『孤高のリヴァイアサン』 ~~人生をやり直したい偉人たちと、自分の人生を取り戻したい女子高生の異能戦争~~ 作:大和ユキ
だけど、止めきれなかった。
勢いの弱まった触手が、私のみぞおちを的確に突く。
「ガッ……!」
その衝撃で後ろへ吹っ飛ばされる身体。
私の身体は砂の上を転がり、汗ばんだ身体が砂塗れになったところで、浜辺に打ち捨てられた流木みたいに横たわって止まった。
「……ハアッ! ……ハアッ!」
手を突いて起き上がろうとすると、口から胃液とも唾液ともつかないものが漏れ出る。
強化は間に合った。
勢いを殺せたのもあってか、骨が折れている感じはしない。
けれどその中身までは間に合わず、破裂しかけた心臓が握りつぶされるみたいに痛む。
少しでも息を整えようと肩で息をしようとするも、そんな願いが通じる相手じゃないのは最初から分かりきっていたことで。
立ち込める砂煙から、あの醜い身体が姿を現した。
「んふっ……良いザマだぁ!」
触手の数は……十本。
一本しか削れなかった。
パイプが突き刺さり出血している触手もあるけど、思っていたほどのダメージを与えられていない。
けどそれ以上に問題なのは、駐車場か資材置き場だったのか、ここが開けた土地なこと。
周りにあるのは車やちょっとした廃材ばかりで、身を隠しながら隙を伺うための遮蔽物が見当たらない。
「ルイは……まだなのじゃないと、そろそろ……!」
万策尽きたわけじゃないけど、この手段で稼げる時間はそう多くはない。
焦燥がねずみ算式に増してゆく傍でジャンは気色の悪いにへら笑いを浮かべると、余裕な素振りで私へ問いを投げかけてきた。
「ヒッ……命惜しさに逃げてれば良いものをぉ。弱いのにノコノコ前に出て……何がしたいぃ?」
命なら惜しい。
今も自分の弱さに打ちひしがれてる。
けど……もう檻にしがみつく人生は終わりにするの……!
「……やり直すのよ」
「ほお! お前も
「違うっ、私は過去になんか戻らない!」
私の方へそろりそろりと触手を差し向けながらも、顔を歪ませるジャン。
でも今は否定したい、示したい、高ぶる気持ちを吐露したい……!
「私には分かる、あんたらみたいなやり直したい人間の気持ちがっ! けど思えたの……ぜんっぶ完璧じゃなくても! 今あるものを大切にしたいって!」
「ッ餓鬼が……! 言いたい放題言わせておけばっ!」
私を殺さないように、追い込むように差し向けていた触手が急に鋭くなる。
私が思ってた以上の挑発になっていたのか、紫色の触手に反して顔がタコのように真っ赤になっている。
「神から頂いたブルトンの公位に比べれば現代なぞ屑に等しい! 目にもの見せてくれるわ!」
よもや怒りを隠すことすらせず、歯をむき出しにしながらそう言い捨てるジャン。
でも……触手の伸びが圧倒的に遅い。
あいつの主への忠誠か、それとも何か別の理由があるのか……どっちにしろ私を殺す気が微塵も感じられない。
「……今だっ!」
その詰めの甘さへと漬け込むように、どこかへそう口にする。
唐突に発した指示に目を見開き周りを見るジャン。
でも、合図を出したのはルイでも誰でもない。
上空から黒い鳥が一羽、触手へ向けて急降下する。
「ピエエエエ!」
黒鳥が彗星のように触手へと突っ込むと、一本が弾け、一本は触手の腹をえぐられた。
弾けた触手は光の粒子となって消え、もう一本もジャンのもとへと手繰り寄せられていく。
黒鳥はそのまま大空へ急上昇して勢いを殺すと、ゆっくりと私が掲げた左腕に留まった。
「な、なんだその黒鷲はぁ!」
「……そうなんだ。この子、鷲なんだ」
種類が分かっても別にすっきりはしない。
リヴァから与えられたモノというだけでも傍に置く気はしない。
けれど、それは
前へ進むためなら、呪いだってなんだって使う。
「……なっていない」
ジャンは、恨み節に何かを零す。
「答えになってないぞおお!このクソガキがああ!」
怒りに任せ、残る全ての触手を立ち上らせる。
まずいな、挑発になっちゃった……。
急ぎ上空へ黒鷲を打ち上げるも、直後私へ七本の触手が差し向けられる。
残りの二本は打ち上げた黒鷲を追っていき、さっきの急降下を繰り返させない構え。
私へまっすぐ突撃する触手のうち、傷ついていない一本が先行する。
いや違う、さっきの陣地でダメージを負った触手の動きがトロいんだ。
先行する触手へ浅い一筋を加える。
それが仰け反る隙に、次の触手へも。その次へも。
……もしかして。
そう思い浅い一撃を加えると、触手が面白いぐらいに仰け反る。
残された触手の数が少ないからか、その操作がいやに慎重。
更に軌道も単調、触手同士の連携も取れていない。
ジャンは、焦りと怒りに囚われてる。
これなら、あと六本の触手をいなしつつ時間稼ぎを————六本?
頭に疑問符が浮かんだ直後、視界の外から細い触手が迫ってきているのが「視えた」。
「まただ……また頭にノイズが!」
しかも、今回も状況に関わる情報。私の目には見えていない。でも「視えて」いる。
なのに疲弊に加えテンポが崩れているせいで——反応が遅れる。
黒鷲も他の触手に追われていて期待できない。私の右脚を絡めとろうとするその触手へ目を向け、
その時だった。
暗黒の中に走る眩い光の筋が目の前を過ぎ去る。
私の足を巻き取らんとしていた触手は、焼け焦げた肉のような匂いを発しながら根元から光の粒子になって消えていった。
攻め手に出ていた他の触手も慄き、後ろへ一瞬退く。
見覚えがある光の筋。その出元へと目線を向けると——。
私の視界の右端にある車の上に、彼は立っていた。