Fallout:GODDESS ―灰の世界から女神たちへ― 作:記録官
ヘンゼルとグレーテルの施設からVault-Nへ戻って一週間後、ネイトは再び冷凍区画に立っていた。前回この部屋へ来た時には、エイブもシンデレラも行方不明で、次に目覚める時に何が残っているのか分からないままポッドへ入ったが、今は状況が違う。エイブはグレイブの身体で隣に立ち、シンデレラは新しいガラスの靴と共に活動を再開し、双子についても生存と居場所を確認できている。
「また入るのか」
「ああ」
「今度は何年?」
「分からない」
エイブは明らかに気に入らなさそうな顔をしたが、ネイト自身にも答えようがなかった。人間である以上、ニケたちと同じ時間感覚で何十年も待つことはできず、必要のない時期まで起き続ければ、それだけ使える時間を失うことになる。一度老いて死ぬところまで生きたネイトには、人間の寿命がどれほど長く、同時にどれほど短いものなのかがよく分かっていた。
「俺が起きてなきゃ回らない状況じゃないだろ」
「だから寝る?」
「それが一番大きい」
ネイトは区画中央の操作端末を開いた。十四年前に設定した緊急解凍条件はエイブの失踪によって一度役目を果たしたが、その当時からVault-Nの顔ぶれも状況も変わっているため、このまま使い続けるわけにはいかなかった。
「まずVault-Nそのものに重大な危機が起きた場合。これは変えない。リリスの生命維持に危険が出た時も即時解凍でいい」
「PROJECT LILYは?」
「状況が大きく変わった時。特に残ってるデコイ側に動きがあった場合は起こしてくれ」
「私からの緊急要請」
「当然」
エイブは表示された一覧を読み、すぐに眉を寄せた。
「シンデレラは?」
「あ」
「入れろ」
「今入れる」
「マレーン」
「入れます」
「薔花たちは?」
ネイトは少し考え、単独判断ではなくVault-N側の複数人承認で緊急解凍できる項目を追加した。秘密を知る者一人だけへ全権を集中させず、それでも翼会議の構成員が動けなくなった時に対応できるよう、現在の運用に合わせて条件を作り直していく。
「ヘンゼルとグレーテルにも、緊急コードを渡しておく」
「Vault-Nの場所まで?」
「そこまでは教えない。中継地点へ信号を送れば、こっちで確認できる形にする」
「セイレーンは」
「見つけたら同じものを渡す」
エイブはそこでようやく頷いた。
「それならいい」
最後に追加したのは、緊急事態ではない定期解凍だった。冷凍設備そのものが安定していても、人間を何十年も入れたまま「たぶん大丈夫」で済ませるわけにはいかず、一定間隔で短時間だけ起こして身体と神経系を検査し、設備側にも異常がないことを確認する。ネイトとしては面倒だったが、十四年間眠った直後の体調を経験したばかりなので、そこに反論する気にはならなかった。
「定期検査まで入れるのか」
「お前が人間だからな」
「寝てる方が健康じゃない?」
「知らん。だから検査する」
「正論だなあ」
エイブは端末を閉じた。
「今度は最初から考えろ」
「十四年前の俺に言って」
「今のお前も同じだろ」
「否定できない」
◇
冷凍区画の扉が開き、シンデレラが入ってきた。今日は四基すべてを連れているわけではなく、一基だけが彼女の後ろを静かに浮遊しており、磨かれた鏡面には冷凍ポッドと、その前に立つ三人の姿が映っている。
「本当に寝るの?」
「うん」
「せっかく起きたのに」
「その起きてた間が濃すぎたんだよ」
「数か月でしょう?」
「十四年間行方不明だったエイブをアークから攫い返して、シンデレラを起こして、ガラスの靴を作り直して、エイブがでかくなって、双子まで見つけた」
「最後の一つ雑じゃないか」
グレイブの巨体から抗議が飛んできた。
「それに」
エイブは少し口元を上げる。
「アークで都市伝説にもなった」
「それは言わなくていい」
「都市伝説?」
シンデレラが興味を示したため、ネイトは嫌な予感を覚えた。
「廃材纏いのスクラッパー」
エイブが即答した。
数秒間、シンデレラはネイトを見つめた。視線が顔から下へ移り、かつて研究施設へ乗り込むために選んだレイダー・パワーアーマーを思い浮かべているらしいと分かると、ネイトは先回りして首を横へ振った。
「笑うなよ」
「ごめんなさい」
「もう笑ってる」
「でも、とてもネイトらしいわ」
「どこが?」
「よく分からない物を拾ってきて、まだ使えると言って持ち帰って、気づけば何か別の物になっているところ」
「エイブ」
「正しい」
「味方がいない」
シンデレラはしばらく楽しそうに笑っていたが、やがてガラスの靴へ軽く触れ、表情を落ち着かせた。十四年前の別れとは違い、今回はネイトが自分の意思で眠り、また必要になれば起きると知っている。それでも、いつ起きるか分からない相手を送り出す寂しさまでなくなるわけではなかった。
「次に起きるまでに、セイレーンを見つけるわ」
「無理はするなよ」
「探すだけよ」
「ヘンゼルとグレーテルのところにも?」
「行くわ。二人とも、あの施設を維持するだけで大変でしょうし」
「人類軍がまた来たら?」
シンデレラは一瞬考え、浮いているガラスの靴を見た。
「まず話す」
「それでも撃ってきたら?」
「武器を壊す」
ネイトはエイブへ視線を向けた。
「俺の影響?」
「知らん。少なくとも殺さない方が後始末は楽だ」
「そこなんだ」
「重要だろ」
確かに重要だった。アークとの関係をさらに悪化させることが目的ではなく、守るべき者を守りながら不要な死者を出さないという点では、ネイトも異論はなかった。
「じゃあ、頼む」
「ええ」
シンデレラが手を差し出した。
ネイトはその手を握った。十四年前にはクイーンへ向かうシンデレラを見送り、今度は自分が眠りにつく側にいることが少し可笑しかった。
「おやすみ、ネイト」
「おやすみ」
「起きた時には、もっと美しくなっているかもしれないわ」
「今でも十分だと思うけど」
シンデレラが少し驚き、その後で満足そうに笑った。
「本当に上達したわね」
◇
マレーンが区画へ入ってきたのは、ネイトが装備を外してポッドの最終確認をしている時だった。手には冷凍設備の検査結果があり、本人よりも周囲の方が慎重になっていることがよく分かる。
「また寝るって聞いた」
「うん」
「今度こそ長く寝ろ」
「それ、人にお願いすること?」
「起こして数か月で研究所に侵入される側の気持ちも考えて」
「俺が望んで起きたわけじゃないだろ」
「起こしたのはこっちだけど、その後が問題」
「エイブ助けたじゃん」
「そこは感謝してる」
マレーンは真面目な顔を保とうとしたが、最後には少し笑った。
「次に起きたら管理費取るから」
「まだ言うの?」
「十四年分、前回踏み倒してる」
「俺がここ作ったんだぞ」
「維持したのはこっち」
「強い」
言い返せなくなったネイトを見て、エイブまで笑った。
ネイトはポッドの縁へ腰を下ろし、透明な蓋を見上げた。Vault 111で初めてこの形の装置へ入った時、自分はこれから起きることを何も知らず、目覚めた時にはノーラを失い、ショーンを奪われていた。今も冷凍睡眠を好きになれたわけではないが、今回はその時とは決定的に違う。
「怖い?」
シンデレラが尋ねた。
ネイトは少し考えた。
「前よりはマシかな」
「怖くない、ではないのね」
「この形はどうしてもな」
それでもポッドから降りようとはしなかった。目の前にはエイブがいて、シンデレラがいて、マレーンがいる。壁の向こうではVault-Nの住民が生活し、さらに別の区画ではリリスの脳が今も安定して維持されている。
「今回は」
ネイトは透明な蓋へ触れた。
「起こしてくれる奴がいるから」
エイブは何も言わず、マレーンも少しだけ目を伏せた。
スピーカーから声が届いた。
『ネイト』
「リリス」
『聞こえてるよ』
「身体、ちゃんと作ってもらえよ」
『エイブに頼んでます』
「前より丈夫に」
「勝手に要求を増やすな」
『私からもお願いします』
「二人して!」
エイブの声に、リリスが楽しそうに笑った。
ネイトも笑いながらポッドの中へ横になる。
「エイブ」
「何だ」
「リリスの身体、急いで壊すなよ」
「誰に言ってる」
「天才科学者」
「分かってるなら黙って寝ろ」
「シンデレラ」
「ここにいるわ」
「双子によろしく」
「ええ」
「マレーン」
「何?」
「家賃は勘弁して」
「駄目」
「最後くらい優しくしてくれない?」
「起きてから交渉して」
透明な蓋がゆっくり閉じ始めた。
◇
密閉が完了すると、外の音が少し遠くなった。ネイトは左腕のPip-Boyを操作し、最後にVault-Nの状態表示を呼び出した。
VAULT-N:正常
リリス:生命維持安定
PROJECT LILY:DECOY ACQUISITION 1/2
シンデレラ:活動中
エイブ/グレイブ:活動中
ヘンゼル:生存確認
グレーテル:生存確認
セイレーン:未確認
最後の一行で指が止まった。
「……見つかるといいな」
ポッドの外からシンデレラの声が返ってくる。
「見つけるわ」
ネイトは透明な蓋越しに彼女を見た。そこには迷いよりも確信があり、エイブも隣で否定しなかった。
『ネイト』
もう一度リリスの声がする。
『おやすみなさい』
「おやすみ」
『次に会う時は、身体があるといいな』
「ロボブレインでも?」
『絶対に嫌』
十四年前とほとんど同じ返事だった。
ネイトは笑った。
「じゃあ、またな」
「ええ。また」
「ああ」
「ちゃんと起きろよ」
シンデレラ、エイブ、マレーンの声が順番に届く。
冷却が始まり、視界の端がゆっくり白く曇っていった。今度は失ったものを探しに目覚めるのではなく、誰かが自分を必要とした時に戻ってくるための眠りだった。
ネイトは最後まで開いていたPip-Boyの画面を閉じ、目を閉じた。
そのすぐ外側で、帰る場所の灯りは消えずに残っていた。