Fallout:GODDESS ―灰の世界から女神たちへ― 作:記録官
アークの扉が閉ざされても、臨時監視所での生活は終わらなかった。地下からの補給は完全に途絶え、地上側に残されていた物資だけで暮らさなければならなくなったため、食料も弾薬も日に日に減っていく。発電設備には修理が必要で、浄水系統も万全とは言えず、ラプチャーの襲撃頻度こそ以前より下がったものの、いつ現れるか分からない敵への警戒を解くこともできなかった。
ドロシーはアークとの通信が切れた翌日から、ほとんど休まず仕事を続けていた。封鎖された入口へ怒鳴り続けても扉が開かないことを理解したからこそ、残された者を生かすために必要なことへ意識を向けようとしている。しかし、誰かがオスワルドの名を口にするだけで表情が硬くなるため、傷が癒えたわけではないことは明らかだった。
「食料があと五日分。節約すれば七日ですが、その場合は戦闘中の補給に影響します」
ピナが在庫表を読み上げる。
「七日へ延ばす必要はありません。動けなくなれば意味がないでしょう」
ドロシーは即座に答え、次の項目へ視線を移した。
「弾薬は?」
「スノーホワイトが計算しています」
「水は?」
「昨日より悪化しています。浄水装置の交換部品がありません」
ドロシーが額へ手を当てた。
「結局、探しに行くしかありませんね」
「私が行く」
部屋の隅から声がした。
スノーホワイトは以前と比べて大きく変わった身体へ武装を固定しながら、ドロシーたちを見ていた。勝利の翼号の墜落後にラプチャーの部品まで利用して補修した外装は不揃いで、かつての少女らしい姿とはかなり離れている。
「一人で?」
ラプンツェルが尋ねる。
「その方が速い。食料、浄水設備の部品、弾薬に使える物を探す」
「でしたら私も――」
「あなたはここにいた方がいい」
スノーホワイトはドロシーを見た。
「負傷者がいる」
以前なら「ラプンツェルさん」と呼んでいたはずだが、今は必要な情報だけを短く伝えることの方が多い。それでも言っていること自体は正しく、ラプンツェルも無理に同行しようとはしなかった。
「では、日没までに一度連絡してください」
ドロシーが言う。
「了解した」
「必ずです」
「分かっている」
スノーホワイトが出ていったあと、ピナがその背中を見送った。
「前からあんな感じだったんですか?」
「いいえ」
ドロシーはしばらく閉じた扉を見つめた。
「ですが、スノーホワイトです」
その言葉だけは迷わなかった。
◇
スノーホワイトは監視所から離れた市街地を一人で進んでいた。
必要な物は多い。
保存食。
水。
浄水設備に転用できる部品。
銃弾。
工具。
できれば衣類も欲しい。
優先順位を頭の中で整理しながら、倒壊した建物を一つずつ調べる。使える物だけを拾い、重量と移動速度を計算して持ち帰る物を決めていく作業は、ラプチャーと戦うよりずっと単純だった。
廃屋の一つへ入ると、古いラジオが棚の上に残っていた。
電源は入らない。
価値はない。
そう判断して通り過ぎようとしたところで、足が止まった。
「……?」
理由が分からない。
もう一度ラジオを見る。
古い型だ。
壊れている。
部品としても使える箇所は少ない。
それでも胸の奥が妙に落ち着かなかった。
スノーホワイトは近づき、埃を払った。
その瞬間、頭の中に音が流れた。
実際にラジオが鳴ったわけではない。
聞き覚えのないはずの歌。
その歌に重なる、誰かの鼻歌。
『おちびちゃん、そんな難しい顔すんなって』
赤い髪。
笑っている。
スノーホワイトは反射的に後ろを振り返った。
誰もいない。
「……レッドフード」
名前が口から出た。
どうして知っているのか分からない。
だが、その名前が正しいことだけは確信できた。
頭の奥に鈍い痛みが走る。
「私は」
赤い髪の女性と一緒にいた。
音楽を聞いた。
何度も頭を撫でられた。
嫌がった。
それでも、本当は嫌ではなかった。
断片的な光景が浮かび、すぐ消える。
スノーホワイトはしばらくラジオの前から動かなかった。
「……知っていた」
レッドフードを。
忘れていたのではない。
思い出せない場所に残っていた。
壊れたラジオを持ち帰る理由はなかった。
それでもスノーホワイトは、裏側から小さな部品を一つ外した。
何に使うのかは、自分でも分からなかった。
◇
探索を続けるほど、似たことが増えた。
工場跡で古い工具を見つければ、自分より大きな工具箱を抱えて誰かの後を歩いた記憶が蘇る。崩れた商店から日傘を見つければ、その下で優雅に笑っていたドロシーの姿が一瞬だけ見えた。
『戦場だって、少しくらい綺麗な方がいいでしょう?』
今のドロシーより、ずっと明るい声だった。
スノーホワイトは拾った日傘を広げてみた。
布地の一部が破れているが、骨組みは無事だった。
「実用品ではない」
そう言いながらも捨てなかった。
夕方に監視所へ戻ると、ドロシーが荷物の中から日傘を見つけた。
「これは?」
「拾った」
「なぜ?」
「分からない」
ドロシーが怪訝そうに日傘を開く。
その姿を見た瞬間、また記憶が重なった。
戦場。
もっと綺麗な服。
傘の下で笑っているドロシー。
『いつかアークへ行ったら、こんなものを使う余裕もできるでしょうね』
スノーホワイトは目を細めた。
「前にも使っていた」
ドロシーの手が止まる。
「……覚えているのですか?」
「少し」
「何を?」
「お前が、この傘を使っていた」
ドロシーはゆっくり傘を見る。
「そうです」
「戦場なのに」
「余計なお世話です」
昔と似た返事だった。
スノーホワイトの口元が僅かに動いた。
「そう言った気がする」
ドロシーは何も言えなくなった。
◇
数日後、スノーホワイトは大きな木の下で足を止めた。
探索経路から少し外れた場所だったため、本来なら近づく必要はない。しかし妙な既視感があり、そのまま通り過ぎることができなかった。
木の根元を見ているうちに、自分が何かを埋めたことを思い出す。
「ここだ」
地面を掘った。
しばらくすると、小さな容器が出てきた。
古い。
だが密閉されている。
蓋を開くと、中には折り畳まれた紙が何枚か入っていた。
スノーホワイトは一枚ずつ広げていく。
全員が生きて戦争を終えたい。
自分たちの名が残ってほしい。
故郷の物をもう一度味わいたい。
勝ちたい。
守りたい人がいる。
書いた人物の名前が残っていない紙もあったが、文字を見ただけで誰が書いたのか分かるものもあった。
最後の一枚を開く。
自分の字だった。
人類を救いたい。
スノーホワイトは長い間、その文章を見ていた。
今の自分が書くなら、おそらく違う。
ラプチャーを倒す。
クイーンを見つける。
戦う。
もっと具体的で、直接的な言葉になる。
だが、以前の自分は違った。
「人類を……」
救いたい。
ラプチャーを殺したい、ではない。
誰かを生かしたい。
そのために戦いたかった。
スノーホワイトは紙を容器へ戻した。
「……同じか」
やり方が変わった。
話し方も。
身体も。
それでも、完全に別の誰かになったわけではない。
容器を再び埋めようとして、手を止めた。
持って帰ることにした。
◇
「記憶が戻ってる?」
監視所へ物資を届けに来ていたネイトが尋ねた。
「少しずつ」
スノーホワイトは回収した物資を整理しながら答えた。
「レッドフードを思い出した。ドロシーも。昔の自分も少し」
「リリスは?」
その名前に、スノーホワイトの手が止まった。
「まだ、よく分からない」
「そうか」
「でも」
白い棺のある方向を見る。
「あの棺の前に行くと、身体がおかしくなる」
「おかしく?」
「泣く」
ネイトは何も言わなかった。
「記憶がないのに」
「身体が覚えてる、とか?」
「そんなものなのか」
「俺にも分からない」
「記憶保管庫には残っているんだろう」
「ああ」
「私がリリスといた時の記録も?」
「残ってる」
「見せてもらえる?」
ネイトは少し考えた。
「お前の物だから、見たいなら止めない。ただし、先に言っておく」
「何だ」
「見れば知識は増える。でも、それで思い出せるとは限らない」
「分かってる」
「それに、一部は今開けない」
スノーホワイトが顔を上げる。
「なぜ?」
「お前自身が、そうすることを選んだ」
「私は?」
「ああ」
「何を封じた?」
「それは言えない」
「面倒なことをしたな、前の私は」
「今のお前も同意したぞ」
「覚えていない」
「そういう処置だからな」
スノーホワイトは少し考え、結局首を横へ振った。
「今は見ない」
「いいのか?」
「戻ってきている」
自分の胸へ手を当てる。
「なら、自分で思い出せるところまで待つ」
ネイトは頷いた。
「分かった」
「その後で見る」
「ああ」
「記録と自分の記憶が違うか確認する」
「技術者だな」
「当然だ」
その返事だけは、昔とほとんど変わらなかった。
◇
アークが閉ざされてからしばらく経った頃、ゴッデスは一つの決断をした。
臨時監視所へ留まり続けても、状況は良くならない。
人類からの補給はない。
命令も来ない。
ラプチャーは地上に残っている。
そして、クイーンもどこかにいる。
「分かれるべきだと思います」
ドロシーが言った。
皆が食堂代わりに使っていた部屋へ集まっている。
「一緒に行動する利点はあります。しかし、クイーンの所在を探すなら範囲が狭すぎる」
「異論はない」
スノーホワイトが答えた。
「拙僧もです」
ラプンツェルも頷く。
紅蓮は腕を組みながら、ドロシーを見る。
「そなたはどうする?」
「私も探します」
ドロシーは即答した。
「ただし、一人ではありません」
隣にいるピナを見る。
「私も行きます」
「侵食は?」
ネイトが尋ねる。
「安定しています」
ピナの胸元では隔離器が動いている。
「それでも定期検査は必要だ」
「分かっています。Vault-Nへ戻れる範囲を意識します」
「無理するなよ」
「ネイトさんに言われたくありません」
「最近それ言われすぎだろ」
少しだけ笑いが起きた。
それが、この監視所で全員一緒に笑った最後の時間になった。
「一か月に一度」
ドロシーが地図上の一点を示した。
「可能ならここへ集まりましょう。互いの状況と、クイーンに関する情報を持ち寄る」
「来られなかった場合は?」
紅蓮が尋ねる。
「二度までは待つ」
「三度来なければ?」
「探すかどうかは、その時に残った者で決めます」
「それでよかろう」
ドロシーは全員を見た。
「私たちはもう、アークの命令で戦う部隊ではありません」
声にはまだ痛みがあった。
「だからこそ、これから何をするかは自分たちで決められます」
ラプンツェルが静かに微笑む。
「私は、亡くなった方々を弔いながら歩こうと思います」
「我は己の剣を試すとしよう。姉上のところへ顔を出すのも悪くあるまい」
「私はラプチャーを追う」
スノーホワイトは迷わなかった。
「クイーンへ繋がるものを見つける」
ドロシーが頷く。
「私は……」
少しだけ言葉に詰まった。
アーク。
楽園。
閉じた扉。
ピナが隣から手を握った。
「別の楽園を探しましょう」
ドロシーが彼女を見る。
「簡単に言いますね」
「難しいから探すんでしょう?」
ほんの僅かに、ドロシーが笑った。
「そうかもしれません」
最後にドロシーは全員へ向き直った。
「どこへ行っても、自分たちがゴッデスであることだけは忘れないでください」
スノーホワイトの眉が僅かに動いた。
「忘れる?」
「そういう意味ではありません」
ドロシーは少し苦笑した。
「誇りを失わないで、という意味です」
「分かった」
四人は頷いた。
ピナも、その輪の横で静かに笑っていた。
◇
先に出たのはドロシーとピナだった。
監視所を離れる直前、ドロシーはリリスの白い棺へ立ち寄った。長い時間をそこで過ごしたが、何を話したのかは誰にも聞かせなかった。
ラプンツェルも後を追うように旅立った。
紅蓮は一度ブレイドガードの方角へ戻ると言い、花無十日紅を背負って歩き出した。
最後に残ったのはスノーホワイトだった。
「お前は?」
ネイトが尋ねる。
「もう少しここを見る」
「墓?」
「ああ」
「一人で大丈夫?」
スノーホワイトがネイトを見る。
「今の私にそれを聞くのか」
「聞くだけならタダだ」
「大丈夫だ」
「なら分かった」
ネイトは先にVault-Nへ戻った。
スノーホワイトは一人で草原へ向かった。
◇
白い花が咲いていた。
以前来た時には気にもしなかった花だった。
今は、その匂いを嗅いだだけで胸が苦しくなった。
「……何だ」
一輪だけ摘む。
白い花弁。
指先に触れた感触。
また記憶が流れ込んできた。
広い草原。
隣に座る白い髪の女性。
『この花、私と同じ名前なんだって』
笑っている。
『綺麗でしょ?』
自分は何と答えた。
『お姉ちゃんの方が綺麗』
女性が驚く。
そして笑う。
頭を撫でられた。
『スノーは可愛いなあ』
「……お姉ちゃん」
スノーホワイトの手から、花が落ちそうになった。
膝をつく。
忘れていた。
リリス。
リリーバイス。
ゴッデスの隊長。
人類最強のニケ。
自分が慕っていた人。
「お姉ちゃん」
今度ははっきり口にした。
涙が落ちた。
以前のような理由の分からない涙ではない。
誰を失ったのか。
ようやく分かった。
「思い出した」
胸が痛かった。
それでも、嬉しかった。
「やっと」
白い花を拾う。
「会いに行かないと」
棺へ向かった。
◇
墓は壊されていた。
最初に気づいたのは、周囲に散らばった白い石だった。
紅蓮が削った棺の蓋が割れ、片側へ大きくずれている。周囲の地面には深い爪痕のような傷が残り、供えられていた物も散乱していた。
スノーホワイトは走った。
「お姉ちゃん!」
棺の中を覗き込む。
PROJECT LILYの身体がある。
胸。
腕。
脚。
白い髪は――ない。
首から上がなかった。
「……え?」
思考が止まった。
もう一度見る。
変わらない。
「頭」
ない。
「お姉ちゃんの」
周囲を見る。
「どこ」
地面。
草。
壊れた石。
「どこ?」
探す。
何もない。
「どこに行ったの」
声が震える。
「お姉ちゃん」
さっき思い出したばかりだった。
ようやく。
自分にとって何だったのかを。
「また」
守れなかった。
勝利の翼号。
仲間たち。
レッドフード。
リリス。
アーク。
「私がいなかったから」
息が上手くできない。
「また守れなかった」
頭の中で、何かが軋んだ。
◇
同じ頃、Vault-Nで警報が鳴った。
エイブが最初に端末を開いた。
「ネイト!」
「聞こえてる!」
PROJECT LILYの監視系統。
頭部側。
位置情報。
移動。
ネイトは表示を見た。
LILY-HEAD:MOVING
地上を走る速度ではない。
高度も上がっている。
敵が持っていった。
「……本当に食いついた」
喜びはなかった。
次の表示が出る。
DECOY ACQUISITION:1/2
MEMORY RELEASE:LOCKED
半分。
まだ解除されない。
「追う?」
エイブが尋ねる。
ネイトは頭部の移動速度を見る。
「追いつけない」
「なら位置だけ記録する」
「ああ」
その時、別の警告が入った。
スノーホワイトの端末。
神経活動異常。
「スノー」
ネイトの顔から血の気が引いた。
「場所は?」
「墓」
「くそ!」
すぐに走り出した。
◇
墓へ着いた時、スノーホワイトは棺の前に立っていた。
泣いてはいなかった。
それが、ネイトには余計に怖かった。
「スノー」
返事がない。
「スノーホワイト」
「頭がない」
声が平坦だった。
「……見れば分かる」
「誰が持っていった」
「分からない」
嘘ではない。
誰かまでは分からない。
「何のために」
ネイトは答えられなかった。
目的の予測はできる。
だからこそ偽物を作った。
だからこそ頭部を持たせた。
それを言うことはできない。
「分からない」
スノーホワイトが振り向いた。
「さっき思い出した」
ネイトの胸が締めつけられる。
「リリスを?」
「お姉ちゃんを」
その呼び方を聞くのは、勝利の翼号が落ちる前以来だった。
「覚えてる?」
「ああ」
「どのくらい」
「たくさん」
スノーホワイトは白い花を握っていた。
「声も。笑い方も。頭を撫でられたことも」
少しだけ顔が歪んだ。
「やっと思い出した」
「うん」
「だから会いに来た」
「……うん」
「そしたら、いなかった」
ネイトは一歩近づいた。
「スノー」
「また守れなかった」
「違う」
「私がここにいれば」
「違う」
「私がもっと強ければ」
「それも違う」
「なら何が違う!」
初めて声が荒れた。
「私はいつも間に合わない!」
ネイトは何も言えなかった。
「レッドフードも行った。お姉ちゃんも死んだ。指揮官もいない。アークにも捨てられた」
手の中の花が潰れる。
「それで、死んだお姉ちゃんまで守れない?」
「スノー、俺を見ろ」
「何を守ったんだ、私は」
「スノーホワイト!」
彼女の目がネイトへ向いた。
ここで言えばいい。
本物は生きている。
この身体は偽物だ。
お前自身が秘密を封じることを選んだ。
たったそれだけで、目の前の苦しみの大半を止められるかもしれない。
ネイトの口が開く。
「リリスは――」
止まった。
記憶封印を選んだスノーホワイトの顔が浮かぶ。
『返す時は、全部返してくれ』
条件はまだ半分しか満たされていない。
本物のリリスは、まだ身体すら持っていない。
敵は頭部を手にしたばかりだ。
「……」
「リリスは?」
スノーホワイトが尋ねる。
ネイトは拳を握った。
「お前が大事にしてた」
「知ってる」
「だから、自分まで壊すな」
「もう壊れてる」
「違う」
「一度壊れた」
勝利の翼号。
第一の思考転換。
「また壊れればいい」
「スノー」
「今度は」
彼女の声から感情が薄れていく。
「もっと必要なものだけ残せばいい」
「やめろ」
「ラプチャーを倒す」
「それだけにするな」
「クイーンを探す」
「スノーホワイト!」
「お姉ちゃんの頭を取り戻す」
遠くで金属音がした。
ラプチャー。
スノーホワイトの目がそちらへ向いた。
ネイトは彼女の神経活動が急激に変化していることをPip-Boyで確認した。
「スノー!」
もう一度手を伸ばす。
スノーホワイトは、その手を避けなかった。
だが握り返しもしなかった。
「ネイト」
「いる」
「邪魔しないで」
声が違った。
第一の思考転換後より、さらに冷たい。
「何をする気だ」
「決まってる」
武器を持ち上げる。
「全部倒す」
ネイトの手が下がった。
止められなかった。
秘密を守るという本人自身の選択を守った結果、目の前で本人がもう一度変わっていくのを見ている。
それが正しかったのか。
今は答えなどなかった。
◇
ラプチャーの残骸が増えていった。
スノーホワイトは以前より速く、以前より迷いなく敵を処理していた。一度目の思考転換で得た生存のための合理性へ、今度は明確な憎悪が加わっている。
ネイトは戦闘が終わるまで後ろから援護した。
止めなかった。
止められなかった。
最後の一体が倒れると、スノーホワイトは墓へ戻った。
頭のない身体を見る。
「必ず取り戻す」
その言葉だけは、感情が残っていた。
「お姉ちゃんも」
ネイトの目が僅かに動く。
「……覚えてる?」
「何を」
「今、お姉ちゃんって」
スノーホワイトは少し黙った。
「そう呼んでいた気がする」
完全には消えていない。
だが、先ほどまで蘇っていた暖かな記憶の多くは、もう手の届かないところへ押し込まれている。
「そうか」
「何だ」
「いや」
ネイトは白い棺を見た。
「何でもない」
スノーホワイトは潰れた白い花を、頭部のない身体の胸元へ置いた。
「行く」
「どこへ?」
「ラプチャーを追う」
「一人で?」
「ああ」
「月一回の集合は?」
「行けるなら行く」
ネイトは止めなかった。
「生きて戻れよ」
「必要なら」
「必要だ」
スノーホワイトが少しだけ振り返る。
「何のために」
「お前が決めるため」
「何を?」
「全部倒した後、何をするか」
スノーホワイトは返事をしなかった。
そのまま歩き出す。
白い髪が遠ざかっていく。
以前なら「おちびちゃん」と呼ばれて怒り、リリスの後ろをついて歩き、Pip-Boyを分解したがっていた少女は、もうほとんど見えなかった。
けれど、Vault-Nには残っている。
本人が預けた記録の中に。
それを今の彼女へ戻す方法はない。
PROJECT LILYの秘密も、まだ開けられない。
ネイトはPip-Boyを開いた。
DECOY ACQUISITION:1/2
MEMORY RELEASE:LOCKED
たった二行だった。
その二行のために、スノーホワイトがどれだけ長く待つことになるのかは分からない。
ネイトは表示を閉じ、頭のない棺へ近づいた。
「半分だってさ」
当然、返事はない。
「お前の偽物は上手く仕事してる」
本物のリリスが聞けば、何と答えるだろう。
褒めるだろうか。
怒るだろうか。
それとも、スノーホワイトのことを先に聞くだろうか。
考えるまでもなかった。
「……怒られるな」
ネイトは小さく呟いた。
白い花をもう一輪、棺へ置いた。
「でも、全部返すから」
誰に対する約束なのか、自分でも分かっていた。
リリスに。
スノーホワイトに。
ドロシーたちに。
そして、忘れることを自分で選んだ全員に。
今はまだ、半分だった。