Fallout:GODDESS ―灰の世界から女神たちへ― 作:記録官
シンデレラが新しい身体で目覚めてから一週間後、Vault-Nの工房には四つの巨大なフレームが並んでいた。まだ外装の一部が外され、内部機構や配線が露出しているため、かつての美しい姿とは程遠い。それでも、四枚の盾を思わせる輪郭だけは、以前シンデレラと共に空を飛んでいた専用武装を確かに受け継いでいた。
「まだ鏡にはしないの?」
シンデレラが一基の表面を覗き込む。
「最後だ」
エイブは端末から顔を上げなかった。
「外装を先に仕上げても、中身を開けるたび傷が付く。全部終わってから磨く」
「でも、美しい方が作業も捗るでしょう?」
「捗らない」
「私は捗るわ」
「お前が作ってるわけじゃない」
シンデレラは不満そうに頬を膨らませたが、作業台へ手を伸ばすことはしなかった。以前なら興味を持った機構へ勝手に触れることもあったものの、今の身体にもガラスの靴にもまだ試験段階の部分が多いことは理解している。
その横でネイトは、四つのフレームを順番に眺めていた。
「形は前と同じなんだな」
「基本構造を変える理由がない」
エイブが答える。
「ガラスの靴は四基一組で使う。防御、飛行、射撃補助を一つにまとめているのが強みだ。そこを別物にしたら、シンデレラが十四年前に積んだ戦闘経験まで無駄になる」
「腕から撃ったビームを内側で受けて増幅するのも?」
「残す」
エイブは一基の内面を表示した。
「ただし反射経路は見直した。以前より細かく制御できるようにして、全部を同じ出力で撃つ必要をなくす。必要な射線だけ強くして、残りは防御や姿勢制御へ回せる」
シンデレラが鏡を閉じて画面へ近づいた。
「前より綺麗に戦えるのね」
「効率が良くなると言え」
「同じ意味よ」
「違う」
ネイトは口を挟まず、笑いながら二人を見ていた。
◇
十四年前のガラスの靴をそのまま再現しない最大の理由は、新しいシンデレラの身体にあった。
旧型では、本体と四基のガラスの靴がかなり深いところまで一体化して動いていた。それによって高い応答性を実現していた一方、外部から異常な命令が入り込んだ場合、専用武装を経由して本体側へ影響が及ぶ可能性も捨てきれない。エイブは今回、その接続を複数の層に分け、通常の戦闘命令と重要な制御領域を直接結ばない構成へ変更していた。
「切れたらどうなる?」
ネイトが尋ねる。
「どこが切れたかによる。通信系なら、最後に受けた安全状態で一時停止。制御系ならシンデレラ本体から切り離して独立待機。重要領域に異常命令が来た場合は、そもそも通さない」
「乗っ取られて四基全部に撃たれる、みたいなのは?」
「できるだけ起こさない」
「絶対じゃないんだな」
「絶対なんて言う技術者は信用するな」
エイブは即答した。
「侵食が十四年前と同じ方法を使う保証もない。未知の攻撃を『防げる』と言うことはできない。だから、入り口を減らして、入られた時に切れる場所を増やす」
ネイトはその言葉を聞いて頷いた。
「リリスの身体と同じ考え方か」
「似ている」
PROJECT LILYで進めていた新しいリリスの身体も、一つの経路へ依存しないことを重視している。原因も対象も違うが、「どこか一つを突破されれば全部終わる」という作り方を避ける点では共通していた。
さらに、四基それぞれに短時間の独立稼働が可能な電力貯蔵部を持たせた。本体との接続が途切れても即座に墜落せず、安全な位置へ退避する程度の余裕を作るためだった。
「自動修復は?」
ネイトが聞く。
「限定的」
「どのくらい?」
「配線の断裂、冷却系の軽微な漏れ、小規模な外装破損。戦闘中に砕けたガラスの靴が勝手に元通りになるようなものじゃない」
「ウェイストランドならダクトテープで──」
「却下」
「まだ最後まで言ってない」
「言わなくていい」
シンデレラがため息をついた。
「二人とも、私のガラスの靴を廃材で修理する相談をしないで」
「俺だけだよ、今の」
「ネイトだけね」
「即座に売られた」
エイブは何も聞かなかったことにして作業を続けた。
◇
問題になったのは、記録機能だった。
ネイトは当初、戦闘中の状態をVault-Nの記憶保管庫へ常時送信する案を出したが、エイブは即座に却下した。記憶保管庫は外部ネットワークから隔離されていること自体が防御であり、そのためにわざわざ常時通信経路を開けば、十四年間守ってきた原則を自分たちで崩すことになる。
「じゃあローカル保存?」
「ああ」
エイブが小さな記録装置を表示する。
「ガラスの靴側には戦闘情報と自己診断だけ残す。本体側にも差分記録を取るが、Vault-Nへ戻ってから本人の同意を得て保管庫へ移す」
「もし帰れなかったら?」
「その時に回収できるなら回収する。できなければ失う」
ネイトは少し黙った。
「不便だな」
「安全と便利は同じじゃない」
「分かってる」
「ならいい」
シンデレラは二人の会話を聞きながら、自分の手首を見た。新しい身体にもガラスの靴へ光を送るための機構は組み込まれているが、まだ本格的な出力試験は行っていない。
「私の記憶も、勝手には送られない?」
「送らない」
エイブが答える。
「お前の記憶はお前のものだ。必要なら保存するし、嫌ならしない」
シンデレラはしばらくエイブを見つめた。
「美しいわ」
「設計が?」
「考え方が」
エイブの手が一瞬止まった。
「……作業に戻れ」
「照れてる?」
「戻れ」
今度はネイトまで笑ったため、エイブは二人まとめて工房の外へ追い出しかけた。
◇
三日後、最初の実動試験が行われた。
Vault-N内部では天井高が足りないため、試験場所には施設から十分離れた旧軍演習場が選ばれた。周辺のラプチャー反応がないことを薔花たちが確認し、撤退経路まで確保したうえで、シンデレラは四基の新しいガラスの靴と初めて接続した。
「接続率?」
エイブが遠隔端末を見る。
「一基目、正常。二基目も正常……三、四も問題なし」
マレーンが読み上げる。
「出力上限は?」
「今日は三割」
シンデレラがすぐ振り返った。
「低すぎない?」
「起きて一週間の奴が何を言ってる」
「身体は問題ないわ」
「それを調べる試験だ」
「エイブ」
「駄目」
「まだお願いしてないでしょう?」
「顔で分かる」
ネイトが横で頷いた。
「俺も分かった」
「二人とも失礼ね」
それでもシンデレラは指示に従った。
四基のガラスの靴がゆっくり浮き上がる。旧型と同じく本人を囲むように配置され、位置を変えながら四方を守る。内部制御が安定すると、今度はシンデレラ自身の足が地面から離れた。
「……懐かしい」
高度はまだ数メートルだった。
それでもシンデレラは空中で一度回り、四基を滑らかに追従させた。十四年間の空白があったとは思えないほど自然な動きに見えたが、エイブは端末上の細かな遅延を見逃さなかった。
「三番が〇・二遅い」
「感じないわ」
「私は感じる」
「エイブは乗ってないでしょう?」
「データで分かる」
「そういう意味ではなくて──」
「一度降りろ」
シンデレラの顔に不満が浮かぶ。
「まだ飛んだだけよ」
「だから降りろ。今直せば五分で済む」
「……五分?」
「七分」
「増えたわ」
「お前が話してるからだ」
シンデレラは渋々降りた。
七分後、再び飛んだ時には遅延が消えていた。
「……違う」
「だろ」
エイブが満足そうに端末を見る。
「悔しいけど、違うわ」
「悔しがるな」
◇
射撃試験では、旧型との違いがさらに明確になった。
シンデレラが手首を標的へ向ける。細い光が放たれ、前方へ展開した一基のガラスの靴の鏡面へ入った瞬間、複数の射線へ分かれて標的を貫いた。
一発目。
問題なし。
二発目は二基へ経路を分け、それぞれ別の標的へ。
三発目では四基すべてを使い、出力を集中させる。
旧軍用の厚い標的が赤熱し、その中心だけが大きく抉れた。
「三割?」
ネイトが尋ねる。
「三割」
エイブは数値を確認する。
「まだ上げるな」
「分かってるわ」
シンデレラは着地しなかった。
空中で四基の位置を入れ替え、今度は一基を正面へ置いた。他の三基を射撃に回しながら、正面の一基だけ防御状態を維持する。
「同時運用できる」
マレーンが驚いたように言う。
「前もできただろ」
「ここまで独立してなかった」
エイブが説明する。
「四つとも一つの武器として扱うんじゃなく、それぞれ別の役割を同時に持たせられる。全部撃つ必要がなければ、一枚は盾として残す」
「攻めながら守れる」
ネイトが言う。
「元からそういう武器だ。ただ、今度はもっと細かく選べる」
シンデレラは上空で説明を聞いていた。
やがて、四基を自分の周囲へ戻す。
陽光が鏡面へ反射した。
「エイブ」
「何だ」
「見て」
「見てる」
「違うわ」
シンデレラは少しだけ高度を下げた。
「美しい?」
エイブは端末から顔を上げた。
新しい身体。
新しいガラスの靴。
十四年前と同じではない。
だからこそ、目の前にいるシンデレラ自身が選び直した姿だった。
「ああ」
エイブは答えた。
「美しい」
シンデレラは満足そうに笑い、再び空へ上がった。
◇
ガラスの靴の試験が終わると、今度はエイブが工房の一角を占領し始めた。
大型の骨格フレーム。
通常の量産型より厚い装甲。
高負荷に耐える脚部。
大型火器を運用するための支持構造。
ネイトは二日ほど黙って見ていたが、三日目には我慢できなくなった。
「何作ってるの?」
「身体」
「誰の?」
「私の」
ネイトはもう一度フレームを見る。
「大きくない?」
「必要だ」
「装甲も厚い」
「必要」
「その背中の接続部、何?」
「大型荷物用」
「棺でも運ぶ気?」
エイブの手が止まった。
「……運べるようにはする」
ネイトは冗談のつもりだったが、エイブの声は真面目だった。
「十四年間、一人でシンデレラを運んだ。研究者用の身体で戦って、物資を運んで、棺を引いた。全部やりにくかった」
「だから今度は最初から?」
「ああ」
エイブは設計画面を開く。
「私は戦闘用ニケじゃない。でも、戦わないで済むとは限らない。誰かを運ばないで済むとも限らない。なら、次は必要な時にできる身体にする」
昔のエイブなら、研究者としての性能を第一にしたかもしれない。
今のエイブは違う。
精密作業をする手。
長時間歩ける脚。
仲間を抱えて運べる出力。
最低限ではなく、自分でラプチャーを排除できる火力。
十四年間の地上生活で「欲しかったもの」が、そのまま設計へ入っていた。
「研究もできる?」
「当然」
「戦える?」
「今よりは」
「運べる?」
「お前くらいなら片手で」
「俺を運ぶ前提やめて」
エイブは無視した。
◇
シンデレラが設計を見に来た時、最初に言ったのは性能ではなかった。
「黒いのね」
「ああ」
「昔は白かったのに」
「白いと汚れが目立つ」
「そういう理由?」
「半分」
残り半分を、エイブは説明しなかった。
かつて研究所で着ていた白衣を思わせる輪郭は残している。その形を完全に捨てたくはなかったが、十四年間の自分まで無かったことにするつもりもなかった。
だから黒にした。
「名前は?」
シンデレラが尋ねる。
「エイブ」
「あなたじゃなくて、身体」
「要るか?」
「要るわ。私のガラスの靴にも名前があるもの」
「それは武装名だ」
「同じよ」
「違う」
シンデレラは引かなかった。
ネイトも面白そうに待っている。
「十四年間の姿を捨てないんだろ?」
ネイトが言った。
「ああ」
「棺を作って、棺を守って歩いてきた」
「だから?」
「墓守みたいだな」
エイブが睨む。
「縁起悪い」
「ごめん」
しかしシンデレラは、その言葉を別の角度から受け取った。
「グレイブ」
エイブが見る。
「墓?」
「墓そのものではないわ」
シンデレラは黒いフレームへ近づいた。
「眠っているものを守る場所。失ったものを忘れないための場所。それに、エイブは私を入れた棺を十四年間守ったでしょう?」
「十四年間ずっと棺だったわけじゃない」
「でも、守った」
シンデレラは鏡越しにエイブを見る。
「グレイブ。私は嫌いじゃないわ」
エイブはしばらく何も言わなかった。
「……仮称だ」
「決まりね」
「仮称だと言った!」
ネイトが笑う。
「グレイブか。いいんじゃない?」
「お前まで乗るな」
「エイブより呼びやすいとかじゃなくて──」
「エイブの方が短い!」
「そうだった」
シンデレラは声を出して笑った。
エイブは不機嫌そうに設計画面へ戻ったものの、ファイル名を変更しようとはしなかった。
GRAVE — PROTOTYPE BODY
仮称は、そのまま残った。
◇
数日後、ガラスの靴の最終調整中に、地上監視班から一つの記録が届いた。
ラプチャーの残骸。
通常の火器とは違う破壊痕。
複数の物質が反応したような異常な熱変化。
一部には、装甲そのものが化学的に溶解した跡まで残っている。
エイブは画面を開いた瞬間、椅子から立った。
「どこだ」
マレーンが地図を表示する。
「北東。ここからかなり離れてる。痕跡そのものは少し古い」
「他には?」
「同じ特徴が三地点。全部、一定方向へ移動してる」
シンデレラがエイブの隣へ来た。
「何?」
エイブは破壊されたラプチャーの画像を拡大した。
「調合痕」
「調合?」
ネイトには意味が分からなかったが、シンデレラの目はすぐに変わった。
「まさか」
「ああ」
エイブが別の画像を開く。
高熱。
腐食。
通常弾では説明しにくい複数の反応。
十四年前、その場の状況に合わせて様々なものを作り、撃ち出していた専用武装がある。
「魔女のかまど」
シンデレラが呟いた。
エイブは頷いた。
「断定はできない。でも、似すぎてる」
「ヘンゼルとグレーテル?」
「可能性はある」
シンデレラはすぐにガラスの靴へ視線を向けた。
「行きましょう」
「待て」
「十四年待ったわ」
「整備が終わってない」
「あとどれくらい?」
「二時間」
「なら二時間待つ」
即答だった。
エイブは少し驚いた顔をした。
「待てるようになったな」
「私だって成長するわ」
ネイトが地図を確認する。
「リトルマーメイドの痕跡は?」
「今のところない」
エイブの声が僅かに低くなる。
「でも、まず一人ずつだ」
「二人じゃない?」
「ヘンゼルとグレーテルは一組で数える時もある」
「それ本人たちに言ったら怒られない?」
「むしろ喜ぶ」
シンデレラが小さく笑った。
「二人はずっと『一緒』だもの」
十四年前に空で散り散りになった家族の痕跡が、ようやく一つ見つかった。
シンデレラは新しいガラスの靴へ手を触れ、鏡面に映る自分を確かめる。エイブは出発前の点検項目を増やし、ネイトは地図へ補給地点と撤退路を書き込んだ。
今度の捜索は、一人ではない。
見つかるまで歩き続ける必要があるとしても、帰る場所も、帰る相手も残っている。その違いを知っているエイブは、地図に残された三つの痕跡を見つめながら、静かに端末を閉じた。
「二時間後に出る」
「ええ」
「今度は」
エイブはシンデレラを見る。
「全員で帰るぞ」
シンデレラは鏡を閉じ、まっすぐ頷いた。
「もちろん。家族を迎えに行くんだもの」