孤高のリヴァイアサン~これは異能に弄ばれた私が、それでも前へ進むと決めた話~ 作:大和ユキ
「ん……」
「どうした? 急に口の回り拭って」
「んーん、さっき食べたアイスが口の周りにまだついてただけ」
わざとらしい理由を言ってみるけれど、実はそれは真っ赤な嘘。
本当は慣れない場所にいるせいで居心地が悪く、手持ち無沙汰になってしまっているだけ。
光沢加工のされた本皮のジャケット、足先にかけて末広がりなシルエットを持つダメージジーンズ。モールの一角にある、エニクロやQUでは見れない非凡な服が並ぶ服屋。
そこでは、倉庫のようにところ狭しと服が陳列されているんじゃなくて、服が余白をもって飾られていた。
ハイブランドではない、けれど一般の高校生には到底手が届かないような服の数々が並ぶ、いわゆるセレクトショップ。
普段入るのがチェーン店や古着屋ばっかりなせいで、新品の高価な服に囲まれているのはなんだか落ち着かない。
衝動と少しの勇気に任せて魅力的なズボンへ手を出したとしても、値札に記される二八八〇〇円の文字列が購入意欲を無へと還す。
世の中分かんないことだらけではあるけど、これだけは断言できる。
今、私はここにいるべきじゃない。
私がそう思わなかったとしても、この店自体が「お前はお呼びじゃない」追い立てようとしてきている気さえする。
……何もしないのも退屈だから「ルイの好きなとこ行って良いよ」って言ったのが愚策だったなあ、これ。
「なあ大和、このシャツとあの上着の組み合わせだったらどっちのズボンが良いと思う?」
そんな私に構わず服をあれこれ手に取り選ぶルイ。
派手派手な服が並ぶなか、彼に手にされた服は比較的カジュアルなラインナップだった。
「わっかんない……男の服なんて選んだことないから」
「そんなこと言わずにさ、直感でいいから」
「じゃ、じゃあこっちの薄手のツルツルしたズボン……とか」
「お、理由は理由は?」
「……夏、涼しそうだから」
無知なりに答えを考えて絞り出したのに、あろうことか吹き出して笑うルイ。
私が「ちょ、何がそんなにおかしいのよ!?」なんて問い詰めても、その場に屈んで肩を震わせるのをやめない。
「いやー、おかしいっていうか、面白いっていうか。大和ってお洒落なのになんでそんな返事が出るのかっていうか」
……からかわれてる。私の男服選びのセンスのなさを。
でも、今まで見てきた異能者の見下すような嘲りとは違う、同じ目線の親しみをもったからかい。
「……もう」
ほんとになんなの、この子。
言い返したいことはいっぱいあったのに、そのどれもが口から出ることなく胃の中へと落っこちていった。
******
「そういえばさ、さっきのお店で何も買わなくて良かったの?」
さっきのセレクトショップから出て右斜め向かい、流行りの小物やらCDやらが雑多に並べられている雑貨店。
最近町中でよく耳にするトレンドの音楽が大音量で流れていて、やかましいにも程がある。
そんな店のいちばん奥、照明が届かない少し陰険なインテリア売り場で。
一見奇抜なようで凡庸な棚のラインナップに飽きてふと目を向けた先にあった、手ぶらなルイの手を見てそんな疑問が浮かんだ。
「別に、なんか惹かれなかったっていうか」
「……でも真っ直ぐ向かってったことは何か買うつもりだったんじゃないの? 私が言っちゃなんだけど、お金はあるんでしょ?」
「うーん……僕もなるべくみんなと同じもの着たいって思ってるからさ。みんなで集まっても僕だけ違いすぎるもの着てたら浮くだろ?」
ルイは王冠型をしたペン立てを棚へ戻しながら、私の方へ向けて「何当たり前のことを」と言わんばかりに首を傾げてきた。
確かに言われてみれば、うちの高校はカッターシャツ何着ようと自由なのに、着心地が悪いで有名な学校指定のものを着込んでいた。
……なんか今、何の飾り気もない本物の金持ちを見せられた気がする。
そっか、金持ちはお金を使うだけじゃなくて使った先のことも考えるのか。
そう考えると、ズボンのポケットに入ってる小銭だらけの財布が急に頼りなく感じてくる。
さらっと抉られた気もするけど、まあこの話始めたのは私だし。
「ていうか『お金ある』って、大和でも僕のことは知ってるんだな」
「待って待って、大和でもってなによ。私のこといったい何だと思ってるの」
またからかわれた、でもやっぱり悪い気はしない。
私の方から独りでいるわけだし、そこを言われても今更何も思わない……はずだった。
次の瞬間にルイが発した言葉に、思考が急ブレーキを踏むまでは。
「大和の事情を考えると、僕のこと知らなくても不思議じゃないなって思っただけだよ」
「…………私の、事情?」
事情。単なる一つの言葉。それだけのはずなのに、そこから何かしらの含みを感じる。
私が一人でいること? でもそれなら事情って言う必要はなくて。
どっちかと言えば、その言葉は私が独りでいる
……もしかしたら、私のことも知られているのかもしれない。
それもかなり深いところまで。
どこから仕入れたのか今までに戦ってきた異能者の一部も私の過去を知っていた。
ルイもその例に漏れないのかもしれない。
——そうだ、忘れるところだった。ルイはあくまで異能者。
ルイが悪い人間じゃなかったとしても、その前提だけは崩さないようにしなきゃいけない。
「そろそろ、何で私を呼んだのか教えて欲しいんだけど。こうやってショッピングするために呼んだんじゃないんでしょ」