Fallout:GODDESS ―灰の世界から女神たちへ― 作:記録官
艦内を満たす警報音は、ネイトに嫌というほど覚えのある種類の音だった。
言葉も設備も違う。それでも、警報が鳴った瞬間に人の動きが変わることだけは、二百年以上前の軍隊も、核戦争後のBrotherhood of Steelも、この見知らぬ世界の軍隊も変わらないらしい。通路を走る兵士たちは壁際へ寄り、行き交う量産型ニケたちは迷いなく持ち場へ向かっている。
ネイトは10mmピストルを握ったまま、ゴッデスの後を追った。
「一応言っておくけど」
先頭を走っていたリリーバイスが、前を向いたまま声を飛ばす。
「私たちと同じつもりで前に出ないでね。あなたは人間なんだから」
「言われなくても分かってるよ」
「本当に?」
横を走るドロシーが冷ややかな視線を向けてきた。
「つい先ほどまで死んでいたと主張している人が、初対面の部隊について戦場へ向かっているのですが」
「……言われてみると説得力がないな」
「でしょう?」
レッドフードが隣で笑った。
「安心しろって。危なくなったらあたしが男前を拾って帰ってやるよ」
「その時は丁寧に頼む。歳を取ると腰がな」
「若返ったんだろ?」
「気分の問題だ」
「面倒くせえ爺さんだな!」
レッドフードが楽しそうに笑う。その少し後ろを走っていたスノーホワイトが、そんな二人をちらりと見たものの何も言わなかった。代わりに彼女は自分の武装を確認し、先ほどPip-Boyへ向けていた好奇心の強い視線を完全に戦場のものへ切り替えている。
扉が開いた。
強い風が、一気に艦内へ吹き込んできた。
その先に広がっていたのは、ネイトが最初に落ちてきた勝利の翼号の甲板だった。ただし、先ほどの静けさはどこにもない。甲板各所の対空兵器が旋回し、遠方の空へ向けて砲火を放っている。雲海の向こうには黒い影がいくつも見え、その一部は既にこちらへ急速に近づいていた。
甲板へ降下してくる異形の機械を見て、ネイトは目を細める。
「……あれがラプチャーか」
「そうだ」
レッドフードが巨大なライフル――ウルフスベインを構えた。
「どうだ? 初対面の感想は」
「趣味の悪いロボットだな」
「ははっ、気が合うじゃねえか」
直後、甲板へ一体が落ちてきた。
金属同士が激突する轟音が響き、巨体を支える脚部が甲板を軋ませる。生物を模しているようでいて生物ではない。軍用ロボットとも違う。長年ウェイストランドで機械を見てきたネイトにも、その設計思想がうまく読めなかった。
ただ一つだけ分かる。
敵だ。
ラプチャーの一部が赤く光った。
「散って!」
リリーバイスの声に、全員が即座に動いた。
ネイトも甲板上の構造物へ飛び込む。直後、さっきまで立っていた場所を光弾が撃ち抜き、金属板を抉った。熱と破片が頬を掠める。
「……なるほど」
遮蔽物から顔を出し、ネイトは破壊された甲板を見る。
防具もなしにあれを食らえば、丈夫だの若返っただのという話ではない。
死ぬ。
「本当に世界の終わりに出てくる連中は、火力だけは立派だな」
ネイトは10mmピストルを構えた。
照準。
発砲。
乾いた銃声が、ニケたちの武器が生み出す轟音の中へ呑み込まれる。
命中した。
ラプチャーの外装で、小さな火花が散った。
それだけだった。
「……おい」
もう一発。
今度は赤く光る部分を狙ったが、その手前を覆う装甲に弾かれた。
三発目。
四発目。
傷は付く。しかし、止まらない。
ネイトはすぐに射撃を止めた。
「なるほど。豆鉄砲か」
核戦争後の連邦では、10mm弾でどうにかならない相手など珍しくなかった。スーパーミュータントも、デスクローも、重装甲のロボットもいる。ただ、目の前の機械は雑兵らしい外見をしていながら、その時点ですでに人間用火器をまともに受け付けない。
その横を、まったく別物の銃声が通り抜けた。
レッドフードの一射。
先ほどネイトの10mm弾を弾いたラプチャーの装甲が、派手に吹き飛んだ。
「…………」
続いてドロシーの射撃が集中し、露出した内部を正確に撃ち抜く。巨体が揺らぎ、そこへさらにスノーホワイトの攻撃が叩き込まれた。
ラプチャーが崩れ落ちる。
レッドフードがこちらを見た。
「どうした、男前?」
「銃、貸してくれない?」
「やめとけ。肩なくなるぞ」
「だろうな」
見た目だけなら大型ライフルの範囲に収まっている。しかし、発射された弾丸が生み出した破壊力は明らかに歩兵火器のそれではなかった。
リリーバイスが言っていた意味がよく分かる。
ニケ。
人間の脳を機械の身体へ移した、人型兵器。
そして、彼女たちの持つ銃まで含めて、一つの兵器体系なのだ。
ならば、人間である自分には自分の戦い方がある。
ネイトは再び遮蔽物から覗いた。
甲板へ上がってきた別のラプチャーが、ドロシーへ武装を向けている。彼女自身は気付いている。問題なく回避できるだろう。
だが、その機体が身体を旋回させた瞬間、外装と脚部の間から細い駆動部が露出した。
ネイトの左腕で、Pip-Boyが淡く光る。
世界の流れが変わった。
音が遠ざかる。
風に流れる煙も、飛び散った金属片も、目の前のラプチャーの動きも、粘つくように遅く感じられる。
V.A.T.S.
何十年も使い続けたVault-Tec Assisted Targeting Systemが、未知の機械を視界の中へ捉えた。
頭部らしき部位。
武装。
脚部。
胴体。
名称は出ない。
当然だ。Pip-Boyのデータベースに、ラプチャーなどというものは存在しない。
だが、撃てる場所なら分かる。
ネイトは脚部を選んだ。
時間が戻る。
銃声が三度続いた。
一発目が装甲の隙間へ入り、二発目が同じ箇所へ重なる。三発目が露出していた細い機構を断ち切った。
ラプチャーの片脚が突然沈んだ。
「え?」
スノーホワイトが小さく声を上げる。
機体が体勢を崩し、その瞬間をドロシーは逃さなかった。集中射撃が赤く光る中枢部へ叩き込まれ、ラプチャーが完全に沈黙する。
「今のは……」
「後!」
ネイトの声とほぼ同時に、スノーホワイトが振り返った。
別のラプチャーが迫っていた。
だが、それより速く白い影が走る。
リリーバイスだった。
武器を持っていない。
それどころか、拳を握っているだけだった。
「……まさか」
ネイトが呟いた次の瞬間、リリーバイスの拳がラプチャーへ突き刺さった。
轟音。
外装がへこむ、などという生易しい壊れ方ではなかった。機体の中央部分が拳を起点として押し潰され、反対側へ部品が弾け飛ぶ。そのまま巨体そのものが甲板から吹き飛び、雲の下へ消えていった。
ネイトはしばらく無言で、その軌跡を目で追った。
「……銃いらないな、あの人」
「使えないんです」
隣へ移動してきたスノーホワイトが答えた。
「使えない?」
「握ると壊してしまうので」
ネイトはもう一度リリーバイスを見る。
今度は別のラプチャーを掴み、そのまま甲板へ叩きつけている。
「なるほど」
世界は広い。
連邦にも素手でデスクローへ殴りかかるような変人はいたが、少なくともデスクローの方を武器扱いする人間はいなかった。
たぶん。
◇
戦闘はそれで終わらなかった。
むしろ、勝利の翼号へ最初に到達した一群を片付けただけだったらしい。対空砲火の向こうから、新たなラプチャーが何体も接近し、甲板へ降り立ってくる。
ネイトは最初の数分で、この世界の戦場についていくつか理解した。
第一に、ラプチャーは硬い。
第二に、ニケは強い。
第三に、人間がその間へ考えなしに入れば死ぬ。
そして第四に――10mmピストルだけでは、さすがにどうにもならない。
「男前、右!」
レッドフードの声。
ネイトは伏せた。
ウルフスベインの一撃が頭上を通過し、接近していたラプチャーの武装を吹き飛ばす。
「助かった!」
「礼はあとでいい! そっち行ったぞ!」
武装を失った個体が、それでもネイトへ向かってくる。
距離は近い。
脚を狙う。
V.A.T.S.。
命中率は十分。
だが、先ほどと違って狙える隙が小さい。外装も厚い。
撃って動きを止められたとしても、倒し切れない。
ネイトは判断を変えた。
左腕を操作する。
Pip-Boyの画面が切り替わった。
武器。
長年使ってきた一覧。
その一つを選ぶ。
次の瞬間、10mmピストルが消え、代わりに使い慣れたコンバットライフルが手へ収まっていた。
「は?」
レッドフードの間の抜けた声が聞こえた。
ネイトは答えず、迫るラプチャーへ連射する。
10mmよりも遥かに強い衝撃が肩へ返ってくる。
今度は装甲へ目に見える傷が走った。
それでも足りない。
狙いをずらす。
先ほど損傷した武装基部。
連射。
外装が剥がれ、内部機構が露出する。
「スノーホワイト!」
「はい!」
説明する必要はなかった。
彼女の射撃がネイトの作った傷口へ吸い込まれる。
ラプチャーの上半身が爆ぜた。
「よし」
「……今」
スノーホワイトがこちらを見ている。
「その武器、どこから出したんですか?」
「あとで」
「でも――」
「スノーホワイト」
リリーバイスの声が飛んだ。
少女ははっとして前を向く。
「戦闘中」
「す、すみません!」
「終わったら聞いていいから」
「はい!」
返事だけ妙に元気だった。
「許可するんだ」
ネイトが思わず言う。
「気になるでしょう?」
リリーバイスはそう答えると、飛び込んできた別のラプチャーの脚を掴んだ。
そのまま振り回した。
「……そうだね」
ネイトは納得することにした。
深く考えるのは後だ。
甲板の左舷側で爆発が起こる。
ラプンツェルが吹き飛ばされた量産型ニケへ駆け寄りながら、こちらへ声を上げた。
「こちらは私が対応します! 皆さんは前を!」
「任せたよ!」
リリーバイスが即答する。
ラプンツェルは負傷したニケを抱え、損傷部を確認し始めた。先ほどまでネイトの身体を調べていた時の穏やかさは残っているが、手は速い。必要な判断に迷いがない。
その姿を見たネイトは、ほんの少しだけ息を吐いた。
後ろに負傷者を任せられる人間がいる。
それだけでも、戦場はずいぶん楽になる。
「ネイト!」
今度はリリーバイス。
正面から大型のラプチャーが迫っていた。
先ほどまでの個体より明らかに厚い装甲を持ち、前面には複数の砲口が並んでいる。
「下がって!」
言われる前にネイトは走っていた。
砲口が発光する。
遮蔽物へ飛び込む。
直後、凄まじい衝撃が甲板を揺らした。
爆風が背中を押し、ネイトの身体が床へ転がる。
耳鳴り。
呼吸。
手足。
動く。
Pip-Boyを見る。
少なくとも致命傷ではない。
「ネイトさん!」
ラプンツェルの声が聞こえた。
「生きてる!」
「でしたら、そこから出ないでください!」
「善処する!」
「善処ではなく!」
珍しく強い口調だった。
もっともだ。
ネイトは瓦礫の陰から敵を見る。
正面ではリリーバイスが注意を引き、ドロシーとレッドフードが左右へ分かれて射撃を続けている。スノーホワイトも武装の一つを狙っているが、装甲が厚く、先ほどまでの相手ほど簡単には抜けない。
それでも、ニケたちなら倒せる。
時間をかければ。
問題は、その間にも勝利の翼号が攻撃され続けることだ。
ネイトはコンバットライフルを見る。
無理だ。
なら次。
Pip-Boyへ指を走らせる。
ある。
昔から大型相手には頼りにしてきた銃だ。
ネイトは選択した。
コンバットライフルが消える。
代わりに現れたのは、長く重い銃身と巨大な機関部を持つ一挺のライフルだった。
「また!?」
今度はドロシーまで声を上げた。
「あなた、本当にどこからそれを出しているのですか!?」
「説明はあと!」
「先ほどからそればかりですね!」
ガウスライフルを構える。
電磁加速機構が低い唸りを上げる。
目の前のラプチャーが次の砲撃準備へ入った。
V.A.T.S.。
世界が遅くなる。
正面装甲。
砲塔。
脚部。
赤く光る箇所。
直接コアを抜くには角度が悪い。
なら、目的を変える。
倒す必要はない。
穴を開ければいい。
右側の大型兵装。
選択。
時間が戻る。
ネイトは引き金を引いた。
轟音とともに2mm EC弾が加速され、厚い外装へ叩き込まれた。
今までの人間用火器とは違う。
装甲板が大きくへこみ、その一部が裂ける。
だが、貫通し切れない。
「まだ硬いか!」
「十分だ、男前!」
レッドフードが笑った。
ネイトが作った亀裂へ、ウルフスベインの一撃が重なる。
今度こそ装甲が吹き飛んだ。
「スノーホワイト!」
「見えています!」
露出した内部機構へ少女の射撃が集中する。
大型兵装が爆発した。
片側の火力を失ったラプチャーが大きく傾く。
「ドロシー!」
「指図されなくても分かっています!」
言葉とは裏腹に、ドロシーの射撃は正確だった。露出した箇所へ次々と弾丸が吸い込まれ、内部から火花が噴き上がる。
そして。
「じゃあ、終わらせるね」
リリーバイスが踏み込んだ。
ネイトには一瞬、彼女の姿が消えたように見えた。
次に見えた時には、ラプチャーの真正面。
拳が振り抜かれる。
装甲。
内部フレーム。
その奥にある何か。
すべてをまとめて、衝撃が突き抜けた。
大型ラプチャーの巨体が甲板を滑り、そのまま端から落下した。
しばらくして。
遠く、雲の下で小さな爆発が見えた。
ネイトはガウスライフルを下ろした。
「……俺、いらなかったんじゃない?」
「穴を開けてくれたから楽だったよ」
リリーバイスが平然と答えた。
「そういう問題かな」
「そういう問題」
レッドフードが肩へウルフスベインを担ぎながら近づいてくる。
「でもさぁ、男前」
「何?」
「今、ズルしただろ」
「何が?」
「あの照準。さっきから妙なんだよ。見つけるのが早すぎるし、同じ場所へ当てすぎだ」
「長年の経験」
「嘘つけ」
即答された。
「いや、本当に経験もある」
「『も』って言ったな?」
しまった。
レッドフードの口元が吊り上がる。
「やっぱなんかあるじゃねえか」
「企業秘密」
「どこの企業だよ」
「Vault-Tec」
「知らねえよ!」
「俺もあんまりおすすめしない」
「何なんだよそれ!」
二人のやり取りを聞いていたリリーバイスが、小さく笑った。
「二人とも。話は敵を片付けてからね」
ネイトが周囲を見る。
甲板上で動いているラプチャーは、もうほとんど残っていなかった。対空砲火も次第に間隔が長くなり、遠方にあった敵影も消えつつある。
警報の音が変わる。
しばらくして、艦内放送が敵性反応の消失を告げた。
戦闘終了。
ネイトはようやく息を吐いた。
死んで目を覚ましたその日に、知らない世界の戦争へ参加した。
どうやら二度目の人生も、静かには始まってくれないらしい。
◇
戦闘が終わると、甲板には大量の残骸が残った。
ラプチャーの破片だけではない。砕けた甲板材、破損した設備、撃ち落とされた飛翔体の残骸。整備要員や量産型ニケたちが安全確認を始め、使える設備と廃棄する物を仕分けている。
ネイトはその光景を見ながら、自然と足を止めた。
目の前に転がっているのは、先ほど10mm弾を何発撃ち込んでも止まらなかったラプチャーの脚部だった。
今はもう動かない。
しゃがみ込む。
「……ネイト?」
リリーバイスが振り返った。
ネイトは返事をせず、破損した外装を指で押し上げる。内部には見たことのない部品が並んでいた。材質も規格も分からない。しかし、少なくとも金属、配線、駆動部品という大分類まで未知の何かに変わるわけではない。
一本。
露出していた固定具を外す。
スノーホワイトがすぐ隣へしゃがみ込んだ。
「何をしているんですか?」
「見てる」
「何を?」
「使えるものがないか」
少女は少し困惑した顔で残骸を見る。
「ラプチャーの部品ですよ?」
「だから?」
「……使うんですか?」
「使えるなら」
スノーホワイトはしばらく黙った。
その目が、ネイトの手元へ向く。
「その部品は駄目です」
「そうなの?」
「変形しています。こちらの方が状態がいいです」
別の箇所を指差した。
ネイトが見る。
確かに。
「詳しいね」
「武器を作っていますから」
どことなく得意そうだった。
ネイトは彼女が示した箇所を外そうとして、途中で手を止める。
「工具ある?」
「あります」
返事が異様に早かった。
数秒後には、スノーホワイトが工具を取り出している。
「……用意いいな」
「必要なので」
「見せて」
「私がやります」
「いや、このタイプなら――」
「私の方が知っています」
「こっちは似たような廃品を二百年いじってきたんだぞ」
「これはラプチャーです」
「機械は機械だろ」
「違います」
「何が?」
「いろいろです」
「説明が雑だな」
いつの間にか、二人で同じ残骸を覗き込んでいた。
少し離れたところで、レッドフードが笑い出す。
「おいリリス。あいつらもう仲良くなってるぞ」
「そうみたいだね」
「尋問してた時より会話弾んでません?」
ドロシーが呆れたように言う。
ラプンツェルも負傷者の処置を終え、こちらへ歩いてきた。
「ネイトさん、お怪我はありませんか?」
「擦り傷くらい」
「先ほど爆風を受けていましたよね?」
「丈夫なんだ」
「そういう問題ではありません」
柔らかな口調なのに逃がす気がない。
ネイトは諦めて立ち上がった。
「分かった。後で診てもらうよ」
「今です」
「はい」
レッドフードが腹を抱えて笑っている。
「男前、聖女様には弱いな!」
「医療担当の言うことは聞くもんだ」
「へえ、意外とまともじゃん」
「俺を何だと思ってるんだ」
「空から落ちてきて、死んだって言い張って、初対面のラプチャー相手に見たことない銃を何挺も出して、戦闘が終わったら残骸漁り始めた変な男」
ネイトは少し考えた。
「否定しづらいな」
再び笑い声が上がった。
ドロシーだけは頭が痛そうに額へ手を当てている。
「リリス。本当にこの方を自由にしておいて大丈夫なのですか?」
「まだ自由にするとは言ってないよ」
リリーバイスがネイトを見る。
先ほどまでの柔らかな笑みは残っていたが、その目は部隊長のものだった。
「でも、一つ分かった」
「何が?」
「戦えるっていうのは本当だった」
ネイトは肩をすくめる。
「相手が硬すぎて、最初はほとんど何もできなかったけどね」
「でも、できないことが分かったらやり方を変えた。私たちの武器を無理に使おうともしなかったし、自分で倒すことにもこだわらなかった」
リリーバイスはそう言って、先ほど戦闘があった甲板を見る。
「悪くないよ」
軍人として、その言葉が何を意味するのかネイトには分かった。
少なくとも足手まといではなかった。
それで十分だ。
「それに」
リリーバイスの視線が、地面へ転がっているラプチャーの残骸へ落ちる。
「戦闘が終わった途端、敵を材料として見始める人も初めて見た」
「あれだけあるのに捨てるのか?」
「普通は調査部門へ回すものだけ確保して、あとは処分するかな」
「もったいない」
即答だった。
スノーホワイトが小さく頷く。
「私もそう思います」
ドロシーが振り返る。
「スノーホワイト?」
「使える部品はあります」
「あなたまで……」
ネイトはもう一度残骸を見る。
曲がった金属板。
破損した駆動部。
配線。
固定具。
ネジ。
特にネジ。
核戦争後の世界では、文明というものは案外そんな小さな部品の積み重ねで出来ていることを嫌というほど思い知らされた。家を建てるにも、銃を直すにも、発電機を動かすにも、最後には何かが足りなくなる。
だから拾う。
使えるなら拾う。
その習慣だけは、老人になって銃を置くまで変わらなかった。
ネイトは足元から一本のネジを拾い上げ、汚れを指で払った。
「ネジは大事なんだよ」
レッドフードが首を傾げる。
「そんなに?」
「そのうち分かる」
「何だそりゃ」
「ウェイストランドで生きてれば嫌でも分かる」
「うぇいすと……?」
ネイトはそこで口を閉じた。
彼女たちは知らない。
連邦も。
ボストンも。
Vaultも。
核戦争も。
自分が二百年以上歩いてきた、灰に覆われた世界のことを何一つ知らない。
そしてネイトも、この世界のことを何も知らない。
ラプチャー。
ニケ。
ゴッデス。
人類がどれほど追い詰められているのかさえ、まだ概要を聞いただけだ。
ならば急ぐ必要はない。
どうせ今日だけで終わる話ではなさそうだ。
「まあ、その辺もあとで話すよ」
ネイトは拾ったネジを手の中で転がした。
「時間はありそうだからな」
死んだはずの男が言うには、少し妙な言葉だった。
リリーバイスは一瞬だけ目を丸くしたあと、静かに笑った。
「うん。たぶんね」
勝利の翼号は、再び雲海の上を進み始めていた。
その甲板で、ネイト・フォーリーはこの世界で初めてラプチャーと戦い、初めてその残骸を拾った。
まだ誰も知らない。
この男にとって、廃材を拾うという行為が単なる貧乏性ではないことを。
瓦礫から家を作り、壊れた機械から武器を作り、滅びた文明の残骸から新しい生活を組み上げてきた男にとって、それはもはや生き方そのものだった。
そしてこの日、スノーホワイトだけが。
ネイトの手の中にある一本のネジを見ながら、ほんの少し楽しそうにしていた。