孤高のリヴァイアサン~これは異能に弄ばれた私が、それでも前へ進むと決めた話~ 作:大和ユキ
「はあ……はあ…………はあ……」
さっきの瓦礫山から何分走ったか。
廃工場の群れの中、苔の生い茂る鬱蒼とした建物の中。
雨樋に溜まった雨水が盛れているのか、壁からは水が滲み出ていて……錆と土の、嫌な匂いが立ち込めていた。
建物の入口で海を眺めるルイを横目に、手頃なブロックの上に腰掛ける香蓮へ歩み寄る。
「……はあ……はあ」
息を切らす香蓮。
彼女を抱えていたのは私で、香蓮自身は自分の足でほとんど走ってないはずなのに。
「大丈夫? どこか苦しいの?」
「え? ううん! 大丈夫、だよ! なんにも……ないよ! 多分、ただの貧血だから……」
そう言う香蓮は、言葉の節々から疲れを滲ませていた。
まあ元々貧血気味なのは事実だし、香蓮が言うんだったらそうなんだと思う。
強烈な違和感を感じつつも半ば無理やり納得する。
というかこの場は納得して、後から一応病院にでも連れて行くしかない。
けれどそれをいますぐやろうにも、
「私のことよりもめぐちゃん。ルイくんを……」
「……」
鼻からひとつ息を漏らしながら、廃車の上に腰掛けるルイへ目を向ける。
彼は、海のむこうを眺めていた。海の遠く向こう、山と空の境へ沈まんとする陽を。
「なあ、大和。ひとつ聞いていいか?」
「……ええ」
彼は、その言葉とともに視線をこちらに戻す。
それと反発するように、私の視線が彼の足先へ向いた。
「なんで逃げたんだ。あそこで逃げるのは仕方ないにしても、なんで僕を置いていった?」
「……ただ、あんたと関わったのが間違いだったのに気がついた。それだけ」
「嘘はつかないでほしい」
低く、威かすような声。
廃車の上からひょいと飛び降りると、ルイは私の眼前へと向き直る。
「あの時たしかに大和は『一緒に逃げよう』って言おうとしてた。なのに言い切らなかった。それはなんでだ?」
「なんでって……そんなのどうでもいいでしょ」
「どうでも良くない。なんで僕を置いていったんだ。なんであの瞬間だけ人が変わったんだ。 僕に何を隠してるんだ。僕に教えてくれ」
……見捨てられたのに、なんでそんなこと聞くの?
ただただ突き放して、毒を吐いて、私のもとから去って。それで終わりじゃないの?
相変わらず、純朴過ぎて逆に心配になる。
「確かに君は刺々しいけど、鈴原さんから聞いた君はあんなことする子じゃなかったのにさ。なんであの時だけいつにも増して刺々しくなって、見捨ててなんて————」
「ッ……教えることなんて無い。香蓮も取り返したし、私は帰る」
「待ってくれ、まだジャン以外に敵が居ないとは決まってない!」
「第一さ、
私、何言ってんだろ。
ジャンは関係ない私たちまでこうやって巻き込んできてるでしょ?
「……それは、否定できない」
「ほら、やっぱり。少しでも信じた私が馬鹿だった」
「……大和」
「あんたのミスのせいで私たちが危ない目にあって? あんたが私に会いたいって言ったせいで私が香蓮の傍に居られなくて?」
「大和」
「こんなのもう散々。今日会ったのは失敗、けど良かった。もう二度とこんな失敗せず——」
「大和っ!」
彼の言葉を耳に挟みながらも声が勝手に漏れ出ていたところで、ルイの凄むような声音に身体が跳ねる。
視界の端で、彼がこちらのことを力強く睨みつける。
「……鈴原さんの前だぞ」
「……!」
一転して冷静な声色で口にされたその言葉を耳にして、反射的に視線が香蓮の方へ行く。
香蓮は相変わらず息を切らしたままで、心ここにあらずといった様子で。
「香蓮、ごめ——」
「ねえ、めぐちゃん」
もしかしたら私があんなこと言ったせいで自分を追い詰めているんじゃ。
両手をわなわなと震わせながら彼女の元へ寄ろうとした途端、香蓮が私の名前を呼ぶ。
「今謝るのは私じゃないよ。……めぐちゃんなら、分かるでしょ?」
「でも……」
「じゃあさ……せめてルイくんの
……どうせ、怒ってる。私を軽蔑するような目線を向けているに決まっている。
香蓮にそう言われて、恐る恐るルイの顔へ目を向ける。
「……えっ」
けれど。そこにあったのは、憂うような表情。
眉間のシワに垣間見える怒りと、腫れぼったい目元。
怒りと憂いが混ざったような、複雑な表情をしていた。
なんで。なんで私にそんな表情を向けるの?
私がさっき何をしたか忘れたの?
昔の私が何をしたか本当に知っててやってるの?
なんで? なんでなの?
「……分かった気になってるの? 私のこと、なんっにもしらない癖に」
喉元から飛び出した言葉に、自分でも嫌悪感を覚える。
ルイへ顔を見せないように香蓮の方へ翻り、足早に彼女の方へ足を運ぶ。
何も求めてないのに。私はそんな顔向けられる資格ないのに。
だから私はルイと関わるべきじゃなかった。
上手くいく間柄じゃなかった。
『あのルイとかいう男も、鈴原を守れたら捨てればいい』
胸の内で、リヴァから言われた言葉を僅かな時間で反芻する。
私は、蓮と帰れればそれで良い。
それで今まで通り、それでいい——。
そう結論づけた直後。苔むしたコンクリートと骨がぶつかる、鈍く嫌な音を耳にする。
目の前で起こった情景の理解を、脳みそが一瞬拒んだ。
「