『孤高のリヴァイアサン』 ~~人生をやり直したい偉人たちと、自分の人生を取り戻したい女子高生の異能戦争~~ 作:大和ユキ
そして何枚か突き破ったあと、デスクの並ぶ事務室が見えてきた。
——風圧が強くなっている。近い。
これ以上動きが単調だと追いつかれる。
咄嗟に左へ切り返し、その通り際に倒した書類棚に触手を巻き込んだ。
潰されて動きを止める触手に生じた、隙と呼ぶにはあまりにも小さすぎるラグ。
咄嗟に傍にあった赤いボトルを取り、渋滞を起こしている触手の群れへ投げつける。
触手の一本がそれを撃ち落とすも——瞬間、白い煙が触手を埋め尽くした。
映画で腐るほど見た消火器での視界妨害。
その間隙を逃すことなく踏み込み、瞬時に触手へ刃を突き立てる。
二本の触手が光の粒子となって消えたところで煙が霧散しかける。
——深追いは厳禁、大きく後ろへ飛ぶ。
態勢を立て直した四本の触手は、再びこちらへその先端を向けて臨戦態勢をとった。
やっと一矢報いた、こうやって屋内で少しずつ間引いていけば……!
けれど、現実はそうもいかないのが常で。
「んふっ……どこにいる?隠れても無駄だぁ!」
ジャンが建物の壁を剥がしながらこちらへ迫ってきている光景がどこからともなく
……視えた? なに? 今の情報は?
けど本当ならここもじきに危ない。
助走をつけ、両腕で顔を覆いながら、事務室の窓ガラスを突き破った直後、窓枠の上辺を掴んで勢いのまま壁の雨樋をよじ登った。
勢い余った触手は、私が飛び出した窓の向かいの建物を突き破っていく。
「私はそこには居ないよ」
でも良いことを知れた。
触手は多分私のことは見えているけれど、ジャンの視えていないところでは変則的な状況に対処できない。
それに遠いと動きも雑になるらしい。
情報をまとめながら工場の屋根の上へと登ると、見晴らしが良い高所へと出た。
周囲には無数の廃工場が立ち並ぶ。
けれど屋根の上ということはここから上へは逃げられないってことでもあって。
どこを踏み抜けば落ちるか分からないトタン屋根ばかりで足場も悪い。
さて、ここからどうするか——なんて、考える時間を敵が与えてくれる訳もなかった。
瓦礫やトタン板の崩れるような轟音が周囲から響き渡る。
振り返ると、数本の極太の触手が屋根を貫いてケーキを切り分けるように建物を八つ裂きにし始めていた。
「……嘘でしょ嘘でしょ嘘でしょ!」
——崩れる。
理性がそう認知した時には、本能が傍の建物の屋根へ飛び移るよう身体を動かしていた。
直後、私が居た建物が砂煙を立てながら崩れる。
さっきの「視えた」情報が無いまま、建物の中に居座り続けていたらって考えるだけで身の毛がよだつ。
っていうか相変わらずジャンは異能のスケールが違いすぎる。
こんなことばっかやられてちゃ小手先じゃどうしようも——。
ジャンの異能に慄く傍ら、崩れ行く建物を巻く砂煙の中、あの憎たらしい顔と目が合った。
虎の子の触手を二本失ってなお余裕の表情。
けど私は勝たなくていい、時間を稼げば良い。
咄嗟に振り向き、屋根の上を駆ける。
屋根の下に柱の走っているであろう、崩れない場所を見分けるのに神経を使う。
そんな私をさし置いて、悠々と先回りして屋根を崩していく触手。
今は見当違いなところばかりを崩しているからいい。
でも下手な鉄砲なんとやら、どこかで針路を変えないといつかドンピシャで足場を崩され、そうなれば下の触手の餌食。
だから隣の建物へ飛び移ると見せかけて屋根上から飛び降り、建物の間の道へと出た。
脚へ力を込めながら走ることに全神経を集中する間にも、触手はさっきまで私が走っていた方向の建物へ触手を打ち付け続けている。
けど触手が追ってくるときに感じた風圧は感じないし、それらしい物音もない。
——もしかして撒いた?
足を止めて、両膝に手を突く。
息を整えながら、脚に籠もった熱を放つ。
……このまま隠れて、時間稼ぎとさっきみたいな触手の間引きを。
僅かな期待に振り向くも、その淡い期待は即座に無碍になる。
目にしたのは、はるか遠くから迫る触手の群れ。
「気付かれてた……!」
屋内へ逃げ込む? けどまた無差別破壊をされたら下敷きになって終わりだ。
「秘策」を使うのにも触手の本数を削らなきゃいけない。
なら……私の方から触手を削るしか、ない。
けどどうやって。正面から「あれ」を突っ込ませるにしてもハイリスク。
かといってあの勢い、私だけで受け止めきれるものじゃない——
策らしい策の思いつかないまま周囲を見回していると、細長いパイプの束が目に入った。
……そうだ、触手は勢いが武器なら。その勢いを逆手に取ればいい。
即座に細長いパイプを斬り、地面へ斜めに次々に突き立てる。
昔に歴史ドラマか何かで見た即席の陣地、それを今ここで組み立てる。
パイプだけじゃなくて廃材や壁を切り崩してバリケード代わりにした。
そうしている間にも、触手はこちらに迫っている……立てたパイプの本数は二十と数本。
もう、これが限界だ。
その場にあるもので作った即興の陣地。不安じゃないわけがない。
けれど、待つ。ルイの策が少しでも通りやすくするように、ここで削る!
決意を固めると同時に、タイミングを伺う。
早すぎると空振って、遅すぎたら終わりで。
まだ。まだだ。あと少し。
「……来るッ!」
真っ直ぐに向かってきた触手のいくらかがパイプに突き刺さると同時に
私へ向かう触手は四本。その一本を斬って——。