『孤高のリヴァイアサン』 ~~人生をやり直したい偉人たちと、自分の人生を取り戻したい女子高生の異能戦争~~ 作:大和ユキ
「はーい、運賃五千円のお預かりねー……って、嬢ちゃんお釣りは」
「大丈夫です、急いでるので」
黒い制服の肩に白い粉を散らした初老の運転手へそうとだけ言い残し、手早くタクシーのドアに手を掛ける。
ショッピングモールから車で三十分と少しの港湾部にある巨大な廃工場群。
少し鼻から空気を取り込むだけで錆の嫌な臭いがするこの場所に、香蓮がいる。
時間も気がつけば十八時、陽は沈みかけ。
天気こそ晴れではあるけど、背から注ぐ西日に雲が掛かっていて時間の割に仄暗かった。
時計の上では間に合ったという安堵と、事態としては間に合っていないかもしれないという焦りを感じながら足を進める。
「ありがとうございました」
「はーい気を付けてねー」
運転手に挨拶を述べたルイが、私を追い越すような勢いで駆け寄ってくる。
「大和、お釣り」
「……いいって言ったのに。後にして」
「後にしてって……人にお金預けない方が良いって教えてくれたのは大和だろ」
言い返そうかとも思ったけど、ここで下手に体力を消耗する方が馬鹿らしい。
ルイから小銭を受けとって、適当にズボンのポケットへと突っ込み足を進める。
電話から大体四十分、その間全く生きた心地がしていない。
何も出来ない、待つだけの時間。
もしも香蓮がまた傷を負ったら、万が一にも香蓮が死んだら。
そんな邪推が止まらず、最悪の可能性が広がる度にポケットの中に入れた手を握る力が強くなる。
工業地帯の奥まったところへ行くにつれて臭いがきつくなっていく。
工業地帯なのに騒音の一つも無く、建物同士をつなぐ古めかしいコンベアや配管のジャングルは、まるで何十年か前に時が止まったようにただそこに佇んでいる。
そしてその一つ一つが少し揺らせば錆の塵が落ち、そのまま崩れて来そうなほどに心許ない印象を受けた。
「……ここだな」
スマホを眺めながら地図と目の前にある建物を見比べるルイ。
元々駐車場だったらしき広い空間の傍に建てられた建物のようで、入口には大量の廃材が並べられ、中の壁際には大きな棚が所狭しと敷き詰められていた。
工場というよりは大きな倉庫のような印象で、日光の取り入れが悪いのか中が暗くよく見えない。
そればかりか湿気に乗せられて鼻腔へ流れ込んでくる土や錆の臭いがひどく、居心地が良いとはとても言えなかった。
「って、大和! 敵がどうやって待ち構えてるかも分からない、まずは様子見を——」
ルイがごちゃごちゃ言ってるのが聞こえたけど、香蓮がすぐそこにいるのに歩みを止める選択はない。
右手に
当然灯りもついておらず、入口からしばらく進むと陽の光はほぼ入らなくなり、人の気配もない。
なのに屋内のパイプだけが妙に小綺麗なまま残されていて、それが屋内に張り巡らされていた。
——香蓮は、どこ。
そんな焦りだけが澱のように積み重なり、口腔が乾く。
過集中のせいか、自分の足音が壁に一度反射するたびにそれぞれが別の音に聞こえる。
でも……その懸念と緊張に反して、彼女はすぐ近くにいた。
雲に隠れていた西日が顔を出し工場の奥にまで陽の光が注がれると共に、彼女の姿が浮き彫りになる。
「ッッッ! 香蓮っ!? 」
よ、良かった……生きてた……!
陽が差し切っていないせいでその表情は見えない。ぽっかりと空いた不安の穴を埋めるように彼女の元へと一心不乱に駆ける。
何かを忘れている自覚はあったけれど、そんなものは溢れんばかりの安堵に打ち消された。
けれど。
彼女の寄った眉や歪んだ口を目にし、僅かに安堵に陰りが見えた時だった。
「——めぐちゃん、逃げて!」
香蓮が掠れた声で、けれどはっきりと。
逃げるって、いったい何から——そんな疑問を浮かべた瞬間には、私の視界の右を眩い閃光が走ると共に、誰かが私の前に飛び出ていた。
「ッ!?」
突然の閃光に、反射的に腕で顔を覆う。
けれど痛みも焼け焦げるような感覚もない。
混乱しつつ恐る恐る目を開けると、右手に細身の銀色の剣を携えるルイの姿が目の前にあった。
その足元には、胴回りほどもある太さをもった、タコのような触手が紫色の血液を噴き出しながらのたうち回っている。
触手は二、三箇所が焼け付いたように焦げていて、周囲には焼け焦げた肉のような匂いが立ち込める。
痙攣が終わった触手は、しばらくすると香蓮の後ろの闇へとシュルシュルと手繰り寄せられていった。
——敵だ。そのときになってやっと、何が起こったか理解した。
再び光の粒子より無鋒剣カーテナを呼び出し、ルイの横へ立つ。
「敵はどこ!?」
「触手……あいつか」
その問いに答える
私の少し上を、バスケットボールほどの
不気味なほどの静寂。粘液が僅かに泡立つような音と、香蓮が啜り泣く音だけが廃工場の中で厭に響く。
「卑怯な真似をしてないで出てこい、ジャン・ド・モンフォール!」