Fallout:GODDESS ―灰の世界から女神たちへ― 作:記録官
シンデレラを見つけた日のうちに、エイブは喜んでいる時間を使い果たした。脳活動が残っていることは確認できたが、それは「無事」と呼べる状態からは程遠く、損傷したボディは自力で生命維持を続けられない。エイブはクレーターの底に散らばる残骸から使える部材を集め、まずは外部電源と最低限の支持フレームを組んだ。
「少し揺れるぞ」
返事はなく、仮設の計器だけが一定の値を返していた。エイブはそれを確認してから、眠るシンデレラへもう一度声を掛けた。
「嫌なら、起きて文句を言え」
もちろん、それにも返事はなかった。エイブは一人で頷くと、仮組みした運搬台へシンデレラを固定し、クレーターの外へ向かって歩き始めた。見つけるまでに五年掛かったのだから、今度は焦って壊すわけにはいかなかった。
◇
まともな設備を見つけるまでにも、さらに時間が掛かった。人類が地上を放棄してから長く、軍の整備拠点は破壊され、研究施設にはラプチャーが入り込み、無事な建物ほど別の誰かに使い尽くされている。エイブは移動と探索を繰り返しながら、シンデレラの脳活動と電力だけは一日も欠かさず確認した。
ようやく使えそうな廃棄施設へ辿り着いた時、残っていたのは古い作業台と出力の不安定な発電設備、それに規格の合わない整備機器くらいだった。以前のエイブなら鼻で笑った環境だったが、今は屋根があり、電源が取れ、ラプチャーに発見されにくいだけで十分だった。彼女は入口を塞ぎ、内部の安全を確かめると、その日のうちに作業台を分解してシンデレラ用へ組み直した。
「ここなら、少しはマシだ」
シンデレラを横たえたエイブは、診断結果を一つずつ確認した。交換すべき部位を数えればきりがなく、失われた部品の中には今の地上では手に入らないものも多い。何よりガラスの靴も手元になく、かつてのシンデレラをそのまま起こすことなど、今すぐには不可能だった。
だから、目標を変えた。直すことだけを急ぐのではなく、まず生かすための仕組みを作る必要がある。エイブはその順番を、自分に言い聞かせるように何度も確認した。
その考えに辿り着いた時、エイブは別の白い髪を思い出した。Vault-Nで、身体を失ったリリーバイスの脳を維持するために何度も設計をやり直した日々が、場所の記憶とは切り離されたまま技術として残っている。どこへ帰ればその設備があるのかは思い出せなくても、電力系統を分けること、監視を一系統へ依存させないこと、故障した部分を切り離しても維持を続けられる構造にすることは覚えていた。
「ネイトなら、また『役に立ったな』とか言うんだろうな」
少し腹が立った。今ここにいない相手へ腹を立てても仕方がないが、エイブはそうでもしなければ手を止めそうだった。工具を握り直し、設計を始めた。
◇
最初の一か月は、失敗の連続だった。外部電源だけなら維持できても、停電した瞬間に危険が大きすぎるため予備系統を増やす必要があり、予備を増やせば装置が重くなって移動できなくなる。修復機能まで欲張れば必要電力が跳ね上がり、今度は発電設備の方が先に限界を迎えた。
エイブは失敗した設計を捨てなかった。壁へ紙を貼り、何を試して、何が駄目で、次に何を変えるのかを書き残していく。自分の記憶が落下前と同じではないことを知っているからこそ、昨日の自分に頼りきらず、明日の自分へ記録を渡す必要があった。
「一号。重すぎる」
「二号。予備電源が足りない」
「三号。修復を欲張りすぎた。今は要らない」
そこで手を止めた。修復そのものが不要なわけではなく、優先順位が違うだけだと気づいたからだった。エイブは訂正線を引き、その横へ「後回し」と書き足した。
シンデレラが起きていれば、「美しくない」と言ったかもしれない。紙だらけの壁も、むき出しの配線も、床へ散らばった部品も、彼女が好む美しさからは遠かった。エイブは眠っている相手へ「見るなよ」と言いかけ、自分で呆れて口を閉じた。
◇
三か月目には、装置の形が決まり始めた。シンデレラの身体全体を守れる外殻を作り、その内側へ生命維持、電力、監視、最低限の修復機能をまとめる。運搬時にはそのまま閉じて移動でき、停滞できる場所を見つければ外部設備へ接続して機能を拡張する構造だった。
長方形の外殻を床へ置いて眺めたエイブは、しばらく何も言わなかった。蓋を付ければ、中に人を横たえるための箱にしか見えない。頭に浮かんだ言葉が気に入らず、彼女は眉を寄せた。
「……棺みたいだな」
「違う」
誰も否定していないのに、自分で言い直した。シンデレラは死んでおらず、ここへ入れるために作っているのは生命維持装置だ。エイブは外殻を蹴る代わりに、工具を握り直した。
それ以降、自分から棺とは呼ばなかった。けれど形は変えず、装飾へ材料を使うくらいなら一枚でも厚く外殻へ回した方がいいと判断した。シンデレラが目を覚ました時に文句を言うなら、その時に好きな形へ直せばよかった。
◇
半年を過ぎた頃、エイブは一度だけ大きな失敗をした。部品を探しに出た帰り道でラプチャーに追われ、予定より丸一日遅れて施設へ戻ったため、外部発電機の異常に気づくのが遅れたのである。予備電源は作動していたものの、残量は安全域を下回っていた。
「シンデレラ!」
扉を開けるなり駆け寄り、端末へ接続する。脳活動を確認するまでの数秒が、五年間探し続けた時間より長く感じられた。反応が残っており、大きな変化もないことを確認すると、エイブはようやくその場へ座り込んだ。
「……よかった」
安心は長く続かなかった。予備電源の残量表示が目に入り、今度は発電機へでもラプチャーへでもなく、自分自身へ怒りが湧いた。エイブは立ち上がると、電源設計を最初からやり直した。
主電源、予備電源、移動用電源を分け、どれか一つが故障しても最低限の維持だけは続けられるようにする。結果として装置はさらに重くなったが、エイブは運搬補助側を作り直すことで解決した。五年探し続けた相手を守るためなら、数百キロ増えることなど理由にならなかった。
◇
八か月目、エイブは自分の手が止まっていることに気づいた。目の前には配線があり、接続先も、何をするべきかも分かっているはずなのに、工程の順序だけが出てこない。焦って触れば壊すと判断し、彼女は工具を置いた。
壁へ貼った記録を最初から読み、設計図と照合し、一時間近く掛けてようやく次の工程を思い出した。その日から記録の書き方を変え、結果だけでなく、工程そのものを細かく分けて子どもへ教えるような順序で残すようにした。かつての自分なら、こんな説明書を渡されれば「分かっている」と怒ったかもしれない。
今は必要だった。以前の自分なら認めたくなかっただろうが、忘れないための仕組みを作ることも、今のエイブにとっては立派な技術だった。
「エイブ」
自分の名前を書いた。その下へシンデレラ、ヘンゼル、グレーテル、リトルマーメイドと続け、さらにリリーバイス、ネイト、マレーン、薔花、レッドシューズの名も残した。失いたくない名前を壁の一角へまとめたあと、一番上へ戻ってシンデレラの名前を丸で囲んだ。
「これだけは忘れない」
眠っているシンデレラへ、そして未来の自分へ言い聞かせるように、もう一度同じ言葉を口にした。何を失っても、誰を守るために歩いているのかだけは失いたくなかった。だからエイブは、記録にも声にも残した。
◇
一年が経った。エイブは完成した装置の前に立ち、最後の検査結果を最初から読み直した。洗練されてはいないが、独立した電源を持ち、脳活動と主要機能を監視しながら身体を保護し、限られた範囲では損傷部の維持と修復も続けられる。
何より、動く。それだけで今は十分だった。エイブは仮設設備からシンデレラの身体を慎重に持ち上げ、装置の中へ収めた。
「移すぞ」
固定位置を何度も確かめ、接続を一つずつ移していく。最後の系統を繋いでも脳活動が乱れないことを確認してから、エイブはようやく肩の力を抜いた。狭いかと尋ねても返事はないが、それでも話しかけることはやめなかった。
蓋を閉める前に、エイブはシンデレラの顔を見た。長い間まともな修復を受けられなかったため、かつての姿へ戻すには程遠い。それでも五年前にクレーターで発見した時より状態は安定しており、今すぐ失う恐怖だけは減っていた。
「起きたら直す。全部」
エイブは乱れた髪を少しだけ整え、指先で外装の傷をなぞった。今すぐ元へ戻せなくても、いつか必要な部品を揃えるつもりだった。
「ガラスの靴も探す。ヘンゼルとグレーテルも、リトルマーメイドも探す」
どこにいるのかは分からないが、探すと口に出せるうちは諦めていない。エイブはその確認をするように、一人ずつ名前を思い浮かべた。
「Vault-Nも探す。ネイトも起こす」
帰る場所の座標も思い出せず、今すぐそこへ向かう術もない。それでも、存在そのものまで失ったわけではなかった。
できないことばかりだった。それでもエイブは、全部を同時にやろうとはしなかった。まずシンデレラを死なせないこと、それだけを今の仕事にした。
静かに蓋を閉じると、内部の表示が切り替わった。脳活動は維持され、電力も正常、各系統も許容範囲に収まっている。エイブは何度も同じ数値を確認した。
「できた」
誰も褒めないが、報告する相手は目の前にいる。エイブは装置の側面へ手を置き、もう一度「できたぞ」と言った。五年間探し、一年間作り続けた結果が、ようやく形になった。
白衣を着た研究者だった頃の設備とは比べものにならない。継ぎ接ぎで、重く、効率も悪く、本人が見ればどこから直すべきか分からないほど妥協だらけだった。それでもシンデレラは生きている。
エイブは装置の側面へ額を当て、しばらく目を閉じた。そこに伝わる振動は機械のものに過ぎないが、今はそれで十分だった。
「……よかった」
今度は泣かなかった。泣く代わりに、次に必要な物を考えた。生きているなら、次の仕事がある。
◇
施設を出る準備には数日掛かった。ここに留まれば修理は楽だったが、ラプチャーに発見されれば逃げ道が少なく、エイブ自身の身体も徐々に古くなっている。いずれ別の設備や部品を探さなければならない以上、動けるうちに移動を再開する方がよかった。
完成した生命維持装置には運搬補助機構を取り付けたが、それでも軽いはずはなかった。エイブが引けば地面へ深い跡が残り、数歩進むだけでも補助機構の出力を細かく調整する必要がある。彼女は「重い」と正直に呟いたあと、眠るシンデレラへ文句を言うのは筋違いだと自分で笑った。
施設の入口で一度だけ振り返った。紙だらけの壁も、何度も組み直した作業台も、持っていけない予備部品も、そのまま置いていく。必要な記録だけは複製し、身体へ固定した。
「行くぞ、シンデレラ」
エイブは前を向き、生命維持装置を引いた。補助機構が低く唸り、重い外殻がゆっくりと動き始める。
「次は、お前を直すものを探す」
目的地は決まっていない。帰る場所の座標も失ったままだったが、五年前とは違って、探すべき相手がどこにいるのかだけは分かっている。すぐ後ろにいる。
「絶対に起こす」
エイブは歩き続け、振り返らなかった。止まればまた考えすぎると、自分で分かっていたからだった。
「私が作ったんだから」
荒れた地上に、重い装置を引きずる跡が長く残っていく。後にそれを見た者が何と呼ぶのか、エイブはまだ知らなかった。
彼女にとってそれは棺ではない。シンデレラを次の朝まで運ぶために作った、生命維持装置だった。