難者が直接危険に晒されてるとか、仲間が退けないとか、使わなきゃもっと多く死ぬ時だけ。上げたら、その後は強制的に後退して検査」
「本人がまだ戦えると言っても?」
アンダーソンが尋ねる。
「そこを本人判断に戻したら、前と同じになる」
リリスが少し不満そうな顔をした。
「信用ないなあ」
「自分で作った実績だろ」
「言い返せない」
リリスは苦笑したが、反対はしなかった。
「じゃあ約束する。上げたら戻る」
「戻れない状況なら?」
エイブがさらに尋ねる。
「仲間に引きずってもらう」
「誰に?」
「紅蓮とか」
「嫌がりそうだな」
「でもやると思うよ」
その点については、誰も否定しなかった。
運用条件が一つずつ決まり、リリスの出撃そのものを禁じる案は消えた。ただし以前のように「動ける限り戦う」のではなく、身体を帰還させることまで含めて一回の任務と考える。
それが今の彼女に許された戦い方だった。
◇
アーク・ガーディアン開始から三日目、Vault-Nの空室は目に見えて減り始めた。
負傷した兵士、戦線から引き上げられた量産型ニケ、移送車両を待つ民間人が次々に運び込まれ、食堂は初めてほとんどの席が埋まった。第三居住ブロックは満室に近づき、工事中だった第四ブロックも完成した部屋から順番に開放されている。
ネイトは搬入口と医療区画を何度も往復し、到着した物資と人員を振り分けていた。戦闘へ出ている時間より、負傷者を運び、壊れた設備を直し、足りない資材を探している時間の方が長い。
「ネイトさん!」
搬入口の向こうからスノーホワイトの声が飛んできた。
「何だ!」
「整備用冷却材、残り三割です!」
「予備庫!」
「昨日使いました!」
「補給予定は?」
「明日の朝!」
「遅いな!」
ネイトはPip-Boyに残っている物資一覧を開き、近隣の閉鎖予定補給所に冷却材が残っていたことを思い出した。
「車一台借りる!」
「どこへ行くんですか?」
「拾いに行く!」
「またですか!?」
「今度は一覧にある物だぞ!」
「なら行ってください!」
許可が出たので、ネイトは素直に走り出した。
以前なら笑い話で済んだ物資回収も、今は一つ足りなければ整備待ちのニケが動けない。何を残し、何を運び、どこへ回すかという判断が、そのまま誰かの生存へ繋がる状況になっていた。
補給所から戻った頃には、また新しい負傷者が到着していた。
その中にゴッデスの姿はなかった。
リリスたちは、まだ前線にいる。
◇
最初の報告が届いたのは、日が変わる少し前だった。
ネイトがVault-Nの工房で壊れた搬送機を直していると、Pip-Boyにゴッデスからの優先通信が入った。発信者はスノーホワイトだった。
「ネイトだ。どうした?」
『リリスお姉ちゃんが高出力を使いました』
工具を持っていた手が止まった。
「どのくらい」
『記録上、四割弱です』
「理由は?」
『第二避難路へ大型個体が入りました。後退させる時間がありませんでした』
「避難者は?」
『通過しました。全員ではありませんけど、少なくともあの場にいた人たちは』
ネイトは一度目を閉じた。
「リリスは?」
通信が少し遠ざかり、誰かの声が聞こえた。
『自分で話せるよ』
「なら代われ」
数秒後、リリスの声に切り替わった。
『もしもし』
「電話じゃないぞ」
『知ってる。いつもの癖』
「身体は?」
『右肩が重い。腰も少し』
「手」
『動く』
「脚」
『動くよ』
「戻れ」
『うん』
あまりに素直な返事だったため、ネイトの方が一瞬黙った。
「……本当に戻る?」
『約束したでしょ』
「前のお前なら、まだ戦えるって言った」
『今も戦えるよ』
「リリス」
『でも戻る』
声の調子は明るかったが、その後ろでは撤退準備の指示が飛び交っている。
『紅蓮が代わるって。ドロシーも大丈夫って言ってる。だから帰るよ』
「分かった。医療区画を空けとく」
『大袈裟だなあ』
「その大袈裟をするって決めただろ」
『そうだったね』
通信が切れる前、リリスは少しだけ声を落とした。
『ちゃんと帰るから』
「ああ」
ネイトはそれだけ答えた。
通信が終了すると、修理中だった搬送機の横に工具を置き、医療区画へ向かう。ラプンツェルは前線にいるため、今夜の検査はエイブとスノーホワイトが戻り次第行うことになるだろう。
約一時間後、Vault-Nの搬入口へゴッデスが戻ってきた。
先頭のドロシーに続き、紅蓮、スノーホワイト、そしてリリスが歩いてくる。自力で歩いてはいるものの、右腕は普段より僅かに下がり、歩幅にも小さな違いがあった。
「おかえり」
ネイトが言う。
「ただいま」
リリスは笑った。
以前なら、それで任務は終わっていたかもしれない。
今は違う。
彼女はそのまま医療区画へ向かい、自分から検査台へ腰を下ろした。
◇
結果が出た頃には、すでに深夜を過ぎていた。
右肩と腰には予想以上の残留負荷があり、右脚にも小さな変化が出ていた。致命的な損傷はなく、少なくとも今すぐ身体を交換しなければならない状態でもないが、四割弱の出力を短時間使っただけで回復に掛かる時間が大幅に伸びている。
「明日は出撃禁止です」
スノーホワイトが言った。
「明後日は?」
「明日の結果を見てからです」
「分かった」
「……本当に素直ですね」
「約束したから」
スノーホワイトは一瞬だけ何も言えなくなり、それからリリスの右肩へ新しい測定器を取り付けた。
エイブは検査結果を過去の予測と重ね、表情を変えずに数値を確認していた。今回の負荷だけで半年という目安を大きく書き換える必要はないが、大出力を使うたびに危険が跳ね上がるという予測は、より確かなものになった。
「怖い?」
検査台の上から、リリスが突然尋ねた。
「誰に聞いてる?」
ネイトが返す。
「みんな」
スノーホワイトは答えるまで少し時間が掛かった。
「怖いです」
「エイブは?」
「怖くないと言えば嘘になる」
「ネイト」
「怖いに決まってるだろ」
リリスは少し驚いたように三人を見た。
「みんな素直だね」
「お前が素直になったからだろ」
ネイトの返事に、リリスは小さく笑った。
「そっか」
その笑みが消える前に、工房側から別の警告音が届いた。ラプチャーの襲撃ではなく、PROJECT LILYの製造設備が自動試験を終了したという通知だった。
エイブが遠隔で結果を開く。
「何?」
リリスが尋ねる。
「脚部の基本駆動試験が通った」
「偽物の?」
「そうだ」
「歩けるようになった?」
「まだ骨格だけだがな」
リリスは少し複雑そうに笑った。
「私の方は休みなのに、あっちは歩けるようになってる」
「競争するな」
「してないよ」
そう答えながらも、リリスは自分の右手を見た。指は問題なく動き、拳も作れる。それでも戦場から戻った身体には、見えないところでまた少し負担が残っていた。
人々を地下へ送り届ける戦いは、始まったばかりだった。
その戦いがいつ終わるのかも、リリスの身体がどこまで付き合えるのかも、まだ誰にも分からない。だからこそ、前線では戻るための条件を決め、地下では使わずに済むことを願う装置を作り、そのさらに奥では本人の代わりにならない偽物が少しずつ形を得ていく。
リリスは検査台の上で右手を開き、もう一度だけ握った。
「次も帰ってくるよ」
ネイトはその手ではなく、彼女の顔を見た。
「次だけじゃ足りない」
「欲張りだね」
「知ってるだろ」
リリスは少し笑ってから、素直に頷いた。
「じゃあ、何度でも帰ってくる」