Fallout:GODDESS ―灰の世界から女神たちへ― 作:記録官
第44話 予定外の目覚め
最初に異常だと気づいたのは、警報が鳴っていなかったからだった。ネイト・フォーリーが目を開けると、冷凍ポッドの内側を覆っていた霜はすでに薄くなり、頭上では解凍工程の終了を示す緑色のランプが点灯している。喉の奥には長い冷凍睡眠から目覚めた時特有の渇きが残っていたが、Vault-Nの照明も空調も正常で、壁の向こうから聞こえる機械音にも慌ただしさはなかった。
ポッドの蓋が完全に開くまで待ってから、ネイトは上体を起こした。左腕のPip-Boyは問題なく動作しており、時刻と施設状態を呼び出してみても、そこには緊急事態を示す表示が一つもない。
VAULT-N:正常
LILIWEISS:生命維持安定
PROJECT LILY:DECOY ACQUISITION 1/2
CINDERELLA:活動中
ABE/GRAVE:活動中
HANSEL:生存確認
GRETEL:生存確認
SIREN:未確認
「……じゃあ、何で起きてるんだ?」
誰も答えない。前回、自分からポッドへ入った時には、必要のない時間まで起きて人間としての寿命を削らないため、解凍条件を細かく設定し直した。Vault-Nの重大危機、リリスの生命維持異常、エイブからの緊急要請、PROJECT LILYの重大変化など、どれも今の表示には該当していない。
しかも、今回は警報すらなかった。
解凍装置そのものは、まるで誰かから正規の命令を受けたかのように静かに仕事を終えている。
「リリス?」
Pip-Boyから生命維持区画へ内部通信を繋ぐと、しばらくしてスピーカーから眠そうな声が返ってきた。
『……ネイト?』
「おはよう。俺を起こした?」
『起こしてないよ』
「だよな」
『起きてるの?』
「見れば分かるだろ」
『こっちからは見えないよ』
「それもそうか」
しばらく沈黙した後、通信の向こうで端末を操作する音がした。リリス自身も異常を確認しているらしく、先ほどまでの眠そうな声から少しずつ調子が変わっていく。
『私の方には何も出てない。生命維持も正常だし、緊急解凍の命令も送ってないよ』
「PROJECT LILYは?」
『一のまま。何も増えてない』
「エイブから要請は?」
『来てないね』
ネイトはポッドの縁へ腰掛けた。少なくとも、眠っている間に誰かが死にかけたわけではないらしい。その事実だけで安心は出来たが、だからといって自分が起きている理由は一つも説明されなかった。
「じゃあ、本当に誤作動か」
『冷凍ポッドでそれ言うの、かなり嫌だなあ』
「使ってる本人もそう思う」
ネイトが立ち上がろうとしたところで、冷凍区画の扉が開いた。
入ってきたのは、見覚えのない若い女性だった。Vault-Nの作業服を着ており、片手には工具箱、もう片方には端末を持っている。彼女は開いたポッドを見て足を止め、次に中から出ようとしているネイトを見て、さらに固まった。
「……フォーリーさん?」
「たぶん」
「本当に?」
「本人確認から始める?」
女性は慌てて端末を確認した。Vault-Nで働いている以上、記録上のネイトを知らないわけではないらしい。それでも冷凍状態で保存されているはずの人物が普通に座っていれば、驚くのも無理はなかった。
「解凍予定、ありませんでしたよね?」
「俺も今それを聞こうと思ってた」
「警報も出ていません」
「それも確認した」
彼女はポッド脇の保守端末へ接続すると、ログを遡り始めた。ネイトも横から覗き込んだが、表示されているのは正規の解凍手順ばかりである。冷却停止、循環回復、体温上昇、生命維持補助解除と、工程そのものには何の異常もない。
問題は、その最初にあるはずの命令だった。
「……開始要求がない」
女性が呟いた。
「ない?」
「はい。解凍シーケンスは正常に始まっています。でも、その前段階の命令記録がありません」
「勝手に起きた?」
「機械が勝手に判断する仕組みではありません」
「だよな」
ネイト自身が設定した条件を思い出しても、そんな自由裁量を冷凍装置へ与えた覚えはなかった。生命維持に関わる設備だからこそ、誰が、いつ、何の理由で動かしたかを残すよう徹底してある。
数分後、さらに重い足音が廊下から近づいてきた。
「どけ」
扉を抜けてきたグレイブの大きな身体が、そのままポッドの前へ進む。
「久しぶり、エイブ」
「寝起きの挨拶は後だ」
「そっちは元気そうで」
「黙って座ってろ」
ネイトが何か言い返す前に、エイブは保守端末を占領した。若い整備担当がすぐ横へ退き、これまでに確認した内容を手短に伝える。
解凍工程に異常なし。
生命維持にも問題なし。
緊急条件の成立記録なし。
外部からの解凍命令も確認出来ない。
にもかかわらず、正規のシーケンスだけが開始されている。
「ログ欠損は?」
エイブが尋ねる。
「該当部分だけ消えた痕跡もありません」
「電源瞬断」
「なしです」
「制御装置の自己診断」
「正常」
エイブは返事をせず、ポッド側の端末から制御基板まで順番に確認していった。ネイトには専門的な部分までは分からないため、邪魔をしないよう少し離れた椅子へ座る。
「俺、もう一回寝ればいい?」
「駄目だ」
「早いな」
「原因不明のまま同じポッドへ戻すと思うか?」
「思わない」
「なら聞くな」
そこから数時間、エイブは冷凍ポッドを調べ続けた。
結論は出なかった。
◇
翌日になっても、原因は分からなかった。
ポッドそのものは一度停止され、エイブとVault-Nの整備担当によって分解検査へ回された。少なくとも、その結果が出るまではネイトが再び眠ることは出来ない。
「本当に何もないのか?」
『何もないよ』
生命維持区画でリリスと話しながら、ネイトは念のためもう一度現在の状況を確認していた。PROJECT LILYは依然として1/2で止まっており、偽装頭部以外に新たな取得物はない。リリス自身の生命維持も安定している。
『エイブは身体の研究を続けてる。時間は掛かってるけどね』
「ロボブレイン案ならいつでも」
『嫌』
「即答だな」
『前にも言ったでしょ』
声に以前と変わらない元気があることを確認し、ネイトは少し笑った。
シンデレラは今も地上でセイレーンを探している。ヘンゼルとグレーテルも彼女たち自身の場所で生きており、Vault-Nとは必要な時に連絡を取り合っていた。エイブもグレイブの身体で活動を続け、レッドシューズに関しても監視下での研究以外に変化はない。
眠りにつく前と比べれば、年月そのものはかなり過ぎている。
それでもVault-Nは残っていた。
「何年?」
『起きてから聞いてなかったの?』
「昨日はポッドの話でそれどころじゃなかった」
リリスが年数を教えた。
ネイトは思わず天井を見た。
「……また結構寝たな」
『本人には昨日の続きなんでしょ?』
「大体ね」
人間として起きている時間を節約するために冷凍睡眠を選んだ以上、当然の結果ではある。それでも、自分にとっては数日前だった出来事が、他の者たちにとっては何十年も前になっている感覚には、未だに完全には慣れなかった。
『どうするの?』
「ポッド直るまで暇なんだよな」
『だからって変なことしないでよ』
「信用ないな」
『あるから言ってるの』
「それ、信用って言う?」
通信を切った後、ネイトはしばらくVault-Nの中を歩いた。
知らない顔が増えていた。逆に、以前いた者の姿が見えないこともある。ここは秘密施設であると同時に、地上で行き場を失った者が一時的に身を寄せる場所でもあるため、住人が入れ替わること自体は珍しくなかった。
自分が眠っている間にも、時間はちゃんと進んでいた。
それを実感すると、今のアークがどうなっているのか少し気になった。
◇
「観光?」
エイブが露骨に嫌そうな顔をした。
「情報収集」
「観光だろ」
「半分くらい」
「正直だな」
ポッドの制御部品を机いっぱいに広げたまま、エイブはネイトを睨んだ。昨日から調査を続けているものの、依然として明確な故障箇所は見つかっていない。
「外へ出るなとは言わない。でも、アークで余計なことするな」
「俺を何だと思ってる?」
「ジャンクアーマーで警備を突破した前科者」
「人聞き悪いな」
「事実だ」
「今回は普通の服で行く」
「そこじゃない」
とはいえ、最終的に止められはしなかった。
ネイトが今のアークを確認しておくこと自体には意味がある。Vault-Nが完全に地下だけで完結しているわけではなく、物資や情報の一部はアーク社会の変化に影響されるからだ。
外へ出る準備を整える前に、ネイトは過去数十年分のアーク関連記録へ目を通した。
そこで最初に目についたのが、第一次地上奪還戦だった。
人類はアークへ逃げ込み、いつか地上を取り戻すため戦力を整えた。しかし最初の大規模な奪還作戦は失敗し、その損害と失望の矛先は、戦ったニケたちへ向けられていた。
「……そうなるか」
記録を読み進めながら、ネイトは眉を寄せた。
作戦の失敗理由は一つではない。戦力、情報、指揮、敵側の能力など複数の要素が重なっている。それでも市民の間では、「ニケが勝てなかった」という単純な形へ話が圧縮されていた。
ニケへの不信。
恐怖。
嫌悪。
露骨な差別。
昔からなかったわけではないが、それが以前よりずっと大きくなっている。
「命張って戦わせた後にこれか」
ウェイストランドで人間の醜い部分を散々見てきたネイトにとっても、気分のいい記録ではなかった。
だからこそ、実際の街を見ておこうと思った。
◇
久しぶりに入ったアークは、ネイトの記憶より華やかになっていた。
建物は増え、商業区画には以前より多くの広告が並び、人々の服装にも余裕が見える。地上でラプチャーと戦争を続けている世界だということを忘れそうなほど、地下都市としての生活は完成されつつあった。
その一方で、記録で読んだ変化もすぐに見えた。
通りを歩く量産型ニケへ露骨に距離を取る人間がいる。
店先で人間の客を先に通されても、何も言わず待つニケがいる。
壁にはニケへの侮辱を書き殴った跡が残り、その上から別の誰かが消そうとした形跡もあった。
「ひどくなったな」
ネイトは誰にも聞こえない程度の声で呟いた。
自分が眠っている間に社会全体が変わったのなら、一人でどうにか出来る問題ではない。正義感だけで飛び込んでも、目の前の一件を止める以上の効果は期待出来ないだろう。
だからまず見る。
誰が何をしているのか。
何が変わり、何が残っているのか。
軍人だった頃から、分からない場所へ入った時に最初にすることは同じだった。
その途中。
人の流れが、一つの方向へ集まっていることに気づいた。
「何だ?」
最初は何かの事故かと思った。
しかし誰も逃げていない。
むしろ楽しそうに歩いている。
広場へ出ると、大型スクリーンが目に入った。
映っていたのは一人の女性だった。
華やかな衣装を着たニケが、ステージの上で笑っている。
『みんなー! 今日も来てくれてありがとー!』
歓声が画面越しにも聞こえた。
周囲を見る。
人間がいる。
ニケもいる。
さっきまで街のあちこちで見た空気とは明らかに違い、誰も画面の中のニケを嫌悪する目では見ていなかった。
「プリティー!」
近くにいた子供が叫んだ。
それに合わせて、他の観客からも名前が上がる。
プリティー。
アークで人気の芸能人らしい。
ネイトは足を止めた。
単に歌が上手いからではない。
ニケである彼女を、人間たちが普通に見上げている。
その光景の方が気になった。
「……面白いな」
しばらく画面を眺めてから、近くの売店へ向かった。
「これ、今度どこでやる?」
店員が差し出したのは、プリティーの出演予定が載った小さなプログラムだった。
「ファンですか?」
「今からなるかもしれない」
「なら次のイベントがおすすめですよ」
「じゃあ、それ一枚」
予定外に目覚めた理由は、まだ分からない。
冷凍ポッドの故障箇所も見つかっていない。
再び眠れるようになるまで、どれだけ掛かるかも不明だった。
それでも、せっかく起きているのなら。
今の世界をもう少し見ておくくらいは悪くない。
ネイトは手にしたプログラムを折らないようポケットへしまい、広場を後にした。
次に見る時は、画面越しではなくてもいいかもしれない。