Fallout:GODDESS ―灰の世界から女神たちへ―   作:記録官

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第12章 眠る男と古き童話
第32話 時間を預ける男


 リリスの墓から頭部が奪われてから、一か月が過ぎた。PROJECT LILYの頭部へ仕込まれていた追跡信号は遠方へ移動した後も断続的に拾えていたが、敵が何者なのか、どこまで運ばれたのかを確定できるほど強くはない。一方、墓へ残された胴体側は動いておらず、Vault-Nの監視画面には変わらず二つの表示が並んでいた。

 

DECOY ACQUISITION:1/2

 

MEMORY RELEASE:LOCKED

 

 ネイトはその表示を見るたび、数字が増えてほしいのか増えてほしくないのか、自分でも分からなくなった。二つ目が満たされれば、長く封じることになる秘密を返すための条件が一つ進む。しかし、それはリリスの姿をした偽装身体の残りまで敵の手へ渡ることを意味していた。

 

「まだ見るのか」

 

 背後からエイブの声がした。

 

「見ても増えないのは知ってる」

 

「なら閉じろ」

 

「一応、俺の作った罠だからな」

 

「私も作った」

 

「リリスも許可した」

 

「だから一人で責任者みたいな顔をするな」

 

 エイブはネイトの横へ立ち、表示を閉じた。

 

「スノーホワイトの記憶も残ってる」

 

「ああ」

 

「一回目の思考転換前まで。途中で戻った分。二回目の直前も」

 

「全部ではないけどな」

 

「それでも、本人が残したものはある」

 

 ネイトは少し黙った。

 

「返せないけどな」

 

「今は」

 

「将来も分からない」

 

「分からないから残したんだ」

 

 エイブの返事はいつも通りだった。慰めようとしているわけでも、希望を保証しているわけでもなく、ただ今ある事実を口にしている。

 

 それが今はありがたかった。

 

 

 リリスの生命維持区画では、この一か月で一つだけ大きな進展があった。

 

 脳を保存した直後は刺激を最低限に抑え、意識を起こさないことを優先していたが、神経活動が安定したことで、エイブは短時間だけ聴覚と発声に相当する入出力を繋ぐ試験を始めていた。本人が身体を失う前に同意していた範囲内で行われ、少しでも負荷が増えれば即座に中止する条件付きだった。

 

「聞こえる?」

 

 ネイトがマイクへ向かって尋ねた。

 

 数秒の雑音が流れた。

 

『……聞こえるよ』

 

 声は機械を通しているため以前より平坦だったが、間違いなくリリスだった。

 

「気分は?」

 

『それ、答えるの難しいんだよね』

 

「身体ないもんな」

 

『そう。痛くも重くもないけど、何もないのも変な感じ』

 

「怖い?」

 

 少し間が空いた。

 

『ちょっと』

 

「そっか」

 

『でも、前よりは大丈夫。ネイトとエイブがいるって分かるから』

 

 エイブは端末を見ながら神経活動を監視している。会話そのものに大きな異常は出ていない。

 

『みんなは?』

 

 その質問が来ることは分かっていた。

 

「散ったよ」

 

『そっか』

 

「ドロシーはピナと一緒。ラプンツェルも紅蓮も、それぞれ地上を回り始めた」

 

『スノーは?』

 

 ネイトは一度エイブを見る。

 

 エイブは何も言わず、話すかどうかを彼へ任せた。

 

「墓に行った」

 

『うん』

 

「お前のことを、かなり思い出してた」

 

 生命維持装置の波形が僅かに動いた。

 

『本当に?』

 

「ああ。お姉ちゃんって呼んだ」

 

『……そっか』

 

 声が少し震えた。

 

『よかった』

 

 ネイトは次の言葉をすぐに続けられなかった。

 

『それで?』

 

「頭が盗まれてた」

 

 沈黙した。

 

「PROJECT LILYのな」

 

『……うん』

 

「スノーには、本物だ」

 

『うん』

 

「二回目の思考転換が起きた」

 

 今度の沈黙は長かった。

 

 エイブが負荷を確認するが、接続を切るほどの変化はない。

 

『また、忘れた?』

 

「全部じゃない」

 

 ネイトは慎重に答えた。

 

「お前をお姉ちゃんって呼んでたこと自体は残ってる。ただ、せっかく戻った暖かい記憶のかなりの部分が、また遠くなったみたいだ」

 

『そっか』

 

 それだけだった。

 

 しばらく誰も喋らなかった。

 

『私、生きてるって言いたいな』

 

「うん」

 

『頭もちゃんとあるよって』

 

「そこ重要?」

 

『重要でしょ。頭を探してるんだから』

 

 ネイトは思わず笑った。

 

「確かに」

 

『ネイト』

 

「何?」

 

『言っちゃ駄目なんだよね』

 

「ああ」

 

『私も決めたから?』

 

「ああ」

 

『スノーも?』

 

「二回とも、自分で選んだ」

 

 リリスはしばらく何も言わなかった。

 

『じゃあ、守って』

 

「そのつもりだ」

 

『辛くても?』

 

「辛いよ」

 

『うん』

 

「でも返す時まで守る」

 

『お願い』

 

 声は弱かったが、迷いはなかった。

 

『その時は、私からも謝る』

 

「何でお前が謝るんだ」

 

『だって、辛い思いさせたから』

 

「それやめろ」

 

『でも』

 

「本人が選んだことと、敵が墓を荒らしたことは別だ」

 

 ネイトは少し強く言った。

 

「お前が全部背負うな」

 

『……翼会議の決まり?』

 

「そう」

 

『ならネイトもね』

 

「何が」

 

『一人で背負わない』

 

 ネイトは黙った。

 

 エイブが横から彼を見る。

 

「言われてるぞ」

 

「お前はどっちの味方だ」

 

「正しい方」

 

『エイブ、それ便利だね』

 

「便利だから使っている」

 

 ほんの短い笑いが、生命維持区画に戻った。

 

 

 その日の夜、ネイトはVault-Nの冷凍区画へ入った。

 

 建設当初から存在していた場所だが、設備の完成は他の区画より遅かった。ネイト自身がかつて利用したVault 111の冷凍睡眠について知っていることを説明し、エイブがこの世界の設備と材料で安全性を確保できる形へ設計し直している。

 

 中央には一基のポッドがあった。

 

 人間一人が入るには十分な大きさで、独立電源と非常系統を持ち、Vault-Nの主電源が失われた場合でも即座に解凍事故を起こさないよう複数の安全機構が組まれている。ただしネイトが知っている旧世界の冷凍技術をそのまま再現したわけではなく、実際に動かせる形へ仕上げたのはエイブだった。

 

「本当に入る気か?」

 

 エイブが尋ねた。

 

「そのために作ったんだろ」

 

「今すぐである必要はない」

 

「それも知ってる」

 

 ネイトはポッドへ手を置いた。

 

「俺、人間だからな」

 

「知ってる」

 

「十年なら働ける。二十年だって、たぶんまだ動ける」

 

「その先は?」

 

「分からない」

 

 ネイトは自分の手を見る。

 

 若い。

 

 この世界へ来た時から、まだ大きく変わってはいない。

 

「俺は一回、普通に年を取った」

 

 エイブが聞いている。

 

「軍人やって、結婚して、父親になって、二百年以上凍って、それからウェイストランドで生きて、最後は老人になって死んだ」

 

「それで、また若くなった」

 

「そう」

 

「理由は?」

 

「知らん」

 

「本当に役に立たないな」

 

「そこ俺に言う?」

 

 エイブは少しだけ口元を動かした。

 

 ネイトはポッドを見直す。

 

「でも今度は、次も若返る保証なんてない」

 

「ああ」

 

「PROJECT LILYがいつ終わるかも分からない。リリスの身体がいつ完成するかも分からない」

 

「それも」

 

「十年かもしれない」

 

 表示された1/2を思い出す。

 

「百年かもしれない」

 

 エイブの表情が変わった。

 

「だから眠る?」

 

「必要な時までな」

 

「逃げるわけじゃない?」

 

「だったらもっと気楽に寝る」

 

 ネイトは笑ったが、そのまま続けた。

 

「今のVault-Nは俺がいなくても回る。お前がいる。マレーンもいる。薔花とブレイドガードもいる。住民も自分たちで仕事を始めてる」

 

「レッドシューズもいる」

 

「囚人としてな」

 

「分かっている」

 

「だったら、俺が毎日起きて年を取るより、必要な時に使った方がいい」

 

 エイブは長い間、何も言わなかった。

 

「人間を物みたいに言うな」

 

「自分で言ってるんだけど」

 

「それでもだ」

 

 ネイトは彼女を見る。

 

「じゃあ言い直す」

 

 少し考えた。

 

「未来に俺を残す」

 

「記憶保管みたいに?」

 

「似てるな」

 

「お前は本人だ」

 

「そこはかなり違う」

 

 エイブはようやく頷いた。

 

「起動条件を決めるぞ」

 

 

 冷凍解除の条件は、簡単に起こせないよう厳しく設定された。

 

 Vault-N全体の存続に関わる重大事故。

 

 リリスの生命維持に重大な異常が発生した場合。

 

 PROJECT LILYの二つ目の取得条件が満たされ、その後にネイト本人が必要と判断される状況。

 

 そして、エイブからの緊急要請。

 

「私が好きな時に起こせるようにするな」

 

 エイブが言った。

 

「何で?」

 

「お前なら『寂しかったから起こした』でも許しそうだからだ」

 

「それは許すかもしれない」

 

「だから駄目だ」

 

 認証には緊急コードと複数の条件を組み合わせ、単純な一人操作では起動しないようにした。ただしエイブ本人の生命に関わる緊急信号だけは例外として扱い、一定以上の危険状態が確認された場合には、本人が通常の認証手順を踏めなくても冷凍解除へ移行できるよう設定した。

 

「これでいい?」

 

「まだ」

 

「まだあるの?」

 

「起こした時、お前が状況を理解できるよう記録を残す」

 

「それは欲しい」

 

「前回起きた時みたいに、世界が二百年進んでました、は困るだろ」

 

「ものすごく困った」

 

「なら毎年、状況記録を更新する」

 

「頼む」

 

「私ができなくなったら?」

 

「管理を引き継げるようにしよう」

 

「誰へ?」

 

 ネイトは少し考えた。

 

「その時のお前が決めてくれ」

 

「また押し付ける」

 

「信頼してる」

 

「その言葉、便利だな」

 

「便利だから使ってる」

 

 今度はエイブが少し笑った。

 

 

 冷凍へ入ることを決めた後、ネイトは会える者には直接知らせた。

 

 最初に文句を言ったのはマレーンだった。

 

「また寝るの?」

 

「またって、こっちじゃ初めてだぞ」

 

「前の世界でやったんでしょう?」

 

「好きでやったんじゃない」

 

 マレーンは冷凍ポッドを覗き込み、不満そうな顔をした。

 

「起きた時、ロボブレインになってても知らないよ」

 

「絶対やめろ」

 

「便利なのに」

 

「お前が言うと洒落にならん!」

 

 マレーンは笑った。

 

「分かった」

 

 それから少しだけ真面目な顔になる。

 

「帰ってくる?」

 

「起こされれば」

 

「違う」

 

 ネイトは彼女を見る。

 

「帰ってくるつもり?」

 

 少し前、レッドフードと交わした言葉を思い出す。

 

「あるよ」

 

「ならいい」

 

 マレーンはそれ以上聞かなかった。

 

 薔花はブレイドガードの訓練区画で話を聞いた。

 

「何年眠るつもりじゃ?」

 

「分からない」

 

「十年か?」

 

「あり得る」

 

「百年か?」

 

 冗談めいた問いだった。

 

 ネイトは笑わなかった。

 

「それも、あり得る」

 

 薔花の表情から笑みが消えた。

 

「本気か」

 

「ああ」

 

「では、我らが先にいなくなっているかもしれぬな」

 

「そういう言い方やめろよ」

 

「現実じゃ」

 

 薔花は少し考え、自分の刀へ手を置いた。

 

「起きた時に我がいなければ、記録を見よ」

 

「何を残す?」

 

「そなたの悪口じゃ」

 

「嫌すぎる目覚ましだな」

 

「では長生きする理由になるであろう?」

 

「それ、俺じゃなくてお前側の理由じゃない?」

 

 薔花は答えず、手を差し出した。

 

 ネイトも握る。

 

「頼む」

 

「何をじゃ」

 

「ここ」

 

 Vault-N全体を指すように言った。

 

「俺が寝てる間」

 

 薔花は強く握り返した。

 

「任された」

 

 

 レッドシューズとは、監視区画越しに話した。

 

 拘禁条件は変わっていない。

 

 移動には護衛が付き、個人端末も持たず、外部通信にも触れられない。研究は監督下の隔離環境でのみ許可され、扱えるのもエイブが選んだ模擬データだけだった。

 

「しばらく寝る」

 

 ネイトが言うと、レッドシューズは少し驚いた。

 

「どのくらいですか?」

 

「分からない」

 

「そんな状態で?」

 

「何かあれば起きる」

 

 レッドシューズは透明な仕切りの向こうで少し考えた。

 

「戻ってきた時」

 

「うん」

 

「まだ私がここにいたら、研究を見てもらえますか」

 

 ネイトは即答しなかった。

 

「結果は記録に残るんだろ」

 

「はい」

 

「なら見る」

 

 レッドシューズが僅かに息を吐いた。

 

「私がいなかったら?」

 

「記録を見る」

 

「逃げていたら?」

 

 今度はネイトが笑った。

 

「追う」

 

 レッドシューズが目を見開いた。

 

「逃げません」

 

「なら問題ない」

 

 ネイトは席を立つ前に、もう一度彼女を見た。

 

「俺が寝るからって、条件は変わらないぞ」

 

「分かっています」

 

「エイブの許可なしに何も触るな」

 

「はい」

 

「結果が出ても勝手に実行するな」

 

「はい」

 

「止められたら止まれ」

 

 レッドシューズは少しだけ間を置いた。

 

「それも、研究の手順に入っています」

 

「なら続けろ」

 

 許したわけではない。

 

 それでも、続ける仕事はあった。

 

 

 スノーホワイトに会えたのは、冷凍予定日の二日前だった。

 

 月に一度の合流地点へ現れた彼女は、以前よりさらに装備が増えていた。ラプチャー由来の部品も使われているが、無秩序に付け足したわけではなく、本人なりに機能を整理した跡が見える。

 

「しばらく寝ることにした」

 

 ネイトが言う。

 

「そう」

 

「反応薄いな」

 

「人間なら必要なんだろう」

 

「まあな」

 

「なら寝ればいい」

 

 以前のスノーホワイトなら、何年眠るのか、どういう仕組みなのか、分解していいかと質問を重ねただろう。

 

 今は違う。

 

 ネイトはそれを寂しいと思った。

 

「何だ」

 

 スノーホワイトが尋ねる。

 

「何が?」

 

「変な顔をしている」

 

「観察力高いな」

 

「必要だからな」

 

「前のお前もよく俺の機械を見てた」

 

「記憶保管庫の私か」

 

「ああ」

 

「私は見ていない」

 

「そうだな」

 

 スノーホワイトは少しだけ眉を寄せた。

 

「見せたいのか?」

 

「いや」

 

「なら何だ」

 

「そのうち、自分で見たいと思った時に見ればいい」

 

 ネイトはそれ以上言わなかった。

 

 少し離れた場所で風が吹き、スノーホワイトの白い髪が揺れる。

 

「ネイト」

 

「何?」

 

「起きたら」

 

「うん」

 

「ラプチャーを倒すのを手伝え」

 

「もちろん」

 

「クイーンも」

 

「ああ」

 

「お姉ちゃんの頭も取り戻す」

 

 ネイトの胸が痛んだ。

 

 それでも顔には出さなかった。

 

「手伝う」

 

 スノーホワイトは右手を出した。

 

 ネイトが握る。

 

「じゃあ、生きてろよ」

 

「ニケに言うのか」

 

「ニケだって死ぬだろ」

 

「そうだな」

 

「次に会った時、『全部倒したからもうやることない』とか言うなよ」

 

「なぜ」

 

「その後も生きるからだ」

 

 スノーホワイトは少し考えた。

 

「変なことを言う」

 

「知ってる」

 

「でも」

 

 握っていた手を離す。

 

「覚えておく」

 

 それだけで十分だった。

 

 

 冷凍予定日の朝、ネイトは最後にリリスの生命維持区画へ向かった。

 

 意識を起こす時間は短く設定されている。

 

「リリス」

 

 数秒後、声が返った。

 

『います』

 

「今日寝る」

 

『本当に?』

 

「ああ」

 

『何年?』

 

「分からない」

 

『私と同じだね』

 

 ネイトは少し笑った。

 

「お前は冷凍じゃないだろ」

 

『身体ができるまで待つのは同じ』

 

「まあな」

 

 少しだけ沈黙が続いた。

 

『怖い?』

 

 ネイトはポッドへ向かう前なのに、Vault 111の白い霜を思い出した。

 

「怖いよ」

 

『ネイトでも?』

 

「俺を何だと思ってる」

 

『ウェイストランドで何でも拾う人』

 

「ひどくない?」

 

『褒めてるよ』

 

「嘘つけ」

 

 生命維持装置の向こうから、小さな笑い声が聞こえた。

 

『起きた時』

 

「うん」

 

『私、身体あるかな』

 

「エイブ次第」

 

「聞こえているぞ」

 

 背後のエイブが口を挟んだ。

 

『じゃあ期待してる』

 

「勝手にハードルを上げるな」

 

「本人の注文だぞ」

 

『私の力に追いつく身体、お願い』

 

 エイブは額を押さえた。

 

「二人して簡単に言うな」

 

 ネイトは笑った。

 

「俺が起きたら、進捗確認するから」

 

「寝る奴が偉そうにするな」

 

『ネイト』

 

「何?」

 

『おやすみ』

 

 その言葉に、ネイトは少しだけ返事が遅れた。

 

「……おやすみ」

 

『次に会う時は』

 

 リリスの声が少し明るくなる。

 

『ちゃんと顔を見て話せますように』

 

「ロボブレインでも?」

 

『絶対に嫌』

 

「即答かよ」

 

 エイブまで小さく笑った。

 

 

 冷凍区画の扉が閉じる。

 

 ポッドは開いたまま、ネイトを待っていた。

 

 白い内部。

 

 透明な蓋。

 

 冷却装置。

 

 見慣れたくもない形だった。

 

 足が止まる。

 

 Vault 111。

 

 ノーラ。

 

 ガラス越しの銃声。

 

 奪われたショーン。

 

 自分ではどうにもできないまま、再び凍結された感覚。

 

「……やっぱり嫌いだな」

 

「やめてもいい」

 

 エイブが後ろから言った。

 

「いや」

 

 ネイトはポッドへ入った。

 

「今回は自分で決めた」

 

 それが違った。

 

 今度は騙されていない。

 

 家族を奪われるために眠るのでもない。

 

 目を覚ました時、何もかも終わっていることを望んでいるわけでもなかった。

 

 必要な時に、また立つために眠る。

 

 Pip-Boyへ最後の確認項目が並ぶ。

 

VAULT-N:NORMAL

 

LILIWEISS:STABLE

 

MEMORY ARCHIVE:NORMAL

 

PROJECT LILY:1/2

 

MEMORY RELEASE:LOCKED

 

 ネイトは一つずつ確認した。

 

「エイブ」

 

「何」

 

「起こす時、できれば優しく頼む」

 

「状況による」

 

「不安しかないな」

 

「緊急時に優しく起こしている余裕があると思うか?」

 

「まあ、そうだな」

 

 蓋がゆっくり閉じ始める。

 

「エイブ」

 

「まだあるのか」

 

「頼んだ」

 

 何をとは言わなかった。

 

 エイブも聞かなかった。

 

「ああ」

 

 それだけ答えた。

 

 透明な蓋が閉じ、冷却が始まる。

 

 ネイトは目を閉じる直前、左腕のPip-Boyを見た。

 

 PROJECT LILYは、まだ半分。

 

 リリスには身体がない。

 

 スノーホワイトは失った記憶を抱えたまま地上を歩き、ドロシーは閉ざされた楽園とは別の場所を探している。紅蓮とラプンツェルも、それぞれの道へ進み始めていた。

 

 何も終わっていない。

 

 だから眠れる。

 

 終わった世界で起きるためではなく、まだ続いている世界へ戻るために。

 

 意識が薄れていく中、ネイトは一つだけ考えた。

 

 次に目を開けた時も、誰かが「おかえり」と言ってくれればいい。

 

 冷却が安定域へ入り、Vault-Nの表示が切り替わった。

 

NATE FOLEY

 

CRYOGENIC STASIS:STABLE

 

 地下施設は静かになったが、眠ったわけではなかった。居住区では人々が生活を続け、ブレイドガードは巡回し、エイブはリリスの新しい身体を設計し、拘禁区画ではレッドシューズが監督下の研究を続けている。

 

 ネイトだけが、自分の時間を止めた。

 

 いつ必要になるのか分からない未来へ、自分自身を預けるために。

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