孤高のリヴァイアサン~これは異能に弄ばれた私が、それでも前へ進むと決めた話~ 作:大和ユキ
「……これ、香蓮にも話していいかな」
「……! ああ、もちろんだ。これは大和だけじゃなくて、鈴原さんにも関わる話だからね」
ルイは目を大きく見開きながら、鼻から長い息を出した。
そのひとつひとつには隠しきれないほどの安堵が混じっている。
彼はその後に「けれど、鈴原には口止めしておいてくれ。この話が世間に漏れるのは避けたい」とも付け加えた。
って言っても……いきなりのことでどう話をつけたらいいものか。
「少し、悩む時間が欲しい」
「まあそうだろうね、いきなりこんなこと言われて判断がつくとは僕らも思ってない。明日はたしか土曜だったかな。出来るなら、明日の昼頃までに返事が欲しい」
少しだけ声色を明るくしながら補足を加えるルイ。
明日の昼までに返事をする。
その程度のことに頷いただけのはずなのに、どこからともなく敗北感を覚える。
いつもなら「独りで解決する」なんて啖呵を切っていたところなのに。
ルイの変な気に当たられてか、なぜか強く言い返せない。
……やっぱ、なんかムカつく。
やり場の無くなり寂しくなった脚を組み、そこへ肘をつきながらそんなことを思ってしまった。
「リリリリリリ……リリリリリリ……」
「……あれ、香蓮だ」
そんな飲み込み辛い感情も、唐突に鳴り響いたスマホから鳴り響く音の前に霧散する。
このオルゴールは、香蓮の着信音。さっきも聞いたのと全く同じ。
私がスマホを取り出しながら漏らした言葉にルイは「お、丁度いいじゃないか。今のうちに話す約束でも取り付けといて欲しいかな」と、目的が上手くいったからか得意げそうな声色で口にした。
「…………」
でも、珍しいな。
香蓮、今までこうやって喧嘩したときは向こうから連絡くれることなんてなかったのに。
「もしもし香蓮、どうし──」
胸の内がざわつくのを感じながらスマホの応答ボタンをタップしたその瞬間、スピーカーの向こうから湿った空気が吹き込んでくる。
生温かく気色の悪い吐息。
──香蓮じゃ、ない。
「ねえ、誰よ。あんた」
自分でも声がぐっと引き締まったのを感じる。
こちらに振り返り「えっ?」と疑問符を浮かべるルイを無視し、電話の向こうの声に集中する。
『っふ……まだ何も言ってないぞぉ?』
ねっとりした、湿度の高い声質。
鼻詰まりを感じさせるような滑舌の悪さ。
『俺の名はジャン・ド・モンフォール。正式なブルターニュ——』
「どうでもいい。香蓮はどこ」
『……まあ待てぇ、交換条件はあ──』
「香蓮はどこって聞いてんのよッッッ!」
怒気の籠もった低い声で訊き返す。
遠くの通行人がここからでも分かるぐらいに素早く振り返るのが目に入るけれど、私の知ったことじゃない。
『っっ!? めぐちゃん!? めぐちゃんなの!? ダメ、ここに来ちゃ──っぐ!?』
『黙ってろこのガキが……!』
「香蓮っ!?」
香蓮は喉に何かを詰まらせるような息苦しそうな声をあげ、また黙り込む。
彼女のスマホから掛かって来てて、持ち主もすぐ近くにいる。これだけ証拠が揃えばさすがの私でも事態の理解ぐらいは出来る……誘拐だ。
「大和、何があった? まさか──」
横から状況を聞いて来るルイへ無言で鋭い眼光を向ける。
義理人情もないような行動なのは分かってるけど、今はそんな状況じゃない。
私の意思を察したのか、ルイも一瞬目を見開いたのちに首を縦に振った。
「……目的はなに」
電話へ戻り、私の方から話を戻す。
怒りをぶつけたい欲求が沸き立つものの、耳に残る香蓮のうめき声がそれを抑え込んだ。
『っふ……今から一時間以内、指定した場所へ来いぃ。警察や軍の気配を感じたらこのガキを殺す。いいなぁ?』
ジャンは私へそう釘を刺すと、真意を伏せたまま通話を切った。
着信終了のツーツーという電子音が鼓膜を揺らす。
「大和、
「……ええ」
「クソ……もう動かれたのか!」
視界の端でルイが明らかな動揺を浮かべる。
かくいう私は、しばらく着信終了したスマホの画面から目を離せなかった。
視界が
なんで香蓮? 私が背負うべきなのに?
香蓮が巻き込まれる義理はないのに?
でも一つだけ確かなことは。このままだと香蓮が死ぬ。
それが頭に過った瞬間、脳の血が沸き立つ。
「相手は誰だった? 目的は? 鈴原さんは無事だったか──!?」
ルイが矢継ぎ早にそう聞いてきた直後、彼の方を見上げると。
そんなに鬼気迫る表情をしているのか、ルイは大きく目を見開き、驚嘆の表情を浮かべた。
異能の力を行使する時特有の神経が熱を持つ感覚が腕にほとばしり、握り込んだスマホが軋む音を上げる。
その画面には、たった十数秒前に届いたばかりの香蓮からのメッセージが映し出されていた。
『名和の臨海部、中京製鋼の廃工場跡地へ来い』
場所も分かった。なら、私がやるべきはここで突っ立ってることじゃない。
「……行くわよ。助けてくれるんでしょ」
ルイの言葉を試すようなことだけを口にして、私たちはベンチの元から足早に去った。