Fallout:GODDESS ―灰の世界から女神たちへ―   作:記録官

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第7話 新しい所属

 近接戦闘部隊を巡る問題は、中尉一人を処分すれば片付くほど単純なものではなかった。

 

 中尉の端末から回収された命令記録を辿ると、補給を意図的に絞りながら危険度の高い任務へ投入し、部隊の損耗過程そのものを観察する方針は、さらに上の部署から降りてきたものだと判明した。中尉自身が計画の発案者だったわけではないものの、途中で真相を知らされた後も命令へ従い、薔花たちへ何も知らせないまま出撃を続けさせていた以上、その責任がなくなるわけでもない。翌朝には中尉の指揮権が一時停止され、関係者への聴取と記録の保全が始まったが、どこまで上層部が関与しているのかを調べようとすればするほど、問題は前線基地だけでは収まらなくなっていった。

 

 ゴッデスの指揮官も短期間で決着する案件ではないと判断し、近接戦闘部隊については当面すべての作戦命令を停止させた。

 

 もっとも、調べられる側にいるのは人間だけではない。

 

「当然だと思うよ。私は中尉を殺そうとしたんだから」

 

 簡易会議室の椅子に腰掛けた薔花は、意外なほど落ち着いていた。向かいにはゴッデスの指揮官とリリスがおり、ネイトは少し離れた壁際で腕を組んでいる。

 

 薔花が昨夜したことは、中尉への殺意を抱いただけではなかった。人間へ直接危害を加えられないはずのNIMPHの制約を、目隠しと自己暗示によってすり抜けようとし、実際に刀を振り下ろすところまで至っている。リリスが素手で花無十日紅を止めなければ、その後に何が起きていたのかは分からない。

 

「みんなが止めてくれたからって、無かったことになる話じゃないよ。警備の人たちも気絶させたし、怪我が軽かったからって、それも消えないでしょ」

 

 薔花は自分の両手へ視線を落とした。昨日まで仲間のために刀を握っていた手であり、昨夜は仲間を守るという理由をつけて、一人の人間を殺そうとした手でもある。

 

 ネイトはしばらく黙って彼女を見ていたが、やがて壁から背を離した。

 

「逃げる気は?」

 

「ないよ」

 

「自分だけ処罰されれば、残りの五人は助かる──みたいなこと考えてない?」

 

 薔花が顔を上げ、少し驚いたように目を瞬かせる。

 

「……レンから聞いた?」

 

「そんなに?」

 

「顔に書いてある」

 

 反論できなかったらしい。薔花は困ったように笑い、そのまま肩を落とした。

 

「昨日、一人で全部背負おうとして失敗したばっかりだろ」

 

「……うん」

 

 リリスは机の上に積まれた資料へ視線を落としていた。薔花の行為を看過することはできない一方、そこへ至るまでに人類軍側が部隊員を意図的に消耗させていた事実も無視できない。しかも今回、薔花が人間への攻撃制限を突破しかけたことで、NIMPHの制約そのものにも検証すべき問題が生まれている。

 

「だから、今すぐ薔花だけ処分して終わりにはしたくないんだよね」

 

 顔を上げたリリスはいつもの柔らかな表情に戻っていたが、その声音は真面目だった。

 

「薔花がやったこともちゃんと調べる。でも、薔花たちに何をしてたのかも最後まで調べる。片方だけ見て『こっちが悪かったから終わり』にはできないでしょ?」

 

「いいんですか?」

 

 薔花が少し意外そうに尋ねると、指揮官も資料を閉じた。

 

「そういうことだ。当面、お前は監督下に置く。行動記録と定期報告は必要になる。独断で部隊を動かす権限も制限するし、人間への攻撃制限を突破しかけた件についても検査を続ける。ただし、現時点で近接戦闘部隊そのものを解体することもしない」

 

「良いか悪いかを決めるために調べるんだ。先に結論を出してどうする。それに、お前たちを使い潰すための運用方針を止めたからといって、近接戦闘能力そのものまで捨てる理由はない」

 

 指揮官が次に開いた資料には、昨日ネイトと薔花が話していた新しい運用案が記されていた。

 

 薔花は覗き込み、すぐにその名を見つける。

 

「ブレイドガード」

 

「仮称だったんだけどな」

 

「私は気に入ってるよ」

 

「だったら名前については俺よりあんたの方が発言権あるだろ」

 

 従来の近接戦闘部隊は、高い機動力を利用して敵陣へ飛び込み、ラプチャーを至近距離から斬り伏せることを主な役割としてきた。その能力そのものは失敗ではない。問題は、銃火器より遥かに短い間合いで戦わなければならない彼女たちを、損耗前提で敵の懐へ送り込み続けていた運用方法だった。

 

 ならば、発想を逆にする。

 

 補給車列の護衛、負傷者の回収、後方火力部隊へ接近した敵の排除、撤退する部隊の援護。味方と敵との距離が近く、銃撃では同士討ちの危険が生じる状況ほど、狙った対象だけを斬れる彼女たちの能力には価値がある。

 

「つまり、私たちから敵のところへ飛び込むんじゃなくて、守る相手と敵の間に入るんだね」

 

「ああ。必要なら攻めてもいい。でも、護衛対象を置いて敵を深追いしないことを最初から任務に入れる」

 

「敵を逃がしても?」

 

「敵を十体斬ったって、その間に後ろの補給車が壊されたら護衛としては失敗だろ」

 

 薔花はそこで黙り込み、昨日までの戦い方と新しい任務を頭の中で比べているようだった。

 

「全員で帰るための戦い方か」

 

「全員で帰れない日もある。それでも、最初から誰かを捨てる前提で作戦を組むのとは違う」

 

「……うん。私は、そっちの方がいいな」

 

 薔花が頷くと、指揮官も資料の次頁へ進んだ。

 

「試験運用なら上へ通せる可能性がある。正式には『特殊近接護衛分隊』。ブレイドガードは部隊呼称として申請する」

 

「隊長は?」

 

 薔花が尋ねた途端、指揮官の顔が僅かに険しくなった。それだけで彼女も問題を察したらしく、苦笑する。

 

「……だよね」

 

「昨夜の件がある。お前をそのまま隊長に残すことへ反対する者は確実に出る」

 

「私は構わないよ。みんながちゃんと扱ってもらえるなら──」

 

 そこで、会議室の扉が開いた。

 

 紅蓮と、残る四人の近接戦闘部隊員が揃って立っている。

 

「今は聴取中だぞ」

 

 指揮官に睨まれても、紅蓮はまったく悪びれなかった。

 

「承知しておる。ゆえに外で待っていた」

 

「まだ終わってない」

 

「ならば今、必要なことだけ言う」

 

 紅蓮は真っすぐ薔花の隣まで歩いてくると、迷うことなく言い切った。

 

「この部隊の隊長は姉さんだ。他の者を据えるのであれば、私は従わぬ」

 

「レン」

 

「姉さんは黙っておれ」

 

「年上なんだけど」

 

「今は関係ない」

 

 残る四人も、この点だけは迷っていなかった。一人が「私も薔花がいい」と口にすると、他の三人も続けて頷く。

 

 昨夜の独断に怒っていないわけではない。むしろ、五人を置いて一人で罪を背負おうとしたことについては、全員がまだ腹を立てている。それでも、十人だった頃から誰よりも仲間の生還を考え、補給を求めて何度も上官へ掛け合い、壊れた仲間を一人でも多く連れ帰ろうとしてきた隊長が誰だったのかを、彼女たちは知っていた。

 

「私、昨日すごく怒られたばっかりなんだけど」

 

「だから次は勝手なことをしないよう、私たちが見張ります」

 

 右腕の修理を終えた隊員が平然と言った。

 

「隊長を監視する部下って、どうなのかな?」

 

「薔花が悪いんです」

 

「……そうだね」

 

 さすがに反論の余地はなかった。

 

 指揮官は五人の表情を一人ずつ確認し、最後にリリスへ目を向ける。リリスも小さく頷いた。

 

「分かった。ただし、今まで通りにはいかん。当面は監督付きだ。作戦計画、出撃、帰還について記録を残し、人間への攻撃制限を突破しかけた件についても検査を続ける。何より──二度と一人で全部片付けようとするな」

 

「はい」

 

 今度の薔花は、笑って誤魔化さなかった。

 

「無罪放免という意味でもない。お前たちが被害を受けていたことと、お前が昨夜やったことは、別々に扱う」

 

「分かっています」

 

 その答えには迷いがなかった。

 

 ネイトは少し離れた場所からその様子を眺めながら、昨夜よりは安心していた。昨夜までの薔花なら、自分さえ処罰されれば仲間が助かると聞けば、迷わずその道を選んでいただろう。

 

 今は少なくとも、五人へ何も言わず勝手に自分自身を切り離そうとはしていない。

 

 昨日の一件で変わったものは、それだけでも十分に大きかった。

 

◇

 

 その日の午後、薔花と紅蓮は基地外れの小さな休憩所で二人きりになっていた。

 

 薔花が湯を注ぐと、紅蓮自身が焙煎した茶葉の香りが立ち上る。普段ならそろそろ何度目かの手合わせを始めている時間だったが、今日は二人とも刀を抜こうとしなかった。

 

「本当に行くんだね」

 

「まだ正式には決まっておらぬ」

 

「でも、行きたいんでしょ?」

 

 紅蓮は答えず、湯呑みに口をつけた。

 

 妹のことを長く見てきた薔花には、それだけで十分だった。

 

「リリス、そんなに強かった?」

 

 聞いた瞬間、紅蓮の眉間へ深い皺が寄る。

 

「……強い」

 

 薔花の手が止まった。

 

「どれくらい?」

 

「私が何もできぬうちに、腰から下を地面へ埋められた程度にはな」

 

「そんなに?」

 

「笑い事ではない。何をされたのか見切ることさえできなかったのだぞ。気付いた時には地面が腰の辺りまで来ておった」

 

 どうやら思い出すほど腹が立つらしい。

 

 昨日、紅蓮が百日紅を抜いて条件を言い終えるより先にリリスが動き、一撃で腰から下を地面へ埋めた光景を思い出し、薔花は口元へ手を当てた。紅蓮から睨まれ、慌てて笑いを堪える。

 

「だって、レンがそこまで何もできなかった相手って初めてだから」

 

「姉さん。なぜ少し嬉しそうなのだ」

 

「ごめん。でも、それならますます行きたいよね」

 

「……否定はせぬ」

 

 紅蓮はようやく認めた。

 

「姉さんはよいのか?」

 

「行っておいでよ」

 

 薔花は湯呑みを両手で包み、少しだけ寂しそうに妹を見る。

 

「寂しいよ」

 

 あまりにも素直に返され、今度は紅蓮の方が言葉に詰まった。

 

「でも、レンはずっと強くなりたかったでしょ。私に勝ちたいだけじゃなくて、もっと強い相手を見て、もっと強くなりたかった。だったら、今より強い人たちと一緒に戦った方がいいと思う」

 

「私はまだ姉さんにも勝っておらぬ」

 

「それなら、いつでもできるよ」

 

 薔花は自分の腰へ手を伸ばし、花無十日紅を鞘ごと外した。

 

「花無十日紅を?」

 

「うん。持っていって」

 

「なぜだ。姉さんの刀であろう」

 

「ゴッデスへ行くなら、今のレンにはこっちの方が合うと思う。それに、この刀なら私がどれだけ強いか一番よく知ってるから」

 

「受け取れぬ」

 

 薔花は少し冗談めかして笑ったものの、紅蓮は手を伸ばさなかった。

 

「だから、貸すだけだよ」

 

 その一言で、意味が変わった。

 

「いつか返して。レンがもっと強くなって、私のところへ戻ってきた時に」

 

 形見ではない。

 

 持ち主は生きている。

 

 再会する日が来ることを最初から前提にした、ただの貸し借りだった。

 

 紅蓮は長い間、姉の刀を見つめていた。やがて覚悟を決めたように息を吐くと、自分の腰から百日紅を外す。

 

「ならば、姉さんもこれを持っておれ」

 

「百日紅?」

 

「姉さんが使うものだ」

 

 二人は同時に刀を差し出した。

 

 薔花の手へ百日紅が渡り、紅蓮は花無十日紅を受け取る。長く使い込まれた柄には姉の手に馴染んだ感触が残っており、何度も手合わせで目にしてきた刀なのに、自分で握ると妙に重く感じられた。

 

「それじゃ、お互い帰ってこないと困るね」

 

 薔花が目を丸くしたあと、ゆっくり笑う。

 

「そういうことだ。私の刀だ。花無十日紅を返す時に、こちらも返してもらう」

 

「姉さんも死ぬな」

 

「レンもね」

 

 今度は薔花も、冗談へ逃げなかった。

 

 所属が変わったところで、薔花が姉であり、紅蓮が妹であることまで変わるわけではない。次に二人が手合わせをする時、それぞれの手には今日まで相手が使っていた刀がある。

 

 それも悪くないと、薔花は思った。

 

◇

 

 紅蓮のゴッデス加入が正式に決まったのは、翌日のことだった。

 

 訓練場にはゴッデスの面々だけでなく、薔花と四人の仲間も見送りに来ている。紅蓮が抜ければ、特殊近接護衛分隊──ブレイドガードに残るのは薔花を含めて五名となる。正式な部隊章もまだなく、試験運用すら始まっていないが、五人はすでにその名前を自分たちのものとして受け入れていた。

 

 花無十日紅を腰へ下げた紅蓮が現れると、真っ先に反応したのはスノーホワイトだった。

 

「その刀……花無十日紅ですよね?」

 

「そうだが」

 

「近くで見せてもらってもいいですか?」

 

 紅蓮は嫌な予感でも覚えたのか、僅かに身体を引く。

 

「見るだけか?」

 

 ネイトが横から確認すると、スノーホワイトは心外そうな顔をした。

 

「ネイトさんまで何なんですか!」

 

「Pip-Boyを忘れたの?」

 

「分解しません!」

 

 そう抗議する右手には、すでに小型工具が握られている。

 

 紅蓮の目が細くなった。

 

「その手にあるものは何だ」

 

「これはいつも持っているだけです!」

 

「信用できぬ」

 

「ほら、もう馴染んでる」

 

 リリスが楽しそうに笑うと、ドロシーは早くも疲れたような顔をした。

 

「まだ正式な初日すら始まっていないのですが」

 

「大丈夫。うちって大体こんな感じだから」

 

「それを大丈夫と呼んでよいのでしょうか」

 

 紅蓮も早くも多少後悔しているように見えたが、引き返す様子はない。

 

 やがてリリスが彼女の前へ立った。

 

「最後に確認するね。誰かに言われたからじゃなくて、紅蓮が自分で決めた?」

 

「ああ。私が決めた。ゴッデスへ行く」

 

「何のため?」

 

 紅蓮は迷わずリリスをまっすぐ見据えた。

 

「貴様を倒せるほど強くなるためにな」

 

「目的、そこなんだ」

 

「当然であろう」

 

 リリスは一瞬呆れたように目を瞬かせたものの、すぐに笑って手を差し出した。

 

「じゃあ、ようこそ。ゴッデスへ」

 

「世話になる」

 

 紅蓮は差し出された手を見つめ、握手の代わりに自分の拳を軽く当てた。

 

「こちらこそ」

 

 その直後、待っていたようにレッドフードが声を上げる。

 

「センセイ、その判断は正しいぞ!」

 

「貴様までセンセイと呼ぶな」

 

「ゴッデスへ来たら毎日呼んでやるよ」

 

「斬るぞ」

 

「歓迎するぜ、センセイ!」

 

「だからその呼び方をやめろ!」

 

 紅蓮が追いかけ始めると、薔花はとうとう堪えきれず声を上げて笑った。

 

 少しして、紅蓮が足を止める。

 

 見送りに来た姉を振り返れば、二人の腰には昨日までとは逆の刀があった。

 

「いってらっしゃい、レン」

 

 薔花が手を振る。

 

 紅蓮は僅かに目を細めた。

 

「……行ってくる」

 

 それ以上の言葉は必要なかった。

 

◇

 

 ブレイドガードの最初の試験任務は、その二日後に行われた。

 

 任務内容は、前線へ向かう補給車列の護衛と、帰路における負傷者の回収支援。敵拠点へ攻め込むわけでもなく、大型ラプチャーを討伐するわけでもない。かつての近接戦闘部隊なら、わざわざ自分たちへ回されることなどほとんどなかった仕事だった。

 

 出撃前、薔花は四人の仲間を見回す。

 

 全員の整備は済んでいる。完全に新品同様というわけではないが、壊れた腕を無理に動かしている者も、次の一撃で折れそうな刀を握っている者もいない。薔花自身の腰には、紅蓮から預かった百日紅がある。

 

「今日の目標、覚えてる?」

 

「補給車列を前線まで届ける」

 

「帰りに負傷者を回収する」

 

「敵を見つけても深追いしない」

 

「車列から離れない」

 

 四人から次々と答えが返り、薔花は満足そうに頷いた。

 

「じゃあ最後は?」

 

 四人が顔を見合わせる。

 

 やがて、一人が笑った。

 

「五人で帰る」

 

「正解」

 

 薔花も笑った。

 

 今回ネイトも同行するが、彼の役割はブレイドガードの戦闘指揮ではない。補給物資の確認や車両故障時の応急修理を担当するため、最後尾の輸送車へ乗ることになっている。

 

「俺まで護衛される側か」

 

 出発前にそう呟くと、薔花は百日紅の固定を確認しながら当然のように答えた。

 

「人間なんだから当然でしょ」

 

「レッドフードと同じこと言うなあ」

 

「だったら正しいんじゃない?」

 

「否定できない」

 

 車列が基地を離れてしばらくは、目立った問題も起こらなかった。

 

 最初のラプチャー反応が報告されたのは、廃墟となった市街地へ入ってからだった。前方の索敵担当によれば、敵は正面から向かってきているのではなく、崩れた建物を利用して車列の側面へ回り込もうとしているらしい。

 

 以前の彼女たちなら、敵影を確認した時点で迎撃のため飛び出していただろう。

 

 しかし今は、守るものが背後にある。

 

「二人は左へ。残り二人は私と右側。車両から離れすぎないで!」

 

 薔花の指示で五人が散開した。

 

 建物の陰から現れたラプチャーが補給車へ砲口を向けるより早く、一人が懐へ飛び込んで武装を斬り落とす。その横をすり抜けようとした別の個体にはもう一人が回り込み、車列へ向かう進路を身体ごと塞いだ。

 

 倒した後も、そのまま敵を追いかけてはいかない。

 

 必ず守る対象を背中側に置く。

 

 目の前から逃げた一体を斬ることより、別方向から車両へ向かってくる一体を止めることを優先する。

 

 最初こそ、その距離感には戸惑いがあった。敵を追えば斬れるのに追わない。視界の先で一体が撤退を始めても、車列から離れるなら放置する。これまで強さの証明だと思ってきた行動を、自分たちの意思で選ばないというのは、思っていた以上に難しかった。

 

 だが戦闘が続くにつれ、五人の動きは少しずつ噛み合い始めた。

 

 薔花は正面の一体を斬り伏せた直後、遠ざかる別のラプチャーへ視線を向ける。追えば十分仕留められる距離だったが、その時、車列の反対側から新しい敵影が三つ現れた。

 

 迷う時間はなかった。

 

「逃げる方は放っておいて! 右から三体!」

 

 薔花は百日紅を握ったまま身体を反転させ、仲間たちへ声を飛ばした。

 

 四人もすぐに反応する。

 

 銃撃なら車両や味方を巻き込みかねないほど近い距離でも、剣なら狙った敵だけを止められる。輸送車の陰から様子を見ていたネイトは、昨日考えた構想が机上の空論ではなかったことを確認していた。

 

 もちろん、これだけで完成した部隊と言うつもりはない。五人への負担は依然として大きく、遠距離攻撃に対しては射撃部隊との連携が必要になる。護衛対象が広く散らばれば、現在の人数では守り切れない状況も出てくるだろう。

 

 それでも、敵陣の奥へ突っ込み、帰ってくる人数が減るまで戦わせるより、何のために剣を振るうのかは遥かに明確だった。

 

 十分ほどで戦闘は終わった。

 

 車列に大きな被害はなく、積荷も無事だった。

 

「負傷は?」

 

 薔花は遠ざかるラプチャーを追おうとはせず、まず四人へ目を向ける。

 

 軽微な装甲損傷が一人。それ以外に問題はないという返事が戻ってきた。

 

 薔花は全員の姿を自分の目で確かめてから、ようやく刀を収める。

 

「じゃあ進もう。まだ半分だよ」

 

 誰も撃破数を数えなかった。

 

 彼女たちの後ろにある補給車が一台も欠けずに動いている。

 

 それこそが、今のブレイドガードにとっての戦果だった。

 

◇

 

 帰路では予定通り、前線から負傷したニケたちを回収した。

 

 脚部を大きく損傷し、自力で歩けない者もいる。薔花たちは車両の周囲へ散り、今度は前線へ届ける物資ではなく、後ろへ帰る仲間を守りながら基地を目指した。

 

 夕方になって基地の門が見えてくると、隣を走っていた一人が笑った。

 

「全員いるね」

 

「うん」

 

 薔花は四人を順番に確認した。

 

 前には帰る場所がある。

 

 後ろには救助した負傷者を乗せた車両がある。

 

 そして自分の腰には、妹から預かった百日紅があった。

 

「帰ろう」

 

 五人は最後まで車列を守ったまま、基地の門をくぐった。

 

 作戦報告書の帰還者欄へ記された人数は五名。出撃時と同じ数である。

 

 かつて近接戦闘部隊を運用していた者たちが求めていたのは、仲間を失い続けた末に残る「最強の一人」だった。しかし、新しい所属を得た彼女たちが最初の任務で持ち帰ったものは、選別された一人の生存者ではない。

 

 五人の隊員と、補給物資、そして前線から救助した負傷者たち。

 

 そのすべてを無事に帰還させたことこそが、特殊近接護衛分隊──ブレイドガードにとって、最初の戦果となった。

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