『孤高のリヴァイアサン』 ~~人生をやり直したい偉人たちと、自分の人生を取り戻したい女子高生の異能戦争~~ 作:大和ユキ
「は?」
ルイは一拍の困惑のあと、そんな声を漏らした。私も内心で同じ気の抜けた声を漏らす。
こいつを連れて逃げる? 何を言ってるの?
まさかだけど軍に突き出されたくないがあまりに血迷いでもした?
「あのな……一体何から逃げるんだ? 言っとくけど、軍のとこには突き出させてもらう」
「分かった、それでもいい! だから早く——」
ジャンの急かすような言葉に覆いかぶされるように、聞き慣れた羽音が遠くから響いてくる。
夜目になっているせいか、空から差す強い光に視界が若干眩んだ。
目を細めながらその光の方へ目を向けると、街の方からスポットライトを備えたヘリコプターが二機迫ってきていた。
マスコミの小さなヘリじゃない、重武装の大きなヘリコプター。
仏頂面で冷たい軍人たちを乗せた、私が事前に呼んでいた軍のヘリが、事後処理のために訪れライトで私たちの方を照らしていた。
「遅かったみたいだね。軍の方からお迎えが来た」
ヘリの方へ目を向けるルイ。けれど軍の到着を前にしてもなおジャンの顔色は変わらない。
それどころか、周囲が一気に明るくなったせいでその顔に浮かんだ焦りがより一層濃くなった気さえした。
「いいや、あれでもいい! 俺を安全なところへ!」
「……ちょっと待て。ってなると一体何から逃げるって——」
ジャンへ聞き返そうとしたルイが、不意に言葉を止める。
どうしたのかと思い顔を覗き込むと、彼は口を半開きにしたまま大きく目を見開いていた。
「……まさか」
「そうだ、
ルイはハッとした表情を浮かべながらジャンのもとへと近寄りポケットを
「位置情報が有効……ここに居るのがバレてるのか!?」
「ああ、そうだ! だから早く!」
「えっ? 何? 何の話?」
二人にしか分からない話をしているみたいで、話についていけない。けれどこちらに振り返る血眼になったルイの目線が、現状がただごとではないことを訴えてきていて。
「すまない大和、今は説明をしてる暇はない! 僕はこいつを担ぐから大和は鈴原を抱えて今すぐあれに乗って——」
「…………ねえ。あれ、なに」
動き一つひとつに焦燥を滲ませたルイが、半ば命令口調で私へ言いつけた直後。
ヘリコプターのその更に向こうの上空に、見慣れないものを目にする。
暖色と寒色の混ざった、青紫で彩られた光る雲のような。
例えるなら真っ黒な水の入った絵の具バケツに、筆先で青紫の色水を垂らしていくような。
そんな幻想的な何かが、夜空にぽつ、ぽつと私たちの方にまで彩りを広げてきていた。
まるで宇宙や銀河を思わせる光景を目の当たりにし、頭の中の疑問符が最大に達した瞬間。
周囲に轟音が響き渡り、閃光が走る。
反射的に目をつむるとともに、香蓮を抱く力が不意に強くなった。
身体にはなんともない。ならあれはいったい——。
落ち着きが乱れるのと一緒に目を開けると、一機の軍用ヘリが炎を上げながら廃工場へと墜ち、工場の真ん中で爆炎を上げた。廃工場を覆っていた闇が、ヘリの上げたほの明るい爆炎で取り払われる。
「……え」
人が死んだ。何の前触れもなくこんなにもあっさりと。なのに困惑ばっかりが前に出て、目に映ったものに唖然とするだけで。
さっきまでヘリのあった宙に残されたのは、あの彩られた雲の残滓。
墜落から間髪入れずに、もう一機のヘリが墜落した方へ機関銃を乱れ撃つ。赤い弾道が夜闇を照らし、少し間を置き二発のミサイルが白い尾を引きながら打ち込まれた。
「ここ……街中、だよ。何が起こってるの……?」
今まで異能者と戦ったあと、ヘリが回収に来ることはあっても戦うなんて無かったのに。
目の前で起こっていることの理解を脳みそが勝手に拒んだ。そのヘリも一拍置いたのち、またあの雲に彩られながら真っ二つに折られその場へ落下していく。
「ねえ、ルイ! 教えて、何が起こって——」
不安に駆られ、香蓮を抱えたままルイの方へと目を向けるも……既にルイの足はわなわな小刻みに震え、竦んでいた。その手も
彼は唇を震わせながら、言葉を力なく綴る。
「来る……ロムルスが……!」
「ロム……ルス?」
確か私を狙ってるっていう——。そもそものこの騒動の根源の名前を思い出したその時。
私たちの背後に「何か」が落ちてきた。
軽い足音を立てながら着地したそれは、こちらのことをただ無言で眺めている。
そんな光景が、上空に陣取っている黒鳥から情報として送られてきた。
ただそれだけなのに。
あらゆる獣を併せても届かない、圧倒的な猛々しい威圧。近付いてくる。殺される。
何も言葉を発していないのに、その意志だけがテレパシーみたいに伝わってくる。
なのに身体が動かない。
額から流れ、目に入った汗を瞬きで掻き出すことすら憚られるばかりか、意識の無いはずの香蓮の毛が逆立って私の手のひらを撫でた。
そんな圧倒的な何かがよりによってここに……いや、ここを目がけて墜ちてきた。
「……これは、どういうことだ」