孤高のリヴァイアサン~これは異能に弄ばれた私が、それでも前へ進むと決めた話~ 作:大和ユキ
現実に戻ってきた。けど……まだ落ちていて状況が何も変わってない。
地面のシミになって……死ぬ!
右腕にぐっと意識を集中すると共に熱が籠る。
せめてもの抵抗として全力で腕を
「ピエェェェ!」
どこからか調子の悪い笛のような甲高い音がこだまする。
ああ、これが終わりの合図ね。思っていたよりも苦しくない——けれどいつまで経ってもその終わりの時は来ない。
天使か何かか、体が何かに吊られるような感覚と羽ばたく音だけが脳みそに届く。
もしかしたら既に死んでいて、目を開けたら私の死体が転がっているのかもしれない。
けれど目を開けた先にあった光景は自分の死体なんかじゃなくて、劣化したアスファルトの地面。
私は地面まで残り二メートルも無いところで宙へぷかぷかと浮かんでいた。
相変わらず身体は激しく痛むけれど、手の感覚もある。
そのまま数メートルほど宙を漂い、道のど真ん中に腰丈ぐらいの高さから雑に降ろされた。
「っ痛!」
身体を起こして息を整えようとしたけれど上手く呼吸できない。
触手をまともに食らっていたからか、左半身のそこら中に酷くに握りつぶされた後のような激しい痛みが走り、思わず身を縮こまらせる。
異能の力である程度癒えているから身体を起こせないほどではなくなっているけれど、触手を食らってなかった右肩にもずっしりとした重さと針で刺すような痛みが……って、あれ。
「な、なにこれ!? 右肩に何か黒いのが乗ってる!?」
肩に乗っていたものを思わず手で払いのけると、それは地面へドテッと不器用に着地した。
払い落とされたものは何もなかったかのようにぴょんと飛び上がり、私の方へ向き直る。
肩の上に乗っていたのは、真っ黒な羽、凛とした顔に発色の良いオレンジのクチバシを持つ一羽の黒い鳥。
「……あなたが助けてくれたの?」
そうやって私が声をかけても変に背伸びをして周りを見回したり、自分の羽の毛づくろいをしたりするぐらいで、私のことは意に介している様子すらいない。
挙句の果てには指を近付けたところでぴょんぴょんと跳ね、そのまま後退りしてしまった。
変に動物的な動きに、思わず可愛げを覚える。
……あれ。
けど、よくよく考えたらこれもリヴァの干渉でもたらされたものであって。
それにふと気がついただけで一転、この可愛らしい生き物すら気味悪く見えた。
黒鳥はある一方向へ首を回し何かに気が付いた素振りを見せたあと、また私の右肩に飛び乗ってきた。
鉤爪が刺さって少し痛い。
その方向を見ると、そこには息を切らしながらこちらへ走ってくるルイの姿。
遠くには、おぼつかない走り方で香蓮が続く。
……ルイはなんであんなに焦ってるんだろう。
私にそんな表情を向けられる資格なんてないのに。
その焦燥しきった表情は、近付いてくるにつれ安堵のそれへと変わっていく。
「はあ……はあ……大和。良かった、無事だったんだな。ひどい怪我だ……」
「……じょうぶ」
「声が出ないのか? とりあえず腕を見せてくれ、治癒するにしてもまずは傷を見ないと——」
「大丈夫って言ってるでしょ——ッ!」
癇癪混じりの声と共に、動く右腕でルイのことを強く突き放す。
けれどそれと同時に左半身に激痛が走り、尻もちをつきながら豆鉄砲を食らったような表情を浮かべるルイが視界の端に写った。
「ど、どうしたんだ……? 何かあったのか?」
「……何にもない」
「でも——」
私が何もないって言ってるのに彼は続きを口にしようとしたけれど、さっき突き飛ばされたのを思い出したのか、言葉を飲み込んで口を噤んだ。
なのに、ルイは私を不安げに憂うような面持ちを向けるのをやめてくれない。
やめて、そんな表情しないで。
なんで他の人みたいに睨みつけてくれないの。
やりづらさに奥歯が勝手に鳴る。
「こんな傷どうでもいい。ただ少し、集中すれば……」
身体を治せばルイが絡んでくることもない、左腕へ自分の手を添えた。
腕、肩、肺あたりに意識を集中し、深く深呼吸をする。
患部が不自然な熱を持ち「カチッ」とはまる不快な感覚に背筋を震わせる。
意識的には無感覚な生物的な治癒じゃなくて、体の肉や骨がうねる機械的な治癒。
身体の中を何かが蠢く違和感は何度も感じてきたけれど、未だに慣れない。
「……あれ、終わった?」
意識を集中し始めてからまだ三十秒も経ってないのに、熱を持つ感覚が無くなった。
途中で回復が終わったのかと錯覚したけれど、呼吸の度に起こる痛みも無くなっている。
治癒が、早くなってる……?
ここまでの傷をそう何度も治癒したことがあるわけじゃないけど、それにしたって早い気が。
「少し、早すぎないか?」
ルイも同じことを思ったようで、身体のことなのに突然な変化に自分さえ驚かざるをえなかった。
もしかして……また身体に何かされたんじゃ。
また人じゃない何かに近付いたんじゃ。
その事実に、頭から血の引いていく感覚を覚える。
すっかり動くようになった左腕を手に取るけれど、その腕が自分のものじゃないみたいで。
今の私を見て頭の中で誰かがほくそ笑むのを、どこからか感じ取ってしまった。
「めぐちゃん……めぐちゃんっ……!」
離れかけていた意識が、息も絶え絶えになりながら私のことを呼ぶ声ではっきりとする。
香蓮が右脚を半ば引きずるように、必死にこちらへ駆けてきていた。
……不安に思ってるのがバレたら嫌だ。呼吸を整えて、動悸をぐっと抑え込もうとする。
けれど。
『こんな風になっちゃったのに?』
『めぐちゃんなら、分かるでしょ?』
おかしくなったフィルムビデオみたいに、さっきの香蓮がチラつく。
……リヴァはあの空間以外では干渉してこないのに。
「めぐちゃん、大丈夫?」
「っ!? か、香蓮」
ぐっと目を瞑りながら言い聞かせている間に、いつの間にか目の前に。
なのに乱れた呼吸は落ち着くばかりか一層粗くなって。
「どこか痛むの?」
「いや……大丈夫、だよ」
「大丈夫なんかじゃないよ。私、ダメって言ったのに……なんで……!」
香蓮を救い出そうとした時に彼女自身に言われたことを思い出す。
実際死にかけたわけだし、強く言い返せない。
「ごめんよ」
「ごめんじゃなくてさ……私、いっつも迷惑かけてばっかなのに……」
「香蓮……そんなことないよ」
そんな彼女をぎゅっと抱きしめた。
彼女が鼻をすすりながら、涙を隠すように目をこする音だけが響き渡る。
なのに目の前の香蓮と
「……? なんだ、この音?」
また目眩がしかけたところで、ルイがふとそんなことを口にしたその時。
凄まじい轟音と共に土煙が上がり、辺りを包みこんだ。