『孤高のリヴァイアサン』 ~~人生をやり直したい偉人たちと、自分の人生を取り戻したい女子高生の異能戦争~~ 作:大和ユキ
「……え?」
視界を覆っていた白飛びが晴れ、それと同時に飛び込んできた光景に息を呑んだ。
さっきまで目の前にあったはずの廃工場の群れが——まるで目の前から蒸発するように消えていた。
残されたのは巨大なクレーターと、その真中に浮かぶ青白い雲だけ。クレーターの壁面はぐつぐつと泡立ちながら煮え、そこへ流れた海水が白い煙をあげながら蒸発し、熱気と磯の香りが同時に押し寄せる。
あまりに圧巻の光景と、その不快な臭いに視界が歪む。
「何が……起こったの?」
目と鼻の先で起こった異常に思考が停止するも——導き出される事実は一つしかない。
「次元が……違いすぎる」
けど、今はそれより……!
退路を塞がれた挙句、足を止めてしまった事実が思考を圧迫する。でもどうするの?
このまま切り返して別の経路を探すの? これを直撃させられたらひとたまりも——。
「——大和ッ!」
私が目の前の光景に立ち尽くしていたその時。あの紺色の一枚布が目に入るのと同時に飛び出したルイが
吹き飛んだルイの身体は、埃を舞わせながら台に叩きつけられて力なく倒れる。
「ル……ル……ルイッ!」
過呼吸がぶり返し、声に涙が滲む。そしてさっきまでルイの居たところには、ルイへ腕を振るったロムルスだけが残されていた。
「どこへ行く」
「ッ!?」
身体をロムルスの方へ向け直し、香蓮を左肩で抱えて
一歩、また一歩と後ずさると同時に、あの身体の芯が冷える感覚が戻ってくる。
ルイは無事? 戦って勝てる相手? 抵抗しても無駄。死にたくない。
ちぐはぐな思考が、脳の中でぐちゃぐちゃに絡む。
そんな私を悠々と見下ろすロムルス。
男の人と同じぐらいの背丈があるはずの私を、それでもなお
「……本当にこの女なのか? まあいい」
独り言もそこそこに、後退った私へ距離を詰め直すロムルス。
「ピエエエエ!」
ロムルスへ決死の特攻を試みる黒鳥がトタン屋根を貫き、本物の月明かりが差し込むも……ロムルスが指で弾くようにして放った小石か何かに撃ち落とされた。
暗闇に舞う黒い羽が、そう簡単に覆せない現実を際立たせる。
——もう、手立てが、ない。
逃げられない。戦えない。奇襲も通じない。
どうすれば勝てるの? どうすれば逃げられるの? どうすれば生き残れるの?
考えれば考えるほど、目の前に君臨したその理不尽さだけが前に出る。
力むようにしながら立っていた脚も笑い始め、香蓮を抱え込んだままへたり込む。
ロムルスへ切っ先を向けていた
「……宝飾刀の類か」
しっかり握り込んでいたはずなのに、
舐め回すように眺めながらそう溢すものの、飽きたのかすぐにそれを投げ捨てる。
「ダメ……ダメ……!」
再び消える
なのに、なおも距離を詰めてくるロムルスに、香蓮を抱え込むようにしながら震えることしかできなかった。
「女を降ろせ」
「……ダメッ! それだけは!」
「……」
ロムルスは軽く鼻で溜息をつくと、のそっと伸ばしてきた左手で私の頭蓋を掴んだ。
「ぐああああ!!」
瞬間、脳が煮えるような感覚が身体の全神経を駆け巡る。
生き物としての
私はそれに抗いきることができずに、香蓮を抱える腕が緩んだ。
香蓮の身体がドサッと音を立てながら落ちかけ——その襟首を、香蓮の頭が地面へ落ちる寸前に左手で掴んだ。
それだけはダメ——僅かに残った私の理性がした、最後の抵抗。
次いでロムルスに掴まれた右腕にも酸や熱で焼かれたような痛みが走り、自分の声帯とは思えない獣のような絶叫が工場にこだまする。
その絶叫に混じるようにして、ロムルスが堅苦しい言葉で何かを紡ぎだす。
「者よ。我が腕となり、剣となり、盾となれ。時にはその命を以て主を死守し、時にはその命を以て敵の将を討て」
いつ終わる。永遠? このまま死ぬ?
ロムルスの言葉に耳を傾ける暇もなく、意識が遠のいていく。
弱々しい力でロムルスの身体を蹴り、全力で抵抗しようとするも、まるで鉄筋コンクリートの柱みたいで動かない。香蓮の襟首を掴む手の力だけが強くなり、その力に押しつぶされるみたいに手の骨が軋んだ。
「我が臣となる其の契約をここに発す」
同時に意識を保つことさえ困難になるほどに痛みが増す。
涙腺のリミッターが壊れ涙がみっともなく溢れ続ける中、到底人のものとは思えないような叫び声をあげることしかできなかった。
そして腕に熱い何かが押し当てられるような感覚が走った次の瞬間、いきなり頭から手を離され、右腕を掴まれたまま、抱えていた香蓮ごと放り投げられた。
身体が地面に直接横たわり、そのまま身体の力が抜けていく。霞んでいく視界に入っていたのは、私の身体の上に倒れている香蓮と、立ち去るロムルスの姿。
少し首を動かせば、もしかすればルイの姿もあるかもしれない。
精一杯首を動かそうとするけど、錆びついた部品みたいに動かなかった。
遠のく意識の中でエンジン音やヘリコプターの羽音を耳にする。
軍隊か、警察か。この際なんだっていい。
せめて、二人だけでも。
視界が狭まり闇に覆われるなかで、香蓮の吐息を耳にしながら——密かにそう願った。