孤高のリヴァイアサン~これは異能に弄ばれた私が、それでも前へ進むと決めた話~ 作:大和ユキ
何の脈略もなく、藪から棒に飛び出した一つの問い。
今日ここに呼ばれたのは私で、今目の前に呼び出した本人がいる。
目的が分からない以上それを問いただす正当性はあるはず。
私の声色が急に変わったからか、ルイはその肩を勢いよく跳ねさせた。
「……ほんとは大和ともうちょっとこうやって遊んでたかったけど、そうだね。そろそろ本題に入らないと」
自分で呼んだのに話したくなさそうにするの?
顔に影を落とし、物憂げな表情を浮かべるルイ。
ちょうどトラックも回りきって店内の音楽もぱたりと一瞬鳴り止んだせいで、ルイの憂いを帯びた息遣いの音だけが鼓膜を揺らした。
「まず僕の身分から明かそうか。僕が異能者なのは大和も見ただろ?」
「……まあ、そうね」
ルイの異能。
ルイの異能。光の粒子から作り出したガラスの球に太陽の光を溜め、それを放つ代物。
ほんとにありえない話なんだけど、ロベールを無力化した少し後に警戒も含めてちょっと聞いただけで、あろうことかルイは詳細をべらべらと明かした。
自分で聞いといて勝手に引いてしまったのは記憶に新しい。
「でも僕は単独の異能者じゃない。ルーツ、考え方、目的。何かしらの要素を同じにして組まれた徒党に入ってる一人なんだ」
「……一回五人組に襲われたことがあるけど、そいつらも徒党の一つだったってことね」
「そうだね、徒党を組んでいるのは珍しいことじゃないから。僕らの場合は価値観や考え方を元に集まった組織って言ったらいいのかな」
物憂げな表情。及び腰な姿勢。彼の所属する組織。
ルイの大方の事情は見えてきた。
「つまりルイは、その組織に言われてここに来てるってことでしょ」
ここまで証拠が出揃ってまさか間違ってるはずはない。その確信はあったのに、ルイはどういうわけか「それ自体は間違ってはないんだけど……」と唸り声を上げてばっかでそれを肯定しようとしない。
「……実はそれだけじゃない。あの学校に入ったことも組織に言われてのことなんだ」
「……は? あんたいきなり何言って」
「包み隠さず言ってしまうとね。君のことを安全圏から観察するため——」
続きを口にしようとするルイの肩を両手で掴む。
そしてその両目へと、持てる限り最大の目力で目線を注いだ。
「あんたらまさか……! 香蓮に何かしてないでしょうね!」
私の過去を知られているとか、その過去をどこまで知っているかもしれないだとか。
そんなことはこの一瞬でどうでも良くなった。
今すぐその首根っこを掴みたい、腸の煮えくり返るような衝動を抑えながら、自分でも分かるぐらいに低く焦りを孕ませた声を店の一角へ響かせる。
なのに、ルイはこっちのことを見上げるばっかで顔色一つ変えない。
どういうこと? まさか図星ってことなんじゃ——
「——それは無い。安心してくれ」
黙り込む彼に私が更に食って掛かろうとした直後。
ルイは私の目へ真っ直ぐと視線を向けながら、きっぱりとそう言った。
「……安心してくれって、どうやって安心しろってのよ」
その言葉に、ルイは顎に手を当てながら顔をしかめる。
沈黙の中で言いようのない焦りが込み上げ、足先が細かに揺れる音が鳴り響く。
「まず一つだけ約束する。鈴原さんを利用したり傷つけたりはしてない。それだけは確かだ」
「その証拠は? 私が納得いくまでこの手は離さない」
自分でも意地の悪いことを聞いている自覚はあったけど、確かめたい欲求がそれを上回る。
間欠泉のように沸き立つ焦りが、そんな判断をも鈍らせている気さえする。
「これは、証拠にはならないことではあるけど……組織に言われてあの高校へ入学したあと、ある一人の女の子と隣席になったんだ。その女の子には昔からの親友が居て、入学した時でもすごく仲は良かったらしいんだけど、彼女はその親友の将来を憂いていたんだ」
「……急になんの話」
「良いから聞いて欲しい。その女子は親友に対して、『人生をいたずらに消耗しないか不安』『私以外に友達が居たほうが楽しいに決まってる』。それでもって『自分がその親友の足かせになってないか』なんて、その親友のことをすごく心配していた」
……どこかで聞いた話でもないのに、私はその話を知っているような。
けれど私が知っている話とは少しばかり違っていて。ルイの肩を掴んだまま、その話を耳を傾ける。
「それ以来、お昼ご飯の時に相談を受けるようになってね。僕も上手くアドバイス出来た気はしなかったけど、少しは気が楽になったみたいでさ」
今のところ、ただルイの純朴さを強調するだけの内容。
今更そんなことを言われたところで私は靡きはしない、ていうか求めてるのはそんなどうでもいい話じゃ——。
「そこからしばらくして、さっき言った組織から大和に関連の深い人物の名前が送られてきたんだ。それを読んで、僕は思わず笑っちゃったんだよ」
まるで前が急に見えなくなったのか。
私がここまで鬼気として迫ってるのに、過去を懐かしむように朗らかな笑みを浮かべる彼。
「だって、そこに前々から相談を受けてた女の子と同じ名前……鈴原香蓮って書いてあったんだからさ。そりゃ笑っちゃうよね」
「……………………」
ルイの肩を握りつぶさんと掴んでいた手の力がふと抜ける。
香蓮が、私のことを、そんな風に見てた?
香蓮のことを守ってたのは私の方なのに、私が香蓮のことを守らないといけないのに?
ルイの言い草だとまるで守られようとしてるのは私の方だったってこと?
私の中で固まって重力を作っていた何かが、急に散っていってしまった気がした。
「もちろん、これは僕らが鈴原さんへ何もしていない証拠にはならない。けれど、僕が組織の目的のためだけに鈴原さんと友達になったわけじゃないのは分かってほしい。それは鈴原さんがこうやって大和を僕に預けてることからも分かるはずだ」
「……そう、分かった」
彼の肩に掛けていた手が、重力に従うようにその場に滑り落ちる。
間違ったことはしてなかった。
してなかったはずなのに、私が放った用心という矢が思わぬ方向から返ってきて。
足元を掬われてばかりでいつもの調子が出なくて……なんか、ルイ相手だとやりづらいことこの上ないな。
彼の足元へ目を向けながら、そんなことを思った。
「あの……お客さま、何かございましたか?」
女の人の声につられて後ろへ目を向けると、そこにはこの雑貨店の制服を身に着けた店員が面倒そうな表情を浮かべながらこちらを覗き込んできていた。
「ああ、ちょっと喧嘩しちゃって! 大丈夫です、すぐ出るので!」
頭の後ろを掻きむしりながら、元気な声でそう返すルイ。
店員は眉を寄せながらながら腑に落ちない様子でレジへと戻っていく。
「……場所を変えよう、大和」
ルイはスッと真剣な表情を取り戻すと、入り組んだ道を通って店の外へと向かっていく。
けれど、私はまだ一番知りたいことを知れていない。
「待って、ルイ。その前にせめて目的だけでも聞かせて」
場所を変えるにしても、目的について考えるぐらいの時間はほしい。
さっきから背景の話ばっかで本題の説明が無いし、結局のところ私が一番知りたいのはそこなのに。
「そうだな……単刀直入に言おう」
ルイは足を止め、息を一つ吸い込むと、振り返りざまに真っ直ぐ目を向けてくる。
その瞳の中には、さっき私が迫った時にすらあった余裕のようなものが全く感じられない。
「大和たちはこのままだと、君たちのいう『六年前の事件』を凌駕する惨禍に巻き込まれることになる。僕らはそれを止めに来たんだ」