『孤高のリヴァイアサン』 ~~人生をやり直したい偉人たちと、自分の人生を取り戻したい女子高生の異能戦争~~ 作:大和ユキ
……正直後悔した。
香蓮と約束したこと。
約束の場所へ向かってるのも、香蓮との約束を破っちゃ格好がつかないからに過ぎない。
時間は放課後、街はすっかり夕焼け空に包まれていた。
うちの高校の制服を着た生徒はめっきり見なくなったけど、ここも誰かの通学路。
アパートの前に、他校の女子高生数人がたむろしてるのを目にする。
「——速報です。本日午後、千葉県内にて『天草四郎』と名乗る異能者が——」
……多分一昨日のニュースの切り抜きか何かかな、ちょっと前に聞いた気がする。
なまじ耳が良いだけに、スマホから流れた音を耳が勝手に拾ってしまう。
テレビを点けてもほんとに異能者異能者、稀に韓国にパスなしで行けるようになるみたいな話ばかりで、楽しい話題は滅多にない。香蓮と違って韓流一ミリも興味ないし。
「えーまたあ? こっわ」
「天草四郎? 誰だっけそいつ、聞いたことだけあるわ」
人死にが出てる身近な話なのに、なんで無関係ヅラ出来るのか。
キャピキャピとした腹立たしい笑い声が耳に入ってくる。
「……はぁ」
でもこんなところでイライラを溜めても仕方がない、大きく溜め息をつきその場を離れるよう歩調を早めた。
はやる気持ちを抑えながらスマホを一瞬覗き込むと、表示されたのは言われたよりもかなり早い時間。
別に早く来ようなんて気はなかったけど、それはまあ単語帳でも見てれば良い。
「にしても、男子かぁ……」
香蓮が会ってほしいなんて言うから女子だと勝手に思ってたけど、よりにもよって男子。
あまりにも面倒な事実に、思わず言葉が漏れ出る。
「放課後……男子……呼び出し……人気のない公園……」
そんな格好の条件から、告白以外の結論を導き出す方が難しい。
それに、相手が私でも知ってるぐらいの有名人なのも辛いところ。
本田ルイはヨーロッパ系のボンボンってウワサ、しかも学年の人気者だとか。
まあどっちにしろ振るのは変わらない。
せめて面倒ごとにならなかったら良いななんて思いつつ歩みを進めると、左手に件の待ち合わせ場所が見えてきた。
風にゆられて僅かに軋むブランコ、錆びついた鉄棒と小ぶりのジャングルジム。
角にある一際目立つ真っ赤な自販機は、在庫切れのランプがいくつも点灯していた。
来るように言われたのはこの小ぢんまりとした公園のはず。
けれども何よりも目を引いたのは公園の最奥。
三人掛けのベンチのど真ん中へ腰掛ける、ほっそりと長い手足に細身の色白な男。
グレーのスーツに山高帽を被り、スーツはそこかしこが均等に破られていた。
普通なら「変な格好の人」って感想を抱くだけで済むだろうけど……。
世間から浮いた外見に堂々とした佇まい。
ほぼ勘だけど、こいつは
ってなると厄介極まりない、連日面倒事に巻き込まれる前にはてさて退散を——
「少女よ、待ち
「……はぁ」
ってわけにはいかなかった。
まあ大方予想通りだろうなと溜息混じりに振り返る。
男はどこから取り出したのか真っ白な杖を突いていて、左手でズボンの土埃を払うと紳士的な立ち姿で私の方へ向き直った。
「呼び止めてすまないね、私はロベールという者だ」
珍しい……名乗りとセットの称号だのなんだのがない。
そういう個性を気にしてないのか、それともそれを上回る実務肌なのか。
どちらにしろ、無駄な時間が減るのはありがたい。
「ロベール……ルイって奴じゃなさそうね」
「フフ、あの
その男……いや、老人は左手で筆のように太い口ヒゲを撫でながら、しわくちゃな肌に浮かぶ垂れ目の端を歪ませた。
「で……あんたはそのルイってやつと関係あるってことでいい?」
「いいえ、特に関係は。ただちょっと、あの子の秘密を『聴いた』だけですよ」
「聴いた?」
その言葉に、思わず重心を低く据える。
相手が被っていた山高帽を軽く持ち上げると、帽子の中からボトリと何かがこぼれ落ちた。
「——ッ!」
不穏な動き。
反射的に鞄を放り投げ、右手を突き出す。
掌に集まった砂金のような光の粒子が、瞬時に一本の剣を形作る。
金の柄に切っ先が割れるように欠けた細身の剣——
顕現しきったところで、ロベールの帽子からこぼれ落ちた
「に、人形……?」
幼児ほどの頭蓋の大きさの、頭だけの人形。
わざとらしいほどのタラコ唇、目玉は無く眼窩に虚ろな空間が広がる。
あまりに悪趣味なデザインに、背筋から生じた震えが手先にすら
「おや……知らないのでしょうか。蝋人形と云うんですよ」
「バクロ! バクロ! 本田ルイハ、ロボコン三年連続準決勝デ連敗チュウ!」
「……は? ロボコン? 連敗? なんて?」
ロベールがさも愛おしそうに宙に浮く蝋の生首を撫でると、人形の唇が唐突に開閉して耳障りな甲高い声を上げた。
「おやおや、ダメじゃないですか。いきなりそんな恥ずかしいことを暴露してしまっては」
「暴露……なるほど、あんたの悪趣味な能力ってわけね」
コイツ、ただの変質者じゃない。
人の秘密を暴く——いっちばん関わりたくないタイプだ。
「ねえ、いっつも真っ先に斬っちゃうから先に聞いとくんだけどさ。あんたの目的、なに?」
ラフに構え、あらゆる角度からの攻撃に備えながら問う。
私だけに被害が及ぶなら逃げればいいけれど、昨日の戦いみたいにその矛先が香蓮の方へ向かってはいけない。
だから、ここで終わらせるしかない。
「目的ですか……私自身はあなたのことなどてんで欲しくはありませんが——」
ロベールの垂れた目が猫のように細められた瞬間、彼は力強く指を鳴らした。
蝋人形が燃え上がり、白濁色でドロっとした液体に変わる。
「契約先があなたを交渉材料として望んでおられまして。つまりはあなたの生け捕りです!」
——珍しい目的だこと。
感想を述べる暇もなく、ロベールがカードを投げるように両腕を振るう。
同時に、二枚の三日月状の蝋が宙を舞う。
軌道は単純、片方は
蝋に掠った毛髪が宙を舞った。
当たりどころによっては致命傷、でも迎撃できる速度、距離を詰めるべきだ。
直感からそう理解して前を向く。
ロベールが次の手を打つ前に、ぐっと前へ踏み込む。
「やはり! 噂に聞いていた通り一筋縄ではいかなさそうだ!」
残りの蝋を捏ね、背丈ほどの柄を持つ戦鎚を形作るロベール。
けれども、詰め寄る脚は止めない。
ロベールは右手で大きく振りかぶり、リーチを活かして先手を打ってきた。
その軌道に
バランスを失ったただの棒切れは、私が居たところを虚しく切った。
唯一手にしていた武器がなくなり、がらんと空くロベールの胸元——もらった。
そう確信した刹那、ロベールのスーツの懐から三本の蝋のナイフが顔を覗かせる。
「しまった、暗器か!」
ロベールが暗器を投げる直前、後ろへ大きく飛ぶ。
けど大丈夫、追ってきたナイフを今度も的確に斬れば——。
「ッ!?」
冷静にナイフへと刃を通そうとしたのに、斬れない。
刃は確かに触れたはずなのにナイフは甲高い音を立てて軌道をずらした。
急ぎ斬る方から弾く方へシフト、二本をすんでのところで弾く。
でも残る一本が左肩に深々と突き刺さり、焼けるような激痛が走った。
「ぐッ……!」
だからって痛みに転げ回る暇はない。
反射的に後ろへ飛んで大きく距離を取る。
左肩のナイフを抜いて、意識を集中し呼吸を整える。
制服の生地の下から脈打つように溢れていた血は、数秒で滲む程度まで落ち着いた。
「ほう……その若さにして心得があるとは。お見事」
ロベールの乾いた拍手。この間に追撃が来ないのは、生け捕りを目標にしているからか。
だけど止血の心得があるのがバレた、次はないと直感する。
「それにしてもさっきの反応……もしや、私の異能を知った気になっていましたか?」
……悔しいけど言う通り。
最初の数回で見切った気になってた。
向き直ると、彼の周りにはさっきはなかった三体の蝋人形が浮いている。
男、老女、艶やかな髪の女。
れも呪詛みたいに暴露を垂れ流している。
あのどれか、あるいは全部が高硬度……厄介極まりない。
けれど——問題なし。
ここまではあいつに組み立てられた戦闘。
つまるところ勝ち筋は、こっちが闘いの主導権を握り返すこと。
「制服代、高く付くわよ……!」