孤高のリヴァイアサン~これは異能に弄ばれた私が、それでも前へ進むと決めた話~   作:大和ユキ

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第6-2話:一人じゃない

 私の足元に。香蓮が。

 力なく、倒れた。

 

「香蓮ッ!?」

 

「ご、ごめん……めぐちゃん……ちょっと……ふらついて」

 

「鈴原ッ!」

 

 目の前で起きたことを理解し切る前に身体が動いた。

 咄嗟にしゃがみながら香蓮のことを抱き上げると同時に、ルイが香蓮のもとへ駆け寄る。

 

「香蓮っ、香蓮っ! どうしたの!? 香蓮っ!」

 

「なんか……急に……目が回って……意識が……」

 

「意識、目が回る……鈴原、あの男(ジャン)に何かされたか!?」

 

「何か……最初……足……刺され……痛く……て……」

 

 香蓮はそうとだけ残すと、私に体重を預けた。

 香蓮の全身から力が抜け、呼吸の仕方が分からなくなって、香蓮を抱く腕が震えて。

 

 なんで? どうして? どうしたらいいの?

 思考だけがありえないぐらい早くに駆け回るのに、何も結論が出てこない。

 

「……まさか!」

 

 ルイはそうこぼすと香蓮の長いスカートを捲り、その下を確認し始めた。

 砕けたように歪な形をした右脚の膝の皿に息が詰まるも、今はそれに構っている暇はない。

 彼女のスカートの中に潜む血の滲んだニーハイ、その更に下の地肌あったのは出来たばかりの小さなかさぶた。

 

「しまった……見落としていた……!」

 

 見落としてた……いったい何を?

 ルイは大きく深呼吸をし、唾を一つ飲み込むと共に言葉を口にする。

 

「僕らが鈴原を取り返しても逃げられないようにするための……毒だ……!」

 

 毒……!? 確かにここに来た時から様子がおかしかったけれど。

 あれは疲労とか怪我とかじゃなくって、身体を毒に犯されてたってこと?

 

「な、なら! 今から全力で安全なとこまで行って救急車を——」

 

「ムダだ……」

 

「なんで!?」

 

 だってもう香蓮はあいつの手にはなくて、戦うだけならまだしも毒なら私たちに出来ることはないはずで。

 俯いたルイはスカートを戻すと、両手をぐっと握り込んで震わせていた。

 

「異能者の毒は大抵その異能者オリジナルの毒……血清はそいつにしか作り出せない。そんなにすぐ死ぬわけじゃないと思うけど……タイムリミットは長く見積もって四か五時間だろう」

 

「…………毒…………しぬ…………?」

 

「だからどうにかしてあいつ(ジャン)に——を——せて——」

 

 

 鼓膜だけが、どこか遠くへ遠ざかっていく。鼓膜だけじゃない。

 私の意識が、ここじゃないどこかにあるみたいな。

 頭がふらつく。そのふらついた頭が、勝手に工場の真っ暗な空間の向こうを捉えた。

 

『言ったろ? お前は贖罪以外に生きる道はないんだ』

 

「……リヴァ?」

 

 真っ暗闇の中に、リヴァのにやけ面とあの白い歯が浮かんでいる。

 丸い顔、白い歯、軽薄な声。

 

『こうなったのはその男のせいなのは分かるだろう? そしてお前がそいつと会うなんて選択をしたからだ』

 

 にやけ面が、闇の中いっぱいに引き伸ばされる。

 (おお)きく、(おお)きくなっていく。

 

「私が……悪い……」

 

『そうだ、お前のせいだ』

 

 私のせい……。

 でも、血清はなくって、救うには……またあいつに立ち向かうしか……。

 

『それだけじゃない。そこからゲームの勝利に邁進すればお前は全てをやり直せ————』

 

 

「——と、や——と、やまと、大和!」

 

 音が一点に集まる。聞こえる。

 忘れていた呼吸が始まり、気管が音を立てて鳴く。

 ルイが、肩を揺らしながら私のことを呼んでいた。

 闇の中に浮かんだリヴァのにやけ面は……幻覚?

 

「とにかく! どうにかしてあいつに血清を作らせて……って今度はどうした!?」

 

 手足の先から、血の気がすうっと引いていく。膝から崩れ落ちる。

 身体に力が入らないんじゃない。身体がぐっ……と重くなって、それに身体がついていけず立ち上がれなかった。

 

 無意識に、崩れ落ちた先にあった香蓮の手を取る。香蓮の掌は温かかった。

 けれど、指先はひどく冷えている。血が(かよ)りきっていない。

 

 早くしないと、手遅れになってしまう。なのに、足に力が入らない。

 助けを求める香蓮を目にした時みたいな、昔みたいな純粋な思いが。

 枯れてしまったオアシスみたいに、乾いて湧いてこない。

 

「——怖いのか?」

 

「……うん」

 

 ルイの口にした図星に一瞬息が詰まった。

 そのあと辛うじて続いた自分の声もか細く、蜘蛛の糸のような弱々しくて今にも断ち切れそうな声。

 

「さっき、あいつに敗けたからか」

 

「……それもある。けど、ほんとは違う」

 

 ルイは、私の話をただ黙って聞いていた。彼の表情は見えない。見たくない。

 私の視線はただ、微かにでも香蓮の指が動いて。

 起こりもしない奇跡を見逃さまいと必死だった。

 

「私……香蓮を助けたい純粋な気持ちが湧いてこないの。助けたいって思っても、危ないとか、私が生きてなきゃ意味がないとかって……ほんっとに、情けない」

 

 今、こんなことを言っても何も良くならないことぐらい分かってるのに。

 壊れた蛇口みたいに、浮かんでくる言葉がまばらに溢れ出てくる。

 

「いっつも迷惑かけて、助けてもらって、償えてるのかも分からなくて、けど大事な時に命の一つも張れなくて。もう分かんないの、この香蓮への気持ちがほんとなのか嘘なのかも——」

 

「——大和」

 

 私の両肩に、鈍い衝撃が走る。

 ルイの小さく、けれどがっしりした男の手が両肩を掴む。

 

「お前は、鈴原香蓮のことを(なん)にも見ちゃいない!」

 

 不意に見上げた先にあった、私を強く睨みつけるルイの姿。

 下唇を噛みながら、眉間に大きな皺をつくって。

 

「はは……他人から見たら既にそんなふうに見えるんだね。やっぱり——」

 

「違う!」

 

 ルイは私の言葉を遮って言葉を続ける。

 

「鈴原さんは命を賭して助けろだとか、一生贖ってほしいとか、そんなこと言ったのか!? そんなわけないだろ! なのに! お前は捻くれてて! 歪んでて! ずっと自分ばっかり見てる!」

 

 自分の拳が不意に固くなる。

 

「でも……それだけじゃないだろ! 純粋な気持ちが湧かなくなっちゃったとか言いながら、さっきはがむしゃらに突っ込んで! あれは何だったんだよ! 今のお前は何なんだ!」

 

 自分でもわかる正論に喉が細く締まり、息が苦しい。

 

「怖いなら怖いでいい。でも今この瞬間だけは、お前が見なきゃいけないのは自分じゃない、鈴原香蓮だ。なのに僕は……君が何を考えているのかさっぱり分からない。だから——!」

 

 ルイの息を吸い込む音が廃屋にこだまする。

 

「教えてくれ。なんで、立ち上がれないのか。大和が立ち上がらないなら、僕は一人であいつに挑む」

 

「……」 

 

 ルイは肩で息を整えながらそう吐露した。

 さっきので出し切ったのか、ルイの表情から怒りは薄まっている。

 残ったのはさっきよりも一層煮詰められた、哀れみや憂いの目線。

 

 なんでそんな目を向けるの?

 さっきはあんなにも見たくなかった表情なのに、なんで今は目を逸らせないの?

 分かんない——なのに。

 

「香蓮が不幸になるときは……決まって私が傍に居た」

 

 気がつけば、出会ってそう長いわけでもないルイに。自分の気持ちを吐き出していた。

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