Fallout:GODDESS ―灰の世界から女神たちへ―   作:記録官

3 / 42
第2話 初陣

 勝利の翼号を満たす警報音は、使われている機器も音色も違うというのに、ネイトには嫌というほど馴染みのある種類のものだった。二百年以上前のアメリカ陸軍でも、核戦争後に関わったBrotherhood of Steelでも、警報が鳴った瞬間に人々の動きが変わることだけは同じだったらしい。通路を行き交っていた兵士たちは即座に道を空け、量産型と思われるニケたちも、それぞれ自分の持ち場へ迷いなく走っていく。

 

 ネイトも先ほど返された10mmピストルを手に、ゴッデスの面々を追っていた。つい数分前までPip-Boyへ釘付けだったスノーホワイトも、今では武器の状態を確かめながら周囲へ視線を配っており、その動きには幼い外見から想像する以上の慣れがある。そこへ先頭を進んでいたリリスが振り返ることもなく声を掛けた。

 

「一応言っておくけど、私たちと同じつもりで前へ出ないでね。ネイトは人間なんだから」

 

「言われなくても分かってるよ」

 

 返事を聞いたドロシーが、横を走りながら訝しげな目を向ける。

 

「本当でしょうか。つい先ほどまで『一度死んだ』と主張していた方が、初対面の部隊について戦場へ向かっているのですが」

 

「……言われてみると説得力がないな」

 

「でしょう?」

 

 反対側を走っていたレッドフードが声を上げて笑った。

 

「面倒くせえ爺さんだな!」

 

「気分の問題だ」

 

「安心しろって。危なくなったら、あたしが男前を拾って帰ってやるよ」

 

「その時は丁寧に頼む。歳を取ると腰がな」

 

「若返ったんだろ!?」

 

 前方の隔壁が開き、強い風が一気に艦内へ吹き込んできた。その先にあるのはネイトが目を覚ました広大な甲板だったが、先ほどまでの静かな景色は跡形もなく、各所の対空兵器が旋回しながら雲海の向こうへ砲火を送り続けている。砲撃の閃光が青空を断続的に照らし、その向こうからは大小いくつもの黒い影が、勝利の翼号へ向けて急速に接近していた。

 

 甲板へ出たネイトは、まず敵を見ることを優先した。飛翔してきた一体が金属床を軋ませながら着地し、生物を模したような巨体をゆっくりと起こしていく。軍用ロボットとも、人造人間とも、連邦で見てきたどの機械とも構造が違い、一目で設計思想まで理解することはできなかったが、複数の武装がこちらへ向けられた時点で、何をするべきかだけは明白だった。

 

「……あれがラプチャーか」

 

「ああ」

 

 レッドフードがウルフスベインを構えながら、楽しそうに笑う。

 

「どうだ? 初対面の感想は」

 

「趣味の悪いロボットだな」

 

「ハハッ、気が合うじゃねえか」

 

 ラプチャーの一部が赤く発光した。

 

「散って!」

 

 リリスの声と同時に全員が動き、ネイトも近くの構造物の陰へ身体を滑り込ませた。直後、先ほどまで立っていた床を光弾が撃ち抜き、抉れた金属片が頬のそばを飛び過ぎる。遅れて熱気が押し寄せてきたため、ネイトは破損した甲板を確認しながら、若返った身体がどれほど健康であろうと、あれをまともに受ければ人間である自分は耐えられないという基準を頭へ刻んだ。

 

「世界の終わりに出てくる連中ってのは、どいつもこいつも火力だけは立派だな」

 

 悪態をつきながら遮蔽物から10mmピストルを構え、ラプチャーの外装へ照準を合わせて引き金を絞る。ニケたちの武器が甲板へ響かせる轟音に比べれば、乾いた銃声は頼りなく感じるほどだった。弾丸そのものは狙った位置へ命中したものの、厚い装甲表面で小さな火花を散らしただけで、敵の動きにはほとんど影響を与えていない。

 

「……おいおい」

 

 今度は赤く発光している箇所を狙ったが、その周囲にも装甲があり、数発撃ち込んだ程度では届かなかった。核戦争後の連邦にも10mm弾で簡単に止まらない敵はいくらでもいたとはいえ、目の前にいるのは特別な大型個体にさえ見えない。それが人間用の拳銃弾をこれほど容易に受け止めている以上、無駄に弾を使い続ける理由はなかった。

 

「なるほど。雑兵相手でも10mmじゃ豆鉄砲か」

 

 ネイトが射撃を止めた直後、その横をまるで別種の兵器としか思えない轟音が突き抜けた。

 

 レッドフードのウルフスベインから放たれた一撃が、先ほどまで10mm弾を弾き続けていた装甲を派手に吹き飛ばす。開いた傷へドロシーの射撃が集中し、露出した内部をスノーホワイトがさらに撃ち抜くと、ラプチャーは大量の火花を散らしながら甲板へ崩れ落ちた。

 

 ネイトは倒れた敵と、レッドフードの銃を順番に見る。

 

「その銃、ちょっと貸してくれない?」

 

「やめとけ。肩なくなるぞ」

 

「だろうな」

 

 見た目だけなら大型ライフルという範囲に収まりそうだが、今しがた発揮した破壊力は人間用の歩兵火器から完全に外れている。武器だけが特別なのではなく、それを扱うニケの機械化された身体まで含めて成立している兵器体系なのだろう。ならば、人間の身体しか持たないネイトが、彼女たちと同じ方法で敵を倒そうとする必要はなかった。

 

 新たに甲板へ降り立ったラプチャーの一体が、今度はドロシーへ武装を向けている。彼女自身もすでに敵へ気づいており、普通に撃ち合ったとしても簡単にやられるとは思えなかったが、敵が身体を旋回させた瞬間、脚部装甲と外装の間から細い駆動機構が僅かに露出した。

 

 ネイトの左腕でPip-Boyの画面が淡く光る。

 

 V.A.T.S.を起動すると、激しく動いていた戦場が粘りつくように遅く感じられた。未知の機械である以上、Pip-Boyのデータベースから名前や詳細な弱点が表示されるわけではない。それでも視界へ捉えた標的を頭部に相当する部分、武装、胴体、脚部といった単位に分けて狙うことはできるため、ネイトは先ほど見えた脚部の隙間へ照準を合わせた。

 

 一発で倒せないのなら、最初から倒す必要はない。

 

 V.A.T.S.を解除すると同時に三度引き金を絞り、一発目を装甲の隙間へ送り込む。続く二発もほぼ同じ位置へ重ね、最後の一発が内部で動いていた細い機構を断ち切ると、ラプチャーの片脚が突然沈み込んだ。

 

「今のは……」

 

 近くにいたスノーホワイトが声を漏らした。

 

 姿勢を崩したラプチャーは照準を乱し、その機会をドロシーが逃さなかった。赤く発光した箇所へ射撃を集中させ、数秒もしないうちに敵を完全に沈黙させる。

 

「スノー、後ろ!」

 

 ネイトが叫ぶ。

 

 振り返ったスノーホワイトのすぐ近くまで、別のラプチャーが迫っていた。しかし少女が射撃姿勢へ移るより早く、その間へ白い影が滑り込む。

 

 リリスだった。

 

 手には銃も剣もない。ネイトが何をする気なのか察した時には、彼女はすでにラプチャーの真正面へ踏み込んでいた。

 

「……まさか」

 

 握られた拳が巨体へ叩き込まれた瞬間、甲板全体を震わせるほどの衝撃音が響いた。装甲がへこむという程度ではなく、機体中央部が拳を起点に押し潰され、その反対側から内部部品がまとめて弾け飛んでいく。ラプチャー自身も勢いを殺せないまま甲板の外へ吹き飛ばされ、遥か下方の雲海へ姿を消した。

 

 ネイトはしばらく、その軌跡を目で追った。

 

「……あの人、銃いらないんじゃないか?」

 

「使わないんじゃありません。使えないんです」

 

 隣へ移動してきたスノーホワイトが、いたって真面目な顔で首を横へ振った。

 

「使えない?」

 

「普通の武器は、力を入れて握ると壊してしまうので」

 

 言われてリリスへ視線を戻すと、今度は別のラプチャーの脚を掴み、その巨体そのものを近くの敵へ叩きつけている。

 

「なるほど……」

 

 連邦にも素手でデスクローへ殴りかかるような変人ならいた。しかし、少なくとも敵の方を鈍器として使い始める人間には、ネイトにもすぐ心当たりがなかった。

 

◇

 

 最初に甲板へ到達した一群を片付けても、戦闘は終わらなかった。対空砲火の向こうから新しい敵影が次々と姿を現し、迎撃を抜けたラプチャーが甲板へ降りてくる。ネイトも戦いながら、この世界の戦場について少しずつ自分なりの前提を組み立て始めていた。

 

 ラプチャーは、人間用の火器で正面装甲を撃ち抜こうとするには硬すぎる。それと正面から撃ち合えるニケは、人間とは明らかに異なる耐久力と武装を持っている。そして、その間へ普通の人間が何も考えずに入れば、いくら戦闘経験があっても簡単に死ぬ。

 

 もう一つ付け加えるなら、10mmピストル一本で最後まで付き合うのも賢明ではなかった。

 

「男前、右!」

 

 レッドフードの警告を聞いて反射的に身を伏せる。直後にウルフスベインの一撃がネイトの頭上を抜け、接近していたラプチャーの武装を根元から吹き飛ばした。

 

「助かった!」

 

「礼はあとでいい! そっち行ったぞ!」

 

 武装を失っても、ラプチャーは止まらずネイトへ向かってくる。先ほどと同じように脚部を狙う方法もあるが、今回は外装の隙間が小さく、10mm弾数発で確実に止められるとは思えなかった。

 

 同じ武器へこだわる理由はない。

 

 ネイトがPip-Boyを操作すると、長年使ってきた武器の一覧が表示される。その中から一挺を選んだ瞬間、手にしていた10mmピストルが保管され、代わって使い慣れたコンバットライフルが両手へ収まった。

 

「は?」

 

 レッドフードから間の抜けた声が聞こえたが、今は説明している暇がない。

 

 ネイトは銃床を肩へ当て、迫るラプチャーへ短く連射した。10mmピストルより遥かに強い反動が返り、命中した箇所にも目に見える損傷が走るが、それでも正面装甲を撃ち抜くには足りない。そこで先ほどレッドフードが武装を吹き飛ばした付け根へ狙いを移し、すでに外装が歪んでいる一点へ弾を集めていった。

 

 数発撃ち込むうちに亀裂が広がり、内部機構が露出する。

 

「スノーホワイト!」

 

「はい!」

 

 少女も意図をすぐに理解した。ネイトが作った傷口へニケ用兵器の射撃を集中させると、内部で大きな爆発が起き、ラプチャーの上半身が大きく崩れる。

 

「よし」

 

「……今の武器」

 

 敵が倒れるなり、スノーホワイトの視線がコンバットライフルへ向いた。

 

「どこから出したんですか?」

 

「スノーホワイト」

 

 リリスの声が飛んできて、少女は我に返ったように正面へ向き直る。

 

「戦闘中だよ」

 

「す、すみません!」

 

「終わったら聞いていいから」

 

「はい!」

 

 返事だけは妙に元気だった。

 

「許可するんだ」

 

 ネイトが思わず口にすると、リリスは迫ってきた別のラプチャーを掴みながら答えた。

 

「私も気になるもん」

 

「……そうか」

 

 そのまま彼女が掴んだ敵を別のラプチャーへ向けて振り回し始めたため、ネイトはこれ以上深く考えるのをやめた。

 

 甲板の左舷側で大きな爆発が起きたのは、その直後だった。量産型ニケの一人が衝撃で床へ投げ出されると、ラプンツェルは迷うことなく負傷者のもとへ走り、損傷の状態を確かめながら周囲へ声を掛ける。

 

「こちらは私が対応します! 皆さんは前をお願いします!」

 

「任せたよ!」

 

 リリスは振り返ることなく応じた。

 

 先ほどネイトを検査していた時と変わらない穏やかな表情を保ちながらも、ラプンツェルの手には迷いがない。何を優先し、どの損傷から処置するべきなのかを即座に判断していることが動きから分かる。前だけを見て戦えるのは、後ろで負傷者を任せられる者がいるからだということを、ネイトはこれまでの人生で嫌というほど知っていた。

 

「ネイト、正面! 下がって!」

 

 リリスの声に反応して前を見ると、これまでの個体より一回り大きなラプチャーが甲板へ降り立っていた。厚い前面装甲には複数の砲口が並び、そのすべてが少しずつ赤く発光し始めている。

 

 言われるより先に走り、近くの構造物の陰へ飛び込む。その直後、大型ラプチャーの砲撃が甲板へ突き刺さり、爆風で身体ごと床へ投げ出された。

 

 耳鳴りが周囲の音を一時的に奪う。

 

 ネイトはすぐに呼吸、腕、脚の順で感覚を確認し、最後にPip-Boyへ目を落とした。身体状態の表示に致命傷を示す警告はなく、動くこと自体には問題がなさそうだった。

 

「ネイトさん!」

 

 遠くからラプンツェルの声が届く。

 

「生きてる!」

 

「でしたら、そこから出ないでください!」

 

「善処する!」

 

「善処ではなく!」

 

 穏やかな普段の声音からは想像しにくい強さで怒られた。もっとも、医療担当としては当然の反応である。

 

 ネイトは身を低くしたまま瓦礫の陰から大型を観察した。正面ではリリスが敵の注意を引き、左右からレッドフードとドロシーが砲撃を加え、スノーホワイトも複数ある兵装の一つへ射撃を集中させている。それでも、これまでのラプチャーとは比較にならない厚さの装甲はニケ用兵器の攻撃さえ容易には通さず、その間にも大型は勝利の翼号へ砲撃を続けていた。

 

 時間を掛ければ、ゴッデスだけでも倒せるのかもしれない。しかし、それまでに艦へ受ける損害まで無視する理由はない。

 

 ネイトはコンバットライフルを見下ろした。損傷箇所へ通常弾を集めるだけでは時間が掛かりすぎるため、自分の手持ちでもう一段上の火力を求める。

 

 Pip-Boyを操作し、コンバットライフルを保管庫へ戻した。

 

 代わって現れたのは、長い銃身と大きな機関部を持つガウスライフルだった。

 

「また!?」

 

 近くでその瞬間を見たドロシーが、戦闘中だというのに一瞬だけこちらへ顔を向ける。

 

「あなた、本当にどこからそれを出しているのですか!」

 

「説明はあと!」

 

「先ほどからそればかりですね!」

 

「本当に今は説明してる暇ないだろ!」

 

 ガウスライフルを構えると、電磁加速機構が低い唸りを上げた。大型ラプチャーは正面から次の砲撃態勢へ入っており、コアらしい発光部を直接狙える角度ではない。

 

 ネイトは再びV.A.T.S.を起動した。

 

 分厚い正面装甲、複数の砲塔、脚部、外装の奥で赤く発光する中枢。どこを狙っても一発で仕留められる保証はなく、そもそも人間が扱う一挺のガウスライフルへ、ニケ用兵器と同じ破壊力を期待する方が間違っている。

 

 ならば、最初から敵全体を倒す必要はない。

 

 ネイトが選んだのは、右側に集中している大型兵装の基部だった。

 

 V.A.T.S.を解除しながら充電を最大まで引き上げ、引き金を絞る。加速された2mm EC弾が轟音と共に撃ち出され、厚い装甲板へ真正面から叩き込まれた。

 

 装甲が大きくへこみ、その一部へ亀裂が走る。

 

 しかし、貫通までは届かない。

 

「まだ硬いか!」

 

 その声に重なるようにウルフスベインが火を噴いた。

 

「十分だ、男前!」

 

 レッドフードの一撃がガウスライフルの作った亀裂へ正確に重なり、今度こそ装甲板が大きく吹き飛んだ。

 

「スノーホワイト!」

 

「見えています!」

 

 露出した兵装内部へスノーホワイトの攻撃が飛び込み、右側の砲塔群が内部から爆発する。大型ラプチャーの巨体が傾いて射撃姿勢を崩したところへ、ドロシーもすでに照準を合わせていた。

 

「ドロシー!」

 

「指図されなくても分かっています!」

 

 正確な射撃が、破壊された箇所へ次々と入り込んでいく。口調ほど不満ではないらしく、一発として無駄な場所へ飛んでいなかった。

 

「じゃあ、終わらせるね」

 

 リリスが一気に距離を詰めた。

 

 ネイトの目には途中で姿が消えたようにさえ見え、次に捉えた時には、彼女は大型ラプチャーの懐まで入り込んでいる。振り抜かれた拳がすでに損傷していた前面装甲へ深くめり込み、装甲板だけでなく内部フレームまでまとめて粉砕した。

 

 衝撃を受けた巨体は甲板を何十メートルも滑り、そのまま縁から落下していった。少し遅れて、遥か下の雲の中で小さな爆発が見える。

 

 ネイトはガウスライフルを下ろし、リリスを見る。

 

「……俺、いらなかったんじゃないか?」

 

「そんなことないよ。穴を開けてくれたから、すごく楽だった」

 

「そういう問題かな」

 

「そういう問題だよ」

 

 リリスは何事もなかったような顔で答えた。

 

 そこへウルフスベインを肩へ担いだレッドフードが歩いてくる。本人は大型を撃破したことより、ネイトが先ほどから見せている別のものに興味を持ったらしい。

 

「でもさ、男前。今、ズルしただろ」

 

「何が?」

 

「あの照準だよ。さっきから敵の変なところ見つけんのが早すぎるし、何発撃っても同じ場所へ当ててる」

 

 ネイトは一瞬黙った。

 

「長年の経験」

 

「嘘つけ」

 

「あまりにも早いな」

 

「何かあるんだろ?」

 

「企業秘密」

 

「どこの企業だよ」

 

「Vault-Tec」

 

「知らねえよ!」

 

 失言したと気づいたが、もう遅かった。

 

「やっぱ何かあるじゃねえか!」

 

「知らない方が幸せだと思う」

 

「何なんだよそれ!」

 

 二人が言い合っていると、少し離れた場所でリリスが笑った。

 

「二人とも、その話は全部敵を片付けてからね」

 

 言われて周囲を確認すると、甲板上で動いているラプチャーはほとんど残っていなかった。対空砲火も少しずつ間隔を空けるようになり、雲海の向こうに見えていた敵影も減っている。やがて警報の種類が変わり、艦内放送が周辺の敵性反応消失を告げた。

 

 戦場からすべての音が消えたわけではない。損傷した設備の警告音も、遠くの整備員の声も残っている。それでも、しばらく続いていた銃撃と砲撃が止んだことで、ネイトはようやく深く息を吐き、若返った身体が本当に一度目の戦闘を切り抜けたことを実感した。

 

 死んだと思って目を覚ましたその日のうちに、見知らぬ世界の戦争へ参加することになるとは考えていなかった。どうやら二度目らしい人生も、一度目と同じように静かには始まってくれそうになかった。

 

◇

 

 戦闘が終わった甲板には、凄まじい量の残骸が残されていた。ラプチャーの破片だけではなく、砕けた甲板材、破損した設備、撃墜された飛翔体の一部まで散乱しており、整備員や量産型ニケたちが安全確認をしながら、修理できるものと処分するものを分けている。

 

 ネイトもその中を歩いていたが、足元に転がっていたラプチャーの脚部を見つけると自然に足を止めた。先ほど10mm弾を何発撃ち込んでも満足に止められなかった機械も、今では完全に沈黙している。しゃがんで破損した外装を持ち上げてみると、中には見覚えのない形状の部品が並び、材質や規格こそ分からないものの、金属は金属であり、配線や固定具、駆動部にも役割を推測できそうな構造が残っていた。

 

「ネイト?」

 

 少し先を歩いていたリリスが振り返る。

 

「何をしてるの?」

 

「使えるものがないか見てる」

 

「ラプチャーの部品ですよ?」

 

 いつの間にか隣へしゃがみ込んでいたスノーホワイトが、ネイトと残骸を交互に見る。

 

「だから?」

 

「……使うんですか?」

 

「使えるなら」

 

 少女はしばらく黙ったあと、ネイトが外そうとしていた固定具へ視線を落とした。

 

「それは駄目です」

 

「そうなの?」

 

「変形しています。外すなら、こっちの方が状態がいいです」

 

 少し奥まった箇所を指差されて確認すると、確かに同じ用途と思われる部品が、そちらにはほとんど歪まず残っていた。

 

「詳しいな」

 

「武器を作っていますから」

 

 どことなく得意そうな言い方だった。

 

 ネイトは指摘された部品へ手を伸ばしたが、指だけで外せる構造ではない。周囲を見回してから、隣の少女へ尋ねる。

 

「工具ある?」

 

「あります」

 

 返事が妙に早く、数秒後にはスノーホワイトが小型の工具を取り出していた。

 

「……用意いいな」

 

「必要なので」

 

「ちょっと見せて」

 

「私がやります」

 

「いや、この程度なら――」

 

「私の方がラプチャーの構造を知っています」

 

「こっちは似たような廃品を二百年いじってきたんだぞ」

 

「これはラプチャーです」

 

「機械は機械だろ」

 

「違います」

 

 いつの間にか、二人とも同じ残骸へ顔を寄せていた。

 

 少し離れた場所から様子を見ていたレッドフードが、とうとう笑い出す。

 

「おいリリス。あいつら、もう仲良くなってるぞ」

 

「そうみたいだね」

 

「尋問してた時より会話が弾んでません?」

 

 ドロシーは呆れたようだったが、リリスは面白そうに二人を眺めている。

 

 そこへ負傷者の処置を終えたラプンツェルが戻ってきた。

 

「ネイトさん、お怪我はありませんか?」

 

「擦り傷くらい」

 

「先ほど爆風を受けていましたよね?」

 

「丈夫なんだ」

 

「そういう問題ではありません」

 

 穏やかな顔のまま、きっぱりと言われた。

 

 ネイトは残骸から手を離して立ち上がる。

 

「分かった。後で診てもらうよ」

 

「今です」

 

「はい」

 

 反論しても逃がしてもらえそうにないので、素直に従うことにした。

 

 それを聞いていたレッドフードが、とうとう腹を抱えて笑い始める。

 

「男前、聖女様には弱いな!」

 

「医療担当の言うことは聞くもんだ」

 

「へえ。意外とまともじゃん」

 

「俺を何だと思ってるんだ」

 

 待ってましたとばかりに、レッドフードが指を折り始めた。

 

「空から落ちてきて、死んだって言い張って、初対面のラプチャー相手に見たことねえ銃を何挺も出して、戦闘が終わったら残骸漁り始めた変な男」

 

「……否定しづらいな」

 

 笑い声が広がる一方で、ドロシーだけは頭痛を堪えるように額へ手を当てた。

 

「リリス。本当にこの方を自由にしておいて大丈夫なのですか?」

 

「まだ自由にするとは言ってないよ」

 

 リリスはそう答えながら、ネイトへ向き直る。柔らかな笑顔はそのままだが、今度の目には部隊を預かる者としての真剣さがあった。

 

「でも、一つ分かったよ」

 

「何が?」

 

「戦えるっていうのは本当だった」

 

 ネイトは少し肩をすくめた。

 

「最初はほとんど何もできなかったけどね。相手が硬すぎる」

 

「でも、できないって分かったらすぐにやり方を変えたでしょ。私たちの武器を無理に使おうともしなかったし、自分で最後まで倒すことにもこだわらなかった」

 

「悪くないよ」

 

 軍人だったネイトには、その評価が何を意味しているのか分かった。圧倒的な戦果を挙げたわけではなくても、初めて見る敵と初めて並ぶ部隊を相手に、少なくとも足手まといとして守られていただけではない。それなら、最初の戦闘としては十分だった。

 

 リリスは戦闘痕の残る甲板へ視線を移す。

 

「それに、戦闘が終わった途端に敵を材料として見始める人も初めて見た」

 

「あれだけあるのに捨てるのか?」

 

「普通は調査部門へ必要なものを回して、残りは処分するかな」

 

「もったいない」

 

 ネイトが即答すると、隣にいたスノーホワイトも小さく頷いた。

 

「私もそう思います。使える部品はあります」

 

「スノーホワイトまで……」

 

 ドロシーの疲れた声を聞き流しながら、ネイトはもう一度足元へ目を落とした。曲がった装甲板や壊れた駆動部の間にも、無事な配線や固定具が残っている。ウェイストランドでは、家を建てるにも銃を修理するにも発電機を動かすにも、大きな材料を揃えたところで最後には決まって小さな何かが足りなくなった。

 

 だから、使えるなら拾う。その習慣は老人になって銃を置くまで変わらなかった。

 

 ネイトは足元に落ちていた一本のネジを拾い、表面の汚れを親指で払った。

 

「そんなに?」

 

「ネジは大事なんだよ」

 

「何だそりゃ」

 

「ウェイストランドで生きてれば、嫌でも――」

 

 そこまで口にしてから、言葉を止める。

 

 レッドフードたちはウェイストランドを知らない。ボストンも連邦も、Vaultも、核戦争で灰になった世界のことも知らない。一方のネイトも、ラプチャーやニケ、人類が地上でどれほど追い詰められているのかについて、まだ概要を聞いたに過ぎなかった。

 

「まあ、その辺もあとで話すよ」

 

 拾ったネジを手の中で転がしながら立ち上がる。

 

「時間はありそうだからな」

 

 その言葉を聞いたリリスは一瞬だけ目を丸くしたものの、すぐにいつもの柔らかな笑みを浮かべた。

 

「うん。たぶんね」

 

 互いに知らないことなら、これから知っていけばいい。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。