Fallout:GODDESS ―灰の世界から女神たちへ― 作:記録官
第5話 ウルトラ
マレーンが新しい身体で歩けるようになってから数日後、勝利の翼号には再び出撃命令が届いた。
今回の目標は、これまでゴッデスが相手にしてきたラプチャーより明らかに危険度が高いと判断されていた。各地の戦闘記録に断片的な情報しか残っておらず、正確な能力も構造も分かっていないものの、すでに複数のニケ部隊へ甚大な被害を与えている大型個体であることだけは判明している。
会議室の中央に投影された映像には、巨大な四足の機械生命体が映っていた。
低く構えた胴体を分厚い装甲が覆い、その周囲から何本もの長い触手が伸びている。映像そのものが遠距離から撮影されたものらしく細部までは確認できないが、触手の先端が地面へ突き刺さるたびに、近くにいるニケが急激に動きを鈍らせている場面が何度か記録されていた。
「コードネーム・ウルトラ」
ゴッデスの指揮官が映像を止めた。
「こいつが今回の目標だ。遭遇した部隊の損害率が異常に高い。単純な火力だけでも厄介だが、それ以上に問題なのがこの触手だ」
ラプンツェルが別の記録を開く。
「最近報告されている侵食症例については、以前から挙動の変化が確認されています。この個体が直接関係していると断定できる資料はまだありませんが、交戦したニケの一部に通常とは異なる異常反応が出たという報告があります」
ネイトは投影された触手へ目を向けた。
「その侵食ってのは、前に聞いたNIMPHへ変な命令を入れるやつだよな?」
「はい。少なくとも、これまで確認されているものはそうです」
「刺されてから、どのくらいで症状が出る?」
ラプンツェルが首を横へ振った。
「症例によって違います。初期の侵食であればNIMPH自身が排除する場合もありますが、最近はそうならない例も増えています。症状そのものも一様ではありません」
「つまり、刺された直後に平気でも安心できない」
「そう考えてください」
ネイトは少し考えたあと、指揮官を見る。
「こいつを倒した後、触手を一本もらっていい?」
指揮官の眉が上がった。
「土産にする気か?」
「そんな趣味ないよ。侵食に関係してる可能性があるなら、研究材料にした方がいいだろ。Pip-Boyでも何か記録できるかもしれない」
スノーホワイトも映像へ身を乗り出すようにしていた。
「私も回収には賛成です。構造を調べれば、少なくともどうやってニケへ接続しているのか分かるかもしれません」
レッドフードが二人を見比べて笑った。
「男前とおちびちゃん、最近ラプチャー見ると最初に『何拾えるかな』って考えてねえ?」
「敵を倒した後の話をしてるだけだ」
「私は研究の話です!」
「似たようなもんじゃん」
「違います!」
いつものやり取りが始まりかけたところで、ドロシーが静かに咳払いした。
「回収すること自体に異論はありません。ただし、戦闘中にサンプルを優先するような真似は絶対にしないでください」
「そこは分かってる」
ネイトが頷くと、レッドフードは何か思い出したようにこちらを見る。
「そういや男前、今日は飯作んねえの?」
「何で出撃前の会議で料理の話になるんだよ」
「この前作るって言っただろ」
「いつ?」
「戦闘終わったら」
ネイトは本気で記憶を探したが、心当たりがない。
「言ったっけ?」
「ほら忘れてる!」
「お前が勝手に約束にしただけじゃないか?」
「じゃあ今約束しろよ」
「生きて帰ったらな」
何気なく返したつもりだったが、リリーバイスが少しだけ笑った。
「じゃあ、今日も全員帰らないとね」
会議室にいた者たちがそれぞれ反応を返す。冗談混じりの会話だったが、それでいいとネイトは思った。戦う理由を大げさな言葉だけにする必要はない。飯を食うためでも、くだらない約束を守るためでも、生きて戻る理由になるなら十分だった。
◇
ウルトラと遭遇したのは、荒廃した工業地帯だった。
かつて人間が使っていた巨大な工場群はすでに半分以上崩れ、錆びた鉄骨が空へ突き出している。広い道路のいたるところに放棄された輸送車両と瓦礫が残され、遮蔽物には困らない一方、建物の陰から何が出てくるのか分かりにくい地形でもあった。
ネイトは前進しながら、周囲へ視線を配っていた。
先頭を進むのはリリーバイス。その少し後方をドロシーとレッドフードが左右に分かれて進み、スノーホワイトは後方から広い範囲を監視している。ラプンツェルはネイトと指揮官に近い位置を維持し、誰かが負傷した場合にすぐ対応できるようにしていた。
ネイト自身はガウスライフルを選んでいた。
前回の戦闘で、通常の人間用火器ではラプチャーの正面装甲を相手にするには明らかに力不足だと分かった。だからといって最初から最も大きな武器を持ち出すつもりもなく、相手の構造が分からないうちは、精度と貫通力を両立できるガウスライフルの方が扱いやすい。
「反応!」
スノーホワイトの声が通信へ飛ぶ。
「正面、約三百! 大型一!」
全員が即座に足を止めた。
数秒後、遠くの建物が内側から押し崩されるように崩壊した。巻き上がった埃の向こうから現れたものは、会議室で見た映像より遥かに巨大だった。
ウルトラの四肢が地面を踏みしめるたび、周辺に残された小さな瓦礫が跳ね上がる。外装の大半は暗色の装甲に覆われ、特に正面部分は何層もの防御構造が重なっているように見えた。胴体の左右からは長い触手が何本も伸び、先端が地面や廃墟へ触れるたびに、不規則な金属音を響かせている。
レッドフードがウルフスベインを構えた。
「映像よりデケえな」
「それは同感」
ネイトもガウスライフルを肩へ当てる。
指揮官から攻撃命令が飛んだ。
リリーバイスが正面へ走り出すのと同時に、ドロシーとレッドフードが左右へ展開する。ウルトラも彼女たちを認識したらしく、複数の触手を大きく持ち上げた。
最初の一撃はリリーバイスへ向かった。
鞭のように振るわれた触手が道路を叩き割る。リリーバイスはその直前に横へ跳び、着地と同時に地面を蹴って懐へ入り込もうとした。しかしウルトラは別の触手を低く薙ぎ払い、彼女を接近させない。
「正面から行かせる気はないみたいですね!」
スノーホワイトが射撃しながら声を上げる。
「なら触手から落とす!」
レッドフードの一撃が、迫っていた一本を大きく弾いた。表面の装甲が削れるものの、完全に切断するには至らない。
ネイトは触手そのものではなく、胴体との接続部分へ目を向けた。
そこだけ、構造が違う。
長く自由に動かす必要がある以上、分厚い装甲で完全に覆うことはできないのだろう。触手が伸び切った瞬間だけ、基部周辺の可動部が露出する。
まずは距離を測る。
ガウスライフルへ十分に充電し、一本の触手がドロシーへ伸びた瞬間を狙って発砲した。
加速された弾丸が基部へ直撃し、外装を大きく抉った。
しかし、抜けない。
「硬いな!」
ネイトはすぐに二発目を準備する。
会議室で見た映像から、大型であることは覚悟していた。実物の装甲は、それよりさらに厄介だった。ガウスライフルの一撃でも深い損傷は与えられるものの、正面から一発で貫通させるには足りない。
その間にもウルトラは動く。
一本の触手を破損させたところで、残りがこちらを待ってくれるわけではない。二本がリリーバイスを牽制し、別の一本がドロシーへ伸びる。さらにもう一本は低い位置からスノーホワイトへ向かっていた。
「スノー、右!」
ネイトの警告に少女が反応し、触手を避けて位置を変えた。
地面へ突き刺さったそれを見て、ネイトはもう一度基部を確認する。ガウスライフルで削れる以上、攻撃自体が通らないわけではない。ただし一本ずつ同じ場所へ何度も撃ち込んでいる間に、他の触手へ好き放題される。
ならば、求めるべきなのは一点の貫通力ではなかった。
「ちょっと派手にいくか」
ネイトがガウスライフルを下ろし、Pip-Boyを操作する。
隣で戦っていたスノーホワイトが、その動きを見逃さなかった。
「ネイトさん、今度は何を――」
手元へ現れた長い筒状の武器を見て、途中で言葉を止める。
「……ミサイルランチャー」
「あの時、見ただろ」
「本当に持ってきてたんですか!」
「必要になると思ったからな」
ネイトはランチャーを肩へ担ぎ、照準装置を起動する。搭載されている標的捕捉コンピューターが視界内のウルトラを捉え、動き続ける巨体へ追従するよう照準情報を補正していく。
狙うのは胴体中央ではない。
先ほどガウスライフルで損傷させた触手の基部だった。
「全員、右側の触手から離れて!」
通信へ警告を飛ばす。
リリーバイスが距離を取り、ドロシーも射線を外れる。触手が再び大きく持ち上がり、基部の可動部が露出した瞬間、ネイトはロックを確定して引き金を絞った。
ミサイルが白煙を引いて飛び出した。
ウルトラが動いても弾頭はその軌道を修正し、わずかに向きを変えながら標的を追う。次の瞬間、触手の付け根で爆発が起こり、周囲を炎と破片が覆った。
煙の中から、根元を失った触手が地面へ落ちる。
「一つ!」
ネイトがランチャーを再装填する。
スノーホワイトは落ちた触手と武器を交互に見た。
「追いかけた……」
「標的捕捉コンピューター。動く相手には便利だ」
「あとで見せてください!」
「戦闘終わってから!」
「絶対ですよ!」
遠くからレッドフードの声が飛んだ。
「おちびちゃん、今そこ気にするとこか!?」
「レッドフードは前を見てください!」
「見てるって!」
二発目。
今度は別の触手基部を狙う。
ウルトラも同じ攻撃を続けて受けるほど単純ではなく、胴体を捻って射線をずらした。それでも標的捕捉コンピューターが完全に外れるわけではなく、ミサイルは急な角度で進路を変える。
着弾位置は狙いから少しずれた。
基部の破壊には届かない。
代わりに周囲の装甲が大きく吹き飛んだ。
「十分!」
レッドフードがその損傷箇所へウルフスベインを撃ち込む。
亀裂がさらに広がる。
ドロシーも続けて射撃し、二本目の触手が根元から垂れ下がった。
「使えるじゃねえか、男前!」
「ああ。ただ弾数が――」
ネイトの言葉を遮るように、スノーホワイトが妙に真剣な声を出した。
「そういえば」
嫌な予感がした。
「何?」
「この前、ミサイルランチャーの下にあった武器」
「今聞く?」
「ヌカランチャー」
レッドフードまで反応した。
「ヌカ?」
ネイトは目の前のウルトラを見た。
巨大。
重装甲。
周囲には味方。
それから、荒れ果ててはいるものの元は市街地である。
「駄目」
「まだ何も聞いてません!」
「答えは駄目」
「何を撃つんですか?」
ネイトは一瞬黙った。
これ以上隠せば、戦闘中ずっと聞かれそうだった。
「ミニ・ニューク」
スノーホワイトが射撃を続けながら聞き返す。
「ミニ……?」
「小型核弾頭」
通信が一瞬だけ静かになった。
最初に声を上げたのはレッドフードだった。
「何でそんなもん持ってんだよ、男前!?」
「長く生きてると色々あるんだよ!」
「色々で核兵器持ち歩くな!」
「だから使ってないだろ!」
「そういう問題か!?」
「味方の近くで撃つ方が問題だろ!」
ドロシーの声が割り込む。
「二人とも! 核兵器についての議論は後にしてください!」
「お嬢サマ、今の聞いて冷静すぎねえ!?」
「冷静でいなければならない状況でしょう!」
正論だった。
ネイトもミサイルランチャーへ意識を戻す。
ヌカランチャーを使えば、確かに今より大きな火力を出せる。しかし、敵だけを都合よく吹き飛ばしてくれる武器ではない。リリーバイスたちが近距離で戦っている状況で使えば、勝利のために味方へ核爆発を浴びせるという笑えない話になる。
強い武器があることと、使っていいことは別だった。
三発目のミサイルを撃つ。
今度は命中。
さらに一本の触手が失われる。
ウルトラの周囲を覆っていた攻撃範囲が少しずつ狭まり、リリーバイスが再び距離を詰められるようになった。
それでも、敵は止まらなかった。
◇
触手を複数失ったウルトラは、明らかに攻撃方法を変えた。
それまで広い範囲へ伸ばしていた残りの触手を自分の周囲へ集め、接近する者を迎撃するように動かし始める。その一方で胴体の武装が展開し、遠距離への砲撃まで増えた。
「面倒になったな」
遮蔽物へ移動したネイトがミサイルランチャーを保管し、再びガウスライフルを取り出す。
弾薬を無駄にしないためでもあるが、何よりリリーバイスがすでに接近戦へ戻っている。これ以上ミサイルを撃てば、敵より味方を巻き込む可能性の方が高かった。
リリーバイスの拳が正面装甲へ入る。
巨体が揺れた。
しかし、これまでのラプチャーならそのまま大きく破損していたはずの一撃を受けても、ウルトラの装甲は広くへこんだだけで耐えている。
「硬い!」
「もう一発いける?」
指揮官の問いに、リリーバイスはすぐ答える。
「やってみる!」
再び踏み込む。
ウルトラはそれを読んでいた。
残された触手の一本が、リリーバイスの死角から伸びる。
「リリス!」
レッドフードがウルフスベインで触手を撃った。
軌道が僅かに逸れる。
リリーバイス自身も気付いて身を翻した。
そこまではよかった。
だが、弾かれた触手は勢いを完全には失わず、その先にいた別の人物へ向かった。
スノーホワイトだった。
少女は別の触手を狙っており、反応が一瞬遅れた。
「おちびちゃん!」
レッドフードが走る。
ウルフスベインを抱えたままスノーホワイトへ体当たりするように押し出し、自分がその場所へ入った。
触手の先端が。
レッドフードの脇腹を貫いた。
「っ……!」
身体が大きく揺れる。
先端が背中側まで突き抜けた。
「レッドフード!」
スノーホワイトの声が響く。
ネイトもガウスライフルを構えた。
しかし。
その瞬間。
左腕のPip-Boyが、聞き慣れない警告音を鳴らした。
視界の端で数値が跳ねる。
放射線ではない。
通常の電波でもない。
触手がレッドフードへ刺さった瞬間だけ、何らかの信号が急激に発生している。
何かが。
入っている。
「抜け!」
ネイトが叫んだ。
レッドフードが両手で触手を掴む。
「言われ……なくても!」
力任せに自分の身体から引き抜いた。
損傷部から液体が飛び散る。
触手が再び伸びるより早く、スノーホワイトがその根元へ集中射撃を浴びせた。
「レッドフードから離れてください!」
普段とは違う声だった。
冷静さを保とうとしている。
それでも、怒っていることは誰にでも分かった。
ネイトも同じ基部へガウスライフルを撃ち込む。
一発。
二発。
すでにミサイルと射撃で傷んでいた外装へさらに亀裂が広がり、最後にはスノーホワイトの一撃で触手が完全に千切れた。
レッドフードが片膝をつく。
ラプンツェルがすぐに駆け寄る。
「動かないでください!」
「これくらい平気――」
「動かないで!」
「……はい」
今度は素直だった。
その間。
リリーバイスがウルトラを見た。
先ほどまでの柔らかな雰囲気は消えている。
「……よくも」
小さく漏れた声を聞いて、指揮官が何か言う前に彼女は動いた。
一歩。
地面が砕ける。
ネイトが目で追えたのはそこまでだった。
次に姿を捉えた時、リリーバイスの拳はウルトラの正面装甲へ深く入っていた。
衝撃音が周囲の空気を揺らした。
分厚い装甲が大きくへこみ、複数の固定部が耐えきれずに弾け飛ぶ。それでも完全に砕けないほどウルトラの装甲は強固だったが、今度は明確な亀裂が中央へ走っていた。
「今!」
指揮官が叫ぶ。
ドロシーが即座に射撃する。
スノーホワイトもラプンツェルのところから敵へ向き直る。
レッドフードまでウルフスベインを持ち上げようとしたが、ラプンツェルに肩を掴まれた。
「あなたは駄目です!」
「一発だけ!」
「駄目です!」
「聖女様!」
「駄目と言っています!」
代わりに。
ネイトがガウスライフルを最大まで充電した。
前面装甲をそのまま撃っても抜けなかった。
今は違う。
リリーバイスが作った亀裂の奥に、赤く発光する内部機構が見える。
V.A.T.S.を起動する。
照準が亀裂へ固定される。
呼吸を整え、引き金へ指を掛けた。
「そのまま押さえて!」
リリーバイスがウルトラの腕を掴み、巨体の動きを力任せに止める。
ネイトは撃った。
2mm EC弾が亀裂へ飛び込む。
今度は。
装甲に止められなかった。
弾丸が内部へ消える。
少し遅れて、ウルトラの胴体内で火花が走った。
「入った!」
ドロシーの射撃が続く。
スノーホワイトも同じ箇所へ撃ち込む。
リリーバイスは最後に一度だけ拳を振り抜いた。
亀裂が完全に崩壊する。
内部へ集中した火力に耐えきれなくなったウルトラの巨体が大きく震え、全身の発光が不規則に明滅した。残っていた触手も力を失い、地面へ重く垂れ下がっていく。
やがて。
ウルトラは動かなくなった。
誰もすぐには歓声を上げなかった。
ネイトが最初に見たのは、倒した敵ではなくレッドフードだった。
◇
「じっとしていてください」
「もう抜けたんだからいいだろ」
「よくありません」
「塞がってきてるって」
「だから診なくていい理由にはなりません」
ウルトラ撃破後、レッドフードは瓦礫へ腰掛けたまま、ラプンツェルの診察を受けていた。
ニケの身体は人間より遥かに頑丈で、脇腹を貫かれた損傷も致命傷にはなっていない。応急修復を施せば自力で歩くこともできる程度だったが、問題は傷そのものだけではなかった。
ネイトは少し離れた場所でPip-Boyの記録を見直している。
触手が刺さった時刻。
その瞬間だけ現れた異常信号。
数秒。
抜けた後に低下。
完全には消えず、レッドフードの周辺で極めて微弱な反応が残っている。
「ラプンツェル」
「はい?」
「これ見てくれ」
ネイトが画面を見せる。
ラプンツェルは記録された波形を確認し、表情を曇らせた。
「これは……」
「俺には何の信号か分からない。ただ、刺さった瞬間に出た」
レッドフードも横から画面を覗く。
「あたしから?」
「今も少し残ってる」
「……侵食?」
その言葉に、スノーホワイトの手が止まった。
少し離れた場所でウルトラの触手を回収していたところだった。
ラプンツェルはすぐには肯定しない。
「まだ分かりません。侵食反応と似ているのかどうかも、ここでは比較できません」
ネイトも頷く。
「だから記録を残す。スノー、その触手も絶対捨てるなよ」
「分かっています」
スノーホワイトは今まで以上に慎重に、破損していない部分を選んで保管容器へ収めた。
レッドフードは少し困った顔をする。
「なんか大事になってね?」
「お前が刺されたからだよ」
「だからって」
「頭痛は?」
ラプンツェルが尋ねる。
「ない」
「視界の異常は?」
「ない」
「声が聞こえたり、身体が思うように動かない感覚は?」
「ねえよ。腹に穴開いただけ」
「それだけでも十分重傷です」
「ニケだぞ?」
「ニケでもです」
しばらく問診を続けても、目立った異常は見つからなかった。
少なくとも。
その場では。
ネイトも必要以上に騒ぐことはしなかった。異常信号があったという事実だけで侵食と断定することはできないし、本人に症状もない。できることは、データとサンプルを持ち帰り、変化があればすぐに分かるよう経過を見ることだった。
「勝利の翼号へ戻ったら、もう一度詳しく調べます」
ラプンツェルがそう告げると、レッドフードは露骨に嫌そうな顔をした。
「また検査?」
「またです」
「今日もう十分見ただろ?」
「足りません」
「聖女様、最近厳しくね?」
「誰のせいですか?」
「男前?」
「何で俺なんだ」
いつもの冗談が返ってきた。
それだけなら。
何も変わっていないように見えた。
◇
異変に気付いたのは、その日の夜だった。
戦闘報告を終え、ウルトラから回収したサンプルを研究設備へ預けたあと、ネイトは自室へ戻る途中でレッドフードを見かけた。
廊下の先。
壁へ片手をついている。
最初は。
傷のせいかと思った。
昼間の損傷は応急処置を終えているとはいえ、完全に直ったわけではない。ところがネイトが近づいても、彼女はすぐに気付かなかった。
「レッドフード?」
肩が大きく動いた。
振り返る。
「……男前」
「何してる?」
「何って」
レッドフードは壁から手を離した。
「歩いてる」
「壁に寄りかかって?」
「ちょっと疲れただけ」
ネイトは黙って彼女を見る。
昼間なら同じ言い訳でも流したかもしれない。
今は。
顔色が違った。
「頭痛?」
レッドフードの表情が僅かに止まった。
「……何で」
「当たり?」
「ちょっとだけだよ」
「どのくらい」
「男前、医者じゃねえだろ」
「知ってるよ。だから医者のところ連れていく」
ネイトが歩き出そうとすると、腕を掴まれた。
「待てって」
「何」
「聖女様にはまだ言うな」
「却下」
「早えな!」
「昼間何聞いてたんだよ」
「でもさ」
レッドフードは少し声を落とした。
「まだ決まったわけじゃねえだろ?」
その言い方で。
何を恐れているのか。
ようやく分かった。
「侵食だったら?」
レッドフードが答えない。
「どうなるんだ」
「場合による」
「最悪は?」
しばらく。
沈黙。
やがて。
「処分」
短い言葉だった。
ネイトの表情が変わる。
レッドフードは。
冗談でも言うように。
笑おうとした。
「侵食されて、ラプチャー側に操られるくらいならさ。そうなる前に――」
「やめとけ」
「あ?」
「確定してない病気の葬式相談をする趣味はない」
レッドフードが。
少し呆けた顔をした。
「……葬式って」
「侵食かどうかも分からない。侵食だったとして、今までと同じ症状かも分からない。なのに先に処分の話してどうする」
「でも」
「頭痛があるんだろ?」
「……ああ」
「他は?」
レッドフードは少し迷った。
「頭ん中で」
「うん」
「音がする」
ネイトは黙って聞く。
「音っていうか……ノイズ? 誰かが頭の内側を引っ掻いてるみてえな感じ」
声が。
普段より少し小さかった。
「今も?」
「ああ」
「目、見せて」
「何で?」
「いいから」
レッドフードは不満そうにしながらも、ネイトの方へ顔を向けた。
廊下の照明の下。
右目。
一瞬。
赤く染まった。
すぐに戻る。
本人は。
気付いていない。
ネイトは表情を変えなかった。
「ラプンツェルのところ行こう」
「男前」
「行く」
「……分かったよ」
今度は。
抵抗しなかった。
歩き始める前。
レッドフードが自分の服の脇腹へ手を入れた。
「そういや」
何かを取り出す。
小さな金属片。
「これ、刺されたとこに引っ掛かってた」
ネイトが受け取る。
ウルトラの触手の一部らしい。
「何で昼間出さなかった?」
「忘れてた」
「大事なところで雑だなあんた!」
「頭痛かったんだから仕方ねえだろ!」
「今認めたな?」
「あっ」
ネイトは金属片を小さな保管袋へ入れた。
戦場で回収した触手。
Pip-Boyが記録した信号。
そして。
実際にレッドフードの身体へ刺さった破片。
手掛かりは。
少しずつ増えている。
答えがあるかは。
まだ分からない。
それでも。
調べる材料はある。
「男前」
ラプンツェルのところへ向かう途中。
レッドフードが呼んだ。
「何?」
「もしさ」
「葬式の話なら聞かない」
「違えよ」
少しだけ。
笑う。
「……いや。やっぱいい」
ネイトは。
深く追及しなかった。
今夜は。
検査をする。
記録を取る。
明日。
必要なら研究者へ送る。
できることから。
一つずつやればいい。
ウルトラとの戦いには勝った。それでも、あの触手がレッドフードの身体へ残したものについては、まだ何も分かっていない。敵を倒したからといって、戦いのすべてがそこで終わったわけではなかった。
ネイトは隣を歩くレッドフードを一度だけ見た。彼女自身が諦めるより先に、その人生の終わりを勝手に決めるつもりはない。
少なくとも、今はまだ彼女の足で歩き、彼女自身の声で悪態をついている。
それなら、次にやることは一つだった。
まず、生かす方法を探す。