Fallout:GODDESS ―灰の世界から女神たちへ― 作:記録官
ハンソンの「死」が公表されたあとも、アークの日常は驚くほど普通に続いた。テトラの店舗は営業を止めず、物流網も動き、所属タレントの番組や広告も予定通り流れている。世間から見れば、長く療養していたマスタングが職務へ復帰し、元理事だったハンソンが一連の不正へ関与した疑いを残したまま死亡しただけだった。その裏で先代マスタングがすでに息を引き取り、息子であるハンソンが名前も立場も引き継いだことを知る者は、ごく限られている。
新しいマスタングにとって、それは計画通りだった。会社を壊さず父の時代だけを終わらせるためには、外から何も変わっていないように見せながら、内部だけを少しずつ作り替える必要がある。最初に着手したのは、スマイルボックスのような企画を成立させた承認経路と、所属者を拘束するためだけに複雑化していた契約体系だった。
「二百億クレジットの違約金は無効。関連規定も全面改定。企画参加者への暴行、侮辱、危険行為を『身体への重大な損傷がない』という理由で許容する基準も廃止しマァース」
会議室に響く派手な声を聞きながら、幹部の何人かはまだCEOの変化へ慣れきれずにいた。療養へ入る以前のマスタングも十分に強烈な人物だったが、戻ってきてからは話し方まで以前より華やかになっている。それでも、目の前にいる男がマスタング本人であることを疑う者はいなかった。CEO専用認証も、過去の取引記録も、エニックから認められた権限も、すべてが彼を正当なテトラの代表として扱っている。
「ですが、所属タレント側へ拒否権を広げれば、制作側の負担が増えます」
幹部の一人が慎重に異議を唱えると、マスタングは笑顔を崩さないまま視線を向けた。
「負担が増えるから何ですKA?」
「企画決定まで時間が掛かる可能性が──」
「人一人を壊してまで短縮しなければならない時間なら、最初からスケジュールの方が間違っていマース。契約は逃げ道を塞ぐための鎖ではありませんYO」
その言葉に、会議室が一瞬だけ静かになった。先代を長く知る者ほど、この変化には違和感を覚えるだろう。それでもマスタングは気にしなかった。父親と同じことを続けるために名前を継いだのではなく、違うことをするためにこそ、この名前も会社も引き受けたのだから。
「それから、スマイルボックスは?」
「すでに企画停止処理へ移っています」
「停止ではなく終了デース。再開予定もありません。関連映像についても、本人たちが削除を希望するものは取り下げてくだサーイ」
「承知しました」
返事を確認してから、マスタングは次の資料へ移った。父が残した会社を、一日で善良な組織へ変えられるとは思っていない。表面だけ規則を変えたところで、人の考え方まで同時に変わるわけではないからこそ、自分一人が正しいと信じ込むのではなく、反対する者や監視する者を残すという約束も守る必要がある。
そして、その仕事と並行して、彼には最優先で片づけたいことがもう一つ残っていた。
◇
「メジャーデビュー?」
アニスは渡された資料を読み終えると、念のため同じ言葉を繰り返した。
T.T.STARの四人が呼ばれたのは、表向きには以前から何一つ変わっていないテトラのCEO室だった。もっとも、彼女たちは世間と同じ説明しか知らないわけではない。ハンソン本人から、先代マスタングがすでに亡くなっていること、自分がその名と立場を引き継いだこと、そしてその事実を外へ漏らせないことまで、限られた関係者として事情を伝えられていた。
それでも、以前までのハンソンを知る四人にとって、目の前の光景はなかなか慣れられるものではなかった。数日前まで契約書の山へ埋もれていた男が、今では父親と同じ顔を持ち、派手な衣装とサングラスを身につけてCEOの机の向こうに座っている。
「YES! T.T.STARのメジャーデビューを正式に進めマース!」
「その喋り方、私たちだけの時も続けるの?」
ミントが尋ねると、マスタングは少し考えた。
「慣れないと外で間違えそうなので」
「戻るんだ」
「まだ練習中ですから」
「そっちが本当の声に聞こえるんだけど」
プリカの指摘を受け、ハンソン――現在のマスタングは小さく咳払いして誤魔化した。少なくとも、この四人の前では完全に父親を演じ続ける必要はないらしい。
「ともかく、話を戻しマース。スマイルボックスによる処分は撤回。契約の不当な違約条項も無効としました。ただし、T.T.STARが今後どうするかは、皆さん自身に選んでもらいます」
アニスは資料へ視線を戻した。以前なら、会社から渡された企画へ参加するかどうかを自分たちで決める余地はほとんどなかったが、今度の書類にはメジャーデビューを受けるかどうかから本人たちの同意を必要とすると明記されている。読めば読むほど、これまで渡されてきた契約書との違いがはっきり見えてきた。
「断ってもいいの?」
「もちろんです」
「テトラ辞めるって言っても?」
少し意地悪な質問だった。それでも、ハンソンは迷わなかった。
「二百億を請求したりはしません」
「そこじゃなくて」
アニスは書類から顔を上げ、派手な姿になった男を真っ直ぐ見た。
「ハンソンさんは、どうしてほしい?」
答えが返るまでには、少しだけ間があった。マスタングとしてなら、所属アイドルを売り出すべきだと答えるのが正しいのかもしれない。しかし、アニスが尋ねているのは経営者としての判断ではなく、その衣装の中にいるハンソン自身の考えだった。
「続けたいなら、続けてほしいと思っています」
「そっか」
「ですが、私のために続ける必要はありません。プリティーのためでもない。ランキングのためでも、会社のためでもありません」
そこで、リスが僅かに笑った。
「前よりちゃんと言えるようになりましたね」
「皆さんに教育されましたから」
「誰が教育したのよ」
「主にアニスさんとリスです」
「私も入ってるんだ」
小さな笑いが起きる。それが収まると、アニスはミントとプリカへ視線を向けた。三人の答えは、もうほとんど決まりかけている。
「私はやりたい」
「私も」
ミントが続き、プリカも迷わず頷いた。
「曲も完成させる」
三人の視線が最後にリスへ向いた。
「私はマネージャーだから、三人が行くなら一緒に行くよ」
「じゃあ決まりだね」
アニスが資料へ署名する。今度は、罠の隠れた契約書ではない。四人とも自分で内容を読み、自分で選び、そのうえで先へ進むことを決めた。
それを見届けたマスタングは、もう一枚の資料を机へ置いた。
「では、会場について相談がありマース」
表示された名前を見た瞬間、アニスの手が止まった。
アークリアンホール。
プリティーが最後のライブを行った場所であり、人間だったアニス自身が一度死んだ場所でもあった。
◇
「変更することも出来ます」
アニスの表情を見たマスタングは、すぐにそう付け加えた。
「話題性を理由にここを選ぶつもりはありません。嫌なら別の会場を用意します」
アニスは会場名を見つめ続けていた。あの日の記憶は完全には残っていないが、プリティーがステージにいたことは覚えている。銃を持った人間へ気づき、考えるより先に身体が動き、その後の記憶は途切れ途切れになった。次に目を覚ました時には、自分はニケになり、プリティーは死んだと知らされた。
あの場所から、今の人生が始まった。
「リスはどう思う?」
尋ねられたリスは、すぐには答えなかった。
「私は、アニスが決めていいと思う」
「怖くない?」
「怖いよ」
リスは誤魔化さなかった。
「でも、あそこで終わったものだけじゃないでしょ。アニスがハンソンと会うきっかけにもなったし、今こうして三人で歌うところまで来た」
ミントも同じ会場で命を落としている。それでも彼女は、不思議と穏やかな顔でアークリアンホールの資料を見つめていた。
「私はやってみたいかな」
「ミントも?」
「だって、前はお客さんだったじゃん。今度はステージ側に立てるんだよ」
プリカは二人ほど直接的な因縁を持たない分、会場そのものを冷静に見ていた。
「会場としては十分。音響も規模もメジャーデビューには合ってる。それに、場所のせいで歌えないなら、これから先もずっと避けることになる」
アニスは最後にもう一度、アークリアンホールの写真を見た。怖くないと言えば嘘になるし、思い出したくない記憶も確かにある。それでも、その場所を自分が死んだ日の記憶だけで終わらせたくはなかった。
「やる」
「本当にいいんですか?」
「うん。今度はちゃんと最後まで歌いたい」
ハンソンはそれ以上確認しなかった。
「分かりました」
マスタングとしての派手な笑顔ではなく、かつて小さな事務所で三人を見守っていた時と同じ顔で、静かに頷いた。
◇
BE MY STARの完成までには、さらに何度も修正が入った。プリカが編曲を詰め、リスが最初に考えていた言葉や曲の意図を整理し、そこへ実際に歌う三人が加わる。机の上だけでは分からなかった部分が次々に見つかり、そのたびに四人は曲を止め、意見を出し合い、また最初から聴き直した。
「ここ、アニスだけ少し前に出した方がいい」
録音を止めたプリカが指示すると、アニスが楽譜を確認する。
「でも、その次ミントでしょ? 急に下がらない?」
「だからミントが拾うの」
「任せて」
「その自信どこから来るの?」
「顔」
「歌の話してるんだけど」
リスは少し離れたところから、そのやり取りを眺めていた。鞄の中には、あの小さな金属板が入っている。毎日持ち歩くようになってからもスクラッパーが再び姿を見せることはなく、データモジュールについても、あの存在が意図的に落としたのか、それとも本当に偶然だったのか、結論は出ていなかった。
それでも、今では分からないままで構わないと思えるようになっている。正体を突き止められなくても、残ったものまで消えるわけではない。リスは今日ここにいて、自分が途中で手放しかけた曲の完成を、この耳で聞こうとしている。
「リス」
呼ばれて顔を上げた。
「何?」
「最後、これでいい?」
プリカが修正した部分を示している。リスは一度音を再生し、三人が最後に同じ旋律へ集まるところまで聞いた。
「うん」
「もう変えない?」
「多分」
「それ何回目?」
「今回は本当に」
プリカが疑わしそうな顔をした。
「じゃあ保存する」
「待って」
「ほら」
「違う、そうじゃなくて」
リスは画面に表示されたタイトルを見る。
BE MY STAR
「完成したんだなって思って」
プリカも手を止めた。小さな事務所にいた頃から作り始め、テトラへの移籍を挟み、スマイルボックスの中でも少しずつ手を入れてきた曲だった。一時は永遠に完成しない曲になるところだったことを、今では二人とも知っている。
「完成したよ」
プリカが言った。
「リスもいる状態で」
「……うん」
アニスたちは、その言葉が何を意味しているのか分かっていたため、誰も余計な言葉を挟まなかった。リスも泣きはせず、代わりに少しだけ笑う。
「じゃあ、三人ともちゃんと歌ってね」
「もちろん」
アニスが答えた。
「リスの星になるんだから」
「本人の前で言わないでよ」
「曲名にしたのリスじゃん」
「今さら恥ずかしくなってきた」
ミントが笑い、プリカも保存ボタンを押した。その瞬間、長い間未完成だったBE MY STARは、正式にT.T.STARの曲になった。
◇
メジャーデビューライブ当日、アークリアンホールの周囲には開場前から大勢の観客が集まっていた。T.T.STARがスマイルボックスの後に活動を再開すること、新体制となったテトラが彼女たちのメジャーデビューを全面的に支援すること、そして新曲が初披露されることまで発表されている。会場がプリティー最後のライブと同じ場所であることに触れる報道もあったが、テトラ側はそれを宣伝の中心には据えなかった。
控室では、アニスが鏡の前に立っていた。衣装は新しく作られているが、胸元には古い三つ星の意匠が残されている。小さな事務所の壁へ貼っていた、あのロゴを基にしたものだった。
「緊張してる?」
ミントが隣から覗き込む。
「してる」
「珍しく素直」
「今日くらいはね」
アニスは自分の手を見た。あの日は客席にいたが、今はステージへ向かう側にいる。その違いを確かめるように指を握り、やがて鏡に映る自分へ視線を戻した。
「プリティーみたいになりたいって、ずっと思ってた」
急に口にすると、二人がアニスを見る。
「今は?」
プリカが尋ねた。
アニスは少し考えてから答えた。
「プリティーはプリティーかな」
あの星を否定する気はないし、憧れがなくなったわけでもない。しかし、自分まで同じ光にならなければならないとは、もう思わなくなっている。
「私はT.T.STARのアニスでいい」
「今さら」
プリカが呆れたように返した。
「一年以上掛かって気づいたんだから、ちょっとくらい格好つけさせてよ」
「じゃあ私もT.T.STARの一番可愛いミントで」
「余計なの付いてる」
「事実でしょ?」
三人がいつものように言い合っていると、控室の扉が開いた。入ってきたリスが、時刻を確認してから三人へ声を掛ける。
「そろそろ移動だよ」
「リス」
「何?」
アニスは少し迷ったあと、手を差し出した。
「行こう」
リスは差し出された手を見る。マネージャーが一緒にステージへ出るわけではないが、ステージ袖までは一緒に行ける。
「うん」
その手を取り、四人で控室を出た。
◇
ステージ袖から見る客席は、あの日とはまるで違って見えた。満員の観客が掲げる無数の光、その向こうから聞こえる開演を待つ声。同じ会場であっても、そこへ立つ側が変われば景色まで違って見える。
リスは三人の背中を見つめた。
「行ってらっしゃい」
アニスが振り返る。
「見ててね」
「見てるよ」
その言葉を口にした瞬間、一度だけ、あのスクラッパーの仕草が頭へ浮かんだ。自分の目を示してから、相手を指す。あの日は意味を理解するだけで精一杯だったが、今度は怪物に言われるまでもない。
「最後まで」
三人がステージへ出ると、歓声がホール全体を満たした。
ライブはALL EYES ON MEから始まり、これまで積み重ねてきた曲が続いていった。プリティーのカバーも一曲だけ残されていたが、それは昔のように彼女の代わりになるためではない。自分たちがどこから始まり、どの星を見上げてここまで来たのかを示すための一曲として歌われた。
そして、最後。
アニスがマイクを握った。
「次が、今日初めて歌う曲です」
客席の声が少しずつ静まっていく。
「私たちがまだ何者でもなかった頃から、ずっと一緒にいた人が作ってくれました」
袖で聞いていたリスが固まった。
「ちょっと、そこまで言うって聞いてない」
隣にいたスタッフが困惑しているが、もう止められない。
「私にとって大事な人です。私たちがどこまで行っても、たぶんずっと近くで怒ったり心配したりしてくれる人です」
リスの目が熱くなった。
「だから、この曲をちゃんと届けたいと思います」
アニスは一度だけステージ袖を見た。距離があるのに、視線が重なったような気がした。
「聴いてください。BE MY STAR」
音楽が始まった。
◇
Vault-Nの一室でも、そのライブは映っていた。フリージアは画面の前へ座り、三人が歌う姿をじっと見つめている。隣ではリリスが、初めて見るアイドルたちの姿を興味深そうに眺めていた。
「この子たちがハンソンの?」
「うん」
「いい顔してるね」
「でしょ」
自分が育てたわけでもないのに、フリージアは少し誇らしそうだった。ハンソンがテトラを辞めたことも、新しい三人組を育て始めたことも、これまで記録を通して見てきた。助けを求められない限り地下から勝手に手を出すべきではないと分かっていたため、何度心配しても見守ることしか出来なかった。
やがて、画面の端へ派手な服装の男が一瞬だけ映った。
フリージアは噴き出した。
「……何、その格好」
「知り合い?」
「すっごく真面目な人だった」
「過去形なんだ」
「いや、中身は多分今も真面目」
マスタングとして観客へ手を振る男を見ながら、フリージアはしばらく笑っていた。世間には絶対に呼べない名前を、ここでは躊躇なく口に出来る。
「頑張ったんだね、ハンソン」
その声が本人へ届くことはないが、今はそれでよかった。少なくとも彼は、プリティーが公の歴史から消えたあとも立ち止まらず、別の星を見つけた。それもプリティーの代わりではなく、それぞれ違う光を持つ三つの星だった。
「ネイトにも見せる?」
リリスが尋ねると、フリージアは少しだけ考えた。
「録画しとく」
「起こさないの?」
「このためだけには起こさないよ」
フリージアは笑った。
「起きた時に見せればいいから」
Vault-Nのさらに奥では、ネイトが何も知らないまま眠っている。スクラッパーのことも、T.T.STARのことも、ハンソンがマスタングになったことも、今はまだ一つも知らない。
◇
BE MY STARが終わった瞬間、アークリアンホールを埋めた拍手は、すぐには収まらなかった。
アニスはステージの上から客席を見渡す。昔と同じ場所でありながら、もう同じ景色ではない。隣にはミントとプリカがいて、袖にはリスがいる。そして少し離れた関係者席には、全く似合わない派手な格好をしたハンソンが立っていた。
その姿を見つけると、アニスは自然に笑った。
以前は、プリティーのような星になることだけが目標だった。今は少し違う。誰かに決められた形ではなく、自分たち自身で選んでここまで来たのだから、それを見てくれる人が一人でもいるなら、自分なりの光り方でいいと思える。
曲が終わっても、ステージは消えなかった。あの日のように誰かが倒れることもなく、誰かの死によって幕が下りることもない。リスも、今度はちゃんとそこにいる。
アニスは二人と並び、最後に三人で深く頭を下げた。
◇
ライブ終了後、四人を待っていた新しいマスタングは、彼女たちが廊下へ出てきた瞬間に両腕を大きく広げた。
「EXCELLENT! 素晴らしいステージでしたYO! これこそENTERTAINMENTデース!」
「うるさい」
アニスが即答した。
「せめて褒めてる時くらい受け取ってくだサーイ!」
「ハンソンさんに言われたら嬉しい」
「私がハンソンです……じゃなかった、今はマスタングですYO!」
「混ざってるよ」
ミントが笑い出し、プリカも呆れたように息を吐いた。この場にいる者しか聞けない名前と、外では決して間違えてはいけない名前が混ざったことに、本人だけが一瞬遅れて気づいている。
「外で今のやらないでよ」
アニスが釘を刺す。
「分かっていマース……今のは忘れてください」
「無理」
「忘れてくだサーイ!」
再び笑いが起こる中、リスは少し後ろから四人のやり取りを眺めていた。
もし数日前に予定していた通り、自分がいなくなっていたなら、この光景を見ることは出来なかった。BE MY STARが完成することもなかったかもしれないし、少なくとも自分の耳で、あのステージから流れる曲を聞くことは出来なかった。
リスは鞄の上から金属板へ触れた。冷たい感触が布越しに伝わってくる。
スクラッパーが何者なのかは、今も分からない。それでも、一つだけ確かなことがある。自分は生き延び、今日まで来た。そして今日が終わったあとにも、また続きがある。
「リス?」
アニスに呼ばれ、顔を上げた。
「何ぼーっとしてるの?」
「何でもない」
「打ち上げ行くよ」
「明日も仕事あるから遅くならないようにね」
「もうマネージャーに戻ってる」
「戻ったよ」
リスは笑い、三人のところへ歩いていった。
その先には、父親の名を背負いながら、その父親とは違う道を選んだ男がいる。そのそばには、それぞれ違う光り方を覚え始めた三つの星と、彼女たちを支える一人のマネージャーがいる。
誰かを輝かせるために、その人の人生まで奪う必要はない。
新しいマスタングが最初に守ろうとしたのは、そんな当たり前のことだった。そしてテトラの夜は、世間から見れば昨日と変わらない「マスタング」の下で、先代が残した仕組みの中身だけを少しずつ作り替えながら続いていった。