Fallout:GODDESS ―灰の世界から女神たちへ―   作:記録官

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第30話 楽園の扉

 リリスの棺が臨時監視所の近くへ置かれてから、地上に残された時間の感覚は曖昧になっていた。アークの封鎖作業は着実に進んでいるはずなのに、外から見える変化は少なく、ゴッデスへ届くのは「あと何日」「あと何工程」という数字ばかりだった。人類の大半はすでに地下へ入り、地上に残された部隊は日に日に減っている。

 

 ゴッデスも以前と同じ部隊ではなかった。リリスは棺の中で眠っていると信じられ、レッドフードは帰郷したまま戻らず、アンダーソンもアークへ送られてから直接連絡を取れない状態が続いている。第一の思考転換を経たスノーホワイトは以前より口数が減り、紅蓮の剣筋も大きく変わっていた。

 

 それでも、戦わなければならなかった。

 

「食料、三日分です。こちらは弾薬。交換部品はスノーホワイトさんのところへお願いします」

 

 補給車から箱を降ろしていたネイトは、自分へ指示を飛ばしてきた量産型ニケを見た。

 

「俺が持ってきた物なのに、俺が置き場所を指示されるんだな」

 

「持ってきた人と、管理する人は別ですから」

 

「正論だ」

 

 ピナは少しだけ笑うと、次の箱へ手を伸ばした。プロダクト23系列の量産型ニケであり、特別な専用武装も突出した能力も持っていないが、臨時監視所に残っている量産型の中では、いつの間にか最もよく動く一人になっていた。

 

 壊れた壁があれば塞ぎ、食料が届けば分配し、戦闘になれば銃を持つ。ゴッデスの面々へ必要以上に遠慮することもなく、ドロシーが一人で仕事を抱えようとすれば平然と止める。その普通さが、今の監視所ではかえって貴重だった。

 

「ドロシーは?」

 

「通信室です。アークから次の作業指示が来るそうです」

 

「また仕事?」

 

「閉じる前に地上側で処理する物が残っていますから」

 

 ピナはそう答えながら、最後の補給箱を持ち上げた。

 

「終わったら、私たちも入れるそうです」

 

 ネイトの手が僅かに止まった。

 

「そう聞いてる?」

 

「はい」

 

 ピナは何も疑っていない。

 

 ドロシーも。

 

 ラプンツェルも。

 

 紅蓮も。

 

 スノーホワイトも。

 

「……そっか」

 

「どうしました?」

 

「いや」

 

 ネイトは箱を抱え直した。

 

「早く終わらせよう」

 

 

 数時間後、Vault-Nへ戻ったネイトを待っていたのは、オスワルドからの暗号通信だった。

 

 以前の監査で使用した回線とは違い、通信記録そのものが通常系統へ残らない経路が指定されている。嫌な予感を覚えながら繋ぐと、画面の向こうに現れたオスワルドは、以前より明らかに疲れていた。

 

「その顔、また一人で面倒なこと決めた顔だな」

 

『……以前にも言われましたね』

 

「で、今度は何だ?」

 

 オスワルドはすぐには答えなかった。何度か周囲を確認してから、一枚の文書を画面へ表示する。

 

『ゴッデス部隊の受け入れ後の処遇が決まりました』

 

「受け入れ後?」

 

『はい』

 

 ネイトは文書を読み始め、途中で表情を失った。

 

「拘束?」

 

『その予定です』

 

「理由は?」

 

『人類への影響力が大きすぎる。中央政府の統制下へ置くには危険である、と』

 

「人類を救ったから危険?」

 

『皮肉ですが』

 

 さらに下へ目を移す。

 

 反抗行為の調査。

 

 侵食の疑い。

 

 技術解析。

 

 戦闘用ボディの回収。

 

 書き方こそ事務的だが、何をしようとしているかは十分に理解できた。

 

「処分する気か」

 

『その可能性が高いです』

 

 ネイトは椅子の背へ深く身体を預けた。

 

「本人たちに言う」

 

『待ってください』

 

「何で」

 

『知ればどうします?』

 

「入らないだろ」

 

『それだけなら問題ありません』

 

 オスワルドは静かに続けた。

 

『中央政府は、ゴッデスが命令へ従わずアークへの収容を拒否した、と記録できます。反逆の根拠を自分たちで与えることになります』

 

「なら事情を公表する」

 

『誰へ?』

 

 ネイトは黙った。

 

 地上に一般市民はほとんど残っていない。アーク内部の情報網は中央政府側が握っており、封鎖直前の混乱した状況で対立を表面化させれば、人類同士の衝突を招く可能性もある。

 

「お前はどうするつもりだ」

 

『扉を開けません』

 

 ネイトは画面を睨んだ。

 

「それで悪役になる?」

 

『誰かが決定を伝えなければなりません』

 

「ゴッデスから見たら、お前が約束を破ることになる」

 

『承知しています』

 

「ドロシーは絶対に許さないぞ」

 

『それも』

 

「殺しに来るかもしれない」

 

『その時に生きていれば、考えます』

 

「そういう言い方するな」

 

 オスワルドが僅かに目を伏せた。

 

「前に言っただろ。一人で全部背負うなって」

 

『だから、あなたへ話しています』

 

 その返事に、ネイトは言葉を失った。

 

「……友達の使い方を覚えた?」

 

『少しは』

 

「最悪の使い方から覚えやがって」

 

 ネイトは額を押さえた。

 

「俺に黙ってろと?」

 

『決めるのはあなたです』

 

「逃げたな」

 

『否定しません』

 

 しばらく互いに黙ったあと、ネイトが先に口を開いた。

 

「今は言わない」

 

 オスワルドが顔を上げる。

 

「でも、お前が正しいと思ったからじゃない」

 

『はい』

 

「他の道が見つからないからだ」

 

『分かっています』

 

「それと、生きろ」

 

『……はい?』

 

「全部終わった後、責任取るとか言って消えるな。俺はまだ、お前と椅子の登録について決着つけてない」

 

 オスワルドが少しだけ笑った。

 

『あれは必要な監査です』

 

「だったら生きてもう一回来い」

 

『努力します』

 

「努力じゃなくて生きろ」

 

 通信が切れたあと、ネイトは長い間、暗くなった画面を見ていた。

 

 明日も補給へ行かなければならない。

 

 その時、ゴッデスへ何も言わずに。

 

 

 侵食監視器を配ったのは、その翌日だった。

 

 レッドシューズから得た知識を、エイブとスノーホワイトが検証して作った簡易装置である。侵食を治療する機能はなく、NIMPH周辺で通常とは異なる信号活動が一定以上発生した場合に、本人とVault-Nへ警告を送るだけだった。

 

「これで侵食を止められるのですか?」

 

 ピナが胸元へ取り付けながら尋ねた。

 

「止められない」

 

 ネイトは即答した。

 

「じゃあ何のために?」

 

「早く見つけるため」

 

「早く見つければ助かる?」

 

「その可能性が増える」

 

「可能性」

 

「保証はしない」

 

 ピナは少し考えたあと、装置を指で軽く叩いた。

 

「ないよりはいいですね」

 

「そういうこと」

 

 ドロシーにも同じ装置を渡そうとすると、横からスノーホワイトが奪うように受け取った。

 

「自分で付ける」

 

「使い方分かる?」

 

「私も設計した」

 

「そうだった」

 

 今のスノーホワイトは、その設計を行った時の自分について多くを覚えていない。それでも技術的な知識は残っており、装置を見るだけで構造と目的を理解していた。

 

 ネイトが見つめていることに気づき、スノーホワイトが眉を寄せる。

 

「何だ」

 

「いや」

 

「言いたいことがあるなら言え」

 

「前のお前も同じ顔で、俺に説明してたなと思って」

 

「前?」

 

「思考転換の前」

 

 スノーホワイトはしばらく黙った。

 

「記録にあるのか」

 

「ああ」

 

「そうか」

 

 それ以上は聞かなかった。

 

 胸元へ監視器を固定すると、そのまま武器の整備へ戻っていく。

 

 

 臨時監視所が襲撃を受けたのは、その二日後だった。

 

 警報が鳴った時、ドロシーとピナは外周の確認から戻る途中にいた。最初に現れた小型群は二人だけでも問題なく処理できたが、その背後から地面を揺らしながら現れた個体を見た瞬間、ピナは足を止めた。

 

「……大きいですね」

 

「感想を言っている場合ですか」

 

「そうですね」

 

 ラプチャーはニケの数倍どころではない巨体を持ち、周囲の瓦礫を押し潰しながら進んでくる。監視所の方角へ真っ直ぐ向かえば、修復した外壁など何の意味もない。

 

「増援を呼びます」

 

 ドロシーが通信へ手を伸ばした。

 

 その瞬間、別方向からの砲撃が飛んできた。

 

 ドロシーを狙った一撃だった。

 

「危ない!」

 

 ピナが彼女へ飛びつく。

 

 二人は地面を転がり、砲撃がすぐ後ろを抉った。

 

「ピナ!」

 

「大丈夫です!」

 

 起き上がった時には、大型個体が二人の間へ割り込んでいた。

 

 ドロシーは反対側へ飛ばされ、崩れた構造物によってすぐには戻れない。ラプチャーは彼女のいる方向へ身体を向けた。

 

「ドロシー!」

 

 ピナが銃を構えた。

 

 火力差を考えれば、まともに撃ち合って勝てる相手ではなかった。

 

 それでも退かなかった。

 

 

 最初の弾倉は装甲へほとんど通らなかった。

 

 ピナは撃ちながら後退し、敵の視線を自分へ向ける。ラプチャーが追ってくることを確認すると、倒壊しかけた建物の間へ走り込んだ。

 

 真正面から倒す必要はない。

 

 自分より遥かに強い相手なら、自分だけで戦わなければいい。

 

 瓦礫も。

 

 高低差も。

 

 残された爆薬も。

 

 全部使えばいい。

 

 ピナは崩れかけた支柱へ弾を撃ち込み、追ってきた巨体の上へ建材を落とした。ラプチャーの片脚が僅かに沈み、その隙に側面へ回って関節部へ銃撃を集中させる。

 

 一つ。

 

 二つ。

 

 装甲が剥がれた。

 

「まだ!」

 

 巨体が腕を振る。

 

 ピナは避け切れず、衝撃だけで数メートル吹き飛ばされた。

 

 地面へ転がりながらも銃を離さない。立ち上がると、今度は監視所の撤去用に置かれていた爆薬を掴み、剥がした装甲の隙間へ投げ込んだ。

 

 爆発。

 

 巨体が傾く。

 

 それでも倒れない。

 

「本当に大きいですね……!」

 

 息を整える暇もなかった。

 

 ラプチャーが再びドロシーの方を向く。

 

「そっちは駄目です!」

 

 ピナは自分から前へ出た。

 

 敵が反応する。

 

 今度は逃げずに真正面から走った。

 

 直前で横へ飛び、踏みつけを回避する。そのまま壊れた脚部へよじ登り、露出した内部構造を足場に上へ進んだ。

 

 ラプチャーが身体を振る。

 

 振り落とされそうになる。

 

 それでも片手を離さず、もう片方の手で銃を持ち上げた。

 

 装甲の裂け目の奥。

 

 赤い光。

 

「見つけました」

 

 銃口を押し込む。

 

 引き金を引いた。

 

 弾倉が空になるまで撃った。

 

 コアが砕ける。

 

 巨体が止まった。

 

 ピナは崩れ落ちるラプチャーから飛び降り、地面を転がった。

 

 数秒後。

 

 静かになった。

 

 

「ピナ!」

 

 瓦礫を越えてきたドロシーが、倒れている彼女へ駆け寄った。

 

「返事をしてください!」

 

「……聞こえています」

 

 ピナがゆっくり身体を起こす。

 

「どこか壊れましたか?」

 

「多分、いろいろ」

 

「笑っている場合ではありません!」

 

「倒せましたから」

 

 ピナは背後に倒れた巨大なラプチャーを見る。

 

「私一人で」

 

「ええ」

 

 ドロシーの声が震えた。

 

「あなたが倒しました」

 

「ゴッデスみたいでした?」

 

 ドロシーは一瞬言葉を失った。

 

「……ええ」

 

 そして、涙を浮かべながら笑った。

 

「今のあなたは、誰よりも勝利の女神でした」

 

 ピナも笑った。

 

 その直後。

 

 胸元から警告音が鳴った。

 

 二人の顔から笑みが消える。

 

「何です?」

 

 ピナが自分の監視器を見る。

 

 赤い表示。

 

 侵食反応。

 

 異常上昇。

 

「ピナ」

 

 ドロシーの声が変わった。

 

「私は……」

 

 ピナの身体が痙攣した。

 

 

 Vault-Nでも同じ警報が鳴っていた。

 

「対象は!」

 

「プロダクト23、ピナ!」

 

 エイブが端末を開き、波形を確認する。

 

「位置は監視所近辺。進行が速い」

 

「隔離器は?」

 

「試作三号を持っていけ」

 

 ネイトはすでに走り出していた。

 

「使えるのか!」

 

「模擬環境では!」

 

「実戦は!」

 

「初めてだ!」

 

「最高だな!」

 

「喜ぶところじゃない!」

 

 エイブの声を通信で聞きながら、ネイトは車両を出した。

 

 試作三号はレッドシューズが拘禁下で提案し、エイブが安全性を検証して組み直した侵食隔離装置だった。侵食コードを消去する物ではなく、複数の経路へ分散しながら進む信号を限定領域へ追い込み、本人の主要な運動命令から切り離すことだけを目的にしている。

 

 成功する保証はない。

 

 現実の侵食個体へ使ったこともない。

 

 それでも、何もないよりはよかった。

 

 

 ネイトが到着した時、ピナは地面へ膝をついていた。

 

 瞳は赤く変わり、身体は本人の意思とは別の動きを始めようとしている。ドロシーは数歩離れた場所に立ち、拳銃を両手で握っていた。

 

「ドロ……シー……」

 

「ここにいます」

 

「早く……」

 

「嫌です」

 

「私が……あなたを……」

 

 ピナの右腕が跳ねる。

 

 ドロシーが銃を構えた。

 

「お願い……します……」

 

 銃口がピナの額へ向く。

 

「ドロシー!」

 

 ネイトの声に、彼女が振り返った。

 

「撃つな!」

 

「侵食されています!」

 

「分かってる!」

 

「ではどうしろと言うのです!」

 

 ネイトは二人のところへ滑り込み、隔離器を取り出した。

 

「試す」

 

「何を?」

 

「助ける方!」

 

 ピナが苦しそうに首を振る。

 

「ネイト……さん……駄目……」

 

「何が」

 

「私が……動いたら……」

 

「止める」

 

「ドロシーを……」

 

「させない」

 

「でも……」

 

 ネイトは接続器を持ったまま、彼女を見る。

 

「勝手にはやらない。これを使っていいか?」

 

 赤い目が揺れた。

 

「治る……?」

 

「分からない」

 

「失敗したら?」

 

「そこで次を考える」

 

「……ずるい」

 

「よく言われる」

 

 ピナは僅かに笑った。

 

「お願いします」

 

「了解」

 

 

 隔離処理を動かした瞬間、ピナの身体が大きく跳ねた。

 

「押さえて!」

 

 通信越しのエイブが叫ぶ。

 

 ドロシーが銃を捨て、ピナの肩を掴んだ。

 

「ピナ! 私を見てください!」

 

「離れ……て……!」

 

「嫌です!」

 

「危な……」

 

「あなたが私を守ったのでしょう!」

 

 ピナの腕が震える。

 

「今度は私の番です!」

 

 ネイトは端末から目を離さなかった。

 

 一つ目の隔離領域を閉じる。

 

 侵食信号が別経路へ逃げる。

 

「右へ逃げた!」

 

『予測範囲内だ。第二層を使え!』

 

「入れる!」

 

 第二層。

 

 侵食が再び移動する。

 

「まだ来る!」

 

『だから三段ある!』

 

「先に言え!」

 

『設計書を読め!』

 

「今度読む!」

 

 ピナの指がドロシーの腕を掴んだ。

 

 力が強すぎる。

 

「ドロシー!」

 

「離しません!」

 

「骨折れるぞ!」

 

「構いません!」

 

「それは構え!」

 

 ドロシーはそれでも手を離さなかった。

 

「ピナ! 自分の名前を言ってください!」

 

「……」

 

「ピナ!」

 

「……ピ……」

 

「もう一度!」

 

「ピナ……」

 

「もう一度!」

 

 赤い瞳がドロシーへ向く。

 

「ピナ……です」

 

「そうです!」

 

 侵食信号が一瞬だけ乱れた。

 

 ネイトはその瞬間に第三隔離層を起動する。

 

 波形が大きく跳ねる。

 

 数秒。

 

 十数秒。

 

 そして、運動系へ向かっていた異常信号が急激に減少した。

 

「エイブ!」

 

『固定しろ! 今だ!』

 

 ネイトが隔離状態をロックする。

 

 ピナの身体から力が抜けた。

 

「ピナ!」

 

 ドロシーが抱き止める。

 

「死んでない!」

 

 ネイトはすぐに神経活動を見る。

 

「意識が落ちただけだ。侵食も消えてない。でも、今は閉じ込めてる」

 

 ドロシーは何も答えなかった。

 

 ただ、ピナを強く抱いたまま離れなかった。

 

 

 ピナが目を覚ましたのは、その日の夜だった。

 

 侵食は残っていた。

 

 隔離領域の向こうで動き続けており、装置を外せば再び本人へ干渉する可能性もある。それでも今のピナは自分の意思で会話でき、自分が誰なのかも、何をしたのかも覚えていた。

 

「Vault-Nへ移す」

 

 ネイトが言う。

 

「嫌です」

 

「即答?」

 

「まだ封鎖は終わっていません」

 

「患者だぞ」

 

「戦いません」

 

「本当に?」

 

「ドロシーのそばにいます」

 

 ネイトはドロシーを見る。

 

「説得して」

 

「嫌です」

 

「何で!」

 

「本人が残りたいと言っています」

 

「お前ら今日だけで頑固さ上がってない?」

 

「元からです」

 

 ピナが笑った。

 

 最終的には、隔離器を常時接続し、少しでも侵食反応が上昇すれば強制的にVault-Nへ移送することを条件に残留が認められた。ドロシーも監視を引き受け、スノーホワイトが装置の状態を毎日確認することになった。

 

「自分で判断できなくなったら?」

 

 ネイトが尋ねる。

 

 ピナはしばらく考えた。

 

「ドロシーに任せます」

 

「私は?」

 

 ドロシーが聞く。

 

「撃つ前にネイトさんを呼んでください」

 

「……分かりました」

 

「俺、何担当なの?」

 

 スノーホワイトが端末から顔を上げた。

 

「面倒事処理係」

 

「誰から聞いた、それ」

 

「知らない。何となくそう思った」

 

 ネイトは一瞬だけ黙った。

 

 思考転換前のスノーホワイトも、似たようなことを言っていた気がする。

 

「……そういうのは残るんだな」

 

「何が?」

 

「何でもない」

 

 

 最後の作業が終わった。

 

 地上側の設備を停止し、ラプチャーが利用できる経路を破壊し、アーク内部へ続く大規模な輸送路も閉じられた。ゴッデスは約束された仕事を、最後までやり切った。

 

 臨時監視所の通信端末が鳴った。

 

 ドロシーがすぐに応答する。

 

 画面にオスワルドが現れた。

 

 ネイトは部屋の外にいた。

 

 入らなかった。

 

 この言葉を受けるのは、まずゴッデス自身であるべきだと思ったからだった。

 

『アークの封鎖作業が完了しました』

 

 ドロシーの顔に、久しぶりの笑みが浮かぶ。

 

「では、入口を開けてください」

 

 オスワルドが黙った。

 

「オスワルド?」

 

『皆様へ、まず感謝を申し上げます』

 

「それは中で聞きます」

 

『ゴッデス部隊がいなければ、アークの封鎖は成功しませんでした。皆様の戦いは記録され、人類の歴史へ残されます』

 

 ドロシーの笑みが少しずつ消える。

 

「何を言っているのです?」

 

『申し訳ありません』

 

「何が?」

 

『アークの扉を開くことはできません』

 

 部屋から音が消えた。

 

「……もう一度言ってください」

 

『アークは完全に封鎖されました』

 

「分かっています」

 

 ドロシーはまだ冷静だった。

 

「ですから、私たちを収容するために一度開けてください」

 

『できません』

 

「なぜ?」

 

『中央政府全体の決定です』

 

 ネイトは廊下で目を閉じた。

 

 嘘ではない。

 

 だが、全部でもない。

 

「私たちはどうなるのです?」

 

『地上へ残っていただきます』

 

 紅蓮が立ち上がる。

 

 ラプンツェルが目を閉じる。

 

 スノーホワイトは表情を変えず、画面だけを見ていた。

 

 ピナはベッド脇の椅子から、ゆっくりドロシーを見る。

 

「ふざけないでください」

 

 ドロシーの声が低くなった。

 

『申し訳ありません』

 

「その言葉は聞きました」

 

『……はい』

 

「私たちは戦いました」

 

『存じています』

 

「リリスを失いました」

 

 ネイトは廊下で拳を握った。

 

「レッドフードもいません。指揮官もアークへ行ったきり戻らない。何人もの量産型が死にました」

 

 ドロシーの声が震え始める。

 

「ピナも、あと少しで死ぬところだった!」

 

 ピナが彼女の袖へそっと触れた。

 

「それでも続けたのです!」

 

『はい』

 

「なぜだと思います?」

 

 オスワルドは答えなかった。

 

「終われば、私たちもアークへ行けると思ったからです!」

 

『……はい』

 

「楽園へ!」

 

 ドロシーが机へ手をついた。

 

「だから最後までやった!」

 

 返事はなかった。

 

 しばらくして、ドロシーはピナの手を掴んだ。

 

「なら、この子だけでも」

 

『……』

 

「ピナはゴッデスではありません」

 

「ドロシー?」

 

 ピナが驚いたように彼女を見る。

 

「量産型です。侵食も今は隔離されています。治療設備が必要です」

 

『できません』

 

「どうして!」

 

『扉は開けられません』

 

「一人です!」

 

『申し訳ありません』

 

「一人くらい入れられるでしょう!」

 

 ドロシーの声が裏返った。

 

「この子はあなたたちのために戦った! 自分より何倍も大きなラプチャーを一人で倒したんです!」

 

 ピナが俯く。

 

「それでも駄目だと言うのですか!」

 

『……はい』

 

 オスワルドの声は変わらなかった。

 

「あなたは」

 

 ドロシーの顔から、最後に残っていた希望が消えた。

 

「本当に、人間なのですか」

 

 画面の向こうでオスワルドが僅かに目を伏せる。

 

『その問いに、今の私が答える資格はないと思います』

 

「開けなさい」

 

『できません』

 

「オスワルド」

 

『はい』

 

「開けて」

 

 今度の声は、命令ではなかった。

 

『……申し訳ありません』

 

 通信が切れた。

 

 

 ドロシーはしばらく画面の前から動かなかった。

 

 再接続する。

 

 繋がらない。

 

 もう一度。

 

 反応しない。

 

 アーク側の通信経路そのものが閉じられていた。

 

「ドロシー」

 

 ピナが呼んだ。

 

「少し待ってください」

 

「ドロシー」

 

「今、繋ぎ直しますから」

 

「終わりました」

 

「終わっていません!」

 

 ドロシーが振り返った。

 

 怒っている。

 

 泣いている。

 

 どちらなのか、自分でも分からないような顔だった。

 

「私たちは全部やったでしょう!」

 

「はい」

 

「約束を守った!」

 

「はい」

 

「なら、どうして!」

 

 ピナには答えられなかった。

 

 誰にも答えられない。

 

 廊下の向こうで、ネイトだけは理由を知っていた。

 

 だが今、それを口にすることはできなかった。

 

 守るためだった。

 

 拘束されないためだった。

 

 処分されないためだった。

 

 そう説明したところで、選択肢を奪われた事実は消えない。

 

 オスワルドがゴッデスを守ろうとしたことと、ドロシーが裏切られたことは、同時に存在していた。

 

「ネイトさん」

 

 スノーホワイトの声がした。

 

 気づけば彼女が扉のところに立っていた。

 

「聞いていたのか」

 

「聞こえる」

 

「そうだな」

 

 スノーホワイトは室内を見る。

 

「入らないのか」

 

「今は俺の番じゃない」

 

「そうか」

 

 彼女も理由を聞かなかった。

 

 

 夜になっても、アークの扉は開かなかった。

 

 地表から見える入口は、巨大な壁の一部へ変わっている。人類はその向こうで生き延び、地上に残されたゴッデスは、その生存のために戦ったにもかかわらず外へ置き去りにされた。

 

 ドロシーは壁から少し離れた場所に座っていた。

 

 隣にはピナがいる。

 

 侵食隔離器の表示は安定している。

 

「ピナ」

 

「はい」

 

「楽園へ行けませんでした」

 

 ピナは少し考えた。

 

「そうですね」

 

「あなたまで巻き込んだ」

 

「私は自分で残りました」

 

「でも」

 

「ドロシー」

 

 ピナは彼女を見る。

 

「私たち、何を約束しましたっけ」

 

「……楽園へ」

 

「一緒に行く」

 

 ドロシーの目が揺れる。

 

「アークへ、ではありません」

 

「でもアークが楽園だったのでしょう」

 

「今日までは」

 

 ピナは壁を見る。

 

「違ったみたいです」

 

 ドロシーは何も言わなかった。

 

「だったら、別のところを探せばいいんじゃないですか」

 

「そんな簡単に」

 

「簡単とは言ってません」

 

 ピナは手を差し出した。

 

「でも、私はまだ生きています」

 

 ドロシーがその手を見る。

 

 数日前なら、この手はなかったかもしれない。

 

 侵食されたピナへ、自分で銃口を向けていた。

 

「あなたは」

 

 ドロシーの声が震える。

 

「どうして、そんなことが言えるのですか」

 

「量産型だからでしょうか」

 

「関係ありません」

 

「では、性格です」

 

 ドロシーが僅かに笑った。

 

 泣きながらの、ほんの小さな笑いだった。

 

「ずるいですね」

 

「誰かに似ました?」

 

「いいえ」

 

 ドロシーはピナの手を握った。

 

「あなたは、あなたです」

 

 閉ざされたアークの前で、二人はしばらく何も言わなかった。

 

 楽園の扉は開かなかった。

 

 約束された場所にも入れなかった。

 

 それでも、ドロシーの手の中にはまだ一つ、失わずに済んだものが残っていた。

 

 だからこそ、その夜の絶望は消えなかった。

 

 ピナが生きていることと、人類に捨てられた痛みは、別のものだった。

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フォービーストの指揮官の日常(作者:デュエルしろよ)(原作:勝利の女神:NIKKE)

フォービースト専用の指揮官が欲しくて書きました。▼原作も早くガチャ来ないかな。


総合評価:690/評価:8.72/連載:26話/更新日時:2026年09月19日(土) 19:44 小説情報

噂によると / Legend Has It [CP2077 × NIKKE](作者:Narrenschiff)(原作:勝利の女神:NIKKE)

噂とは、語る者の手を離れ、独り歩きを始めるものだ。▼伝説とは、語り終えた後にこそ、輝くものだ。▼巨大企業が国家を凌駕する未来都市・ナイトシティ。▼傭兵Vとロッカーボーイ兼テロリストのジョニーは、街のエッジを共に駆ける相棒として、数え切れない仕事をこなしてきた。▼──やがてその男が、目を覚ました。彼は何も持っていなかった。▼地上を追われた人類が、地下都市『アー…


総合評価:673/評価:9.05/連載:23話/更新日時:2026年07月09日(木) 19:00 小説情報

Blue Sky Archive(作者:subnautica)(原作:ブルーアーカイブ)

アトラスの導きで銀河を再編した一人のトラベラー”コースト”▼役目を果たした後は自由気ままに宇宙を飛び回っていた。▼一人銀河を渡り歩くコーストは、偶然にもキヴォトスの存在する惑星Earthを発見する。▼好奇心に駆られ降り立った砂漠で彼が見つけたのは、倒れ伏す一人の生徒だった。▼砂漠の高校、アビドスの生徒たちと共に、コーストはキヴォトスの様々な問題へとかかわって…


総合評価:825/評価:8.6/連載:60話/更新日時:2026年09月19日(土) 14:04 小説情報

D-WAVE!ーチルアウト☆ヘレティックー(作者:太刀黄泉)(原作:勝利の女神:NIKKE)

地上から配信してるヘレティックだけど、質問ある?▼エニックのプロキシアバターを受肉させて寝顔晒したら、本体がキレながらコメ欄に降臨した件www▼まぁ、アークの計算リソース食い潰してでも配信は続けるんだけどね☆▼最強のヘレティック(自称)が、ゆる~く世界をわからせる。▼「あなぐらのみんな~☆息してる~?☆」▼―――『煮卵ちゃんねる☆』、本日も絶賛配信中☆▼※A…


総合評価:747/評価:9/連載:13話/更新日時:2026年09月04日(金) 21:15 小説情報

オペレーター・スペースマリーン(作者:Sanctum)(原作:アークナイツ)

アークナイツよりも救いがない世界の強いやつ突っ込んだら何とかなるやろ!▼なりませんでした(絶望)▼そんな小説


総合評価:2097/評価:9.11/連載:43話/更新日時:2026年09月19日(土) 18:30 小説情報


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