Fallout:GODDESS ―灰の世界から女神たちへ―   作:記録官

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第59話 BE MY STAR

 翌日、リスはハンソンから言い渡された休養を守り、テトラへは戻らなかった。ただ、自宅へ閉じこもっているだけでは昨日までと同じことを考え続けそうだったため、仕事ではないという条件で外出の許可だけは取った。向かった先は、プリカが個人練習や楽曲制作に使っている小さなスタジオだった。

 

 鞄の中には、スクラッパーから渡された金属板と、昨日アニスへ見せた記録媒体が入っている。前者は今のところ誰にも正体を説明出来ない奇妙なお守りで、後者にはプリカと少しずつ作ってきた未完成の曲が保存されていた。どちらも昨日までの自分なら、ここまで大切に持ち歩こうとは思わなかったかもしれない。

 

「休養って、こういう意味だった?」

 

 スタジオへ入ったリスを見て、プリカは最初にそう言った。

 

「仕事じゃないよ」

 

「曲を作るのは?」

 

「趣味」

 

「随分都合のいい分類」

 

 プリカは呆れた顔をしたものの、追い返そうとはしなかった。リスが机へ置いた記録媒体を見つけると、むしろ表情を少しだけ変えた。

 

「続きをやる気になったんだ」

 

「うん。最後まで作りたい」

 

 リスはそう答え、自分の鞄へ手を置いた。

 

「その前に、ちょっと話しておきたいことがあるんだけど」

 

 プリカが椅子を引いた。

 

「昨日のこと?」

 

「それも含めて」

 

 リスは、スマイルボックスの後から自分がどこまで追い詰められていたのかを、今度はプリカへも隠さず話した。ネット上の言葉を何度も読み返し、自分がT.T.STARの邪魔なのではないかと考え続けていたこと。そして、短い謝罪だけを残していなくなろうとしていたことまで伝える。

 

 プリカは途中で何も挟まなかった。

 

 最後に、スクラッパーが現れた話まで聞き終えると、机の上に置かれた金属板へ目を向ける。

 

「それが、その時の?」

 

「うん」

 

got to survive, no matter what

 

 プリカは刻まれた文字をしばらく眺めたあと、リスへ視線を戻した。

 

「生きててよかった」

 

 短い言葉だったが、飾りはなかった。

 

「アニスにも言われた」

 

「じゃあ私からも言う。何回言われても困らないでしょ」

 

「……うん」

 

「あと、そのスクラッパーには感謝してる」

 

「正体不明の都市伝説だけど?」

 

「正体なんて今はどうでもいい。これを渡したからリスがここにいるなら、それで十分」

 

 いかにもプリカらしい割り切り方だった。

 

 リスは少しだけ笑い、記録媒体を作業端末へ差し込んだ。

 

「だから、こっちも途中で終わらせたくない」

 

「私も同じ」

 

 プリカは椅子を寄せ、保存されていたデータを開いた。

 

 スタジオへ、作りかけの曲が流れ始める。

 

◇

 

 二人がこの曲を作り始めたのは、T.T.STARがまだ小さな独立事務所にいた頃だった。

 

 ALL EYES ON MEは三人にとって大切な曲だった。プリティーのカバーから抜け出し、初めてT.T.STAR自身の名前をランキングへ刻んだ一曲でもある。しかし、元々はヨヨのために作られたソロ曲であり、三人で歌えるようプリカが手を加えたとはいえ、最初から彼女たちのために生まれたものではなかった。

 

 ならば、いつか本当に三人だけのための曲を作りたい。

 

 最初にそう言い出したのはリスだった。

 

「この頃のデータ、今聴くとかなり酷いね」

 

 最初期の仮音源が流れ、リスは思わず苦笑した。

 

「消していい?」

 

「駄目。記念だから」

 

「黒歴史の間違いでしょ」

 

「私、結構好きだけど」

 

「リスは音楽に関して甘い」

 

 そう言いながらも、プリカはファイルを削除しなかった。

 

 何度も作り直した記録が残っている。アニスならどの音域が一番映えるのか、ミントの柔らかい声をどこへ重ねるのか、プリカ自身が前へ出る部分と三人で一つになる部分をどう繋ぐのか。作業を重ねるうちに、曲そのものが三人を理解するための記録のようになっていた。

 

「タイトル、本当にこれでいい?」

 

 プリカが画面上部に表示された文字を示す。

 

BE MY STAR

 

 リスは迷わず頷いた。

 

「これがいい」

 

「前にも聞いたけど、アニスに向けて?」

 

「最初はね」

 

 リスは再生を止め、少し考えてから続けた。

 

「学校にいた頃の私は、本当に普通だった。歌えるわけでもないし、踊れるわけでもないし、委員長に逆らえるほど強くもなかった。アニスを無視しろって言われた時も、嫌だと思いながら従ったし」

 

 プリカは黙って聞いている。

 

「でもアニスは、あんな状況でも歌うことだけはやめなかった。特別な才能があったからっていうより、ずっと練習して、昨日出来なかったことを少しずつ出来るようにしてた」

 

「それを見て、リスもマネージャーになろうと思った?」

 

「うん」

 

 当時は、冗談に近い約束だった。

 

 それでも、アニスが何かへ向かって努力している姿を見て、自分にも出来ることがあるのかもしれないと思えた。誰かのような特別な人間にならなくても、自分なりに誰かを支えられるかもしれない。

 

「だから、私にとってアニスは昔から星だった」

 

 言葉にしてから恥ずかしくなり、リスは少し視線を逸らした。

 

「でも今は、三人に歌ってほしい。アニスだけじゃなくて、ミントもプリカも、誰かにとってそういう人になれると思うから」

 

「それ本人たちにも言う?」

 

「言わない」

 

「タイトルで大体ばれるよ」

 

「その時はその時」

 

 プリカは小さく笑い、再び作業画面へ向き直った。

 

 昨日までなら、この曲は途中のまま残していくつもりだった。

 

 もし自分がいなくなっても、プリカなら完成させてくれるかもしれない。そんな身勝手な考えすら、どこかにあった。

 

 今は違う。

 

 自分も最後まで作る。

 

 完成した時、三人へ直接渡す。

 

 その予定を果たすには、明日だけでは足りなかった。

 

◇

 

「何で二人でこそこそしてるの?」

 

 スタジオの扉が開いたのは、作業を始めて二時間ほど経った頃だった。

 

 振り返ると、アニスとミントが立っている。

 

 プリカが露骨に眉をひそめた。

 

「何で来たの」

 

「私が聞きたい。リス休みなのに、プリカだけ呼び出して何してるの?」

 

「誰から聞いたの?」

 

「ハンソン」

 

「……あの人」

 

 リスは苦笑した。

 

 外出先だけは知らせておいてほしいと言われていたため、スタジオへ行くことはハンソンへ伝えていた。どうやらアニスがリスの様子を確認しようとして、そのまま聞き出したらしい。

 

「仕事じゃないよ」

 

「じゃあ何?」

 

「まだ内緒」

 

「昨日、話したいことあるって言ったじゃん」

 

「それとは別」

 

「ずるくない?」

 

 アニスが不満を口にする横で、ミントはすでに作業端末へ近づいていた。

 

「これ何?」

 

「ミント!」

 

 プリカが画面を隠そうとしたが、一歩遅かった。

 

「BE MY STAR……?」

 

 タイトルを読まれ、スタジオの空気が止まった。

 

 アニスも画面へ目を向ける。

 

「曲?」

 

「そう」

 

 隠し通すことを諦め、リスは答えた。

 

「プリカと前から作ってたの」

 

「いつから?」

 

「結構前」

 

「全然知らなかった」

 

「内緒だったから」

 

 アニスはしばらく画面を見たあと、少し慎重に尋ねた。

 

「聴いてもいい?」

 

 リスとプリカは顔を見合わせた。

 

 まだ完成していない。歌詞にも仮の部分があり、編曲にも直したい場所が多い。本当なら最後まで仕上げてから驚かせるつもりだった。

 

「途中までなら」

 

 プリカが再生ボタンへ手を伸ばした。

 

◇

 

 仮歌も入っていない伴奏がスタジオへ流れ始めた。

 

 序盤は穏やかだったが、少しずつ音が広がっていく。一人だけを前へ押し出すのではなく、それぞれ違う場所から始まった三つの声が、最後には同じ場所へ集まることを前提に作られていた。

 

 ALL EYES ON MEとは違う。

 

 プリティーの曲とも違う。

 

 T.T.STARの三人が歌うために考えられていることは、本人たちにもすぐ分かった。

 

 音が止まっても、アニスはしばらく何も言わなかった。

 

「……何か言ってよ」

 

 リスの方が不安になって声を掛けると、アニスは画面へ表示されたタイトルを指した。

 

「これ、どういう意味?」

 

「見れば分かるでしょ」

 

「誰の星になれってこと?」

 

 リスは一瞬、プリカへ助けを求めるように目を向けた。

 

 プリカは容赦なく顔を逸らす。

 

「自分で説明して」

 

「こういう時だけ裏切るんだ」

 

「タイトル決めたのリスだから」

 

 逃げ道を塞がれ、リスは諦めた。

 

「私の星になって、って意味」

 

「誰が?」

 

「……最初はアニスが」

 

 アニスの目が僅かに見開かれた。

 

「昔から、私にとってアニスはそういう存在だったから」

 

「初めて聞いた」

 

「言ってないもん」

 

「何で?」

 

「恥ずかしいから」

 

「曲にする方が恥ずかしくない?」

 

「今すごく後悔してる」

 

 ミントが耐えきれず笑い出し、プリカも僅かに肩を揺らした。

 

 アニスだけは笑わなかった。

 

「私、星になれてた?」

 

 静かな問いだった。

 

 スマイルボックスで傷つけられ、ランキングが落ち、テトラの契約に縛られている。昨日までなら、アニス自身も同じ問いを別の意味で抱えていたのかもしれない。

 

 リスは迷わなかった。

 

「ずっと前から」

 

「アイドルとして成功してなくても?」

 

「関係ない」

 

「一位じゃなくても?」

 

「関係ないよ」

 

「これから、アイドル辞めることになっても?」

 

 その問いだけは、リスも少し考えた。

 

 それでも答えは変わらない。

 

「それでも」

 

 アニスは俯いた。

 

 ミントとプリカも、今度は何も言わなかった。

 

「……じゃあ、完成させて」

 

 やがてアニスが顔を上げる。

 

「もちろん」

 

「私たちに歌わせて」

 

「そのために作ってるんだから」

 

「絶対だからね」

 

 リスが頷くと、今度はミントが手を挙げた。

 

「私も歌うよ。何かアニスだけの曲みたいになってるけど、ちゃんと私のパートあるんでしょ?」

 

「ある」

 

「可愛いところ多め?」

 

「曲に必要なところを割り振る」

 

「プリカってそういうところ容赦ないよね」

 

「ミントが勝手に注文増やすからでしょ」

 

 いつもの言い合いが始まり、リスはそれを眺めながら息を吐いた。

 

 昨日まで続くはずのなかった時間が、何事もなかったように続いている。

 

 それだけで、今は十分だった。

 

◇

 

 同じ頃、ハンソンはテトラ内部で別の記録を追っていた。

 

 スクラッパーが落としたデータモジュールに残されていた資産番号は、現在の管理体系では使われていない。通常の検索を掛けても何も出てこないため、かつて理事だった頃に扱っていた古い分類と照合し、関連する部署や保管記録を一つずつ辿る必要があった。

 

 その作業を続けるうち、スマイルボックスだけではない繋がりが少しずつ見え始めた。

 

 スタッフの引き抜き。

 

 仕事の集中。

 

 契約に分散された違約条件。

 

 ヨヨの案件と広告枠の移動。

 

 どれも一つだけなら、偶然や通常の社内判断として説明出来る。しかし時系列に沿って並べると、複数の部署が同じ権限系統の周囲で動いていた。

 

 父親は、自分から直接命令した記録をほとんど残していない。

 

 その代わり、各部署が「自主的に」判断したような形で処理が積み重なっている。

 

「……嫌になるくらい上手い」

 

 ハンソンは誰もいない資料室で呟いた。

 

 尊敬しているわけではない。

 

 ただ、自分が何と戦おうとしているのかを理解するためには、父親が無能だったことにしてはいけない。

 

 むしろ有能だからこそ、これまで誰も止められなかった。

 

 ハンソンは検索範囲を広げた。

 

 CEO直轄予算。

 

 外部研究機関への支払い。

 

 非公開契約。

 

 その中に、芸能事業とは直接関係のない継続的な医療費が混じっていた。

 

 最初は、CEO専用の定期検査だと思った。

 

 しかし金額が大きい。

 

 さらに、同じ内部管理番号から特定の製薬研究部門へ資金が流れている。

 

 ハンソンは閲覧可能な範囲で関連報告を開いた。

 

 患者名は伏せられていた。

 

 病名も表示されない。

 

 それでも、契約番号はCEO専用医療枠と一致している。

 

 そして、予後予測の欄に数字が残されていた。

 

 二か月。

 

 ハンソンの手が止まる。

 

 何度読み直しても変わらない。

 

 続く報告には、試験治療薬の研究進捗が記録されていた。

 

 完成見込み。

 

 二週間。

 

 ハンソンは椅子へ深く腰を下ろした。

 

 以前から気づいていたことはあった。父親は最近、長時間の会議を避けるようになり、人前では見せないものの、時々体調を崩している様子もあった。尋ねても年齢のせいだと笑って誤魔化し、それ以上話そうとはしなかった。

 

 今なら理由が分かる。

 

 何もしなければ、あと二か月ほど。

 

 しかし二週間後には、病気へ対応する治療薬が完成する可能性が高い。

 

 ならば、父親は助かる。

 

 少なくとも予定通り進めば、その可能性は十分にある。

 

 ハンソンは画面を見つめたまま、しばらく動かなかった。

 

 昔の自分なら、ここで時間を味方につけようとしたかもしれない。

 

 病気なのだから、しばらく耐えればいい。

 

 治療が終わった後で改めて交渉すればいい。

 

 あるいは父が一時的に経営から離れる間に、自分が少しずつ権限を取り戻せばいい。

 

 しかし、その考えを続けようとした瞬間、スマイルボックスの映像が頭へ浮かんだ。

 

 汚水を浴びせられたアニス。

 

 何をされても笑うよう強いられた三人。

 

 それを止めたことで処分され、死ぬことまで考えたリス。

 

 父親があと二か月生きるのか、二十年生きるのかは問題ではない。

 

 この仕組みが、明日も続くこと自体が問題なのだ。

 

 ハンソンは医療記録を閉じた。

 

 代わりに別の資料を開く。

 

 テトラの経営構造。

 

 主要契約。

 

 アークの生活基盤へ関与する事業。

 

 他企業との依存関係。

 

 そして、CEO権限の継承条件。

 

 父親を告発して終わりには出来ない。

 

 テトラは大きすぎる。

 

 芸能会社というだけではなく、アークの日常そのものへ深く入り込んでいる。頂点だけを急に取り除けば、父親個人ではなく、無関係な市民まで巻き込む可能性がある。

 

 ならば、会社を止めずに父だけを外す方法が必要になる。

 

 そこで初めて。

 

 ハンソンは、自分がこれまで考えないようにしてきた選択肢へ目を向けた。

 

 端末へ表示されているのは、テトラCEOの継承規定だった。

 

◇

 

 その日の夕方、ハンソンの端末へ写真が届いた。

 

 送信者はアニス。

 

『曲、聴かせてもらった』

 

 続けてもう一通。

 

『リスとプリカが作ってた。BE MY STARだって』

 

 添付された写真には、スタジオへ集まった四人が映っていた。リスも笑っている。

 

 昨日まで、失われていたかもしれない笑顔だった。

 

 ハンソンはしばらくその写真を見つめた。

 

 自分が父親と戦う理由は、復讐ではない。

 

 プリティーを失った怒りだけでもない。

 

 父が嫌いだから会社を奪いたいわけでもない。

 

 アニスたちが歌い、ミントが笑い、プリカが好きなように曲を作り、リスが明日の予定を考えられる場所を残したい。

 

 それだけだった。

 

 ハンソンは写真を保存し、継承規定の画面へ戻った。

 

 最初の頁から、今度は一行も飛ばさず読み始める。

 

 父親から逃げる方法ではない。

 

 父親を倒してテトラを壊す方法でもない。

 

 壊さずに、中身だけを変える方法を探すために。

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