『孤高のリヴァイアサン』 ~~人生をやり直したい偉人たちと、自分の人生を取り戻したい女子高生の異能戦争~~ 作:大和ユキ
「初めて会った日……実を言うと、怖かったんだ」
「……え? そうだったの? 今思えばすっごくフレンドリーに見えたけど」
「そうか……上手く隠せてたみたいで良かったよ。けど、君は異能者社会でも『やたら強い現代人がいる』って有名だったからね……僕も出会い頭に斬られないか不安だったから」
そう言われて思い浮かんでくるのは、あのときルイの額にびっしりとついた脂汗。
話し方も妙に大仰めいていて、言われてみれば怖かったのを隠していたようにも思えた。
「だから……大和が疲れていそうだとか、組織から言われたタイムリミットまではまだ時間があるだとか、もっと仲を深めてからだとかって、ずるずると時間が後ろにずれて……」
もし何かをしていれば。
もし何かをしていなければ。
それはこの六年の間どこかで自分の声として聞いてきて、香蓮やルイに昨日それを咎めてもらったばかりのもので。
だからこそ、それを見逃すことが出来なかった。
「ねえ、ルイ」
僅かに言葉を震わせながら、片目をひくつかせていたルイの名前を呼ぶ。
彼はハッとした表情を浮かべると、そのまま真っ直ぐ目線を合わせてきた。
身体の上に掛かっていた毛布を退けてマットレスの上でへたり込み、バネの中にお尻を沈める。
「香蓮やルイにはなんともないし、私の方も身体の自由とか命がすぐに奪われたりするわけじゃないんでしょ? なら私は大丈夫。前に進めるから」
「で、でも……」
「それにさ……そうやって自分のせいばっかにしてると、今度はルイが香蓮からいびられちゃうよ?」
鳩が豆鉄砲を食らったような、ってのはこういうのを言うんだろうな。
私と真正面から向き合いながらも、ぽかんとした表情を浮かべるルイ。
「…………ふふっ」
かと思えばルイは口角を上げ、くすぐられたみたいに笑い始めた。
目から疲れも取れていなくて、口角の上がり方も僅かに緩む程度の笑い。
「ちょ、ちょっと。何笑ってんのよ」
「いいや、鈴原さんにチクらないといけないなって思ったのと、あと——」
そう言うと笑うのをやめて、鼻で大きく息を吸うルイ。
どこか懐かしそうな目をして、首を傾けながらゆっくりと言葉を紡いだ。
「ほんとに、大和は変われたんだなって」
「変われ……た? なんで?」
「だって、前までの大和なら鈴原さんを話のダシに使うなんて考えられなかったから」
……話のダシって、もうちょっと言い方あったんじゃ。
でも……そっか。
私が、変わった。
そう言われても、その瞬間だけは信じられなかった。
今まで通りがモットーで、そのために塞ぎ込んできた私が変わったなんて、そんな。
でも思い直してみれば、罪だとか償いだとかばっかりを前に出してきた私も、昨日の今日で、香蓮と真っ直ぐ向き合いたい、前に進みたいと思えるぐらいには変わった。
もっと言えば……こうやって内心で自分が塞ぎ込んでたことを認められたり。
落ち着ける場所でその事実と向き合って、初めてその変化に気がつけた。
「そっか。私、変われたんだ」
これから先は圧倒的な何かの鎖に繋がれて、そして今までにも増して命の危機に隣り合わせになるかもしれないのに。
変われたのかもしれないと認めて、なんだか少しだけ声がうわずる。
私がこうして変われたことが、一歩を踏み出せたことが、それを覆い隠してしまうぐらいには、嬉しかったからだと思う。
「ふふ……ありがとう、ルイ」
少しだけ、目を細めて。
それでいて、自然と今までで一番ほころんだ表情でそう言った。
「どっ!? どうしたんだいきなり!」
「んーん、別に? ただ言いたくなっただけ」
「そ、そうか。感謝は大事だからな、うん」
なぜだか焦りを顔に浮かべるルイ。
自分が取り乱している理由を早口で説明するルイの言葉に耳を傾けていると、その後ろのドアがゆっくりと開いた。
「本田ルイさん……と、大和めぐみさんですね」
そこから姿を現したのは、なんてことのない格好をした看護師。
私の顔を見上げるのと一緒にはっとした顔をしていた。
「あ。ごめんなさい、忘れてました。大和の意識は戻りました!」
「それは良かったです。報告しておきますね」
ちょっとちょっとルイさんや、やることほっぽり出して私とお話してたのか。
相変わらず抜けてるところあるな、って心の中で少しだけ笑いが起こる。
「加えてですが、鈴原香蓮さんの意識が戻りました。お二方をお呼びです」
「「……!」」
香蓮の意識が、戻った。
それを耳にして、心臓の鼓動が少しばかり早くなる。
「わ、分かりました! すぐ行きます!」
「じゃあ私はここらで失礼します」
ルイと看護師の会話を聞く横で、高鳴る胸の鼓動を右手で抑え込む。
でも、今までみたいに焦りや自分を追い詰めたことから来る動悸じゃなくて、おかしな緊張が鼓動を早くしていることは簡単に理解できた。
「どうした、大和?」
「ちょっと待ってね……すー……はー…………よし!」
深呼吸を終えるとベッドの上から降りて靴に履き替え、立ち上がるとともに自分の胸元を一度「どん!」と拳で叩いた。
その勢いのままルイのことを後ろから追い越し、ドアの前まで歩いていく。
私とルイの戦いは終わった。
それも、一度の甘い勝利のあとに惨敗する形で。
でも、まだ私の戦いは。
本当の戦いは、終わっていない。
「決着、つけてくる!」