Fallout:GODDESS ―灰の世界から女神たちへ― 作:記録官
ヘンゼルとグレーテルの痕跡を追う準備が整ったのは、ガラスの靴の実動試験から五日後だった。その間にシンデレラは出力制限を段階的に解除し、四基を同時に扱う感覚もほぼ取り戻している。一方、エイブが自分用に設計していた黒い大型ボディも完成し、最後の神経接続試験を残すだけになっていた。
「本当にこれへ移るの?」
整備区画の中央に立つ黒い身体を、シンデレラが下から見上げる。以前のエイブより明らかに大柄で、装甲も厚く、長距離移動を前提とした脚部と大型装備用の支持機構が目立っていた。
「そのために作った」
「大きいわ」
「知ってる」
「黒いわ」
「それも知ってる」
「少し怖い」
「それは知らん」
エイブは端末を閉じると、自分で作った新しい身体を見上げた。白衣を思わせる輪郭は残してあるが、十四年前の研究所にいた自分をそのまま再現する気はなく、地上を歩き続けた時間も、棺を引きずってシンデレラを守った時間も、すべてを設計へ残している。
「研究者の身体としては過剰じゃない?」
ネイトが横から尋ねた。
「地上で十四年過ごした結果だ」
「説得力あるな」
「壊れたニケを運べる。大型部品も持てる。自分で最低限の戦闘もできる。精密作業用の出力制御も残した」
「棺も?」
「運べる」
エイブは即答した。
シンデレラの目が細くなる。
「もう棺に入る予定はないわ」
「予定して入った奴がどこにいる」
「美しくない想定ね」
「生存設計に美しさを持ち込むな」
「私は持ち込むわ」
言い争いを始めた二人を見ながら、ネイトは黒いボディの側面へ表示された名称を確認した。そこにはまだ試作段階で付けられた文字が残っている。
GRAVE
「結局そのままなんだな」
「仮称だ」
「五日前からずっと言ってる」
「仮称は仮称だ」
シンデレラは鏡を取り出し、エイブと黒い身体を一緒に映した。
「私は似合っていると思う」
「まだ私じゃない」
「もうすぐでしょう?」
エイブは何か言い返そうとして、やめた。
◇
移行そのものは問題なく終わった。
新しい身体で目を開けたエイブは、最初の数分を指の動作確認に使った。大柄な身体とは不釣り合いなほど細かな動きで工具を拾い、極小のコネクターをつまみ、力を掛けすぎないよう机へ戻す。
「精密制御、問題なし」
マレーンが計測結果を見る。
エイブは立ち上がり、次に歩行を試した。以前より高くなった視点へ一瞬だけ戸惑ったものの、数歩進む頃には動きが安定し、試験用の重量物を片腕で持ち上げても姿勢は崩れなかった。
「どう?」
ネイトが尋ねる。
「悪くない」
「褒めてる?」
「私が作ったんだから当然だ」
「いつものエイブだな」
その言葉に、エイブは自分の黒い腕を見た。
「……ああ」
外見も重量も違う。
できることも増えた。
それでも身体を替えたからといって、十四年間を生きた自分が消えるわけではない。そのことを確かめるように、エイブは指を握ってから開いた。
「名前はどうするの?」
シンデレラが尋ねる。
「エイブ」
「身体の方」
「GRAVEでいい」
ネイトが眉を上げた。
「仮称じゃなかった?」
「面倒になった」
「そういう決め方?」
「お前がうるさいからだ」
シンデレラは満足そうに笑った。
「じゃあ、グレイブね」
「私までそう呼ぶな」
「エイブはエイブよ。グレイブは今のあなたの姿」
それなら構わない、と言う代わりに、エイブは出発用の端末を取り上げた。
「行くぞ。二人の痕跡が消える前に追う」
◇
魔女のかまどと思われる戦闘痕は、最初に発見された地点から北東へ続いていた。すべてが新しいわけではなく、古いものでは数か月前、新しいものでは十日ほど前と推定されるものまで混在しているため、単純に一直線へ移動しているわけではない。それでも破壊されたラプチャーの状態には明らかな共通点があり、エイブが設計者として見れば偶然で片づけられる範囲ではなかった。
捜索を始めて十二日目、三人とネイトは山間部に埋もれるように建てられた古い軍事施設へ辿り着いた。正面入口は大きく崩れているものの、瓦礫の一部だけが人の通れる幅に取り除かれ、崩落しかけた外壁にも新しい補強材が入っている。長期間放棄された廃墟にしては、あまりにも手が入っていた。
「ここだと思う」
シンデレラは声を抑えながら、周囲へ浮かせた四基のガラスの靴をゆっくり動かした。
「まだ決めるな」
エイブが地面へ膝をつき、残された痕跡を確認する。
「少なくともニケは出入りしてる。しかも一人や二人じゃない」
「二人以外にも?」
「見ろ」
複数の足跡が重なっている。一部は同じ規格の量産型らしいが、大きさも歩幅も揃っておらず、脚部を交換した個体らしい不規則な跡も混じっていた。
ネイトはPip-Boyを確認した。
「電力も生きてる。かなり使ってるな」
「二人暮らしにしては?」
「多すぎる」
エイブも端末を取り出し、山肌から漏れる熱を確認した。
「地下で水処理まで動かしてる。居住区画があるな」
シンデレラの表情が変わった。ヘンゼルとグレーテルが生きている可能性は高くなったが、ここに何があるのかまではまだ分からない。
四人が入口へ近づこうとした時、ネイトが突然片腕を横へ出した。
「止まって」
「何?」
「足元」
土の上を細い赤光が横切っていた。それは地面ぎりぎりの高さに張られ、少しでも進めば遮る位置にある。
「警報用か」
エイブがしゃがみ込む。
「懐かしいな」
ネイトは少し笑った。
「何が?」
「こういう罠。ウェイストランドだと入口にあるだけでちょっと安心する」
「罠を見て安心するな」
「自分で作る側だったから」
その直後、施設のどこかで機械音が鳴った。
『そこで止まって』
拡声器越しの女性の声が響いた。
シンデレラの顔から、笑みが消えた。
「……ヘンゼル?」
しばらく返事はなかった。
『名前を言って』
同じ声だった。十四年前より硬さはあるものの、エイブにもシンデレラにも聞き間違えようがない。
「ヘンゼル」
シンデレラがもう一度呼ぶ。
『どうして、その名前を知ってるの?』
「私よ」
『誰?』
シンデレラが言葉を失いかけたところで、エイブが一歩前へ出た。
「エイブだ」
施設内で何かが動く音がした。
「オールドテイルズを作ったエイブだ。シンデレラもいる」
『……エイブは死んだと思ってる。グレーテルもそう思ってる』
ヘンゼルの口調は昔と同じだった。
「勝手に殺すな!」
エイブの怒鳴り声が山間へ響いた。
横でネイトが肩を揺らす。
「笑うな」
「いや、元気だなと思って」
「お前も死んだと思われたら怒るだろ」
「俺、一回本当に死んでるからなあ」
「ややこしくするな!」
そのやり取りが聞こえたのか、拡声器の向こうで長い沈黙が続いた。
やがて、ヘンゼルの声が少しだけ揺れた。
『……本当にエイブ?』
「そうだ」
『シンデレラも?』
「ここにいるわ」
シンデレラが前へ出た。
四基のガラスの靴が彼女の周囲へ広がり、その鏡面に白い姿が映る。
「見れば分かるでしょう?」
ネイトが小声でエイブへ尋ねる。
「それ本人確認になる?」
「シンデレラならなる」
「なるんだ……」
施設上部の陰で何かが動いた。
最初に現れたのは黒を基調とした服の少女で、その少し後ろには白い姿が続く。十四年前と外見そのものはほとんど変わらないが、二人とも銃を構え、周囲すべてを警戒する目をしていた。
ヘンゼル。
グレーテル。
シンデレラは動かなかった。
「久しぶり」
ヘンゼルの銃口が僅かに震えた。
隣にいるグレーテルも、珍しく言葉を漏らす。
「……シンデレラ?」
「ええ」
シンデレラは微笑んだ。
「遅くなってごめんなさい」
ヘンゼルの手から銃が下がった。
「ヘンゼルは、本物だと思ってる」
隣を見る。
「グレーテルも、本物だと思ってる」
グレーテルが強く頷いた。
次の瞬間、二人は同時に走り出していた。
◇
最初にシンデレラへ飛びついたのはヘンゼルだった。グレーテルもほとんど遅れず腕を回し、三人は勢いのまま抱き合った。
「シンデレラ……!」
「二人とも」
シンデレラの声も震えていた。
「生きていたのね」
「ヘンゼルは、シンデレラが死んだと思ってた。グレーテルも、ずっとそう思ってた」
「私もよ」
シンデレラは二人を抱く腕へ力を込めた。
「ずっと探していたわ」
実際に探せた時間は短い。十四年の大半を眠っていた彼女にとって、目覚めてから双子の痕跡を追い始めるまで、それほど長い時間は経っていない。
それでも、心の中では十四年分失っていた。
ヘンゼルが顔を上げた。
「エイブも?」
「あそこ」
シンデレラが指した。
二人の視線が黒い巨体へ向かう。
少し沈黙した。
「……誰?」
「エイブだ!」
グレーテルが首を傾げる。
「大きい」
「身体を替えたんだ!」
ヘンゼルも黒い装甲を上から下まで見る。
「ヘンゼルは、エイブが黒くなったと思ってる。グレーテルも、すごく黒いと思ってる」
「感想が色しかないのか!」
「グレイブっていうの」
シンデレラが横から補足した。
「お前まで説明するな!」
十四年ぶりの再会だというのに、エイブの怒鳴り声で空気が少しだけ昔へ戻った。
◇
施設の中へ案内されて初めて、四人は発電量の理由を知った。
そこに暮らしているのはヘンゼルとグレーテルだけではなかった。古い量産型ニケが何十人もおり、片腕を別規格へ交換した者、脚部を継ぎ接ぎで修復した者、戦闘には戻れないほど損傷した者までいる。さらに奥には人間の姿もあり、老人や子供、負傷によって地上を長く移動できない者たちが、小さな集落のような生活圏を作っていた。
シンデレラは通路の途中で足を止めた。
「この人たちは?」
ヘンゼルは周囲を見渡してから答えた。
「捨てられた人たち」
少し間を置き、隣のグレーテルを見る。
「グレーテルも、そう思ってる」
ネイトの表情がわずかに硬くなった。
「誰に?」
「いろんな人に」
ヘンゼルは歩きながら説明を続けた。
「アークに入れなかった人。撤退命令が来なかった人。動けなくて置いていかれたニケ。直すより部品を取った方がいいって言われたニケ」
エイブの足が止まった。
「生きてる奴から?」
「うん」
ヘンゼルの返事は短かった。
「ヘンゼルは、それは嫌だと思った。グレーテルも嫌だと思った」
通路の向こうから、一人の量産型ニケが歩いてくる。片腕は本来のものではなく、違う型の部品を無理に合わせているが、本人は普通に荷物を抱えていた。
エイブはその接続を見て眉を寄せた。
「誰があれを付けた」
「ヘンゼル」
「配線が逆だ」
「でも動いてる」
「動いてるから正しいとは限らない!」
量産型ニケが困ったように二人を見比べた。
ネイトは思わず口元を押さえた。
「何がおかしい」
「俺も昔、同じ怒られ方したなと思って」
「お前よりはマシだ!」
「それ慰めになってる?」
ヘンゼルは少し考えた。
「ヘンゼルは、後で直してほしいと思ってる。グレーテルもお願いしたいと思ってる」
「最初からそう言え」
エイブはため息をついたが、量産型の腕をもう一度確認し、すでに修理工程を頭の中で組み始めていた。
◇
話を聞いたのは、施設の奥にある小さな食堂だった。
テーブルも椅子も拾い物ばかりで、同じ形のものはほとんどない。それでも清掃され、使えない部分は補修され、壁には子供が描いたらしい絵まで貼られている。
ヘンゼルとグレーテルは、軌道エレベーターから落ちた後、最初はアークへ戻ろうとしたのだという。しかし地上に取り残された者たちと出会い、助けながら移動するうちに、その人数は少しずつ増えていった。
「最初は一人だった」
ヘンゼルが指を一本立てる。
「次は三人。次は十一人。ヘンゼルは、途中から数えるのをやめた」
グレーテルが隣で頷いた。
「気づいたらここを直してた」
「二人で?」
シンデレラが尋ねる。
「最初は。今はみんなで」
ヘンゼルは少し笑った。
「魔女のかまどでラプチャーを倒して、使えるものを拾う。ヘンゼルが作って、グレーテルも作る。壊れたニケは直す」
ネイトは周囲を見回した。
「それなら、さっきの戦闘痕も二人のものか」
「見つけた?」
「かなり派手だった」
「ヘンゼルは上手にできたと思ってる」
グレーテルが得意そうに頷く。
しかし、二人の表情はその後すぐ硬くなった。
「それから、人類の部隊が来た」
シンデレラが姿勢を正す。
「助けに?」
「違う」
ヘンゼルは首を振った。
「私たちを連れていくって言った。ここにいるニケも、調べるって」
エイブの目が細くなる。
「どこの部隊だ」
「分からない。アークから来たって言ってた」
「人間は?」
「別の場所へ移れって」
「どこへ?」
ヘンゼルは答える前にグレーテルを見た。
「ラプチャーがいるところ」
ネイトの表情から笑みが消えた。
「それで拒否した」
「うん」
「向こうが引いた?」
「銃を向けた」
「それで?」
「壊した」
シンデレラが静かに尋ねた。
「殺したの?」
「人間は殺してない」
ヘンゼルは即答した。
「ニケも、動けなくしただけ。武器を壊して、帰した」
グレーテルが小さく付け加える。
「三回来た」
「三回とも?」
「帰した」
ネイトは椅子へ背を預けた。
「それで、人類のために戦うのをやめた?」
ヘンゼルは少し黙った。
グレーテルと視線を合わせる。
「ヘンゼルは、人類を守るために作られたと思ってた。グレーテルもそう思ってた」
シンデレラは何も言わず聞いている。
「でも、人類って言われても分からなくなった。ここにいる人も人類なのに、捨てられた」
ヘンゼルは食堂の奥を見た。
「ここにいるニケも、人類のために戦った。でも壊れたら要らないって言われた」
グレーテルの手が、机の下でヘンゼルの手を握った。
「だから、ヘンゼルは人類の味方をやめた」
少し間を置く。
「グレーテルもやめた」
シンデレラの瞳がわずかに揺れた。
「それでも、この人たちは守るのね」
「うん」
「人間も?」
「うん」
「ニケも?」
「うん」
ヘンゼルは迷わなかった。
「ここに来た人を守る」
ネイトが小さく息を吐いた。
「だったら、人類の敵になったわけじゃない」
双子が彼を見る。
「人類っていう大きな看板のために戦うのをやめて、自分たちで守る相手を決めたんだろ」
「でも、人類軍と戦った」
「ここを守るためにだろ?」
「うん」
「じゃあ俺も似たようなもんだ」
エイブが横目で見た。
「アークの研究所へ不法侵入したばかりの男が言うと説得力だけはあるな」
「死者ゼロ」
「誇るな」
「そこは結構大事だろ」
ヘンゼルの表情が少し緩んだ。グレーテルも、ネイトを見ながら小さく笑った。
◇
その日の夜、シンデレラは双子と三人だけで長く話した。
ネイトとエイブは少し離れた整備室を借り、壊れた量産型ニケの修理をしながら待つことにした。十四年間の出来事をすべて一晩で語れるはずはなく、何を話すかはシンデレラ自身に任せるべきだった。
「右腕、押さえて」
エイブが工具を差し込む。
「俺?」
「他に誰がいる」
「患者本人」
「本人に自分の腕押さえさせるな」
ネイトが量産型ニケの腕を固定すると、エイブは逆向きになっていた配線を外し、本来の接続へ戻していく。グレイブの大きな指は意外なほど器用に動き、数分後には不安定だった右腕が滑らかに曲がった。
「どうだ」
「動きます」
「痛覚異常は?」
「ありません」
「しばらく重いもの持つな。別規格を合わせてるから、後で関節側も作り直す」
量産型ニケは何度も頭を下げて出ていった。
ネイトは扉が閉じるのを見てから口を開いた。
「似てるな」
「何が」
「Vault-Nと」
エイブは少し考えた。
「規模は違う」
「そういう意味じゃなくて。拾える奴を拾ったら、いつの間にか増えてたところ」
「……否定はしない」
「だからあいつら、帰らないかもな」
エイブの手が止まった。
「分かってる」
十四年前なら、見つけた家族を自分のところへ連れ戻すことだけを考えたかもしれない。けれどエイブ自身、帰る場所を失った十四年間を経験している。
「ここは二人が作った場所だ」
「ああ」
「なら、奪うわけにはいかない」
ネイトは頷いた。
「帰る場所ってのは、一個じゃなくていい」
エイブは作業台へ次の部品を置いた。
「それ、お前が十四年前にも言いそうだな」
「言ったかも」
「覚えてないのか」
「十四年寝てたから」
「便利に使うな」
◇
翌朝、シンデレラは双子へ一つだけ尋ねた。
「Vault-Nへ来ない?」
ヘンゼルはすぐには答えなかった。グレーテルと見つめ合い、二人で周囲を見渡してから、ゆっくり首を横へ振る。
「ヘンゼルは行きたいと思ってる」
シンデレラの表情が明るくなりかける。
「でも、ここを置いていきたくないとも思ってる。グレーテルも同じ」
「全員で来てもいいのよ」
ネイトが横から続けた。
「人数は?」
「ここにいる人、全員」
「Vault-Nに入る?」
「今すぐ全員を余裕で、とは言わない。でも増築はできる」
「勝手に決めるな」
エイブが即座に割り込んだ。
「できるだろ?」
「できるが、構造計算と資材計画が先だ!」
「ほら、できる」
「お前な!」
双子が顔を見合わせ、久しぶりに声を上げて笑った。
それでも答えは変わらなかった。
「ありがとう」
ヘンゼルはシンデレラへ向き直った。
「でも、ヘンゼルはここにいたい。グレーテルも、ここにいたい」
「そう」
シンデレラは寂しそうに微笑んだが、引き留めようとはしなかった。
「なら、ここが二人の帰る場所なのね」
「うん」
グレーテルも頷いた。
シンデレラは二人へ近づき、もう一度抱きしめた。
「見つかってよかった」
「ヘンゼルも」
双子の腕が彼女の背中へ回る。
「グレーテルも、そう思ってる」
◇
別れ際、ネイトは古い地図を一枚広げた。
「ここからVault-Nへ直接の場所は教えられない。でも連絡方法は渡せる」
エイブが暗号化した短距離通信器を二つ置く。一つはこの施設用、もう一つは中継地点へ隠すためのもので、そこから先はVault-N側が定期的に確認する仕組みにした。
「困ったら呼べ」
「人類の命令?」
ヘンゼルが尋ねる。
「違う」
「中央政府?」
「もっと違う」
「じゃあ何?」
ネイトは少し考えた。
「近所付き合い」
エイブが顔をしかめた。
「数百キロ離れてる」
「距離の問題じゃないだろ」
「近所という言葉の問題だ」
ヘンゼルは楽しそうに首を傾げた。
「ヘンゼルは近所でもいいと思ってる。グレーテルもいいと思ってる」
「多数決で決まり」
「四人しか投票してないだろ」
「シンデレラも賛成」
「私は賛成よ」
「五対一」
「私を反対に数えるな!」
久しぶりに、ヘンゼルとグレーテルが昔と同じような笑い方をした。
物資。
部品。
医療。
ラプチャーの情報。
互いに無理のない範囲で交換し、片方だけでは対処できない危険が来た時には連絡する。人類連合軍でも中央政府でもなく、二つの避難所同士の約束として、それだけを決めた。
ネイトはヘンゼルと握手を交わした。
「命令はしない」
「人類のために戦えって言わない?」
「言わない」
「ここを守っていい?」
「それを決めるのは俺じゃないだろ」
ヘンゼルは一度グレーテルを見た。
「ヘンゼルは、この人を少し信用してもいいと思ってる」
グレーテルが頷く。
「グレーテルも」
「少しだけ?」
「まだ少し」
「まあ妥当か」
ネイトは笑って手を離した。
◇
出発前、エイブは施設の入口でもう一度振り返った。
ヘンゼルとグレーテルは残る。
それは失敗ではなかった。
見つけた相手を自分の場所へ連れて帰ることだけが、救うということではない。二人は十四年間を生き、自分たちで守る相手を選び、自分たちなりの帰る場所まで作った。
「エイブ」
シンデレラが隣へ来る。
「寂しい?」
「少し」
「私も」
シンデレラは鏡を閉じた。
「でも、生きていたわ」
「ああ」
「会えた」
「ああ」
「また来られる」
エイブは施設の前に立つ双子を見た。
「そうだな」
残っているのは、もう一人だった。
セイレーン。
彼女だけは、まだ何の痕跡も見つかっていない。
「次はセイレーンね」
「手掛かりがない」
「なら探すわ」
「時間が掛かるぞ」
「十四年より長い?」
エイブは答えなかった。
シンデレラはそれを見て、少しだけ笑った。
「なら大丈夫。待つことも、探すことも、もう知ってるもの」
ネイトは二人の少し後ろでその会話を聞きながら、Pip-Boyの時計を確認した。今回の目覚めでやるべきことは、かなり片づいている。
エイブは戻った。
シンデレラも目覚めた。
ガラスの靴も再び空へ上がった。
ヘンゼルとグレーテルも、生きて自分たちの場所を持っている。
それでも、この世界の時間は人間一人の寿命など待ってくれない。
「……そろそろかな」
ネイトの呟きを聞き取ったのは、エイブだけだった。
「何が」
「帰ってから話す」
エイブは数秒だけ彼を見つめたあと、何も聞き返さなかった。
十四年前と同じ答えなのだろうと、もう分かっていたからだった。