Fallout:GODDESS ―灰の世界から女神たちへ― 作:記録官
第5話 ウルトラ
マレーンが新しい身体で歩けるようになってから数日後、勝利の翼号には再び出撃命令が届いた。今回の目標は、ゴッデスがこれまで相手にしてきた通常のラプチャーより明らかに危険度が高いと判断されており、各地で残された戦闘記録にも断片的な情報しか存在していない。それでも、遭遇した複数のニケ部隊が甚大な被害を受けていることだけは確かだった。
会議室中央へ投影された映像には、巨大な四足の機械生命体が映し出されている。低く構えた胴体は何層もの分厚い装甲に覆われ、その周囲からは鞭のように長い触手が何本も伸びていた。映像はかなり遠方から撮影されたものらしく細部までは分からないが、触手の先端が地面やニケへ接触した直後、周囲にいた者たちの動きが急激に鈍る場面が何度か記録されていた。
「コードネーム・ウルトラ」
指揮官が映像を停止する。
「こいつが今回の目標だ。遭遇した部隊の損害率が異常に高い。単純な火力だけでも厄介だが、それ以上に問題なのが、この触手だ」
ラプンツェルが別の記録を表示した。そこには交戦後に異常を訴えたニケたちの簡単な症例が並んでおり、同じラプチャーと戦った者でも症状の出方や発現までの時間は一定していなかった。
「最近報告されている侵食症例では、以前とは異なる挙動が確認されています。このウルトラが直接の原因だと証明できる資料はありませんが、交戦したニケの一部に通常とは違う反応が見つかっています」
ネイトは投影された触手へ目を向ける。
「その侵食ってのは、前に聞いたNIMPHへ変な命令を入れるやつだよな?」
「はい。少なくとも、現在確認されている侵食はそのように考えられています」
「刺されてから、どのくらいで症状が出る?」
ラプンツェルは首を横へ振った。
「症例によって違います。初期の侵食であればNIMPH自身が排除する場合もありますが、最近はそうならない例も増えています。症状も一様ではありません」
「つまり、刺された直後に平気でも安心できない」
「そう考えてください」
ネイトはしばらく映像を見たあと、指揮官へ顔を向けた。
「こいつを倒した後、触手を一本もらっていい?」
指揮官の眉が上がる。
「土産にする気か?」
「そんな趣味ないよ。侵食に関係してる可能性があるなら、研究材料にした方がいいだろ。Pip-Boyでも何か記録できるかもしれない」
「私も回収には賛成です」
スノーホワイトも映像へ少し身を乗り出した。
「構造を調べれば、少なくともどういう方法でニケへ干渉しているのか、手掛かりが見つかるかもしれません」
それを聞いたレッドフードが二人を交互に眺め、楽しそうに笑う。
「男前とおちびちゃん、最近ラプチャー見ると最初に『何拾えるかな』って考えてねえ?」
「私は研究の話です!」
「敵を倒した後の話をしてるだけだ」
「似たようなもんじゃん」
「違います!」
いつもの言い争いが始まりかけたところで、ドロシーが静かに咳払いした。
「回収すること自体に異論はありません。ただし、戦闘中にサンプルを優先するような真似は絶対にしないでください」
「そこは分かってる」
ネイトが頷くと、レッドフードは何かを思い出したようにこちらへ顔を向けた。
「そういや男前、今日は飯作んねえの?」
「何で出撃前の会議で料理の話になるんだよ」
「この前作るって言っただろ」
「いつ?」
「戦闘終わったら」
「言ったっけ?」
本気で記憶を探してみたものの、ネイトには心当たりがなかった。
「ほら忘れてる!」
「お前が勝手に約束にしただけじゃないか?」
「じゃあ今約束しろよ」
何気なく交わされる会話へ、リリスが笑みを浮かべる。
「じゃあ、今日も全員帰らないとね」
冗談混じりの話ではあるが、それで構わないとネイトは思った。戦場から生きて戻る理由を、いつも国家や人類といった大げさなものだけにする必要はない。飯を食べるためでも、くだらない約束を果たすためでも、帰還する理由になるのなら十分だった。
◇
出撃準備を終え、一同が格納区画へ向かおうとしたところで、スノーホワイトがレッドフードの服を後ろから掴んだ。
「レッドフード」
「何だ、おちびちゃん」
「……気を付けてくださいね」
足を止めたレッドフードが振り返る。
「何だよ、急に」
「侵食のことです」
その言葉に一瞬だけ目を丸くしたものの、レッドフードはすぐ普段の笑みを取り戻した。
「大丈夫だって。触られなきゃいいんだろ?」
「そうですけど……」
スノーホワイトは服を掴んだ手を離さなかった。先ほどの会議で、侵食された場合に何が起きるのかを改めて聞いたばかりだからだろう。普段なら未知のラプチャーや新しい武装の構造へ真っ先に興味を示す少女が、今だけはそうした話を一切口にしていなかった。
「侵食されたら、その後はどうなるか分からないって言っていました。だから……」
そこで、声が僅かに小さくなる。
「レッドフードが、いなくなるのは嫌です」
不意にそう言われ、レッドフードから軽口が消えた。
「おちびちゃん」
少し困ったように頭を掻き、やがていつものように少女の頭へ片手を置く。
「大丈夫だって。あたしが誰だと思ってんだ?」
「レッドフードです」
「そうじゃねえよ。もうちょっとこう、『ゴッデス最強の狙撃手』とかあるだろ?」
「最強は私だよ」
少し離れた場所からリリスの声が飛んでくる。
「そういうところだぞ、リリス!」
レッドフードが抗議すると、スノーホワイトの口元もようやく僅かに緩んだ。それでも服を掴んでいた指は、まだ離れない。
レッドフードはその手を見てから、今度は少しだけ真面目な顔になった。
「最後までいるよ」
「……本当ですか?」
「ああ。だからそんな顔すんなって」
「約束ですか?」
そこまで念を押されるとは思っていなかったのか、レッドフードは一瞬だけ苦笑した。それでも誤魔化すことはせず、少女の頭を軽く撫でながら答える。
「約束」
スノーホワイトはしばらくその顔を見つめ、ようやく小さく頷いた。
「……分かりました」
「よし。帰ってきたら、男前の変な腕の続きを聞き出そうぜ」
「Pip-Boyです。名前くらい覚えてください!」
「それそれ」
普段の声が戻ると、レッドフードも笑いながら手を離した。彼女は先へ出ていった仲間たちを追い、スノーホワイトもその背中を見送ってから後に続く。
◇
ウルトラと遭遇したのは、荒廃した工業地帯だった。かつて人間が使用していたらしい巨大な工場群は半分以上崩れ、錆びた鉄骨が骨のように空へ突き出している。広い道路には放棄された輸送車両と瓦礫が散乱しているため遮蔽物には困らない反面、建物の陰や崩れた設備の奥から何が現れるか分かりにくい地形でもあった。
ネイトは周囲へ視線を配りながら、ゴッデスの隊形の中で前進していた。先頭はリリスで、その少し後方をドロシーとレッドフードが左右へ分かれて進み、スノーホワイトは後方から広い範囲を監視している。ラプンツェルはネイトと指揮官に比較的近い位置を維持し、誰かが負傷した場合にすぐ動けるようにしていた。
前回の戦闘によって、人間用の通常火器ではラプチャーの正面装甲へ十分な効果を期待できないことは分かっている。だからといって、構造すらよく分からない敵を相手に最初から最大火力を持ち出すつもりもなく、ネイトが選んだのは精度と貫通力を両立できるガウスライフルだった。
「反応!」
スノーホワイトの声が通信へ飛ぶ。
「正面、約三百! 大型一!」
全員が即座に足を止めた。
数秒後、遠くに残っていた建物が内側から押し崩されるように崩壊し、巻き上がった埃の向こうから巨大な影が姿を現した。会議室で見た映像より遥かに大きく、四肢が地面を踏みしめるたびに周囲の瓦礫が跳ね上がる。外装の大半は暗色の装甲に覆われ、特に正面には何層もの防御構造が重ねられているように見えた。
胴体の左右からは、何本もの長い触手が伸びている。先端が地面や瓦礫へ触れるたび、不規則な金属音が周囲へ響いた。
「映像よりデケえな」
レッドフードがウルフスベインを構える。
「それは同感」
ネイトもガウスライフルを肩へ当てた。
指揮官から攻撃命令が飛ぶと、リリスが正面へ走り出し、ドロシーとレッドフードが左右へ展開した。ウルトラも彼女たちを認識したらしく、複数の触手を一斉に持ち上げる。
最初の一本がリリスへ向かった。鞭のように振るわれた触手が道路を叩き割り、砕けたコンクリートを広範囲へ撒き散らす。リリスは直撃する直前に横へ跳び、着地と同時に地面を蹴って懐へ入り込もうとしたが、ウルトラは別の触手を低く薙ぎ払い、容易には接近を許さなかった。
「正面から行かせる気はないみたいですね!」
スノーホワイトが後方から射撃する。
レッドフードの一撃も、こちらへ迫っていた一本を大きく弾いた。表面装甲には損傷が生じたものの、完全に切断するまでには至らない。
ネイトは触手の中央ではなく、胴体との接続部へ照準を向けた。長く自由に動かす以上、全体を分厚い固定装甲だけで覆うことはできないらしく、触手が伸び切った瞬間には根元の可動部が僅かに露出する。
まずは、どこまで通るかを確かめる。
ガウスライフルを十分に充電し、ドロシーへ伸びた一本が最大まで展開された瞬間を狙って発砲した。加速された弾丸は基部へ直撃して外装を大きく抉ったものの、内部を完全に破壊するところまでは届かない。
「硬いな!」
「なら触手から落とす!」
ネイトは次弾を準備しながら、先ほど作った損傷を観察した。攻撃自体は通っているものの、一発で破壊できるほど脆くはなく、同じ場所を何度も狙っている間にも残った触手が別の仲間を攻撃してくる。
「スノー、右!」
警告を受けたスノーホワイトが即座に位置を変え、その直後に触手が地面を深く抉った。
一本ずつガウスライフルで削り続けても間に合わない。
「ちょっと派手にいくか」
ネイトは一度武器を下ろし、Pip-Boyを操作した。
隣で戦っていたスノーホワイトが、その動きを見逃さなかった。
「ネイトさん、今度は何を――」
手元へ現れた長い筒状の兵器を見て、途中で言葉を止める。
「……ミサイルランチャー」
「あの時、見ただろ」
「本当に持ってきてたんですか!」
「必要になると思ったからな」
ネイトはランチャーを肩へ担ぎ、照準装置を起動した。搭載されている標的捕捉コンピューターが視界内のウルトラを捉え、巨体が動くたびに照準情報を修正していく。
「全員、右側の触手から離れて!」
狙うのは胴体中央ではなく、先ほどガウスライフルで損傷させた触手の基部だった。リリスとドロシーが射線から離れ、根元の可動部が再び露出した瞬間、ロックを確定して引き金を絞る。
ミサイルが白煙を引いて飛び出した。
ウルトラが身体を動かしても僅かに軌道を修正し続け、触手の付け根へ突き刺さる。爆発によって炎と金属片が周囲へ飛散し、煙の中から根元を失った触手が重く地面へ落ちた。
「一つ!」
再装填へ入ったネイトの横で、スノーホワイトは落下した触手とミサイルランチャーを交互に見る。
「追いかけた……」
「標的捕捉コンピューター。動く相手には便利だ」
「あとで見せてください!」
「戦闘終わってから!」
「絶対ですよ!」
遠くからレッドフードの声が飛んできた。
「おちびちゃん、今そこ気にするとこか!?」
「レッドフードは前を見てください!」
「見てるって!」
二発目は別の触手基部を狙ったが、ウルトラも同じ攻撃を続けて受けるほど単純ではなかった。胴体を捻って射線をずらし、標的捕捉コンピューターの修正を上回ったことで、着弾位置が根元から僅かに外れる。
完全破壊には届かなかったものの、周囲の装甲は大きく吹き飛んだ。
「十分!」
レッドフードが損傷箇所へウルフスベインを撃ち込み、ドロシーも同じ場所へ火力を重ねる。広がった亀裂へ可動部が耐えられなくなり、二本目の触手が根元から垂れ下がった。
「使えるじゃねえか、男前!」
「ああ。ただ弾数が――」
「そういえば」
スノーホワイトが妙に真剣な声を出した。
嫌な予感がした。
「何?」
「この前、ミサイルランチャーの下にあった武器」
「今聞く?」
「ヌカランチャー」
レッドフードまで反応する。
「ヌカ?」
「駄目」
「まだ何も聞いてません!」
ネイトは目の前のウルトラだけではなく、その周囲へ視線を向けた。相手は巨大で重装甲だが、リリスたちがすぐ近くで戦っており、ここは荒廃しているとはいえ元々市街地だった場所でもある。
「何を撃つんですか?」
「答えは駄目」
「ミニ……?」
これ以上隠していれば、戦闘中ずっと聞かれ続けそうだった。
「ミニ・ニューク」
通信が一瞬だけ静かになった。
「小型核弾頭」
最初に声を上げたのはレッドフードだった。
「何でそんなもん持ってんだよ、男前!?」
「長く生きてると色々あるんだよ!」
「色々で核兵器持ち歩くな!」
「だから使ってないだろ!」
「そういう問題か!?」
「味方の近くで撃つ方が問題だろ!」
「二人とも!」
ドロシーの声が割り込む。
「核兵器についての議論は後にしてください!」
「お嬢サマ、今の聞いて冷静すぎねえ!?」
「冷静でいなければならない状況でしょう!」
ネイトにも異論はなかった。ヌカランチャーなら現在より大きな火力を出せるだろうが、敵だけを都合よく消し飛ばす武器ではない。リリスたちが近距離で戦っている状況で使えば、勝利のために仲間を核爆発へ巻き込むという本末転倒な結果になる。
強い武器を持っていることと、それを使っていいことは別だった。
ネイトは再びミサイルランチャーへ集中し、三発目を別の触手へ撃ち込む。今度は狙いどおりに命中し、根元が爆発で吹き飛んだことで、ウルトラの周囲を覆っていた攻撃範囲が少しずつ狭まっていった。
◇
複数の触手を失っても、ウルトラは止まらなかった。
それまで広い範囲へ伸ばしていた残りの触手を自分の周囲へ集め、接近してくる相手を迎撃するように動かし始める。その一方で胴体の武装を展開し、遠距離への砲撃まで増やしたため、戦い方はむしろ厄介になった。
「面倒になったな」
ネイトは遮蔽物へ移動すると、ミサイルランチャーをPip-Boyへ戻してガウスライフルを取り出した。これ以上ミサイルを撃つにはリリスたちとの距離が近すぎるうえ、敵が残った触手を本体周辺へ集めているため、爆発による味方への危険も大きくなっている。
その頃には、リリスも再び接近する機会を窺っていた。
「もう一発いける?」
指揮官が声を飛ばす。
「やってみる!」
リリスが前へ踏み込む。
ウルトラもそれを読んでいた。
死角に回していた触手の一本が、低い位置から急速に伸びる。レッドフードのウルフスベインがすぐにその触手を撃ち、軌道を僅かに逸らしたため、リリス自身も気づいて身を翻すことができた。
そこまではよかった。
弾かれた触手は勢いを完全には失わず、その先にいたスノーホワイトへ向かう。少女は別の触手へ照準を合わせていたため、迫ってくる先端へ反応するのが一瞬遅れた。
「おちびちゃん!」
レッドフードが走った。
ウルフスベインを抱えたままスノーホワイトへ体当たりするように身体をぶつけ、少女を射線の外へ押し出す。その代わり、自分自身が触手の進行方向へ入った。
鈍い音が響く。
触手の先端がレッドフードの脇腹へ食い込み、そのまま背中側まで突き抜けた。
「レッドフード!」
スノーホワイトの声が響く。
ネイトも即座にガウスライフルを構えたが、その瞬間、左腕のPip-Boyが聞き慣れない警告音を鳴らした。
視界の端で数値が大きく跳ねている。
放射線ではない。通常の電波として表示されているわけでもなく、ネイトの知る通信規格とも一致しなかった。ただ、触手がレッドフードの身体へ刺さった瞬間、外側から何かが流れ込むような異常な波形が発生したことだけは、Pip-Boyの記録へはっきり残っている。
「抜け!」
ネイトが叫ぶ。
「言われ……なくても!」
レッドフードは両手で触手を掴み、力任せに自分の身体から引き抜いた。
損傷箇所から液体が飛び散り、片膝をつく。
「レッドフードから離れてください!」
触手が再び動き出すより早く、スノーホワイトがその根元へ集中射撃を浴びせた。ネイトも同じ基部へガウスライフルを撃ち込み、すでにミサイルや射撃によって傷んでいた外装の亀裂をさらに広げると、最後にはスノーホワイトの攻撃で触手そのものが完全に千切れる。
ラプンツェルがすぐレッドフードのもとへ駆け寄った。
「動かないでください!」
「これくらい平気――」
「動かないで!」
普段とは明らかに違う声だった。冷静さを失ってはいないが、怒っていることは誰にでも分かる。
「……はい」
レッドフードも今度は素直に従った。
その間に、リリスがウルトラへ顔を向ける。先ほどまで残っていた柔らかな雰囲気は消え、指揮官が何かを言うより先に地面を蹴った。
「……よくも」
足元のコンクリートが砕けた。
ネイトが目で追えたのは、そこまでだった。
次に姿を捉えた時には、リリスの拳がウルトラの正面装甲へ深く食い込んでいる。衝撃音が周囲の空気を揺らし、これまでならそのまま粉砕されてもおかしくない一撃を受けても、ウルトラの外装は広範囲へ大きくへこんだだけで耐えた。
「硬い!」
リリス自身も驚いたように声を上げる。
それでも、無傷ではない。複数の固定部が衝撃へ耐え切れず弾け、分厚い装甲の中央にはこれまでになかった深い亀裂が走っている。
「そのまま押さえて!」
ネイトが叫ぶと、リリスも意図を理解した。ウルトラの腕を掴み、暴れようとする巨体の動きを力任せに止める。
亀裂の奥には、赤く発光する内部機構が見えていた。
先ほどまで正面装甲そのものへ撃ち込んでも抜くことができなかったが、今なら違う。
ネイトはガウスライフルの出力を最大まで充電し、V.A.T.S.で亀裂の奥へ照準を固定した。リリスが相手の動きを抑えているおかげで狙いも安定し、十分に充電が完了したところで引き金を絞る。
加速された2mm EC弾は装甲で止まらず、露出した内部へ飛び込んだ。僅かに遅れて胴体の奥で火花が走り、ウルトラの動きが大きく乱れる。
「入った!」
ドロシーも同じ亀裂へ射撃を集中させ、スノーホワイトがラプンツェルのそばから攻撃へ加わった。レッドフードまでウルフスベインを持ち上げようとしたものの、その肩をラプンツェルが強く押さえる。
「あなたは駄目です!」
「一発だけ!」
「駄目です!」
「聖女様!」
「駄目と言っています!」
そのやり取りを横目で確認したリリスは、最後にもう一度拳を振り抜いた。広がっていた亀裂が完全に崩れ、そこへドロシーとスノーホワイトの火力が流れ込む。
内部へ集中した攻撃に耐えきれなくなったウルトラの巨体が大きく震え、全身の発光が不規則に明滅した。残っていた触手も次第に力を失い、重力に引かれるまま地面へ垂れ下がる。
やがて、巨体は完全に動きを止めた。
誰もすぐには歓声を上げなかった。
ネイトが最初に見たのも、倒したウルトラではなく、瓦礫のそばでラプンツェルに押さえられているレッドフードだった。
◇
ウルトラを撃破したあと、レッドフードは瓦礫へ腰掛け、ラプンツェルの診察を受けていた。ニケの身体は人間より遥かに頑丈であり、脇腹を貫通した損傷も致命傷にはなっていない。応急修復を施せば自分の足で歩ける程度ではあったが、それで問題がすべて終わったわけでもなかった。
「じっとしていてください」
「もう抜けたんだからいいだろ」
「よくありません」
「塞がってきてるって」
「だから診なくていい理由にはなりません」
少し離れた位置では、ネイトがPip-Boyの記録を見直していた。
触手がレッドフードへ刺さった時刻と、異常な波形が発生した時刻は一致している。触手を引き抜いた直後には大きく低下したものの、完全に消えたわけではなく、今も極めて微弱な反応がレッドフードの周辺で検出されていた。
「ラプンツェル」
「はい?」
「これ見てくれ」
ネイトが画面を向ける。
記録された波形を確認したラプンツェルの表情が曇った。
「これは……」
「俺には何の信号か分からない。ただ、刺さった瞬間に出た」
レッドフードも横から画面を覗く。
「あたしから?」
「今も少し残ってる」
その言葉を聞き、少し離れたところでウルトラの触手を回収していたスノーホワイトの手が止まった。
「……侵食?」
ラプンツェルは、すぐには肯定しなかった。
「まだ分かりません。この反応が侵食と同じものなのかどうかも、ここでは比較できません」
「だから記録を残す。スノー、その触手も絶対捨てるなよ」
「分かっています」
スノーホワイトは先ほどまで以上に慎重な手つきで、破損の少ない部分を選んで保管容器へ収めていった。
「なんか大事になってね?」
レッドフードが少し困ったように笑う。
「お前が刺されたからだよ」
「だからって」
ラプンツェルが問診を続ける。
「頭痛は?」
「ねえよ。腹に穴開いただけ」
「それだけでも十分重傷です」
「ニケだぞ?」
「ニケでもです」
「視界の異常は?」
「ない」
「声が聞こえたり、身体が思うように動かない感覚は?」
「ない」
その場では、目立った異常は見つからなかった。
だからといって、ネイトも必要以上に安心するつもりはない。正体不明の信号が存在するというだけで侵食と断定することはできず、本人に症状も出ていない以上、今すぐできるのはデータとサンプルを持ち帰り、何か変化が起きれば比較できるよう経過を記録することくらいだった。
「勝利の翼号へ戻ったら、もう一度詳しく調べます」
ラプンツェルがそう告げると、レッドフードは露骨に嫌そうな顔をした。
「また検査?」
「足りません」
「今日もう十分見ただろ?」
「足りません」
「聖女様、最近厳しくね?」
「誰のせいですか?」
「男前?」
「レッドフード」
即座に訂正された。
◇
異変に気づいたのは、その日の夜だった。
戦闘報告を終え、ウルトラから回収した触手サンプルを研究設備へ預けたあと、ネイトは自室へ戻る途中の廊下でレッドフードを見つけた。彼女は壁へ片手をつき、少し俯いている。昼間の傷は応急処置を終えているとはいえ、完全に修復されたわけではないため、最初は単純にその影響で疲れているのかと思った。
「レッドフード」
声を掛けても、すぐには反応しなかった。
ネイトが少し近づいたところで、ようやく肩が大きく揺れる。
「……男前」
「何してる?」
「何って、歩いてる」
壁から手を離す。
「壁に寄りかかって?」
「ちょっと疲れただけ」
昼間なら、それで流したかもしれない。
しかし今は顔色が違っていた。
「頭痛?」
レッドフードの表情が僅かに止まる。
「……何で」
「当たり」
「早えな」
「どのくらい?」
「ちょっとだけだよ」
「ラプンツェルのところ行こう」
ネイトが歩き出そうとしたところで、腕を掴まれる。
「待てって」
「何?」
「聖女様にはまだ言うな」
「却下」
「男前、医者じゃねえだろ」
「知ってるよ。だから医者のところへ連れていく」
レッドフードは少し声を落とした。
「でもさ、まだ決まったわけじゃねえだろ」
「昼間何聞いてたんだよ」
「侵食だったら?」
その言い方で、ネイトにも彼女が本当に恐れているものが分かった。
「どうなるんだ」
レッドフードは答えない。
「最悪は?」
「場合による」
長い沈黙のあと、レッドフードが短く答えた。
「処分」
ネイトの表情が変わった。
レッドフードは冗談でも言うような調子で笑おうとする。
「侵食されて、ラプチャー側に操られるくらいならさ。そうなる前に――」
「やめとけ」
最後まで言わせなかった。
「でも」
「頭痛があるんだろ。侵食かどうかも分からない。侵食だったとして、今までと同じ症状かどうかも分からない。なのに先に処分の話してどうする」
レッドフードが少し呆けたような顔になる。
「……葬式って」
「確定してない病気の葬式相談をする趣味はない」
ネイトは彼女の顔を改めて見る。
「他は?」
「……ああ」
「どんな?」
レッドフードは少し迷ってから、普段より小さな声で答えた。
「頭ん中で、音がする」
「音?」
「音っていうか……ノイズ? 誰かが頭の内側を引っ掻いてるみてえな感じ」
「今も?」
「ああ」
「目、見せて」
「何で?」
「いいから」
不満そうにしながらも、レッドフードは顔をこちらへ向けた。
廊下の照明の下で確認した限りでは、すぐに目立った異常は見つからない。ネイトが表情へ出さずに観察を続けていると、本人は何も気づかないまま顔を戻そうとした。
その瞬間、右目が一瞬だけ赤く染まった。
すぐ元の色へ戻る。
ネイトは何も言わず、結論も出さなかった。
「ラプンツェルのところ行こう」
「男前」
「行く」
今度はレッドフードも抵抗しなかった。
「……分かったよ」
歩き始める前に、彼女は何かを思い出したように脇腹へ手を入れた。
「そういや、これ」
差し出された掌には、小さな金属片が乗っている。
「刺されたところに引っ掛かってた」
ネイトが受け取って確認すると、表面の質感はウルトラの触手から剥がれたものによく似ていた。
「何で昼間出さなかった?」
「忘れてた」
「大事なところで雑だな、あんた」
「頭痛かったんだから仕方ねえだろ!」
「今認めたな」
「あ」
レッドフードが自分で口を押さえる。
「……忘れろ」
「記録しとくよ」
「やめろ!」
ようやく少しだけ、普段の調子が戻った。
ネイトは金属片を小さな保管ケースへ収める。戦場で回収した触手、Pip-Boyに残った異常な波形、そして実際にレッドフードの身体へ残されていた破片があれば、少なくとも何もない状態から調べ始める必要はない。
治せるとは言えなかった。今起きていることが本当に侵食なのかさえ、まだ分かっていない以上、できもしない保証を口にする気もなかった。
それでもレッドフードは今、自分の足で歩き、自分の声で悪態をついている。ならば、本人より先に周囲が終わり方を決める理由などなく、今夜は検査をして記録を取り、必要なら研究者へデータを送り、次に何ができるのかを考えればよかった。
医療区画へ向かって歩き始めてしばらくすると、レッドフードが不意に口を開いた。
「男前」
「今度は何?」
「もしさ」
「葬式の話なら聞かない」
「違えよ」
レッドフードは少しだけ笑ったものの、その先の言葉は出てこなかった。
「……いや。やっぱいい」
ネイトも無理には聞かなかった。
何が起きているか分からないのなら、まず調べる。そのための材料は、すでに三つも手元にあった。
終わりを決めるのは、それからでも遅くなかった。