『孤高のリヴァイアサン』 ~~人生をやり直したい偉人たちと、自分の人生を取り戻したい女子高生の異能戦争~~ 作:大和ユキ
……来るッ!
瞬間、ジャンが指揮者のように腕を振るい、四本の触手が私目掛けて突っ込んでくる。
軌道は読める。
私に二本、ルイにも二本。
私へ向かってきた二本の触手を、一閃で叩き斬る。
余裕で切れる硬度、でも繊維質な肉に押し返されるようで刃が重い。
ロベールの蝋とはまた違う意味で「硬い」……!
そして、斬っただけじゃ終わらない。
先端が欠けた触手は、次は振り払おうとする素振りを見せる。
一閃、また一閃と切り上げていくも、突きが鞭に、鞭が腕を狙った拘束にと変わっていく。
おまけに足元に飛び散った触手の血や粘液で足場が悪い。
物量に圧され、悪い足場を避ける形で後退を迫られる。
そのまま気がつけば、入口あたりまで追い詰められた。
肝心のジャンは苦悶の表情すら浮かべていない。
「本体を叩かないとジリ貧……!」
でも本体を叩くって、どうやって。
ルイの光球から放たれる光線もジャンの触手に防がれるばかりか、ルイ本人は私よりも触手の圧に押されている。
仮に今相手している触手を壊しても、後ろにはおかわりが。
今は良くても、どこかで立て直さないといずれ限界が来るのは明白……!
「……っふぅ! まだジャブだぞ、どうしたガキ共ぉ!」
一瞬の触手の静止の
迫るときの風圧とその質量感。
あれは近づけちゃいけない……!
最初の二本を切り払い、隙を作る。
ここへ来た時に目にした廃材へと手を伸ばして太めの鉄パイプを一本手に取ると、それをルイへと向かう太い触手へ投げ槍のように投げ、触手の側面へと突き刺した。
これで少しでも動きが鈍れば——そう思ってのことだったけど。
「……っ!?」
瞬間、鉄パイプから噴水のように血が噴き、私の顔面に噴きかかる。
生暖かく不快な感覚に思わず顔をしかめるも、本筋はそこじゃない。
パイプの刺さった触手が、まるで本物のタコのように唐突に暴れ狂う。
他の触手を顧みることすらなく、周囲を巻き込み轟音を響かせながらその質量を存分に打ち付けている。
不意に訪れた隙に一瞬思考が固まりかけたけれども——タイミングは今しかない。
咄嗟の判断でルイへ顎で指示を出して、工場の外へと駆け出た。
ルイの光球が殿の代わりを務め、光線を乱射する。
入口から十数歩駆けたところで止まってもなお、触手は砂煙をあげながら暴れていた。
「どういうこと!? なにあれ!?」
「は……はっ……多分あの触手一本一本が半分独立してて。本物のタコと同じなんだと思う。昔、何かの図鑑で……」
ルイは冷静にそう分析したけれど、明らかに私よりも息を切らしていた。
その場で片膝を突いており、顔には疲れが浮かんでいる。
私の方も顔についた触手の血を拭うと、紫色の血は光の粒子になって霧散した。
「ごめん……こういう切り合いは得意じゃなくてね。ありがとう」
「ありがとうって、何が?」
「さっき僕に向かってくる触手に向けてパイプを投げてくれただろ?」
それを言われて初めて、自分が無意識にルイを助けようとしていたのに気がつく。
別に私も人が傷ついて死ぬとこが見たくないだけだし、それ以上の意味はない。
「……そ。今は前を向きましょ」
それにたかがその程度で感謝される資格は私にはない。
なのに、ルイがその笑みをやめないのが妙に腹立たしい。
「……来るね」
触手が暴れまわり、ラックや建物を破壊する音が途切れる。
直後、砂煙の中からあの忌まわしい触手の群れが顔を出す。
「クッソ……勝手に暴れやがってぇ」
ところどころ焼け焦げた触手を侍らせながら姿を現すジャン。
傷ついた触手を千切って投げ捨てると、その質量で建物の壁が音を立てて崩れる。
……あの太い触手をそのまま相手にしていたらと思うだけで背筋が凍った。
さっきよりも数は減っていて、合計十八本。
なんとか一泡吹かせられたけど、ジャンの表情には怒りが見て取れる。
「怒らせた、マズいかも」
「……だな」
さっきは整然と並んでいた触手の戦列も、気のせいか無駄な蠢きが目立つ。
怒りで判断が鈍っているのかもしれない……いや、その程度で逆転はしないか。
……さて、どうするべきか。
さっきみたいなまぐれはそうそう起こらないし、時間があれば良い策の一個でも思いつきそうではあるけど、焦りと迫りくる時間がそうはさせてくれない。
待ってくれないのは時間だけじゃなくて目の前の敵も同じ。
ジャンは廃材の山に触手を這わせると、何かを選び取るみたいにその山肌をまさぐった。
一体なにをして——僅かな混乱の隙に、廃材を掴んだ触手が大きく振りかぶる。
「ッ……!」
直後、掴まれた廃材が宙を舞う。
的確な狙撃というよりも、散弾のような粗雑な軌道。
咄嗟に鉄骨を避け、ドラム缶を斬り伏せる。
金属を切り裂く感覚が関節に響くも、こちらには当たらない。
それに左へ飛べば簡単に避けられた。
下手な絡め手よりも触手の物量攻撃の方が厄介なぐらいだ、これなら捌き切れる……!
けどルイは大丈夫?
捌き切れる?
ルイの「得意じゃない」という言葉を思い出し、彼の方へ一瞬目を向けた瞬間、ジャンの企みに気がついてしまった。
ルイとの距離がさっきの二倍、三倍、いやそれ以上も開いてしまっている。
しまった、あいつの狙いは攻撃じゃなくて分断!
わざと私たちの間を狙って避けさせて、互いの距離を開かせたの!?
幸いなことに、そこで止まる廃材の散弾。でもこのあとに来るのは————。
案の定と言うべきか。
指揮者のように舞うジャン、突っ込んでくる四本の触手。
ルイへも三本の触手が向かうも、気にしている余裕すらない。
距離が遠いせいか怒りのせいか、軌道も触手の筋もさっきよりも単純。
けれどそれをもってしてもあまりある手数の暴力。
斬る、払う、いなす。単純な対処でも、あまりの手数に脳が焼ききれそうになる。
「またさっきのを狙うしか……!」
咄嗟にトタン板を蹴り飛ばすも掠るだけで終わった。
学習されている……!
一人じゃダメだ、せめて二人で。
一か八か、地面についている左足でルイの方へと大きく飛んだ直後。
唐突に身体が宙を舞う感覚が襲う。
衝撃で脳が揺れて、それと共に視界も乱れる。
長いようにも短いようにも思えた空を舞う時間の後、枯れ藪か何かの中に身体が落ちる感覚だけを辛うじて感じ取った。
……何が起きた?
ルイと戦っていた触手の攻撃に巻き込まれた?
けど分かることはひとつ、立ち上がらないと次が来る。
早く、早く。
でも、その「次」が来なかった。
「っ……!」
右上半身が強烈に痛むけど、折れてる感じはない。
酷い打ち身程度だ、まだ戦える。
気合で立ち上がったところで、周りが高い藪になっていることに気がついた。
中腰になっても身体が隠れるほどの高さで、ジャンがルイの方へとにじり寄る光景を、藪の隙間から目の当たりにする。
「な、なんでルイの方に……?」
ジャンの視線どころか、触手の一本すらこっちへ向かってきていない。
まさかだけど私が飛ばされたことにジャン本人すら気が付いていない?
触手の物量のあまり、視界すら塞いだのか。
乗り出して戦いに加わろうと身体を前へ傾けるけど、一瞬目が合ったルイが首を横に振る。
……来るなってこと? それとも今は間が悪い?
前に出たい気持ちと、ルイが認識しているリスクとが戦う。
でもああやって彼が言うからには考えがあるはず。
突っ込んで負けても、香蓮を救い出せても私と香蓮は一生離ればなれ。そんなのは御免だ。
だからここは機会が確かになるまで待つべきで——。
自分に無理やり言い聞かせ、はやる気持ちを抑えようとした。
でも。目に、入ってしまった。
ジャンに背負われ、目を潤し、その瞳を私へ向けている香蓮の姿を。