『孤高のリヴァイアサン』 ~~人生をやり直したい偉人たちと、自分の人生を取り戻したい女子高生の異能戦争~~ 作:大和ユキ
「ルイっ!」
「待たせた!」
一瞬香蓮のことが頭をよぎったけれど、きっとどこか安全な場所に居るんだろう。
ルイはそこまで無思慮な男じゃないはずだという根拠のない信頼と共に、前へと向き直る。
「来たかぁ! シャルルの
ジャンの表情には、最初に感じたような余裕はない。
寄った眉間と歯軋りがいつの間にか浮かんでいた満月の光に照らされ、怒りと焦りで満ちているのが手に取るように分かる。
「状況は!?」
「五本削った、あと八本!」
「あと三本は削りたい、やれるか!」
「ええ!」
やれるも何も、元よりやる他ない。
その情報だけ交換し、事前の決定通りに散開する。
さっきはルイの相手をしていた触手に私がやられた、それを防ぐための散開。
ルイの参戦で攻めあぐねるジャン、しかし場は相変わらず一触即発の雰囲気を放っている。
ボタン一つ掛け違えば、それだけで戦闘が再開される雰囲気。
だとしても、いつまでもこうしているわけには行かない。
あっちの事情は知らないけれど、こちらにはタイムリミットがある。
「この野郎めが……殺す、殺してやるぞ、シャルルの小童が……!」
「来るぞっ!」
でも、わざわざタイムリミットを気にする必要もなかった。
激昂したジャンが、残りの八本の触手を全て使って攻勢を仕掛けてくる。
黒鷲へ一本、ルイへ二本、私へ五本。
数は少ない、しかし私へ差し向けられる触手のうち二本は虎の子の太い触手。
あれに全力で打たれればひとたまりもないのは分かる。
しかも、強烈な攻め。
何かに突き動かされるような、まるで後がないような。
そんな情動を感じさせるような徹底的な攻め攻め攻め。
けどさっき陣地で負った傷が、応酬で刻んだ細かな切り口が機動力を確かに奪っている。
「これなら……!」
直感のまま触手の側面へ回り込む。
けれど、一人じゃない。
「いくよ! 来て!」
「ピエエエエ!」
触手の追撃を掻い潜った黒鷲が、私の相手する五本の触手のうち太い一本を攫う。
光の粒子となって消えることなく、その場にぐったりと倒れた。
圧力が下がった。
いける。
切り込める。
そう直感し、一歩踏み込むも——。
倒れた触手が、その表面を蠢かせる。
脈打つように鼓動する。
見たことのない動き。何かが来る。
でも、到底ここから動き出せるような傷じゃ——。
そう察知した時にはもう遅かった。
瞬間視界を紫色の血液が覆い、塩水を流し込まれたみたいな灼ける痛みが走る。
「ひッ! 引っ掛かったな!」
目を
反射的に瞼がきつく閉じる。
涙が勝手にこぼれてきて、頬を伝っていく。
「大和ッ!」
ルイの声が木霊する間にも、私を絡め取らんとする触手が迫ってきているのが視えた。
……視えた? 空の上からこちらを俯瞰するように?
微かに酔う感覚があるけれど、閉じた瞼の裏側にまったく別の「映像」が流れ込んでくる。
自分の目じゃない、高いところから見下ろす視界。
「視える……!」
迫ってきている触手の挙動は、今までよりも一層単調。
これなら、この視点でも……迎撃できる。
一閃、迫ってきた触手が縦に割れ、光の粒子になって消えていった。
「そう! そういうことね! 来てっ!」
理解した瞬間、黒鷲を低い軌道に移す。
さっきから、違和感があった。
こちらを俯瞰するような情報が、私の視界に映り得ない情報が脳内に入り込んできていた。
「あなたのお陰だったのね……!」
私の脳内に、黒鳥の視界が共有されてくる。
見えない情報が共有されてくる時点で、もっと早く気がつくべきだった——としても、今はそんなことより!
触手の圧力が減ったこの瞬間をただの一瞬も無駄にするわけにはいかない。
その視界を頼りに、ジャンの元へ一気に駆け寄る。
直後、目の痛みも引き視界が戻る。
いける。距離を詰められる。
その時、私の真後ろから鉄板の歪む凄まじい轟音が響き渡った。
思わず足を止め、後ろへ振り返る。
そこにあったのは、置かれていた自動車のドアへ打ち付けられるルイの姿。
自動車の窓ガラスが割れ、その欠片がルイの直毛をした頭へと落ちていく。
ルイの身体はずるずるとずり落ち、背を預けたまま座り込んでしまった。
「ルイッ!?」
俯き髪を血で塗らすルイ。
私が前へ出てルイへの触手の圧力が強まった間隙をジャンは的確に突いてきた。
「いひッ……!」
ジャンはルイを置いたまま気味の悪い笑い声とともに、傍にあった触手を手繰り寄せた。
残り五本の触手。距離が近い。しかも、残ったのは選りすぐりの大きな触手。
ルイは見たところもう戦える様子じゃないどころか意識すらない。
「くそ……策が」
秘策をあてにして戦ってきたがために、ここから先の戦い方が浮かんでこない。
策士、策に溺れる。
そんな単語が浮かんでくる。
触手を手繰り寄せたジャンが、また一歩と距離を詰めてくる。
満月に照らされたあいつの薄ら笑いが、今までにも増して気味が悪い。
それに伴い私も後退りする。手に握った
ジャンを睨みつける瞼が微かに揺れる。
ルイを助けて立て直す?
ルイと香蓮を連れて逃げて、香蓮を病院で解毒出来る可能性に賭ける?
だめだ、どれも何かしらの綻びがある。
どうする、どうする——。
「……いや」
そのどれでもない。
私がするべきことはそんなことじゃない。
進むんでしょ、前に……!