『孤高のリヴァイアサン』 ~~人生をやり直したい偉人たちと、自分の人生を取り戻したい女子高生の異能戦争~~   作:大和ユキ

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第5-4話:契約

 まさか。ある可能性が頭を過った直後。その土煙の中からあの忌まわしき触手が顔を出す。

 

「っふ……! ロムルス様からは生け捕りのお達しでなぁ、死んだかと思って焦ったぜぇ! けど生きてるなら好都合!」

 

 砂煙の中から舌なめずりをしたジャンが顔を出して、少しだけ脚が竦む。

 馬鹿みたいだ、ジャンが過ぎ去った危機だと思ってたなんて。

 

 でも次の瞬間、肝の冷える感覚とともに却って冷静になる。

 一歩、二歩と後退りして、わなわなと脚を震わせる香蓮。

 

 そうだ…………香蓮を、守らないと。

 

「待って、逃げるなら一緒に」

 

 また香蓮が捕まったら、今までのことが全部水の泡。

 呼吸を整えながら無鋒剣(カーテナ)を取り出し、なにか策があるでもなく不格好に構える。

 ルイもさっきと同じように空から剣を出し、臨戦態勢に入った。

 

 でも、もう戦う理由はない。なら取る策は一つだけ。

 

「ねえ、ルイ。一緒に逃げ——」

 

 そう彼の名を呼んだ瞬間。

 

 『捨てればいい』

 

 またどこからか、私の頭の中からあの軽薄な声が響く。

 呼び起こされる、あいつの無言の圧。ダメだ。そんなの良いわけない。

 

 けれど。視界の端に、焦点の定まらない香蓮の瞳が映る。

 

 『めぐちゃんは、一生をかけて償わないといけないの』

 

 香(・)蓮(・)の発したその言葉を呼び水に、あそこで感じたものの断片がなだれ込んでくる。

 倒れる香蓮、生暖かい血、冷えた肩に回される腕、歪んだ言葉。一つひとつが思考を侵してきて——まるで、手が私のものじゃなくなったみたいに香蓮の方へと伸びてゆく。

 

「どうした、大和……って、大和!?」

 

 ルイの困惑をその場に置き去りに、香蓮を丸太のように肩の上へ担ぎ上げる。

 逃げるために踵を返し、廃工場の群れの中へ全力で駆け出した。

 

「ちょっとめぐちゃん!? ルイくんがまだ!」

 

 逃げに入る私を見て、ジャンは細く、そして素早い触手を数本解き放つ。

 私の肩に居た黒鳥は、特に命令したわけでもなくばっとその場を飛び立った。

 

「ねえ、逃げるときは一緒じゃないの!? なんでルイくんが——」

 

「黙ってて! 集中できない!」

 

 人気(ひとけ)はない。助けはない。一人で逃げるしかない。

 ジャンの触手の射程は? 自律する触手は見えないところでも追える?

 

 でも一番分かりやすいのは、この入り組んだ構造を使ってあいつを撒くこと。

 瞬発力を高め、その路地の奥へと一気に入っていくも。

 

「ねえめぐちゃん、まえっ!」

 

「っ!?」

 

 香蓮の言葉で前を見て、思わず絶句した。

 問題はその曲がった先。工場の壁が大きく崩れ、小高い行き止まりになっていた。

 

「くっ!」

 

 それを前にして、行き止まり直前で急ブレーキする。

 振り返った先には、私のことを追う極太の触手。

 

 どうしよう……香蓮を抱えながらじゃ飛び越えられない。

 香蓮だけ先に行かせる? 引き返す? 近場に隠れる?

 ダメだ、どれも何かしらの綻びがある。

 いっそのこと戦うしかない? でも香蓮を守りながらなんて——。

 

「うおおおおおお!」

 

 考えが行き詰まったその瞬間、工場の屋根の上に見覚えのある制服が映る。

 そこに居たのは栗色の毛をして細身の剣を構え、落下の逆風で毛が逆立つ男——ルイ。

 

 彼が着地と共に剣を突き刺すと、触手のうちの一本が激しくのたうち回り、光の粒となって消えてゆく。

 けれど別の触手に振り回され、放棄されていた冷蔵庫へ身体を打ち付けられた。

 

「ルイくん!」

 

「クソっ……」

 

 左腕を押さえるルイ。態勢を立て直した残り二本の触手が、こちらにその先端を向ける。

 万事休す……か。そう悟り、最後の抵抗で剣を構えたときだった。

 

「ピエェェェ!」

 

 上空からの甲高い鳴き声と同時に、黒い何かが触手目掛けて落下してきた。それは触手の群れを丸ごと貫き、弾けて肉片となった触手はあっという間に壁やコンクリートのシミとなる。

 

「……え?」

 

 思わず出る困惑の声。

 触手やその肉片が、光の粒子となって消えていった。

 

「助かった……の?」

 

 呆気に取られる間もなく、その黒(・)い(・)何(・)か(・)は大きく宙返りすると私の肩に再び掴まってきた。

 クチバシには紫色の血が付いていて、それもしばらくすると光の粒子となり消えてゆく。

 

「君が……助けてくれたの?」

 

 黒鳥は我関せずと言わんばかりに聞く耳も持たない。

 

 けれど、今はそんなことに構っている暇はない。このチャンスを少しでも活かさないと。

 香蓮を瓦礫の山の上へと押し上げると、瓦礫が香蓮の重みで音を立てながら少し崩れた。

 

 今度は私も——そうやって瓦礫の一つに脚を掛けた直後、香蓮が口を開いた。

 

「ねえ、めぐちゃん。ダメだよ」

 

「……」

 

 香蓮がそう口にして目を向ける先には、冷蔵庫にもたれかかるルイの姿。

 苦しそうに悶える衣擦れの音。俯いているけれど意識はある。

 

 あの言葉が頭の中で反響すると同時に、さっきみた勇姿が記憶の中から呼び起こされる。

 

「ルイ……」

 

 でも……なんて声を掛けるべきなのか。

 喉に何か詰まったみたいに言葉が出てこず、出かけた言葉が自然と胃袋に落ちていく。

 

「……うん」

 

 香蓮へ向けてそうとだけ返事をして、ルイを抱えながら瓦礫の山を乗り越えた。

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