Fallout:GODDESS ―灰の世界から女神たちへ―   作:記録官

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第48話 死ぬためじゃない

 復活ライブの準備が本格化してからも、プリティーの様子は以前ほど危うくは見えなかった。

 

 仕事量そのものは決して少なくない。会場との打ち合わせ、報道対応、リハーサルに加え、人権活動も可能な範囲で続けている。それでも以前のように休憩時間まで仕事で埋めようとはせず、ハンソンが予定を調整すれば素直に従うようになっていた。

 

 ネイトが見ても、少なくとも「止まったら壊れるから走り続けている」状態ではない。

 

 だからこそ、別の違和感があった。

 

 落ち着きすぎている。

 

 大きな仕事を前にした緊張がないわけではないのに、復活ライブの先について話す時だけ、時折プリティーの言葉から未来が抜け落ちる。それはほんの僅かな違いだったが、帰れない作戦へ向かう兵士を何度も見てきたネイトには、どうにも引っかかっていた。

 

 その理由を最初に聞いたのは、ネイトではなかった。

 

◇

 

 その日、復活ライブに関する打ち合わせを終えた後、プリティーはミセス・ミスだけを応接室へ残した。

 

 ハンソンには警備担当との確認が残っており、ネイトも会場の別区画を見に行っている。二人きりになった室内で、ミセス・ミスは片付けかけていた資料を机へ戻した。

 

「わざわざ私だけ残したってことは、仕事の話じゃないわね」

 

「分かる?」

 

「あなたを何年見てきたと思ってるの」

 

 プリティーは小さく笑ったものの、すぐには本題へ入らなかった。机に置かれた会場図を眺め、指先でステージの位置をなぞる。何万人もの観客が集まり、人間とニケが同じ場所から自分を見ることになる舞台だった。

 

「ミセス・ミス」

 

「何?」

 

「私、今が一番輝いてると思う?」

 

 唐突な問いだった。

 

 それでも、ミセス・ミスは冗談として流さなかった。

 

「そうね。知名度も支持も、活動休止前より上よ。アイドルとして表へ出ていない期間まで含めて、今が一番多くの人に名前を知られている」

 

「ニケにも?」

 

「もちろん」

 

「人間にも?」

 

「あなたを嫌っている人間ですら、あなたが誰かは知ってるわ」

 

 プリティーは一度だけ頷いた。

 

「じゃあ、今がちょうどいい」

 

 その言葉で、ミセス・ミスの表情が変わった。

 

「何が?」

 

「一番輝いてる時に、一番大きなライブをする。それで、プリティーを一番綺麗なところに残すの」

 

 言葉自体は穏やかだった。

 

 だからこそ、意味を理解するまで数秒掛かった。

 

「……ライブを最後に引退するって話?」

 

「それなら、もっと簡単だったかもね」

 

「プリティー」

 

 声の低さが変わった。

 

 プリティーは目を逸らさなかった。

 

「アイドルって、いつか忘れられるでしょ。どれだけ人気があったって、新しい人が出てくる。新しい歌が流行って、昔のスターは昔の人になっていく」

 

「あなたはニケよ。百年後だって活動出来る可能性はあるでしょう」

 

「それじゃ駄目なの」

 

 即答だった。

 

 ミセス・ミスは椅子へ深く座り直した。

 

「何が駄目なのか、最初から説明しなさい」

 

 プリティーは少し考えてから、自分が以前から胸の内で組み立ててきたものを言葉にした。

 

 ゴッデスは今でも人々に知られている。

 

 地上を奪われ、人類がアークへ逃げ込み、ニケそのものへ反感を抱く人間が増えた後でさえ、ゴッデスだけは特別な存在として語られ続けている。

 

 彼女たちは戦った。

 

 そして伝説になった。

 

「私も、そうなれたらって思ったの」

 

「だから死ぬの?」

 

「死にたいわけじゃない」

 

 プリティーの返事は早かった。

 

 その一言だけは、少しも迷わなかった。

 

「お父さんともやっと仲直り出来たし、ハンソンともまだ話してないことがいっぱいある。アニスにもまた会いたい。やりたいことだってある」

 

「なら生きなさい」

 

「でも」

 

 プリティーは机の上の会場図へ視線を落とした。

 

「もし、あのライブで何かが起きたら」

 

「何かって?」

 

「分からない。でも、今のアークでニケを無料で何万人も入れて、プリティーの復活ライブをやるのよ。私を嫌ってる人だって、何かしようと考えるかもしれない」

 

「警備を厳重にするために準備してるんでしょう」

 

「もちろん。私から事件を起こす気もないし、誰かに頼むつもりもない」

 

 そこまで言ってから、プリティーは僅かに間を置いた。

 

「でも、本当に何か起きた時……逃げなければ、プリティーは一番輝いてるところで止まれる」

 

 ミセス・ミスはしばらく何も言わなかった。

 

 プリティーが壊れているようには見えない。

 

 判断力を失っているようにも見えない。

 

 死にたいと願っているわけでもない。

 

 それでも、自分の命を一つの手段として計算に入れている。

 

「あなた」

 

 ミセス・ミスはゆっくり息を吐いた。

 

「自分をアイドル商品として扱いすぎよ」

 

 プリティーの目が僅かに揺れた。

 

「私がそうしたから?」

 

「……」

 

「私を星にしたかったから、最初に祭り上げたんでしょ」

 

「そうよ」

 

 否定はしなかった。

 

「だからって、星になるために死ねなんて教えた覚えはない」

 

「でも、私がいなくなった後も意味は残る」

 

「残れば何?」

 

 ミセス・ミスの声が強くなった。

 

「あなたがいないことまで正当化されるの?」

 

 プリティーは答えなかった。

 

 しばらく二人の間に沈黙が落ちた後、彼女は別の話をするような口調で言った。

 

「お願いがあるの」

 

「嫌よ」

 

「まだ何も言ってない」

 

「大体分かる」

 

「それでも聞いて」

 

 ミセス・ミスは額へ指を当てた。

 

 拒絶したところで、プリティーが考えていることまで消えるわけではない。

 

「……何?」

 

「次の星を見つけて」

 

 予想していたはずなのに、胸の奥が痛んだ。

 

「私がいなくなった後も、そこで終わらせないで。人間が憧れられるニケを、また作ってほしい」

 

「あなたの代わりを?」

 

「違う」

 

 プリティーはすぐに首を横へ振った。

 

「私二号なんていらない。次の子は次の子で、その子にしか出来ないやり方で輝けばいい」

 

 ミセス・ミスは目を閉じた。

 

 自分が育てたアイドルが、自分の葬式の後の仕事まで依頼している。その事実を受け入れるには、あまりにも悪趣味だった。

 

「……約束はする」

 

 やがて答えた。

 

「でも、あなたが生きて帰ってきたとしても約束は有効よ」

 

 プリティーが少し目を丸くする。

 

「帰ってきたら?」

 

「一緒に探しなさい」

 

「表に出られなくても?」

 

「裏方はいくらでもいるわ」

 

 プリティーはほんの少し考えてから笑った。

 

「プロデューサー?」

 

「百年早い」

 

「ニケだから待てるけど」

 

「そういう意味じゃない」

 

 二人とも笑った。

 

 それでもミセス・ミスの胸にある不安は、一つも消えていなかった。

 

◇

 

 ネイトが確信したのは、その数日後だった。

 

 復活ライブのリハーサルを眺めていた時、プリティーがステージから降りてきた。スタッフと冗談を交わし、ハンソンへ次の予定を確認している姿は普段と変わらない。

 

 なのに、ライブ後の話になるとおかしい。

 

「終わったら打ち上げ?」

 

 ネイトが何気なく尋ねる。

 

「たぶんね」

 

「次の日は?」

 

「休むんじゃない?」

 

「その後は?」

 

「人権活動とか」

 

「次のライブは?」

 

 プリティーの返事が、そこでほんの少し遅れた。

 

 数秒にも満たない。

 

 だが、ネイトには十分だった。

 

「プリティー」

 

「何?」

 

「ちょっと来て」

 

「今?」

 

「今」

 

 彼女の腕を掴むことはしなかった。人の少ない裏通路へ向かい、ついてくるかどうかは本人へ任せる。

 

 しばらくして後ろから足音が聞こえた。

 

「急に何なの?」

 

 通路の奥で立ち止まり、ネイトは正面からプリティーを見る。

 

「ライブで、何か起きると思ってる?」

 

 彼女の表情が固まった。

 

「警備についてならハンソンが──」

 

「そういう話じゃない」

 

 ネイトは首を横へ振った。

 

「君、ライブの後も帰ってくるつもりある?」

 

 今度は返事がなかった。

 

 それだけで、答えはほとんど出てしまった。

 

「……どうして分かったの?」

 

「昔、似た顔した奴を何人か見た」

 

「どんな顔?」

 

「帰れないかもしれない作戦に行く前に、もう覚悟だけ済ませた奴の顔」

 

 プリティーから、いつもの冗談めいた表情が消えた。

 

「ミセス・ミスには話した」

 

「ハンソンは?」

 

「知らない」

 

「他には?」

 

「誰も」

 

 ネイトは壁へ寄り掛かりながら腕を組んだ。

 

「最初に一つだけ聞く。死にたい?」

 

「違う」

 

「じゃあ、生きたい?」

 

 今度は僅かに迷った。

 

 けれど返ってきた声は、はっきりしていた。

 

「……生きたい」

 

「なら、話は早い」

 

「早くないわよ」

 

 プリティーが少し苛立ったように眉を寄せる。

 

「私が普通に生き続けたら、プリティーはいつか忘れられる。今はみんなが見てるけど、それが永遠に続くわけじゃない」

 

「それでいいじゃないか」

 

「よくない!」

 

 思わず出た大声が通路に響き、プリティー自身が周囲を確認してから声を落とした。

 

「私一人が長生きしたいからやってるんじゃない。私を見て、ニケを前と違う目で見てくれた人がいる。アニスみたいに、私を見て生きようって思ってくれた子もいる」

 

「分かってる」

 

「分かってない」

 

「分かってるよ」

 

 ネイトの声は静かだった。

 

「だから、君がやろうとしてることを全部やめろって言ってるわけじゃない」

 

 プリティーの表情に戸惑いが浮かぶ。

 

「どういう意味?」

 

「プリティーが死ぬことと、君まで死ぬことは同じなのか?」

 

 彼女は意味を測るようにネイトを見た。

 

「……私がプリティーよ」

 

「そうだ」

 

 ネイトは頷いた。

 

「でも、君はプリティーだけじゃないだろ」

 

 ネイトは彼女の本名を知らない。

 

 父親が誰なのかも知らない。

 

 昔ゴッデスに憧れていた少女だったことも、その父親とつい最近和解したことも知らない。

 

 それでも、知っていることはある。

 

「ステージを降りても君はいる。ハンソンに文句言って、俺を勝手にファン認定して、仕事が嫌なら嫌って言う。会いたい奴も、帰る場所もあるんだろ?」

 

 プリティーの唇が少し開いた。

 

「それ全部捨てないと、星にはなれないのか?」

 

 答えは返ってこなかった。

 

 ネイトは一度言葉を切り、どこまで話すべきか考えた。

 

「俺が知ってる奴の中には、世間から死んだことになってる奴がいる」

 

「……何?」

 

 プリティーの目が変わる。

 

「詳しい話は出来ない。俺一人の秘密じゃないから」

 

「この流れでそれだけ言う?」

 

「怒られると思った」

 

「当たり前でしょ」

 

「でも一つだけ、知ってほしい」

 

 ネイトは冗談をやめた。

 

「世界から死んだと思われることと、本当に死ぬことは同じじゃない」

 

 プリティーはしばらく動かなかった。

 

「本気?」

 

「ああ」

 

「ニケでも?」

 

「だから、出来るかどうか詳しい奴に聞く」

 

「誰?」

 

「俺よりニケの身体に詳しい技術者」

 

「テトラ?」

 

「違う」

 

「エリシオン?」

 

「違う」

 

「ミシリス?」

 

「違う」

 

 プリティーの警戒心が目に見えて上がっていく。

 

「それ以外の何があるのよ」

 

「会えば分かる」

 

「余計怪しくなったんだけど」

 

「そこは否定しない」

 

 ネイトが肩をすくめると、プリティーは呆れたように額へ手を当てた。

 

 それでも帰ろうとはしなかった。

 

「もし」

 

 やがて彼女が口を開く。

 

「本当に出来るなら、プリティーだけを死なせることも出来る?」

 

「それを聞きに行く」

 

「……私自身は生きて」

 

「ああ」

 

「でも、みんなにはプリティーが死んだと思わせる」

 

「可能ならな」

 

 プリティーは目を伏せた。

 

 それまで自分の中になかった選択肢を、慎重に確かめているようだった。

 

「条件がある」

 

「何?」

 

「ハンソンには言わない」

 

 今度はネイトが眉を寄せた。

 

「それ、本気で言ってる?」

 

「知ったら止める」

 

「当然じゃないか」

 

「それに、ハンソンは嘘が下手」

 

 否定しづらかった。

 

「プリティーが死んだって世間に思わせるなら、あの人も本当にそう思ってないと駄目。知ってたら絶対どこかで顔に出る」

 

「……残酷だぞ」

 

「分かってる」

 

「生きてるって後から知ったら、ものすごく怒るぞ」

 

「その時は謝る」

 

「許してくれなかったら?」

 

 そこで初めて、プリティーは少し迷った。

 

 それでも最後には、顔を上げた。

 

「それでも」

 

 ネイトは長く息を吐いた。

 

「分かった。俺が代わりに決める話じゃない」

 

「意外」

 

「何が?」

 

「もっと反対すると思った」

 

「してるよ」

 

 ネイトは苦笑した。

 

「ただ、最後に決めるのは君だ」

 

◇

 

 ミセス・ミスを含めた話し合いは、その日の夜に行われた。

 

 場所はVault-Nではない。

 

 プリティーほど知名度の高い人物を秘密施設へ直接連れていくことを、エイブが拒否したためだった。代わりに使われたのは、現在ほとんど利用されていない地上寄りの旧整備施設である。

 

 ミセス・ミスは入口へ立っているネイトを見るなり、警戒を隠そうともしなかった。

 

「あなたが、例の変なファン?」

 

「その呼び名、どこまで広まってるんだろうな」

 

「ハンソンから聞いたわ」

 

「良い話だった?」

 

「現場で勝手に働く正体不明の男」

 

「だいたい合ってる」

 

 応酬を聞いていたプリティーが吹き出した。

 

「ネイト、評価固まってるじゃない」

 

「君が最初に変な人って言ったせいじゃない?」

 

「私は間違ってなかったもの」

 

 ミセス・ミスは二人を一度見比べたあと、すぐ真顔へ戻った。

 

「それで、計画を変えるかもしれないって何?」

 

 プリティーは自分の口から説明した。

 

 ネイトが、世間では死亡したことになっている者の存在を知っていること。その詳細は秘密だが、自分も同じように「プリティーとしては死に、本人は生きる」ことが出来る可能性があること。

 

 ミセス・ミスは最後まで黙って聞いた。

 

「そんなこと、本当に出来るの?」

 

 質問はネイトへ向けられた。

 

「分からない」

 

「出来るみたいに話したの?」

 

「可能性があるって話しかしてない」

 

「ほとんど同じよ」

 

「俺もそう思って怒られるところ」

 

「誰に?」

 

 答えを待つように、奥の扉が開いた。

 

 重い足音と共に現れたグレイブの姿を見て、ミセス・ミスが反射的に身構える。

 

「先に言う」

 

 エイブは挨拶より先にそう告げた。

 

「私はまだ出来ると言ってない」

 

 ネイトが小さく手を上げる。

 

「ほら」

 

「お前は黙れ」

 

「はい」

 

 プリティーが笑った一方で、ミセス・ミスはグレイブから視線を外さなかった。

 

「あなたが技術者?」

 

「エイブ」

 

「所属は?」

 

「教えない」

 

「企業は?」

 

「それも教えない」

 

「信用しろと?」

 

「しなくていい」

 

 あまりに素っ気ない答えだった。

 

 エイブはミセス・ミスより先に、プリティーへ視線を向ける。

 

「本人が信用するかどうか決めればいい。私は依頼を受ける前に確認する」

 

 その声から冗談は消えていた。

 

「ネイトから聞いた。復活ライブで襲撃が起きる可能性があると思っている。そこで攻撃を受けた時、避けずに死亡することまで選択肢に入れていた。間違いない?」

 

 プリティーも表情を改めた。

 

「うん」

 

「誰かに命令された?」

 

「違う」

 

「会社やマネージャーから圧力を受けてる?」

 

「受けてない」

 

「本当に死にたい?」

 

「死にたくない」

 

 この返事だけは、最初の時と同じく一瞬だった。

 

 エイブはその反応を確かめるように、数秒間プリティーを見ていた。

 

「なら話を進める。途中で目的が『生き残るための偽装』から『確実に死ぬ方法』へ変わったら、私は降りる」

 

「分かった」

 

「ライブ当日でも、怖くなったらやめろ。弾が見えて避けられるなら、避けてもいい」

 

「それじゃプリティーが──」

 

「死ぬよりましだ」

 

 エイブは言葉を遮った。

 

「お前を殺すための仕組みは作らない。生きて帰るための仕組みしか作らない。それが嫌なら、別の技術者を探せ」

 

 プリティーはしばらく黙っていた。

 

 やがて、小さく頷く。

 

「それでいい」

 

「なら検査する」

 

◇

 

 検査は、プリティーが予想していたよりずっと長かった。

 

 頭部と脳収納部の構造、コアと各部の接続、反応速度、身体出力、生命維持系統まで、エイブは一つずつ実測していく。企業側のデータを信用せず、自分で取得した数値だけを並べていった。

 

 ネイトは専門的な作業には触れず、言われた機材を運んだり、ケーブルを繋いだりする程度に留まった。ミセス・ミスも邪魔にならない位置から見守っている。

 

 一時間以上が経った頃、端末を見ていたエイブの手が止まった。

 

「……何だ、これ」

 

「悪い?」

 

 診察台に座るプリティーが尋ねる。

 

「逆だ」

 

 エイブは別の項目を呼び出して測定値を比較した。

 

「反応速度も身体出力も、芸能活動だけに使ってる個体の数値じゃない」

 

 プリティーは答えなかった。

 

「何か心当たりある?」

 

「……昔、身体性能について聞いたことはある」

 

「どの程度?」

 

「すごく高いって」

 

「すごく、で済ませる数字じゃない」

 

 エイブはさらに測定を続けた。

 

 ネイトには細かな数値の意味までは分からなかったが、エイブが普段より明らかに慎重になっていることだけは分かる。

 

「誰かに似てる?」

 

 ネイトが尋ねると、エイブは一瞬だけ黙った。

 

「昔見た、異常に高性能なニケに近い」

 

 名前は出さなかった。

 

 この場でリリスの存在まで明かす理由はない。

 

 やがてエイブは頭部構造の立体図を表示した。

 

「これなら、条件次第で弾丸を認識出来る可能性がある」

 

 プリティーの目が細くなる。

 

「避けられるってこと?」

 

「武器、距離、射線次第だ。ただ、お前が自分で着弾位置を調整出来るなら、話は大きく変わる」

 

 表示された頭部模型の一部が強調された。

 

 脳を収めた領域から外れた、比較的狭い範囲だった。

 

「ここへ、意図的に壊れる区画を作る」

 

「壊れる?」

 

「外から見れば致命的な頭部損傷に見えるようにする。その内側で弾道を逸らし、脳へ直撃させない」

 

 ミセス・ミスが画面を見つめる。

 

「そんなこと、本当に出来るの?」

 

「防御だけならもっと広く出来る。でも、それだと見た目や重量が変わるし、どの方向からでも守れるほど装甲したら、襲撃前から不自然だ」

 

 エイブは強調範囲をさらに狭めた。

 

「だから守る場所を限定する。飛んでくる弾を本人が認識して、この位置へ自分から合わせる」

 

 プリティーは立体図を見つめたまま動かなかった。

 

 ネイトにも意味が分かった。

 

 それは、本来プリティーが選ぼうとしていた行動とほとんど同じだった。

 

 弾丸が飛んでくる。

 

 避ける能力がある。

 

 それでも身体を動かし、わざと当てる。

 

 ただし、動かす方向だけが違う。

 

「死ぬために急所へ合わせるんじゃない」

 

 ネイトが言った。

 

 プリティーが彼を見る。

 

「生きるために、当たっても生き残れる場所へ合わせる」

 

「安全な場所ではない」

 

 エイブがすぐ訂正した。

 

「数度ずれれば脳へ入る可能性はある。想定以上の威力なら防ぎきれない。別方向から撃たれた場合、この仕組みは役に立たない」

 

 プリティーの顔から笑みが消える。

 

「成功率は?」

 

「出せない」

 

「大体でも?」

 

「武器も射手も分からないのに数字を言えば嘘になる」

 

 エイブは容赦なく答えた。

 

「出来るのは、生存可能性を今より上げることだけだ。絶対に助かる仕組みではない」

 

「それでも」

 

 プリティーはもう一度模型を見る。

 

「死ぬしかないよりはいい」

 

「ああ」

 

 エイブは頷いた。

 

「可能性は作れる」

 

◇

 

 さらに検討を進めると、別の問題が出てきた。

 

 たとえ銃撃を生き延びても、プリティーのボディがそのまま動けば死亡偽装は成立しない。頭部へ大きな損傷を受けた直後、外部から確認出来る主要系統を停止させ、脳だけを独立した補助生命維持系へ切り替える必要がある。

 

 その後、安全な場所までボディそのものを確保し、脳だけを取り出す。

 

 旧ボディは残す。

 

 プリティーの遺体として。

 

「身体まで持っていったら、死体が消えるからね」

 

 ネイトが言う。

 

「当たり前だ」

 

 エイブは設計案を修正しながら答えた。

 

「しかも死亡後のボディがどう扱われるかは、こっちでは管理出来ない。一度戻したら、その後については保証しない」

 

「それでいい」

 

 プリティーは迷わなかった。

 

「プリティーの身体は、プリティーと一緒に残す」

 

 エイブは一度だけ彼女を見ると、再び設計へ戻った。

 

「新しい身体は別に必要になる」

 

「作れる?」

 

「作るのは私だ」

 

「ネイトじゃないの?」

 

「俺に聞くなよ」

 

 ネイトが苦笑する。

 

「俺に出来るのは、せいぜい配線運んだり端末いじったりするくらいだ」

 

「正解」

 

 エイブが即座に同意した。

 

「ニケの脳を載せ替える身体をこいつに設計させたら、私は止める」

 

「そこまで言う?」

 

「言う」

 

 少しだけ空気が緩んだ。

 

 それでも、計画の危険性は変わっていない。

 

◇

 

 帰る前、エイブはプリティーだけを呼び止めた。

 

 ネイトとミセス・ミスは少し離れた場所で待つ。

 

「最後にもう一回確認する」

 

「さっきいっぱい確認したじゃない」

 

「何度でもする」

 

 エイブはプリティーの目を見た。

 

「当日、怖くなって全部やめてもいい」

 

「うん」

 

「撃たれそうになって、身体が勝手に避けたなら、そのまま避けろ。わざわざ計画を成功させるために当たりに行く必要はない」

 

 プリティーは少し考えた。

 

「でも、それじゃ──」

 

「プリティーが生き残る」

 

「……」

 

「それでいい」

 

 エイブの言葉には迷いがなかった。

 

「生きたいと思ったなら、生きる方を選べ。怖くなるのは正常だ」

 

 プリティーは、しばらく黙っていた。

 

「エイブって」

 

「何だ」

 

「思ってたより優しい?」

 

「検査やり直すぞ」

 

「冗談」

 

「次言ったら本当にやる」

 

 プリティーは少し笑った。

 

 その笑顔を確認してから、エイブはようやく視線を端末へ戻した。

 

◇

 

 施設を出る頃には、すでにかなり遅い時間になっていた。

 

 ミセス・ミスは別の車両で先に戻り、ネイトとプリティーは少し離れた場所まで一緒に歩いた。

 

「ライブはやる」

 

 プリティーが言う。

 

「そこは変わらない?」

 

「うん」

 

「生きる計画も?」

 

「やる」

 

「何も起きなかったら?」

 

「普通に帰る」

 

「避けたくなったら?」

 

「避ける」

 

 ネイトはようやく頷いた。

 

「それならいい」

 

 しばらく歩いてから、プリティーが横目で彼を見る。

 

「ハンソン、怒るかな」

 

「ものすごく」

 

「やっぱり?」

 

「俺なら怒る」

 

「ネイトにも黙ってたら?」

 

「もっと怒る」

 

「じゃあ、今のうちに謝っとく」

 

「俺じゃなくてハンソンにしろ」

 

 プリティーは笑ったものの、その表情には少し寂しさが残った。

 

「ちゃんと悲しんでね」

 

 ネイトの足が僅かに止まる。

 

「何を?」

 

「プリティーが死んだら」

 

「君は生きるだろ」

 

「それでもプリティーは死ぬもの」

 

 ステージへ立ち、人々から名前を呼ばれ、アークの星として生きてきた存在は、その日を境に表から消える。

 

 生存計画が成功しても、その部分まで偽物になるわけではない。

 

 ネイトは少し考えてから頷いた。

 

「分かった」

 

「本当に?」

 

「悲しい時は悲しむよ」

 

「正式なファンだもんね」

 

「何回行ったんだっけ」

 

「十一回」

 

「百回まで遠いな」

 

「残り八十九回」

 

「死んだら増やせないだろ」

 

 プリティーが少しだけ得意げに笑った。

 

「だからフリージアになってから付き合わせる」

 

 ネイトは足を止めた。

 

 今まで聞いたことのない名前だった。

 

「フリージア?」

 

 プリティーも、自分が口にしたことへ気づいたようだった。

 

 しばらく迷ってから、今度は誤魔化さなかった。

 

「私の名前」

 

 ネイトは、それ以上尋ねなかった。

 

「そっか」

 

「それだけ?」

 

「今話したくなったから教えたんだろ?」

 

「まあ……そうだけど」

 

「なら覚えとく」

 

 プリティー ──フリージアは、少しだけ安心したように笑った。

 

「忘れないでよ」

 

「Pip-Boyに入れとく」

 

「それ何でも記録するわね」

 

「便利なんだよ」

 

 二人は再び歩き出した。

 

 その途中で、ネイトのPip-Boyへ短い通信が届いた。

 

ABE:

新ボディ設計を始める。

本人の最新データを送れ。

 

 ネイトは表示を確認してから、フリージアへ画面を向けた。

 

「始まったらしい」

 

「早い」

 

「エイブだからな」

 

「私、注文していい?」

 

「本人の身体なんだから言った方がいいだろ」

 

「じゃあ顔は絶対可愛くしてもらう」

 

「そこから?」

 

「一番大事でしょ」

 

 ネイトは笑った。

 

 復活ライブそのものは、何一つ安全になっていない。

 

 誰かが本当に襲撃するかどうかも分からない。

 

 もし銃弾が飛んできたとして、犠牲区画へ正確に合わせられる保証もない。

 

 それでも以前とは違った。

 

 準備しているのは、死ぬための方法ではない。

 

 ライブが終わった後、フリージアが帰ってくる場所を作るための準備だった。

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総合評価:744/評価:8.7/連載:28話/更新日時:2026年10月04日(日) 06:57 小説情報

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噂とは、語る者の手を離れ、独り歩きを始めるものだ。▼伝説とは、語り終えた後にこそ、輝くものだ。▼巨大企業が国家を凌駕する未来都市・ナイトシティ。▼傭兵Vとロッカーボーイ兼テロリストのジョニーは、街のエッジを共に駆ける相棒として、数え切れない仕事をこなしてきた。▼──やがてその男が、目を覚ました。彼は何も持っていなかった。▼地上を追われた人類が、地下都市『アー…


総合評価:666/評価:8.95/連載:23話/更新日時:2026年07月09日(木) 19:00 小説情報

D-WAVE!ーチルアウト☆ヘレティックー(作者:太刀黄泉)(原作:勝利の女神:NIKKE)

地上から配信してるヘレティックだけど、質問ある?▼エニックのプロキシアバターを受肉させて寝顔晒したら、本体がキレながらコメ欄に降臨した件www▼まぁ、アークの計算リソース食い潰してでも配信は続けるんだけどね☆▼最強のヘレティック(自称)が、ゆる~く世界をわからせる。▼「あなぐらのみんな~☆息してる~?☆」▼―――『煮卵ちゃんねる☆』、本日も絶賛配信中☆▼※A…


総合評価:856/評価:9.04/連載:14話/更新日時:2026年09月28日(月) 21:30 小説情報

オペレーター・スペースマリーン(作者:Sanctum)(原作:アークナイツ)

アークナイツよりも救いがない世界の強いやつ突っ込んだら何とかなるやろ!▼なりませんでした(絶望)▼そんな小説


総合評価:2133/評価:9.1/連載:45話/更新日時:2026年09月26日(土) 22:00 小説情報

CyberPunk: EDGE CASE(作者:エネーロ)(原作:Cyberpunk2077)

目が覚めたらそこは最悪の街だったーーー▼ふと気づくと2020年代のナイト・シティ。▼体は時代錯誤(2077)のクロームまみれ。能力はMOD基準。▼企業にバレたら実験動物よろしく解剖コース。▼生き残る道を探しながら、ジョニー達と関わっていくことになる奮闘劇。▼本作品は設定作成、本文一部にAIを利用しています。▼


総合評価:3567/評価:8.81/連載:28話/更新日時:2026年07月30日(木) 00:00 小説情報


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