『孤高のリヴァイアサン』 ~~人生をやり直したい偉人たちと、自分の人生を取り戻したい女子高生の異能戦争~~   作:大和ユキ

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第5-1話:契約

「やあ!」

 

 甲高く軽薄で、それでいて人間的でも機械的でもない。

 ありとあらゆる意味で中性的な声を耳にして目を覚ます。

 

 鼻腔へと流れ込む、冬の終わりに出た霧の日のような、冷たく湿った空気。

 眼前には途方もなく広く、天と地の境目すら曖昧な真っ白な空間が広がる。

 床は氷のように凍てついていて、裸足から上がってきた冷気が身体の芯を冷やす。

 

 ここに来るのはだいたい六度目。

 そしてその時は決まって「自由」そのもの。

 もとい、私が「リヴァ」と名付けた存在が呼び出してくるときだった。

 

「だいじょぶ? けっこーピンチみたいだったけど」

 

 黒い背広(スーツ)に真っ白に光る肌、それに剥き出しの歯。

 それ以外に顔パーツはなく、輪郭もどこかぼやけている。

 綿っぽい手袋を付けてるのに、靴だけは履いてないのもちぐはぐ。

 

 そんな人間的で、マスコットのようで、神々しさすらあるような、捉えどころのない外見。

 だから怖がる理由なんて無いはずなのに膝が勝手に笑い、呼吸が乱れる。

 こいつに仕込まれた反応だって理性では分かってるのに、身体の方はまた同じように反応してしまう。

 

「何か言ったかい?」

 

 リヴァは、今までよりも低い声でそう口にした。

 それだけなのに全身が総毛立つ。

 

 ………………今回は、いったい何をされるのか。

 

「何をされるのか……俺がそんな非道いことをした覚えはないけどなぁ?」

 

 リヴァは軽薄に戻った声色で、私が言葉に出してすらいないことをま(・)た(・)口にした。

 ていうか非道いことをした覚えはないって、いったい何様のつもりで。

 

「冗談はよしてくれよ、俺はむしろ寛容だろ? ふざけた名前で呼ぶのも許してるし」

 

「……Liberty(自由)のリバをもじってリヴァ、ね」

 

 両の脚に力を込めて震えを抑えながら、そうやって余裕そうに振る舞う。

 内心では震えていて、それがあいつに筒抜けだったとしても、表では毅然とした態度で振る舞わないと私の方が保たない。

 

 そんな私を見てか、リヴァは鼻で一つ上機嫌そうに息をする。

 

「いやー、にしても厄介なことに巻き込まれたね」

 

 ……あのタコ男のこと?

 

「半分正解だけど、もう半分は違う。俺の言う『厄介事』ってのはこの国で執り行われている儀式の方さ」

 

 ……ゲーム、だっけ。

 ルイから言われた言葉を思い出すと、リヴァは指を鳴らしながら「正解ッ!」と無性に気に障る口調で返してきた。

 

「そう、『ゲーム』の行く末によっては世界は存亡の瀬戸際に立たされるかもしれないのさ。だから厄介極まりない」

 

 厄介極まりないって……あんたにそれの何が関係あるの?

 そんな問いは、リヴァの「まずは、今を乗り越えることが先決だろう?」っていうもっともな言葉に打ち消された。

 

「厄介な異能者、激しい負傷……終いには落下死の危機……ピンチだよなあ?」

 

 リヴァはわざとらしく口角を上げ、私へそう訊いてきた。

 ピンチ……ね。まあ危ない状況なのには変わりないけど。

 

「だろう! 君、放っといたら死んじゃうだろうし! ところがどっこい、大チャーンス!」

 

 次の瞬間、どこからともなくファンファーレが鳴り響く。

 宙に出てきたクラッカーが爆音と共に紙吹雪を散らし、再び光の粒子となって消えていく。

 

 ここで大きい音やめて、怖い。

 

「おっとごめんよぉ? けれど君は助かるんだ! 俺との契約を『深化』すればね……!」

 

 リヴァはそう言うと、こちらに躙り寄りその手を差し出した。

 …………掴めってこと?

 

「うん! それだけで契約成立だ! 君は助かる!」

 

 この瞬間を待ちわびていたのか。

 

 含み笑いを浮かべ、今すぐに踊り出したいと言わんばかりに身体を小刻みに動かすリヴァ。

 私はそれを聞いて、軽く俯きながら拳を作るように自分の両手をぐっと握り込んだ。

 

 そっか。死なないんだ。

 すっごく、魅力的な提案だね。

 けどさ、もういいかなって。

 

「……………………」

 

 あれだけ浮かべていた笑みもどこかへ消え、無いはずの眉間を寄せるリヴァ。

 

 ……これを口に出すのは、常識的に憚られる気がする。

 言葉を選ぼうとするのに、うまく呼吸が入ってこない。

 

 胸の真ん中がずんと重くなって、口を開こうとする度に喉だけがぎゅっと締め付けられた。

 

「……私はさ、今までいろんな人に迷惑を掛けてきた」

 

 リヴァは表情を変えない。身体に刻まれていたリズムも止まった。

 言うって決めたからには逃げちゃいけない。

 

「それに、すっごく久しぶりに香蓮のことを真っ直ぐに見れてさ。まるで……あの事件の前に戻れたみたいに。だから私……ここで終わっていいと思うの」

 

 そう告げると同時に、胃の底が冷える。

 助けを差し伸べる手を払う、自死を選ぶのとなんら変わらない。

 

 けど……ここで無駄に長生きしても、私が私のままの限り昔には戻れない。

 だからここで終わっても——そう思った瞬間、リヴァの頬の緩みが消える。

 

 

「……おい、大和めぐみ。お前、まさか忘れたわけじゃねえだろうな?」

 

 どこからか風が吹き、冷たく張り詰めた空気が嫌にぬるい空気に代わる。

 それと共に鼻腔へ錆と、土と、血(てつ)の匂いが立ち込める。

 

「っ!? 待って、今のは違う!」

 

 咄嗟のことで、声が掠ったように裏返る。

 

 まって! ちょっと、そう思っちゃっただけで……!

 そうだ契約するから、待って、お願い!

 

 そうやってみっともない言い訳をしながらリヴァの手を取ろうとした時には、そいつは目の前には居なかった。

 

 同時に、真っ白だった空間から「明(めい)」が奪われる。

 周りは真っ黒なのに、自分の手や身体の輪郭だけがはっきりと見える。

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