Fallout:GODDESS ―灰の世界から女神たちへ― 作:記録官
復活ライブの準備が本格化してからも、プリティーの様子は以前ほど危うくは見えなかった。
仕事量そのものは決して少なくない。会場との打ち合わせ、報道対応、リハーサルに加え、人権活動も可能な範囲で続けている。それでも以前のように休憩時間まで仕事で埋めようとはせず、ハンソンが予定を調整すれば素直に従うようになっていた。
ネイトが見ても、少なくとも「止まったら壊れるから走り続けている」状態ではない。
だからこそ、別の違和感があった。
落ち着きすぎている。
大きな仕事を前にした緊張がないわけではないのに、復活ライブの先について話す時だけ、時折プリティーの言葉から未来が抜け落ちる。それはほんの僅かな違いだったが、帰れない作戦へ向かう兵士を何度も見てきたネイトには、どうにも引っかかっていた。
その理由を最初に聞いたのは、ネイトではなかった。
◇
その日、復活ライブに関する打ち合わせを終えた後、プリティーはミセス・ミスだけを応接室へ残した。
ハンソンには警備担当との確認が残っており、ネイトも会場の別区画を見に行っている。二人きりになった室内で、ミセス・ミスは片付けかけていた資料を机へ戻した。
「わざわざ私だけ残したってことは、仕事の話じゃないわね」
「分かる?」
「あなたを何年見てきたと思ってるの」
プリティーは小さく笑ったものの、すぐには本題へ入らなかった。机に置かれた会場図を眺め、指先でステージの位置をなぞる。何万人もの観客が集まり、人間とニケが同じ場所から自分を見ることになる舞台だった。
「ミセス・ミス」
「何?」
「私、今が一番輝いてると思う?」
唐突な問いだった。
それでも、ミセス・ミスは冗談として流さなかった。
「そうね。知名度も支持も、活動休止前より上よ。アイドルとして表へ出ていない期間まで含めて、今が一番多くの人に名前を知られている」
「ニケにも?」
「もちろん」
「人間にも?」
「あなたを嫌っている人間ですら、あなたが誰かは知ってるわ」
プリティーは一度だけ頷いた。
「じゃあ、今がちょうどいい」
その言葉で、ミセス・ミスの表情が変わった。
「何が?」
「一番輝いてる時に、一番大きなライブをする。それで、プリティーを一番綺麗なところに残すの」
言葉自体は穏やかだった。
だからこそ、意味を理解するまで数秒掛かった。
「……ライブを最後に引退するって話?」
「それなら、もっと簡単だったかもね」
「プリティー」
声の低さが変わった。
プリティーは目を逸らさなかった。
「アイドルって、いつか忘れられるでしょ。どれだけ人気があったって、新しい人が出てくる。新しい歌が流行って、昔のスターは昔の人になっていく」
「あなたはニケよ。百年後だって活動出来る可能性はあるでしょう」
「それじゃ駄目なの」
即答だった。
ミセス・ミスは椅子へ深く座り直した。
「何が駄目なのか、最初から説明しなさい」
プリティーは少し考えてから、自分が以前から胸の内で組み立ててきたものを言葉にした。
ゴッデスは今でも人々に知られている。
地上を奪われ、人類がアークへ逃げ込み、ニケそのものへ反感を抱く人間が増えた後でさえ、ゴッデスだけは特別な存在として語られ続けている。
彼女たちは戦った。
そして伝説になった。
「私も、そうなれたらって思ったの」
「だから死ぬの?」
「死にたいわけじゃない」
プリティーの返事は早かった。
その一言だけは、少しも迷わなかった。
「お父さんともやっと仲直り出来たし、ハンソンともまだ話してないことがいっぱいある。アニスにもまた会いたい。やりたいことだってある」
「なら生きなさい」
「でも」
プリティーは机の上の会場図へ視線を落とした。
「もし、あのライブで何かが起きたら」
「何かって?」
「分からない。でも、今のアークでニケを無料で何万人も入れて、プリティーの復活ライブをやるのよ。私を嫌ってる人だって、何かしようと考えるかもしれない」
「警備を厳重にするために準備してるんでしょう」
「もちろん。私から事件を起こす気もないし、誰かに頼むつもりもない」
そこまで言ってから、プリティーは僅かに間を置いた。
「でも、本当に何か起きた時……逃げなければ、プリティーは一番輝いてるところで止まれる」
ミセス・ミスはしばらく何も言わなかった。
プリティーが壊れているようには見えない。
判断力を失っているようにも見えない。
死にたいと願っているわけでもない。
それでも、自分の命を一つの手段として計算に入れている。
「あなた」
ミセス・ミスはゆっくり息を吐いた。
「自分をアイドル商品として扱いすぎよ」
プリティーの目が僅かに揺れた。
「私がそうしたから?」
「……」
「私を星にしたかったから、最初に祭り上げたんでしょ」
「そうよ」
否定はしなかった。
「だからって、星になるために死ねなんて教えた覚えはない」
「でも、私がいなくなった後も意味は残る」
「残れば何?」
ミセス・ミスの声が強くなった。
「あなたがいないことまで正当化されるの?」
プリティーは答えなかった。
しばらく二人の間に沈黙が落ちた後、彼女は別の話をするような口調で言った。
「お願いがあるの」
「嫌よ」
「まだ何も言ってない」
「大体分かる」
「それでも聞いて」
ミセス・ミスは額へ指を当てた。
拒絶したところで、プリティーが考えていることまで消えるわけではない。
「……何?」
「次の星を見つけて」
予想していたはずなのに、胸の奥が痛んだ。
「私がいなくなった後も、そこで終わらせないで。人間が憧れられるニケを、また作ってほしい」
「あなたの代わりを?」
「違う」
プリティーはすぐに首を横へ振った。
「私二号なんていらない。次の子は次の子で、その子にしか出来ないやり方で輝けばいい」
ミセス・ミスは目を閉じた。
自分が育てたアイドルが、自分の葬式の後の仕事まで依頼している。その事実を受け入れるには、あまりにも悪趣味だった。
「……約束はする」
やがて答えた。
「でも、あなたが生きて帰ってきたとしても約束は有効よ」
プリティーが少し目を丸くする。
「帰ってきたら?」
「一緒に探しなさい」
「表に出られなくても?」
「裏方はいくらでもいるわ」
プリティーはほんの少し考えてから笑った。
「プロデューサー?」
「百年早い」
「ニケだから待てるけど」
「そういう意味じゃない」
二人とも笑った。
それでもミセス・ミスの胸にある不安は、一つも消えていなかった。
◇
ネイトが確信したのは、その数日後だった。
復活ライブのリハーサルを眺めていた時、プリティーがステージから降りてきた。スタッフと冗談を交わし、ハンソンへ次の予定を確認している姿は普段と変わらない。
なのに、ライブ後の話になるとおかしい。
「終わったら打ち上げ?」
ネイトが何気なく尋ねる。
「たぶんね」
「次の日は?」
「休むんじゃない?」
「その後は?」
「人権活動とか」
「次のライブは?」
プリティーの返事が、そこでほんの少し遅れた。
数秒にも満たない。
だが、ネイトには十分だった。
「プリティー」
「何?」
「ちょっと来て」
「今?」
「今」
彼女の腕を掴むことはしなかった。人の少ない裏通路へ向かい、ついてくるかどうかは本人へ任せる。
しばらくして後ろから足音が聞こえた。
「急に何なの?」
通路の奥で立ち止まり、ネイトは正面からプリティーを見る。
「ライブで、何か起きると思ってる?」
彼女の表情が固まった。
「警備についてならハンソンが──」
「そういう話じゃない」
ネイトは首を横へ振った。
「君、ライブの後も帰ってくるつもりある?」
今度は返事がなかった。
それだけで、答えはほとんど出てしまった。
「……どうして分かったの?」
「昔、似た顔した奴を何人か見た」
「どんな顔?」
「帰れないかもしれない作戦に行く前に、もう覚悟だけ済ませた奴の顔」
プリティーから、いつもの冗談めいた表情が消えた。
「ミセス・ミスには話した」
「ハンソンは?」
「知らない」
「他には?」
「誰も」
ネイトは壁へ寄り掛かりながら腕を組んだ。
「最初に一つだけ聞く。死にたい?」
「違う」
「じゃあ、生きたい?」
今度は僅かに迷った。
けれど返ってきた声は、はっきりしていた。
「……生きたい」
「なら、話は早い」
「早くないわよ」
プリティーが少し苛立ったように眉を寄せる。
「私が普通に生き続けたら、プリティーはいつか忘れられる。今はみんなが見てるけど、それが永遠に続くわけじゃない」
「それでいいじゃないか」
「よくない!」
思わず出た大声が通路に響き、プリティー自身が周囲を確認してから声を落とした。
「私一人が長生きしたいからやってるんじゃない。私を見て、ニケを前と違う目で見てくれた人がいる。アニスみたいに、私を見て生きようって思ってくれた子もいる」
「分かってる」
「分かってない」
「分かってるよ」
ネイトの声は静かだった。
「だから、君がやろうとしてることを全部やめろって言ってるわけじゃない」
プリティーの表情に戸惑いが浮かぶ。
「どういう意味?」
「プリティーが死ぬことと、君まで死ぬことは同じなのか?」
彼女は意味を測るようにネイトを見た。
「……私がプリティーよ」
「そうだ」
ネイトは頷いた。
「でも、君はプリティーだけじゃないだろ」
ネイトは彼女の本名を知らない。
父親が誰なのかも知らない。
昔ゴッデスに憧れていた少女だったことも、その父親とつい最近和解したことも知らない。
それでも、知っていることはある。
「ステージを降りても君はいる。ハンソンに文句言って、俺を勝手にファン認定して、仕事が嫌なら嫌って言う。会いたい奴も、帰る場所もあるんだろ?」
プリティーの唇が少し開いた。
「それ全部捨てないと、星にはなれないのか?」
答えは返ってこなかった。
ネイトは一度言葉を切り、どこまで話すべきか考えた。
「俺が知ってる奴の中には、世間から死んだことになってる奴がいる」
「……何?」
プリティーの目が変わる。
「詳しい話は出来ない。俺一人の秘密じゃないから」
「この流れでそれだけ言う?」
「怒られると思った」
「当たり前でしょ」
「でも一つだけ、知ってほしい」
ネイトは冗談をやめた。
「世界から死んだと思われることと、本当に死ぬことは同じじゃない」
プリティーはしばらく動かなかった。
「本気?」
「ああ」
「ニケでも?」
「だから、出来るかどうか詳しい奴に聞く」
「誰?」
「俺よりニケの身体に詳しい技術者」
「テトラ?」
「違う」
「エリシオン?」
「違う」
「ミシリス?」
「違う」
プリティーの警戒心が目に見えて上がっていく。
「それ以外の何があるのよ」
「会えば分かる」
「余計怪しくなったんだけど」
「そこは否定しない」
ネイトが肩をすくめると、プリティーは呆れたように額へ手を当てた。
それでも帰ろうとはしなかった。
「もし」
やがて彼女が口を開く。
「本当に出来るなら、プリティーだけを死なせることも出来る?」
「それを聞きに行く」
「……私自身は生きて」
「ああ」
「でも、みんなにはプリティーが死んだと思わせる」
「可能ならな」
プリティーは目を伏せた。
それまで自分の中になかった選択肢を、慎重に確かめているようだった。
「条件がある」
「何?」
「ハンソンには言わない」
今度はネイトが眉を寄せた。
「それ、本気で言ってる?」
「知ったら止める」
「当然じゃないか」
「それに、ハンソンは嘘が下手」
否定しづらかった。
「プリティーが死んだって世間に思わせるなら、あの人も本当にそう思ってないと駄目。知ってたら絶対どこかで顔に出る」
「……残酷だぞ」
「分かってる」
「生きてるって後から知ったら、ものすごく怒るぞ」
「その時は謝る」
「許してくれなかったら?」
そこで初めて、プリティーは少し迷った。
それでも最後には、顔を上げた。
「それでも」
ネイトは長く息を吐いた。
「分かった。俺が代わりに決める話じゃない」
「意外」
「何が?」
「もっと反対すると思った」
「してるよ」
ネイトは苦笑した。
「ただ、最後に決めるのは君だ」
◇
ミセス・ミスを含めた話し合いは、その日の夜に行われた。
場所はVault-Nではない。
プリティーほど知名度の高い人物を秘密施設へ直接連れていくことを、エイブが拒否したためだった。代わりに使われたのは、現在ほとんど利用されていない地上寄りの旧整備施設である。
ミセス・ミスは入口へ立っているネイトを見るなり、警戒を隠そうともしなかった。
「あなたが、例の変なファン?」
「その呼び名、どこまで広まってるんだろうな」
「ハンソンから聞いたわ」
「良い話だった?」
「現場で勝手に働く正体不明の男」
「だいたい合ってる」
応酬を聞いていたプリティーが吹き出した。
「ネイト、評価固まってるじゃない」
「君が最初に変な人って言ったせいじゃない?」
「私は間違ってなかったもの」
ミセス・ミスは二人を一度見比べたあと、すぐ真顔へ戻った。
「それで、計画を変えるかもしれないって何?」
プリティーは自分の口から説明した。
ネイトが、世間では死亡したことになっている者の存在を知っていること。その詳細は秘密だが、自分も同じように「プリティーとしては死に、本人は生きる」ことが出来る可能性があること。
ミセス・ミスは最後まで黙って聞いた。
「そんなこと、本当に出来るの?」
質問はネイトへ向けられた。
「分からない」
「出来るみたいに話したの?」
「可能性があるって話しかしてない」
「ほとんど同じよ」
「俺もそう思って怒られるところ」
「誰に?」
答えを待つように、奥の扉が開いた。
重い足音と共に現れたグレイブの姿を見て、ミセス・ミスが反射的に身構える。
「先に言う」
エイブは挨拶より先にそう告げた。
「私はまだ出来ると言ってない」
ネイトが小さく手を上げる。
「ほら」
「お前は黙れ」
「はい」
プリティーが笑った一方で、ミセス・ミスはグレイブから視線を外さなかった。
「あなたが技術者?」
「エイブ」
「所属は?」
「教えない」
「企業は?」
「それも教えない」
「信用しろと?」
「しなくていい」
あまりに素っ気ない答えだった。
エイブはミセス・ミスより先に、プリティーへ視線を向ける。
「本人が信用するかどうか決めればいい。私は依頼を受ける前に確認する」
その声から冗談は消えていた。
「ネイトから聞いた。復活ライブで襲撃が起きる可能性があると思っている。そこで攻撃を受けた時、避けずに死亡することまで選択肢に入れていた。間違いない?」
プリティーも表情を改めた。
「うん」
「誰かに命令された?」
「違う」
「会社やマネージャーから圧力を受けてる?」
「受けてない」
「本当に死にたい?」
「死にたくない」
この返事だけは、最初の時と同じく一瞬だった。
エイブはその反応を確かめるように、数秒間プリティーを見ていた。
「なら話を進める。途中で目的が『生き残るための偽装』から『確実に死ぬ方法』へ変わったら、私は降りる」
「分かった」
「ライブ当日でも、怖くなったらやめろ。弾が見えて避けられるなら、避けてもいい」
「それじゃプリティーが──」
「死ぬよりましだ」
エイブは言葉を遮った。
「お前を殺すための仕組みは作らない。生きて帰るための仕組みしか作らない。それが嫌なら、別の技術者を探せ」
プリティーはしばらく黙っていた。
やがて、小さく頷く。
「それでいい」
「なら検査する」
◇
検査は、プリティーが予想していたよりずっと長かった。
頭部と脳収納部の構造、コアと各部の接続、反応速度、身体出力、生命維持系統まで、エイブは一つずつ実測していく。企業側のデータを信用せず、自分で取得した数値だけを並べていった。
ネイトは専門的な作業には触れず、言われた機材を運んだり、ケーブルを繋いだりする程度に留まった。ミセス・ミスも邪魔にならない位置から見守っている。
一時間以上が経った頃、端末を見ていたエイブの手が止まった。
「……何だ、これ」
「悪い?」
診察台に座るプリティーが尋ねる。
「逆だ」
エイブは別の項目を呼び出して測定値を比較した。
「反応速度も身体出力も、芸能活動だけに使ってる個体の数値じゃない」
プリティーは答えなかった。
「何か心当たりある?」
「……昔、身体性能について聞いたことはある」
「どの程度?」
「すごく高いって」
「すごく、で済ませる数字じゃない」
エイブはさらに測定を続けた。
ネイトには細かな数値の意味までは分からなかったが、エイブが普段より明らかに慎重になっていることだけは分かる。
「誰かに似てる?」
ネイトが尋ねると、エイブは一瞬だけ黙った。
「昔見た、異常に高性能なニケに近い」
名前は出さなかった。
この場でリリスの存在まで明かす理由はない。
やがてエイブは頭部構造の立体図を表示した。
「これなら、条件次第で弾丸を認識出来る可能性がある」
プリティーの目が細くなる。
「避けられるってこと?」
「武器、距離、射線次第だ。ただ、お前が自分で着弾位置を調整出来るなら、話は大きく変わる」
表示された頭部模型の一部が強調された。
脳を収めた領域から外れた、比較的狭い範囲だった。
「ここへ、意図的に壊れる区画を作る」
「壊れる?」
「外から見れば致命的な頭部損傷に見えるようにする。その内側で弾道を逸らし、脳へ直撃させない」
ミセス・ミスが画面を見つめる。
「そんなこと、本当に出来るの?」
「防御だけならもっと広く出来る。でも、それだと見た目や重量が変わるし、どの方向からでも守れるほど装甲したら、襲撃前から不自然だ」
エイブは強調範囲をさらに狭めた。
「だから守る場所を限定する。飛んでくる弾を本人が認識して、この位置へ自分から合わせる」
プリティーは立体図を見つめたまま動かなかった。
ネイトにも意味が分かった。
それは、本来プリティーが選ぼうとしていた行動とほとんど同じだった。
弾丸が飛んでくる。
避ける能力がある。
それでも身体を動かし、わざと当てる。
ただし、動かす方向だけが違う。
「死ぬために急所へ合わせるんじゃない」
ネイトが言った。
プリティーが彼を見る。
「生きるために、当たっても生き残れる場所へ合わせる」
「安全な場所ではない」
エイブがすぐ訂正した。
「数度ずれれば脳へ入る可能性はある。想定以上の威力なら防ぎきれない。別方向から撃たれた場合、この仕組みは役に立たない」
プリティーの顔から笑みが消える。
「成功率は?」
「出せない」
「大体でも?」
「武器も射手も分からないのに数字を言えば嘘になる」
エイブは容赦なく答えた。
「出来るのは、生存可能性を今より上げることだけだ。絶対に助かる仕組みではない」
「それでも」
プリティーはもう一度模型を見る。
「死ぬしかないよりはいい」
「ああ」
エイブは頷いた。
「可能性は作れる」
◇
さらに検討を進めると、別の問題が出てきた。
たとえ銃撃を生き延びても、プリティーのボディがそのまま動けば死亡偽装は成立しない。頭部へ大きな損傷を受けた直後、外部から確認出来る主要系統を停止させ、脳だけを独立した補助生命維持系へ切り替える必要がある。
その後、安全な場所までボディそのものを確保し、脳だけを取り出す。
旧ボディは残す。
プリティーの遺体として。
「身体まで持っていったら、死体が消えるからね」
ネイトが言う。
「当たり前だ」
エイブは設計案を修正しながら答えた。
「しかも死亡後のボディがどう扱われるかは、こっちでは管理出来ない。一度戻したら、その後については保証しない」
「それでいい」
プリティーは迷わなかった。
「プリティーの身体は、プリティーと一緒に残す」
エイブは一度だけ彼女を見ると、再び設計へ戻った。
「新しい身体は別に必要になる」
「作れる?」
「作るのは私だ」
「ネイトじゃないの?」
「俺に聞くなよ」
ネイトが苦笑する。
「俺に出来るのは、せいぜい配線運んだり端末いじったりするくらいだ」
「正解」
エイブが即座に同意した。
「ニケの脳を載せ替える身体をこいつに設計させたら、私は止める」
「そこまで言う?」
「言う」
少しだけ空気が緩んだ。
それでも、計画の危険性は変わっていない。
◇
帰る前、エイブはプリティーだけを呼び止めた。
ネイトとミセス・ミスは少し離れた場所で待つ。
「最後にもう一回確認する」
「さっきいっぱい確認したじゃない」
「何度でもする」
エイブはプリティーの目を見た。
「当日、怖くなって全部やめてもいい」
「うん」
「撃たれそうになって、身体が勝手に避けたなら、そのまま避けろ。わざわざ計画を成功させるために当たりに行く必要はない」
プリティーは少し考えた。
「でも、それじゃ──」
「プリティーが生き残る」
「……」
「それでいい」
エイブの言葉には迷いがなかった。
「生きたいと思ったなら、生きる方を選べ。怖くなるのは正常だ」
プリティーは、しばらく黙っていた。
「エイブって」
「何だ」
「思ってたより優しい?」
「検査やり直すぞ」
「冗談」
「次言ったら本当にやる」
プリティーは少し笑った。
その笑顔を確認してから、エイブはようやく視線を端末へ戻した。
◇
施設を出る頃には、すでにかなり遅い時間になっていた。
ミセス・ミスは別の車両で先に戻り、ネイトとプリティーは少し離れた場所まで一緒に歩いた。
「ライブはやる」
プリティーが言う。
「そこは変わらない?」
「うん」
「生きる計画も?」
「やる」
「何も起きなかったら?」
「普通に帰る」
「避けたくなったら?」
「避ける」
ネイトはようやく頷いた。
「それならいい」
しばらく歩いてから、プリティーが横目で彼を見る。
「ハンソン、怒るかな」
「ものすごく」
「やっぱり?」
「俺なら怒る」
「ネイトにも黙ってたら?」
「もっと怒る」
「じゃあ、今のうちに謝っとく」
「俺じゃなくてハンソンにしろ」
プリティーは笑ったものの、その表情には少し寂しさが残った。
「ちゃんと悲しんでね」
ネイトの足が僅かに止まる。
「何を?」
「プリティーが死んだら」
「君は生きるだろ」
「それでもプリティーは死ぬもの」
ステージへ立ち、人々から名前を呼ばれ、アークの星として生きてきた存在は、その日を境に表から消える。
生存計画が成功しても、その部分まで偽物になるわけではない。
ネイトは少し考えてから頷いた。
「分かった」
「本当に?」
「悲しい時は悲しむよ」
「正式なファンだもんね」
「何回行ったんだっけ」
「十一回」
「百回まで遠いな」
「残り八十九回」
「死んだら増やせないだろ」
プリティーが少しだけ得意げに笑った。
「だからフリージアになってから付き合わせる」
ネイトは足を止めた。
今まで聞いたことのない名前だった。
「フリージア?」
プリティーも、自分が口にしたことへ気づいたようだった。
しばらく迷ってから、今度は誤魔化さなかった。
「私の名前」
ネイトは、それ以上尋ねなかった。
「そっか」
「それだけ?」
「今話したくなったから教えたんだろ?」
「まあ……そうだけど」
「なら覚えとく」
プリティー ──フリージアは、少しだけ安心したように笑った。
「忘れないでよ」
「Pip-Boyに入れとく」
「それ何でも記録するわね」
「便利なんだよ」
二人は再び歩き出した。
その途中で、ネイトのPip-Boyへ短い通信が届いた。
ABE:
新ボディ設計を始める。
本人の最新データを送れ。
ネイトは表示を確認してから、フリージアへ画面を向けた。
「始まったらしい」
「早い」
「エイブだからな」
「私、注文していい?」
「本人の身体なんだから言った方がいいだろ」
「じゃあ顔は絶対可愛くしてもらう」
「そこから?」
「一番大事でしょ」
ネイトは笑った。
復活ライブそのものは、何一つ安全になっていない。
誰かが本当に襲撃するかどうかも分からない。
もし銃弾が飛んできたとして、犠牲区画へ正確に合わせられる保証もない。
それでも以前とは違った。
準備しているのは、死ぬための方法ではない。
ライブが終わった後、フリージアが帰ってくる場所を作るための準備だった。